第71話 励起・1

第七十一話 励起・1


「おい、あの機体……なんだ?」


「やけに着ぶくれしてるな……だが相手はあの角付きだ、油断するな!」


 鈍色のステッドランドを駆る、連合軍操縦士がオキサイドを発見する。見た目通り、動きはあまり機敏ではないようだが、その頭部にはエースの証である角がそびえ立っていた。


「重装備型か……? 一○三ひとまるさん一○五ひとまるご部隊、集まれ。角付きを発見した、これより強襲をかけるぞ」


 右翼を指揮する隊長格の操縦士・ペパーが号令を掛けると、すぐさま部隊のステッドランドが終結した。一○○ひとまるまるから始まる十の部隊は戦争序盤からいくつもの戦果を挙げている精鋭揃いだ。それぞれ操縦士も機体と共に鍛え抜かれている。


「あの装甲じゃあ小銃は牽制程度にしか効かなそうだぜ?」


「ひとまず足を止めよう。俺が注意を惹き付けるから、その後はアンソニーとフリーが左右から挟撃、スミスとジョンは後方から援護しろ。行くぞ!」


 作戦開始の号令もそこそこに、ペパー機が飛び出していく。両手でしっかりと把持はじした自動小銃を腰だめに構えると、その引き金を短く、何度かに分けて引く。


 ダダダと、小気味良い破裂音と共に銃弾が数発ずつ放たれる。あまり全自動小銃のフルオート射撃になれていない操縦士だと不意の遭遇戦で引き金を引き続けてしまい、すぐに全弾を撃ち尽くすこともあるという。しかし流石は精鋭といったところか、横に移動しながらの射撃だがほとんどの銃弾は敵機の装甲へと命中する。


「ちっ、やはり硬いな」


 敵機オキサイドの装甲は見た目どおり分厚いらしく、小銃の銃弾は簡単に弾かれてしまう。だが、それでも脚は止まった。


 その隙をつき、さらに接近するペパー機。どうやら通常のステッドランドよりも性能を向上させた改修機らしく、跳躍しただけで一気に間合いを詰めてしまった。自動小銃を片手に、空いた左手を腰に回すと小振りなナイフを取り出して果敢にも斬りかかる。


 鈍い金属音と共にオキサイドの装甲がいくらか削れる。簡単には貫通しないということはペパーも承知しているので、着地と共にさらなる刺突を繰り出す。いくら装甲が厚いといっても、その隙間は無防備というのが理力甲冑だ。近年の装甲配置ではなるべくその隙間を減らすように工夫がなされているが、それでも完璧ではない。


「まずは腕!」


 その太い腕で殴りつけてくるオキサイドの背後に回ったペパー機は相手の右肩、その付け根にナイフを突き立てた。人工筋肉と内部骨格インナーフレームをつなぐ腱に当たる部位を切断されてしまうと、どんな理力甲冑だろうとその部位は行動不能となってしまう。


 その時、ペパーは奇妙な感覚を覚えた。確かにナイフの刃先は装甲と装甲の隙間に潜り込んだ。だが、妙に浅い気がするのだ。


「……! マズい!」


 咄嗟に不利を判断したペパーはそのナイフを手放し、後方へと跳び退った。


 ペパー機の胸元、その装甲を抉らんとするオキサイドの拳が掠める。もう少し遅ければ機体の胸部には大きな穴が開いていたかもしれない。


「隊長!」


 アンソニー機とフリー機が左右からオキサイドに斬りかかる。そのお陰でペパー機は何とか体勢を持ち直せた。


「やはり、角付きだけあって手強い!」


 ペパーはナイフを突き立てたオキサイドの右肩の背中側を睨む。彼が感じた違和感、その正体はナイフが人工筋肉へと到達する前にしまったのだ。そのような芸当が出来る操縦士など、そう多くはない。


 アンソニーとフリーも剣で切りつけるが、オキサイドの操縦士は分厚い装甲を上手く生かし、的確に斬撃をいなしていく。と、突然、右手に持っていた銃のような武器を持ち上げた。


