第72話 傍証・1

第七十二話 傍証・1


 ユウとクレアがホワイトスワンに到着するのと、陽が沈むのはほぼ同時だった。


「ユウ、とりあえずレフィオーネは格納庫に入れておきましょう。先生に直してもらわなくちゃ」


 昼間の戦闘で大破してしまったレフィオーネはアルヴァリスに抱きかかえられている。クレアはというと、アルヴァリスの操縦席ユウの膝の上にいた。


「お、ヨハンのステッドにネーナのカレルマイン。けっこうぼろぼろだなぁ」


 ホワイトスワンの格納庫に入ると、そこには二人の機体が鎮座していた。ここ数日の激戦による傷がそこかしこに見え、応急修理の後が分かる。だが二人の機体に致命な損傷はなく、的確に戦場を立ち回っているのだと思わせた。


 ユウはクレアの指示通り、レフィオーネを格納庫の床に横たわらせ、背負っていたブルーテイルも近くの壁に立て掛ける。破損し脱落した装甲の壱分やスラスターは置いてきた。クレアによると、どれも技術的に秘匿するようなものは無いとのことだったからだ。


「ユウー!」


 ユウとクレアが操縦席から降りた途端、聞き慣れた声と共に、金の長い髪と白衣が揺れるのが見えた。


「先生!」


「ユーウー!」


 こちらへと全力で走ってくる先生。十分な速度が付いた所で彼女は思い切りした。


「せんせ……グハァ?!」


「ユウ?!」


 先生の履いている作業用ショートブーツの底面がユウの腹部にめり込む。いくら小柄とはいえ、人間一人分の体重が乗ったドロップキックは凄まじい威力だった。


「おいコラ、ユウ! オメー今までどこほっつき歩いてたデスか! それとなんでレフィオーネがこんなにズタボロになってるデス!」


 ゴロゴロと転がっていた先生は勢いよく飛び上がると、苦痛に悶えているユウへその指をビシ!と向けた。


「ゲホッ、ゲホッ……」


「せ、先生! ちょっとやり過ぎよ!」


「うっせーデス! みんなをこんなに心配させた馬鹿ユウにはこれくらいしないと腹の虫が治まらないデス! 本当に……このバカァ!」


 その声は僅かに震えていた。うっすらと目元が光っているのは、ユウの気のせいではないだろう。


「う……そのごめんなさい……」


「グス……もう、いいデスよ。無事に帰ってきてくれたデスから」


 ぐしぐしと白衣の袖で目元を拭う先生を見て、ユウの心には罪悪感が芽生える。彼女が語る以上に心配させていたことを改めて思い知る。


「先生、ユウにもすぐ戻れなかった事情はあるのよ……」


 帰還する途中、クレアには簡単にだがこれまでのことは話していた。俄には信じがたい出来事ではあるものの、彼女はそれを信じ、納得してくれた。


「そうデス。この三ヶ月、どこに行ってたんデス? それに突然現れたって無線で聞いたデスよ」


「えーと、その話はしたいところなんですが……長くなりそうですし、ご飯食べてからにしましょ?」


 再召喚の影響か、はたまた偶然か。ユウの腹部からは空腹を知らせる音が鳴り出した。









 ここはホワイトスワンの食堂兼、作戦会議室兼、談話室。


 予め、無線でユウの帰還は伝えられていたが、改めてみんなに帰還の報告をする。クレアと先生以外のメンバーは驚きながらもユウを暖かく迎えてくれた。


「まぁ、ユウさんならいずれ、ひょっこり戻ってくるとは思ってましたけど。前科持ちですからね」


 とヨハンは茶化し、それをクレアに頭を叩かれてしまった。ユウは申し訳ない気持ちと共に、戻ってきたという実感が胸に込み上げる。そこには、いつも通りの風景があった。




 そして今は食事を済ませ、みんなは食後のお茶を啜りながらユウがこれまで体験してきた話を聞いているところだ。


「……という訳で、どうにかここへ戻れたんだ」


「……あのユウさん?」


 半信半疑、というよりもほぼ疑いの目を向けるヨハン。


「いや、えっと……全部ほんとにあった事なんだよ……?」


「えー? でもそんな、隠された島! 謎の巨人種族! 理力の秘密! って言われてもなぁ……」


 他のメンバーもおおむね似たような反応を示している。例外はクレアと先生だけだ。


「フーム。そのアムレアス巨人種族とかいう連中については実際にこの目で見ないと何とも言えないデスが、理力云々についてはいくつか納得できるデス」


「先生! 流石です! 僕の話を分かってくれるんですね?!」


「いや、というよりも以前からあった理力の理論についての補足というか、裏付けみたいなのが取れた感じデス。ほら、前にも話したことがあったデスよね? 理力についての論文」


