第72話 傍証・2

第七十二話 傍証・2


 クレアが提案した作戦がまとまると、明日の攻撃に関する打ち合わせが終わりしだい各自解散した。一度は自室に戻ったユウだが、何を思ったのかホワイトスワンの格納庫へと向かっていた。


「おっ、ユウじゃないデスか」


 夜もそこそこに更けているが、格納庫はまだ明かりが煌々と灯っていた。そこでは先生が大破したレフィオーネを直しているのだった。


「先生。お疲れ様です」


 ユウは改めて辺りを見渡す。備え付けの起重機クレーンには水色の塗装が剥げかけた装甲が吊り下げられ、床一面に破損しているらしい部品などが置かれていた。その隙間をトントンと縫いながら先生はユウの下へやって来る。


「どうしたデスか。早く寝ないといけないデスよ」


「いや、どうも寝付けなくて……」


 先生や他のメンバーは知らないが、ユウがこちらへ再召喚漂流する前、あの名も無き島では朝だった。そのおかげでまだ体内時計がズレている。どういう理屈なのか、召喚の前後は客観的な時間が連続していないようだった。


「まぁ良いです。私も休憩するところでしたし」


「そう思って、夜食と飲み物、持ってきました」


 ユウは片手に持っていたバスケットを開ける。中にはサンドイッチと暖かそうなお茶の入った水筒が。


「お、気が利くデスねー! サンドイッチの具は何デスか?」


「レタスとトマト、それと燻製肉。なんちゃってBLTベーコンレタストマトサンドですね」


「おお、旨そうデス! ちょっと待っててください、急いで手を洗ってくるデス」


 トテトテと壁際にある手洗い場へと走っていく先生。その間にユウは休憩スペースとなっている一角へと向かう。


「……」


 少し離れて見えるレフィオーネ。その姿にユウは言葉が出なかった。


 あちこちの装甲、特に胴体部はひどく歪んでおり、その殆どが外されていた。腰から伸びるスラスターもいくつか脱落しており、今や見る影もない。そして、別のクレーンには取り外された理力エンジンが。


「まったく、クレアの奴は無茶ばっかするデス。修理するこっちの身にもなって欲しいデス」


 振り返ると、濡れた手を白衣の白い所で拭く先生がいつの間にか立っていた。


「先生……」


 そのまま先生はユウの横を通り抜け、ベンチにどかっと座る。


「腹部をはじめとした各装甲は総とっかえ、全身の人工筋肉は使い物にならないのでこれも全部交換。操縦席と胴体部のフレームは歪んでるので矯正しつつ一部は交換。スラスターも無事なのは五割ってとこデスか。それに、なにより理力エンジンデス」


 先生は淡々とレフィオーネの損害状況を挙げていく。改めて機体の損壊具合が分かり、そしてクレアが無事だったのは奇跡に近いと言ってもいいだろう。


「だいぶ無茶したみたいデス。完全に焼き付いちゃって、使い物にならないデス。あれはもう交換しなきゃなんないデスね」


「……」


 ユウは何かを考え込んでいる風に、レフィオーネをじっと見ていた。先生の側からはその表情は見えないが、なんとなく察する。


「ま、だからこそユウが間に合って良かったデス。クレアに殆ど怪我がなかったのはオマエのお陰デスよ。私からもお礼を言うデス」


「……いえ、間に合ってないですよ。何か月もみんなの前から居なくなってたんですから……その間にクレアやヨハン、ネーナはずっと戦っていたのに……僕は」


「ユウ。それは違うデスよ」


「でも……もし一瞬、ほんの少しでも間に合ってなかったらクレアは今頃……僕がずっとここにいればこんな事には」


 先生はハァ、と一つため息を吐く。そして勢いよく立ち上がり、ユウの前へと進んだ。


「ユウ、オマエちょっとてやいないデスか?」


「え……?」


「確かにユウは随分と強くなったデス。私の作ったアルヴァリス・ノヴァをここまで乗りこなす操縦士なんて、どこ探したってそうそういないデス。それに理力エンジンの補助込みとはいえ、召喚とかいう変なイベントも巻き起こすほどの理力の持ち主デス。でも、デス」


 ビシ、とユウの鼻面に指を突きつける。先生の眼はどこまでも真っすぐにユウを射抜く。


「ユウ、オマエは一人の人間デス。神サマでもホトケサマでもないデス。オマエはただの人間デス。その人間に出来ることなんてたかがしれてるデスよ。そこんとこ、履き違えんな、デス」


「で、でも……」


「でもも、ヘチマもねぇデス! ……ユウ、お前が戦場で敵の兵士を殺さないのは知ってるデス。それは別に個人の勝手デスし、お前にはそれが出来るくらいの技量があるんでしょう。でも、あくまでそれはお前の勝手デス。敵はお前の信念なんか関係なく殺しにやってくるし、味方だって敵を殺すデス。それが戦争デス」


