幕間・7

幕間・7


「先生とお買い物」


 甲高い音が草原に響き渡る。


 何かが高速で回転する独特の高音と、動力を伝えるチェーンの鳴る音、そして風を切り裂く音。


「んー! やっぱりバイクに乗るのは気持ちが良いデスね!」


 ヘルメットにゴーグルを被った先生が叫ぶ。


「今日はいい天気ですからね! 気温も丁度いい!」


 それに答えるユウは大きな声で返す。愛車バイクを運転している為、前を向きながらだと後ろの先生に声が届きにくいからだ。


 かつて、ユウと共にこの異世界ルナシスへと召喚された彼のバイクは今日も快調に草原をひた走る。先生に魔改造され、今この時も唸りを上げる小型理力エンジンは調子がいい。


「あ、先生! 見えてきましたよ!」


「お、そうデス! あれが目的の街デスよ!」


 ユウと先生と、バイクの進む先にはそびえ立つ外壁が。なかなか大きな街が見えてきた。






 ユウと先生は賑やかな街並みを歩いていく。帝国の街はどこも賑やかだが、ここは特に発展している。


「ここなら手に入るんですか? 先生が言ってたパーツは」


「そうデス。この大陸だと、ここ以外には帝都くらいの筈デスね」


 二人は目的の店を探して視線を右に左に。人ごみを避けて左に右に。朝もだいぶ陽が登っている頃の為、市場帰りらしい客が多い。その両手には新鮮な野菜や果物を持つ人たちが良く目につく。


 しばらく歩くと、市場を抜けて一風変わった雰囲気の通りに出た。どうも店構えといい、そこらを歩く人たちといい、ユウは独特としか言いようがない感覚を覚えた。


「なんていうか……電気街マニアっぽい……」


 ユウの呟いた通り、店先には大小様々な商品が並べられた店が続いている。とても小さなネジから人の腕くらい太いボルトを置いている店や、多種多様な工具を置いている店、向こうには何かの分厚い専門書が置いてある店もあった。


「まぁ、あながちその感想は間違ってないデスよ。ここは帝国の中でも電子部品や精密加工の工房が多く集まってる街デスからね。いやーあの頃から全然変わってないデス」


 先生が懐かしそうに辺りを見渡す。


「もしかして前にもここに来たことがあるんですか?」


「ん? ああ、まぁそんなところデス。軍の技術屋をやる前はここに住んでただけデスよ」


「え? じゃあここは先生の故郷?!」


「いや、別にそういう訳でもないデス」


 特に感慨もなさそうに先生は言う。今でも先生の事は謎は多いが、なかなか本人は話そうとしない。


「お、ここデスここデス。この店デスよ」


 と、先生は一件の店に入る。この店も他に負けないくらいの商品でごった返していた。どうやら何かの機械ジャンクを売っている店のようだ。


 電子部品に使われる基盤のような物、細長い電球真空管、色とりどりのコード。ユウにはそれらが何なのか、何に使われるのか全く見当がつかない代物ばかりだった。


 すると隅の方の商品ともガラクタともつかない何かが動いた。いや、よく見るとそれは初老の女性だった。


「んー、いらっしゃい。勝手に見てっとくれ」


「おばちゃん、久しぶりデス!」


 おばちゃんと呼ばれた女性は誰なのか確認している。老眼鏡の向こうの目が細くなっていく。


「おやまぁ、嬢ちゃんじゃないか。何年ぶりかねぇ?」


 先生と分かると、おばちゃんは商品ガラクタを掻き分けてこちらの方へとやってくる。その度に小さな部品が崩れ落ちそうになってしまい、ユウはヒヤヒヤしてしまう。


「何年って、まだ二年しか経ってないデスよ。おばちゃん、実年齢より耄碌もうろくしてるデスね」


「何言ってんだい! あたしゃ、まだボケるような歳じゃないよっ! 最近は目や耳が遠くなったり物忘れが多くなったけど!」


「それ、十分に老いてる証拠デスよ」


 ケラケラと笑い合う二人。どうやら今のは冗談だったらしい。


 と、おばちゃんはようやくユウの存在に気付く。


「おや、お客さんかい。気が付かんで済まないね」


「あ、いや僕は……」


「おばちゃん、ユウは私のげぼ……仲間デス」


「あれ? いま先生、下僕げぼくって言おうとしませんでした?」


「おやそうかい。まぁ、ゆっくり見てくんな」


「取り敢えず奥を見せろデス。どうせ目ぼしい部品はあっちの方に隠してるはずデス」


 そう言うと先生は店の奥へとズイズイ進んでいく。勝手知ったるなんとやら。まるで自分の家のような気軽さで侵入していった。


「まったく目ざといね! 見るのはいいけど、散らかすでないよ!」


「わかってるデス!」


 その言葉を言い終わる前に先生は居なくなってしまった。その場にはユウとおばちゃんだけが残されている。


(えー?! 先生ひとりで行っちゃったよ……。どうしよう、追いかけた方が良いのかな)