「えーと、そうでしたっけ?」


 すっかり忘れている様子のユウは頭をポリポリと掻いている。それを見て先生はため息一つ。


「おバカなユウは置いといて、帝国の高名な研究施設や大学の研究室では理力についての研究が行われているデス。それは理力の効率的な運用法だったり、人工筋肉との相関関係を調べたり……ユウが言ってたような理力の本質を調べる研究もあるデス。それで、理力そのものについての論文がいくつかあるんデスが、中には人間の思考や意思と理力には一定の関係性があるという結果が示唆されてるデスよ」


 先生は座っていた椅子からピョンと飛び降り、みんなの前へと進む。


「その辺りの論文によれば、理力とは人間以外の動物や魔物にも備わっている力の一つで、一説によると植物や鉱物、身近なモノ全てに存在すると言われているデス。植物や鉱物が意思を持っているかは……この際置いといて、その一部が大気中に漏れ出ていて、私の開発した理力エンジンはそれを利用してるんデスね」


 解説する先生にみんなの視線が集まる。こうしてみると、先生は如何にも先生らしいとユウは思ってしまった。


「で、この理力はどこから来るか、発生原因はなんなのかという事を調べた研究チームがいたデス。結論から言うと、その論文の中では結局分からなかったんデスが、そのチームは一つの仮説にたどり着いたんデス。それが、人間の意思や行動から理力は生じているのではないか?デス」


「意思……行動?」


 ヨハンはどうにも理解が追い付いていないようで、頭の上にハテナマークが浮かんでいる。


「要するに、ヨハン様がこうしたい、ああしたいと思う力が理力の源になるんですのよ。ね、先生」


「ん、ネーナの言う通りデス。人間の行動、その根源は自らの意思によるものデス。何か美味しいものを食べたい、色んな所へ行きたい、誰よりも速く走りたい……そういう意思を持って人間は行動し、文明を発展させてきたデス。ユウの話と、例の論文の内容を合わせて考えると、それが理力が生まれる素デスね」


「うーん、そこん所がいまいち理解しにくいんだけど……」


 リディアもヨハン同様に頭を捻っている。


「えっとさ、その意思ってのが理力のモトっていうのは百歩譲ってそうだとするじゃん? それならなんでアタシは理力甲冑の操縦が上手く出来ないのさ? 意思だけでいえばユウにも負けない自信はあるよ!」


 リディアは生まれつき扱える理力が少なく、理力甲冑の操縦に対する適正がないと判断されてきた。しかし、本人はその操縦士になるべく密かに努力し、そして最近、理力エンジンの補助を受けることで人並に理力甲冑を動かせるようになっていたのだ。


「そうデスね、リディアの言うことも最もデス。まぁ、理力についての研究はまだまだ始まったばかりデスし、ここからは私の想像の話になりますが、極端なことを言えばリディアみたいな生まれつき理力が少ないと言われる人間は、意思の力が理力に変換されにくい体質だと思うデス」


 と、先生は黒板に人の絵を描き、そこへ太さの異なる矢印を二つ引く。矢印の太い方が良い変換効率という事らしい。


「通常、人間の意思は理力に変換されるデスが、この時の変換効率は人によって異なるんじゃないかと推測するデス。メチャクチャ効率の良いユウみたいな人間もいれば、リディアのように理力甲冑を動かすに至らない人間もいるデス」


「ええ?! じゃあその効率ってのはどうやったら良くなるのさ!」


「うーん、こればっかりはなんとも言えないデス。そもそも、変換効率うんぬんは私の仮説デス。それに、理力甲冑を動かす訓練を続ければ、それなりに理力も増えるっていう話だから地道に努力するしかデス」


