第71話 励起・5

第七十一話 励起・5


「……!」


 なんとか足を踏ん張って衝撃に耐えるクレア。幸い、大きな爆発ではなかったので体はなんともない。


「何?! 何なの?!」


 クレアは操縦桿を握り、急いでその場から離れようとする。


「えっ、ちょっ、えっ?!」


 が、妙な浮遊感を感じると同時に、レフィオーネがその場で力なく倒れ込み始めた。そしてそのまま地面へと激突してしまう。機体が全く反応しなくなっているのだ。


「いつつ……迂闊、もう一機いることを忘れてた……!」


 後悔は後からいくらでも出来る、今はこの敵に対処しなくては。と、クレアはここ最近、理力甲冑の人工筋肉を破壊するという敵がいるという話を聞いたことを思い出す。


(確か、人工筋肉の機能を阻害するとかなんとか……。ユウとアルヴァリスも戦ったアイツの事ね。つまり、この辺りの損傷が少ない味方機は全部アイツの仕業ってこと?)


 それが正しければ、この状況は非常にマズいことになる。すでにレフィオーネの人工筋肉はあちこちが機能障害に陥り、もはや行動不能となってしまった。


 理力エンジンも完全に停止しており、機体は操作不能。脱出しようにも、機体はうつ伏せでハッチが開かない。まさに絶体絶命。








 丸みを帯びた重装甲が特徴的な理力甲冑、オキサイドが倒れているレフィオーネの前に立つ。もはやデストロイアの効果でレフィオーネは指先すら動かせない状態だ。しかしガスは念のため、ブルーテイルを蹴り飛ばした。


「へっ、あのスカート付きをこの手で撃破できるとはな! おい、マーヴィン。どうした、返事しろよ!」


 ついさっきまで、無線からは相棒の声が聞こえていた。スカート付きは俺がやる、俺が倒すと散々わめいていたはずなのだが、いつの間にかぷっつり途切れてしまっていた。


「おい、マーヴィン! ったく、あの野郎、何してんだ」


 と、ふと視線を上げると、砲弾によって耕された地面の向こうに奇妙な色彩を発見した。それはつまり、相棒であるマーヴィン・ハドックの乗機、グラスヴェイルであり、胸に大きな風穴を開けて倒れているのが分かった。


 まさか。なぜ。


 ガスはどういうことなのか理解出来なかった。あのマーヴィンが死んだ? まさか。


 グラスヴェイルの胸元、あの大きな穴は通常の銃器ではああはならない。もし、あんな大きな弾痕ができるとすれば。


「てっ、てめえか! マーヴィンをやったのは!」


 目の前で成すすべもなく倒れている、この水色の理力甲冑。このスカート付きは暴力的なまでに口径の大きな銃器を持っている。


「クソッ、クソッ! マーヴィンの仇!」


 もはやガスは怒りで何も考えられなくなっていた。頭にあるのはこのスカート付きを粉々にすること。完全にバラして、二度と動けないようにしてやること。それだけだった。


 オキサイドは重々しい脚を持ち上げると、足底をレフィオーネ目掛けて何度も踏み下ろす。


 鉄が軋む音。


 鈍く、嫌な音。


 華奢なレフィオーネの胴体が次第に歪んでいく。


「クソッ! クソッ!」


 スラスターが潰れ、衝撃でどこかへ飛んでいく。


 か細い腕がへし折れ、痛々しく曲がっていく。




 そこには、見るも無残な姿になったレフィオーネがいた。


「これで、トドメだ!」


 ガスが叫び、オキサイドが一際脚を高く上げ、勢いをつけて踏み下ろした。もはや装甲がボロボロになり、内部骨格インナーフレームにも深刻なダメージとなっている状態のレフィオーネでは耐えきれない。間違いなく、この一撃は操縦席を踏みつぶしてしまうだろう。