 最初は怒っていたように見えた先生だが、徐々に声のトーンが下がっていく。


「……ユウは強いデスけど、それは精神の、心の強さじゃないデス。私は心配なんデス。ユウが戦場の汚い所を見て、いつか心が折れやしないかって……」


「先生……」


 先生はその小さな手をギュッと握り、ユウの胸へと突き出す。力なく胸を叩かれたユウは、そっと自分の手と先生の手を重ねた。


 手の甲はガサガサに荒れている。小さくか細い指も傷だらけだ。機械油と工具、重い部品を触っているせいだった。いつも、先生はこうしてユウ達の機体を整備してくれている。


「……ごめんなさい、先生。ちょっと弱気になってました」


「……ん、分かればいいデス」









「アムレアスの長老に、この戦争を終わらせてくれって、そう頼まれたんです」


「はぁ~、また無理難題を押し付けられたデスね」


 二人はベンチに腰掛け、名も無き島でのことを話していた。先生はそれをサンドイッチを頬張りながら聞いている。


「長老は何事も意志を持たなければ始まらないって言ってたんですけど……正直、僕になにが出来るのかなって」


 名も無き島。そこにいたアムレアスの長老・ソブはユウとクリスの二人に、大陸を二分する戦争を止めて欲しいと頼んだ。だがクリスもユウも、簡単に首を縦には振れなかった。


「だって、僕もクリスさんもただの操縦士ですよ? そりゃ、クリスさんは部隊を率いているけど、それでも戦争をどうこう出来るような階級じゃないって言ってたし。僕だって理力甲冑同士の戦いならいくらか自信はあるけど、戦争を止める方法なんて全然分かんないし……」


「まぁまぁ、ユウ。ちょっと落ち着くデス。ほら、お茶飲んで」


 先生はお茶を注いだコップをユウに手渡す。暖かいお茶からは湯気と、ほんのりいい香りがする。


「ユウの不安は分かるデス。戦争を止めるなんて仕事、そんなのは政治屋だとか王侯貴族の仕事デス。ユウのやる仕事じゃないデス。あんまり気にしなくてもいいデスよ」


「でも……僕がこの異世界ルナシスに召喚されたのは何かの意味があるんじゃないかって。そう思うんです」


「それこそ、ユウの考えすぎデス。人は何かの意味や役目を持って産まれる、なんて言葉があるデスが、んな事は無いですよ。人間、産まれてくるときはみんな素っ裸デス。そこから沢山の人と出会って、多くの経験と失敗を積み重ねて、そして老いて死ぬ直前までに成したこと全部がようやく意味になるんデス」


 そう言うと先生は立ち上がり、ユウの方へと向きやる。そしていつもの自信たっぷり、不敵な笑顔を見せた。


「だからユウはいちいちそんなの気にしなくていいデスよ。自分のやりたい事、ユウじゃないと出来ないことをすればいいんデス!」


「……ん、そうですね。僕は僕がやりたいことをやり遂げます。さしあたっては明日の作戦を完了させること」


「そうデス。その意気デス!」


「そして……僕は先生を守ります」


「ふへぇっ?!」


「先生はいつも僕を助けてくれて……迷ったときは正しい方へと導いてくれる。そんな先生を、今度は僕が助けていきたいんです」


「ちょっ、ユ、ユウ……いったい何を言ってるデスか……」


 いきなりの事にみるみる先生の顔が赤くなっていくが、ユウは全く気付いていない。あまりの恥ずかしさに先生はクネクネし、顔は両手で覆ってしまっている。


「それから、クレアも!」


「……へ?」


「クレアにも、いつも助けてられるばっかりだし……ヨハンにネーナ、リディアとレオさん、もちろんボルツさんも!」


「え? あれ? そういう意味デス?」


「ん? スワンの皆は仲間じゃないですか!」


「あー、はい、そうデスね。私の早とちりデス」


 思っていた意味合いが違うと分かると、先生は一気に脱力感に襲われた。そうだった、ユウはこういうヤツだったと小さく呟く。


「え? え? どうしたんですか、先生」


「どーもこーもねーデスよ! 全く! ユウは女心っていうのが分かってねーデス!」


 先生は持っていたコップの中身を一気に飲み干し、ユウへと突き出す。


「はい、そろそろ休憩は終わりデス! 私は明朝までにレフィオーネを最低限、飛べるまでに修理しなくちゃいけないんデス! ユウはこれ片付けてさっさと寝るデスよ!」


 あまりの剣幕にユウはたじろぎながらもその場を片付け、急いで格納庫を後にする。するといきなり、扉の影からボルツがぬっ、と現れた。


「うわっ! ……なんだ、ボルツさんじゃないですか。なにやってるんですか?」


 するとボルツはユウの両肩に手を置き、深くため息を吐いた。


「……あのですねぇ、ユウさん。私はあんまり人間関係をどうのこうの言うのは得意じゃないですが、今のは駄目ですよ」


「え? どういうことですか?」


「あなたはまだ若いんですから、すぐに身を固める覚悟をしろとは言いませんが……もう少し女性の気持ちを考えてあげないと、そのうち後ろから刺されますよ?」


 普段のボルツからは想像できないような真剣な面持ちで言われ、ユウは思わず頭を何度も縦に振ってしまう。そしてそのまま彼は格納庫へと行ってしまった。


「女性の気持ち……?」


 その後、ユウはボルツの言葉の意味を考えながら自室のベッドに入ったが、結局なんの事か分からないまま朝を迎えるのであった。








「先生、ユウさんはそういうのに疎いようですから……」


「うっせーデス! あんの朴念仁! こっちの気持ちを知らずに……!」


「まぁまぁ。でも旗色は決して悪くないと思いますよ。あの様子だと、何かの切欠で……」


「っていうかボルツ君、いつから見てたデスか!」


「先生が手を洗っている所からですね」


「殆ど最初じゃないデスかー! なんでその時に出てこなかったんデスか!」


「そこはホラ、久しぶりの二人きりの時間を邪魔しちゃ悪いと思いまして」


「くっ、この男……妙な所で気が利くデスね……!」











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