「ちょいとアンタ」


「ひゃっ、ひゃい!」


 突然話しかけられ、ユウは思わず上擦った声を出してしまった。


「なんて声を出すんだい。……ところで、アンタはあの娘のコレかい?」


 おばちゃんは親指をクイクイと上げている。


「……?」


「なんだい、鈍い男だね! 彼氏かどうかって聞いてんのさ!」


「なっ……! い、いや違いますよ! 先生とは、えっと、そう、仲間! 志を共にする仲間なんです!」


 何故かを回すような手つきで説明するユウ。焦るあまり、変な声になってしまっていた


「そんなに強く否定しなくてもいいだろうに……でもそうかい。あの娘にも良い仲間が出来たようだね……」


 その声は感傷に浸っているようでもあり、嬉しさを堪えられないようでもあった。


「あの……先生とは長いんですか?」


「んー? そうさねぇ、あの娘がここに来たのはもう四年くらい前になるかね? ウチの商品をじっと眺めててサ。あんまり真剣に見てるもんだから、つい話しかけちまったよ」





 話してみると、先生は色々と電子部品や機械について詳しかった。しかし、どうにも様子がおかしかったという。


「だってさ、着の身着のまま森の中でも歩き回ってたように泥だらけだったんだよ。ま、あの娘は詳しく言いたくなかったみたいだから聞かなかったけど」


 そして先生は家も身寄りも、行く宛もなかったらしい。そこでおばちゃんの勧めもあって、この店に居候することになったそうだ。幸い、先生は機械についての知識が豊富だったので手伝いには事欠かなかったらしい。


「なんだかんだで助かってたよ。それが突然、軍の技術士官になるって……あたしに止める権利は無いからね。それにあの娘の才能をここで腐らせるよりかは、陽の当たる所にだしてやったほうがいいと思ってね」


 そしてここを出ていったのが二年前、ということだった。それ以降、手紙の一つも寄越さなかったが先生の事だから無事にやっているだろうと思っていたという。





「便りが無いのは元気な証ってね」


「まぁ、先生らしいっていうか……何かに夢中になってると他の事は全部忘れちゃいますからね」


「それがあの娘の良いところでもあるし、悪いところでもある。何かあんた達に迷惑掛けてないかい?」


「いえ、先生はいつも僕達のために頑張ってくれています。本当に感謝しきれないですよ」


「ふふ、そりゃ良かった」


 おばちゃんはまるで自分の事のように嬉しそうだ。


 ユウが知らない先生の過去。その一部を知っているおばちゃん。二人の間には確かな結び付きがあった。




「ユーウー! 何してるデスか! こっち来て手伝うデス!」


 店の奥から先生が呼ぶ。仕方ない、という仕草を見せつつもユウはそちらの方へと向かおうとする。


「あの娘を宜しくね」


 おばちゃんの声はとても柔らかかった。







「先生? これですか?」


「そうそう、それを取ってくれデス」


 店の奥は広めの倉庫になっており、そこかしこに機械の部品やガラクタが置かれている。その壁際、背の高い棚の一番上にある部品を取ってくれと指示する先生。さすがに彼女の身長では脚立に登ってもギリギリどころか全然届かない。


「せーの……よいしょ!」


 ただ、ユウの身長でもなんとかといったところだ。両手を伸ばして目当ての部品を取ろうとするが案外重たい。力を込めて引っ張り出そうとする。


「結構重いですね……よいしょ!」


 その瞬間、ユウは指先に鋭い痛みを感じ、思わず手を引っ込めてしまった。


「いちち……」


「どうしたデスか、ユウ。って、怪我しちゃったデスか?!」


 ユウの右手、人差し指の腹側に赤い筋が滲む。どうやら機械のフチに引っ掻けてしまったらしい。


「いや、大丈夫ですよ。これくらい」


「ちょっとよく見せるデス。ほら、ほら!」


 先生は無理矢理ユウを脚立から引きずり下ろすと怪我をした指をじっと観察する。


「うーん、そんなに深くはないデスけど、破傷風が心配デスね。ちょっと待つデス」


 先生はスカートのポケットからハンカチを取り出すと、血の滲んだ指をきれいに拭き取る。そしてユウの手を取ると、その指先を口に含んでしまった。


「ちょっ?! 先生?!」


「……んっ。ほれ、これでとりあえず消毒デス。後で消毒液借りてくるデスから、これで我慢する……ユウ、なんで顔が赤くなってるんデスか?」


 先生に指摘され、初めてユウは気付く。頬の辺りや耳が熱い。


「あっ、ありがとうございます! もう、大丈夫ですから!」


 ぎこちない動きで先生から離れると、ユウは急いで先程の部品を棚から下ろす。怪我をした指が汚れないように、慎重に、急いで。


「ちょっとユウ、どうしたんデスか?」


「い、いえ? なんでもないデスよ?」


「変なユウデスね……」







 どうやら先生のお眼鏡に適うものはあったようで、その後いくつかの機械と電子部品を購入する。そしておばちゃんにお礼を言いつつ、店を後にした。


「さて、先生。スワンに帰りましょうか」


「帰りも安全運転で頼むデスよ」


 ユウが愛車の理力エンジンを始動させると、先生がひょいと後部座席に飛び乗った。


「……!」


 ユウはその背中越しに先生の体温を感じてしまう。ぎゅっと握られた服の裾、押し付けられた太もも。これまでは特に気にしたことがなかった感触が、今はやけにはっきりと感じられる。


「どうしたデスか、ユウ? 早く出発するデス」


「ふぇっ! は、はい!」


 慌ててアクセルを捻り、バイクを発進させようとする。が、急加速によって車体は不安定に揺れてしまった。


「ちょっ! ユウ! 危ない! 危ないデス!」


「大丈夫! 大丈夫ですよ!」


「いや、全然大丈夫じゃないデス!?」




 結局、ユウと先生はホワイトスワンへ無事に帰ることができた。しかし、危うく転倒しかけてしまったことで先生は軽くトラウマになってしまったらしく、当分はバイクの後ろに乗せろとは言わなくなった。










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