「そうよ、リディア。それに、理力甲冑は理力の強さだけじゃなくて思考の精確さも重要なんだから、そっちも鍛えるべきね」


「それが難しいから悩んでんだろ?!」


 アドバイスした筈のクレアに向かって吼えるリディア。相変わらずこの二人は仲が良いのか、悪いのか。それを見かねてレオが仲裁に入る。


「ま、なんにしても、今のところは全部推測の話デス。そのアムレアスとやらの所へ行って色々と話を聞いてみたいデスが、ユウの話だとどうにも難しそうデスね」


「ええ、彼らは基本的に人間と関りを持ちたくない様子でした。それに連合や帝国でもあの島やアムレアス、過去の事を知ってる人は殆ど居ないとも言ってたし、人間側からも何らかの情報統制みたいなのがあると思うんですよ」


 ユウはお茶を少し啜る。熱かった筈の、紅茶に似た風味の飲み物はいつの間にかぬるくなっていた。


「それなんだけどね……多分、バルドーさんは知ってると思うのよ。召喚の事を提案して準備を進めたのはバルドーさんだし、立場上、そういう事を知ってても不思議じゃないわ」


 クレアの表情はどことなく暗くなる。バルドーに対して多少なりとも疑念のようなものが芽生えていたのだ。それに過去には、本来帝国製であるステッドランドの生産体制を秘密裏に構築していたこともあり、どうも裏では多方面に渡って活動しているのかもしれなかった。


 彼の行動は戦争に備えてのことだというのはクレアにも理解出来る。しかしこうまで秘密事が多いと、その柔和な顔の裏には何かあるのではと勘繰ってしまうのも仕方がない。


「私としてはバルドーさんを信じたいんだけどね……」


「まぁ、問い質そうにも今こっちには居ないっスから」


 バルドーはアルトスの議会代表であると同時に連合軍の要職に就いている。こんな前線には出向くはずもなく、アルトスの街で書類仕事や会議に追われていることだろう。


「そういえば、ユウさんのお話では帝国の目的は領土拡大というよりも武力による大陸の統一と言っていましたね」


 ボルツが抑揚のない声で訊ねる。だがその表情は何か疑問があるようだ。


「仮にオーバルディア帝国が大陸全てを手中に収めたとしてですよ。その、アムレアス……でしたっけ? 巨人達の住む島を攻めたり交渉をするような価値があるのでしょうか? 技術も資源も無さそうな島を彼らが欲しがりますかね? アムレアスは自衛のため、こちらからの交渉に応じたらしいですが、どうにも引っ掛かるような気がするんですよ」


「うーん、そこはホラ、理力に関しての理論や技術が欲しいんじゃないデスか?」


「そうでしょうか……?」


 しかし納得のいかない様子のボルツ。


「ま、そこは帝国の首脳陣や皇帝あたりにでも聞かないと分かんないわよ。まずはこの硬直した戦線をどうにかしないと」


「つっても、姐さん。向こうもこっちも戦力に大した差は無し、だだっ広い平野で両軍がぶつかるしかないような戦場っスよ? 作戦も立てようが……」


 ヨハンは椅子の背もたれに寄りかかりながら不満そうな顔をする。そして、それに同調するネーナ。


「まぁ、こうも互いの戦力が拮抗してると、なかなか均衡を崩せませんわね。一部が勝利しても全体で見ればどっこいどっこい。私たちが敵陣を中央突破しても、帝国の司令部はさらに奥地。これじゃあ手が出せませんわ」


 確かに、ホワイトスワンとその理力甲冑ならば単身で敵陣を突破できるかもしれない。だが、それをしたところで敵の前線司令部は後方の別のところにあり、そちらはそちらで大部隊に守られている。


 その為、両軍とも戦線の維持に拘るようになり、衝突は毎日起きるがそれも戦力を漸減ぜんげんさせるようなものばかりである。


 しかし、クレアはニヤリと微笑む。それを見て何かを悟ったのか、ユウは「え? マジ?」という顔をしてしまった。


「たまたま、近所戦場で良いものをかっぱらってきたのよ、ね? ユウ?」


「ああ、うん、まぁ……」


「アレを使えば、この状況はひっくり返るわ! この戦線は私たち連合軍の勝ちよ!」


 ぐっと握り拳を作って勝利宣言をするクレアと、それをやや不安げな顔で見つめるユウ。そして、何の事か分からず、ポカンとする一同だった。










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