第71話 励起・2
第七十一話 励起・2
「あそこが救援要請のあった地点ね……嘘、あんなに撃破されてる……?」
上空で薄水色の機体がゆっくりと旋回している。
先ほど無線で救援があったと思われる場所には連合軍のステッドランドが何機も倒れていた。しかし、クレアは奇妙な感覚に襲われる。あのステッドランド達はどこかおかしい、と。
「傷が殆どない……?」
よく見ると、戦闘による破損が少ないのだ。装甲の一部が擦れていたり、泥で汚れているが、行動不能になるような損傷を負っている機体は殆どいない。これは一体どういうことなのか。
「……! あれは……角付き!」
(この異常な攻撃はあの角付きがやったの……?)
咄嗟にクレアはレフィオーネを空高くへと上昇させる。敵の攻撃が未知数な以上、迂闊に近づくのは得策とは言えない。
ぶわ、とスカート状のスラスターが広がり、レフィオーネは空中で姿勢を安定させる。上空の気流は地上よりも激しいが、今日はそこまで風が荒れていない。絶好の狙撃日和だ。
対魔物用ライフル・ブルーテイルを構えると、レフィオーネの操縦席にあるモニターの一部が別の景色を映す。ブルーテイルに搭載されているスコープの映像と連動し、拡大された照準が画面いっぱいに広がった。
「敵は重装型っぽいけど……ブルーテイルの的にしちゃ、少々物足りないわね」
数キロ先の鋼鉄の板をやすやすと貫徹させるブルーテイルにかかれば、大抵の理力甲冑は紙も同然だろう。だからこそ、あの角付きは一撃で倒さなければならない。クレアはいつもより慎重に風の流れを読んでいく。
(現在の高度、風の向きと強さ……湿度、温度、良し!)
ブルーテイルの弾丸は通常の理力甲冑用の小銃と異なり、かなり重く直進性が高い。そのため風向きや温度の影響を受けにくいのが特徴だ。しかし、あまりに長距離狙撃となるとコリオリの力といった別の影響を考慮しなくてはならない。この辺りは数学および物理学的計算と、クレアの類まれなる勘と経験に基づいて修正される。
(……?)
引き金を引こうとした瞬間、別の地点で何かが光った気がした。発砲炎ではない。もっと別の何か、ガラスやよく磨かれた金属が反射したかのような……。
バスン、という音と同時にレフィオーネは姿勢を崩してしまう。ついでに高度も落ちかけている。
「何なのよ! もしかして狙撃?!」
クレアの耳には銃声が聞こえなかった。もし彼女の予想通り、先程の光が狙撃銃に取り付けられたスコープの反射だとしたら、相手の射撃の腕前は相当なものだ。
「静止していたとはいえ……空を飛んでるレフィオーネに当てるとはなかなかやるわね!」
すぐさまクレアは機体の姿勢を取り戻そうと操縦桿を握り込む。機体各部のスラスターは操縦士の理力によってある程度、自動で展開するようになっている。
破損したスラスターは一基だけなので、他の箇所の圧縮空気量を調整することでなんとか墜落は免れた。が、これ以上飛行していると再び狙撃される危険性が高い。
「しかし厄介ね。上空からの狙撃は無理かしら」
被弾は一発、しかし落下中に再度狙撃が無かったことから狙撃兵は多くない筈だ。それに、こんな長距離狙撃を成功させる腕を持つ敵は専用に特化した機体に乗っている可能性が高い。
「角付きは重装型と、狙撃型の少なくとも二機いる……!」
「ちっ、運の良いやつだ……」
マーヴィンがぼそりと呟くと、ガスがちゃちゃを入れてきた。
「おいおい、まさか外しちまったのか? マーヴィン
「うるせぇ、っていうか外しちゃいねぇよ。そもそもこの距離と高所にいる理力甲冑に当てられるのは大陸広しといえど俺くらいなもんだ」
マーヴィンは失敬な、という風にフンと鼻を鳴らす。
(あのスカート付きを先に発見できたのは僥倖だったが、少し焦りすぎたかもな……だが、次は一発で仕留めてやるぜ)
前線の帝国兵の間ではスカート付きこと、レフィオーネはそれなりに有名となっている。それもそのはず、未だにこの大陸では他に単独飛行可能な理力甲冑が存在しないにも関わらず、あちこちの戦線でその姿が目撃されるからだ。
「奴は飛行装置の一部が損傷したはずだ。今まで通りには飛べねぇ。俺が奴の頭を抑えてるから、その間に始末してくれ」
「おうよ、マーヴィン先生の尻拭いはこの俺がやってやるよ!」
「……いちいち癇に障る野郎だな、お前から先に撃つぞ」
「おー怖い怖い。味方から撃たれる前にさっさとあの水色のやつを叩いてくらぁ!」
そう言うと、オキサイドはスカート付きが降りていったと思われる方向へと走り始める。その度に重たい装甲がガシャガシャと耳障りな音を立てていく。
そして何もなかった空間に、奇妙な縁取りが現れた。それは人型をしており、ようく見てみると朧気ながらも理力甲冑だと分かる。
マーヴィン・ハドック操る理力甲冑・グラスヴェイル。その最大の特徴は、辺りの景色と同化することで自身の姿を消せることだった。
この機体装甲には、カメレオンマイマイと呼ばれるカタツムリ型をした魔物の殻が使われている。その殻の表面は非常に微細な
つまり、グラスヴェイルはカメレオンマイマイと同等の隠蔽力を有していることになる。薄暗かったり視界の悪い場所ならば、もはや人間の眼では見極めることは事実上、不可能と言われているほどだ。
そして操縦士であるマーヴィンの的確な射撃能力と組合わさることで、グラスヴェイルは不可視の狙撃手という真価を発揮する。手にしたマークスマン・ライフルは味方の進撃を支援し、敵を確実に排除するのだ。
「さて、どうしようかしら」
少し前までは恐らく草原だった場所。今では砲弾によって耕され、理力甲冑によって踏みしめられている黄土色の大地。
今朝の砲撃で空いたいくつかの穴、それに覆い被さるようにしているレフィオーネ。クレアとその愛機はここから一歩も動けないでいた。
(いちおうスワンに無線で援護をお願いしたけど、味方も迂闊には近づけないわね……)
敵の狙撃手はなかなかの使い手らしく、地表付近を飛行するレフィオーネを的確に狙撃してきたのだ。いくら高速で移動しようとも、敵に近づく機動をすればたちまち撃墜されてしまう。実際、何発かの銃弾に青い装甲を削られていた。
かといってこのままじっとしていても、事態は好転するどころかあの重装甲型がやって来るだろう。そうなれば勝ち目は薄い。
(理力エンジンの調子はバッチリ……スラスターも最初の一発以外に致命傷は無し。一か八か、やってみようかしら)
と、クレアが作戦遂行の決意を固めたところに
(もう少し……近づいて……)
クレアは出来る限り理力エンジンの回転数を落とし、機体の全身を脱力させた。先程の狙撃で撃墜されたかのように振る舞うためだ。
オキサイドの方も、レフィオーネが本当に撃破されたのかを窺っているようで、なかなかこちらへは近寄ってこない。
(マズったわね、ブルーテイルに手が掛かっているのを警戒してる……)
レフィオーネの右手は今、ブルーテイルの
(……ダメ、限界!)
ブルーテイルのスコープから送られてくる映像には、こちらへ向けて
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