 小さな爆発音が轟く。至近距離で撃たれたアンソニー機の周囲にはキラキラとした煙が発生する。


「アンソニー! 無事か?!」


「あ、ああ。俺は無事だ! どうやら音と煙だけの虚仮威こけおどしみたいだぜ!」


 アンソニーの無事な声にホッとするペパー。が、アンソニー機はみるみるうちに動きが悪くなってしまった。アンソニーの言う通り機体は特に損傷がないように見えるのだが、一挙手一投足がぎこちない。


「な……なんだ、機体が動かねぇ!」


「逃げろアンソニー!」


「クソッ!」


 ペパーは自動小銃を掃射したが、やはりオキサイドの装甲を貫くことは出来ない。そして次の瞬間、アンソニー機はオキサイドの鉄拳をまともに食らってしまった。


「アンソニー!」


 オキサイドのような重装甲ではないにしても、ステッドランドの装甲はそれなりに厚い。そうそう歪んだりはしない筈の、その装甲はまるで紙のようにへしゃげてしまった。


「なんなんだ、あれは攻撃? なのか?!」


 力なく倒れ込んだアンソニー機。その隙をついたフリー機がオキサイドの背後から襲い掛かる。


 しかし敵はその事に気付いていたようで、半身を逸らすだけの動きで上段からの斬撃を簡単に躱してしまった。そのまま空いている左腕で相手の頭部を殴りつけると、あまりの衝撃にフリー機は数歩、後ろへとたたらを踏んでしまう。


「フリー! 躱せ!」


 ペパーの呼びかけも虚しく、オキサイドは手にした銃器をフリー機に向けて放つ。


 ガポン、と妙な音を立てて弾が発射された。弾速は遅いらしく、銃弾にしてはかなり大きな形状が見て取れた。そしてあれが銃弾ではなく、擲弾グレネードだと気付いたのはフリー機に着弾してからだった。


「くっ! 隊長! 機体が、機体が動かねぇ!」


「機体を捨てて逃げろ!」


 無線機からはフリーの悲痛な叫びが響く。ペパーは急いで小銃の弾倉を交換しつつ、残るジョン機とスミス機との連携を図った。ジョン・スミス両機は接近戦は不利と悟り、剣をしまいつつ半自動小銃を取り出していた。


「フリーの脱出を援護するぞ!」


「おう、これ以上やらせてたまるか!」


「二人は脚を狙え! 俺は頭部を狙う!」


 立ち尽くすフリー機にトドメを刺そうとしたオキサイドだが、三機からの銃撃を浴びては流石に怯んでしまった。いくら重装甲といえど、集中攻撃を受け続ければ装甲の薄い箇所や関節などに被弾する恐れがあるからだ。


「よし、このまま撃ち続けろ!」


 ペパーはオキサイドの半球のような頭部に向けて連射する。いい加減、カメラ・アイに命中してもいいはずだが、如何せん的が小さすぎるのだ。


「?! 全機散開!」


 ペパーが号令をかけるのと、オキサイドがあの擲弾発射器グレネードランチャーの引き金を引くのはほぼ同時だった。


 小さな爆発音と衝撃を感じつつも、直撃ではないと判断したペパー。しかし、彼の視界はキラキラした煙で何も見えなくなってしまう。この隙に近づかれては分が悪いので、さらに後方へと跳躍をする。


「なんだ?! 機体の調子が!」


 普段通りなら他の二、三倍は跳ぶはずのペパー機だが、突然弱々しい跳躍になってしまった。着地の際も衝撃吸収のために踏ん張るのだが、脚部に力が入らず転倒しかけてしまう。