 オキサイドの太い脚が今まさにレフィオーネを叩き潰す。


 その瞬間だった。




 突然、レフィオーネとオキサイドとの間に光が現れた。激しく、しかし、どこか温かみのある光。




 あまりの光にガスは目が眩んでしまう。


「なっ、何だ! この光は!」


 構わずガスはオキサイドの脚を振り下ろす。敵の閃光弾か何かなのか。この程度で怯んでは操縦士の名がすたる。


 だが、オキサイドは姿勢を崩して後ろへと倒れ込んでしまった。に突き飛ばされてしまったのだ。


 僅かな時間の後、光は収まった。ガスはオキサイドをどうにか立ち上がらせると、あまりの眩しさにチカチカする目をこすりながら辺りを警戒する。だが、ソレがそこにいる事に気付くと、何故だとか、どうやってとかいう疑問は浮かばなかった。そんな事はどうでもよかったのだ。因縁のあるアイツに再び出会えたのだから。


「連合の白い影アルヴァリスっ!」









「……アルヴァリス……? もしかして、ユウ……なの?」


 激しい衝撃で頭が朦朧とするクレアだが、その白い装甲と聞き慣れた理力エンジンの唸りはハッキリと分かる。あれはアルヴァリス・ノヴァだ。横たわるレフィオーネのアイ・カメラはしっかりと白い機体を捉えていた。


「……えっと、クレア、ただいま。悪いけど、もう少しだけ待ってて」


 無線機から聞こえてきた声は懐かしく、思わず視界が潤んでしまった。


「どこ行ってたのよ……バカ」


 ゆっくりとアルヴァリスは立ち上がり、背中に背負った大剣を抜く。そしてオキサイドの方へと向きやると、静かに構えた。






 オキサイドはすぐさまデストロイアが封入された擲弾を発射する。そしてすぐさま発射器をその場に捨て、一気に間合いを詰めた。アルヴァリスの視界を封じ行動不能にしつつ接近戦で片を付けるつもりなのだろう。


 対するアルヴァリスは両手で持った不釣り合いなほど大きな剣を一閃させる。信じがたいことに、飛翔する擲弾を真っ二つにしてしまったのだ。だが、中のデストロイアがまき散らされ、キラキラとした煙がアルヴァリスを包み込む。


「ユウ!」


 思わずクレアは叫んでしまう。しかし、それは要らぬ心配だったと理解した。


 理力エンジンの唸りがさらに強くなる。アルヴァリスの全身にある姿勢制御用スラスターが勢いよく圧縮空気を吐き出し、オキサイドの煙を払いのけたのだ。


 勢いよく突進してくるオキサイド。それを迎え撃つアルヴァリス・ノヴァ。


 アルヴァリスのスラスターが再び渦巻く。レフィオーネと同様の機構を小さくしたものを搭載したスラスターは飛行こそ出来ないものの、アルヴァリス・ノヴァの激しい機動を補助するには十分な出力だ。そのスラスターを後方へ向け、推進力へと変換させた。


 二機が交差し、互いに背を向ける。


 直後、オキサイドの分厚い装甲に一筋の線が入る。その線はすぅ、と伸びていき、ちょうど胸部装甲を斜めに一周してしまった。


 アルヴァリス・ノヴァが振るったオーガ・ナイフはオキサイドの分厚い装甲をまるで紙を切るかのように、いとも容易く胴体を切断してしまった。二つに分かれた機体は文字通り、その場に崩れ落ちた。










「クレア! 大丈夫?!」


 ユウはクレアを潰れかけた操縦席から引きずり出し、必死に呼びかけていた。見た目には大きな怪我はないが、頭をぶつけたのだろうか気を失っている。


「クレア!」


 擦り傷が出来た頬を撫でる。サラサラとした銀髪がユウの指を流れる。


「ん……」


「良かった! クレア!」


 眩しそうに目を細めるクレア。ユウは思わず強く抱きしめる。


「……ちょっと、痛いんだけど」


「あ、ごめん!」


 慌てるユウ。それを見て思わず微笑むクレア。


「アンタには色々と言いたいことがあるんだけど……」


「……」


「まずはこれだけ。……おかえりなさい」


「うん。ただいま」









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