「ペパー隊長! 奴の攻撃を食らっちまいました!」


「クソッ、俺もだ! 機体が言う事聞かねぇ!」


 徐々にキラキラと光を反射する煙が晴れていき、スミス機とジョン機の姿が見えてきた。どうやらペパー機同様、あの攻撃を受けて機体の挙動に異常が発生しているようだ。


 オキサイドはすぐさま追撃を仕掛けるでもなく、悠然としている。おそらく、あの煙の攻撃で機体の運動性が落ちることを想定していたのだろう、無理に追いかけなくても良いという事を知っているのだ。


 その丸みを帯びた腰部装甲の一部が開き、中から六つの弾薬が輪に連なっている物を取り出した。どうやら回転弾倉リボルバー式らしい。擲弾発射器の根本がぽっきり折れ、空の薬莢が滑り落ちる。そこへ先ほどの弾薬を挿入すると発射器を振り上げて装填完了させた。


「くっ、動け動け!」


 ペパーは必死に理力を込めるが、彼の機体は殆ど応答しない。徐々に動きが鈍くなっていき、今ではうつ伏せに倒れてしまった。わずかにでも動くのは指先くらいなものだ。


 ズン、と小さな地響きがした。オキサイドが間近に迫ってきたのだ。しかし、ペパーにはどうすることも出来ない。


「ちっ、ここまでか……あの角付きにかすり傷でも負わることが出来りゃ御の字、だったんだがなぁ……」


 次の瞬間、ステッドランドの倍はあろうかというオキサイドの脚がペパー機にめり込んでいった。そのまま何度も踏みつけると、いくつかの装甲が弾け胴体部は見るも無惨な姿となってしまう。


 オキサイドは残る他の機体にもトドメを刺す。無慈悲に。冷淡に。


 そして、露出してしまった人工筋肉が普段の白色からどす黒く変色し、力なくしぼんでいるのに気づく者はもういなかった。











 ガスパール・ボーン操る理力甲冑・オキサイドは非常にずんぐりむっくりとした体形だ。かなり装甲が厚いということもあるが、一番の理由は全身の人工筋肉を厳重に保護していることにある。


 そもそも、この機体はとある武装を扱うことに特化した改装を施されている。その武装とは、試製ミオシン分子運動反応阻害剤。この度、正式名称が秘匿名そのままのデストロイアと決定したガス状兵器だ。


 このガスは理力甲冑に使われる人工筋肉だけを破壊する細かい粉末状の物質を噴射する兵器で、効果的に散布するだけで多くの敵機を行動不能にしてしまう。そのため、オキサイドはデストロイアから自身の人工筋肉を保護する機構を備えるため、まるで潜水服を着込んだような姿になってしまっている。


 しかし、デストロイアも万能ではない。ガス状兵器の欠点は無差別性と、風や天候に左右されるという点である。辺り構わず散布すれば敵味方関係ない攻撃になり、雨や風の影響で有効濃度を下回り無効化してしまう事もある。


 その欠点は常々指摘されていたが、オキサイドが装備している擲弾てきだんによる発射という方法で一応の解決を見た。擲弾に封入されたデストロイアは着弾すると周囲に限定的な量が散布される。散布されたデストロイアは敵機の人工筋肉を破壊し、その後は屋外の僅かな風で拡散していき、結果として無差別性が低くなるのだ。


 今の戦闘のように、敵機に直撃、あるいは至近弾でも人工筋肉を破壊するだけの効果は実証されてきた。このデストロイアから逃れるにはオキサイドと同様の保護を機体に施すか、そもそも散布されるデストロイアから逃げ続けるしかないのである。






「さてと、残り二機……あん?」


 ガスパール・ボーン、通称ガスが残るスミス機とジョン機にトドメを刺そうと振り返り、その異常に気付いた。二機とも、操縦席付近に穴が開いているのである。


「おい、マーヴィン! 俺の獲物を横取りすんじゃねぇ!」


 ガスは虚空に向かって叫ぶと、その空間が陽炎のように揺らめいた。


「お前がもたもたするからだろ。手間を省いてやっただけ感謝されてもいいくらいだ」


「けっ、減らず口が」








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