第五章 意思 〜天涯の先、異世界の果て〜

第70話 遷移・1

第七十話 遷移・1


 乾いた破裂音が連続的に鳴り響く。それと同時に、赤土の地面が小さく爆ぜていった。


「撃て! 応戦しろ!」


 怒声に応えるかのように、別の方からも破裂音が聞こえてくる。


 それに混じって、巨大な足音も聞こえてきた。


 白煙から現れたのは、鎧甲冑を着込んだ人間。否、あれは機械の人形だ。人間の数倍の身長と重量を誇り、その膂力は大木を蹴散らし、大きな岩をも砕く。現代の戦争には必須の巨大な機械人形。


 理力甲冑、ステッドランド。今や、オーバルディア帝国軍、都市国家連合軍の両陣営で運用されている機体だ。



 鈍色の装甲を震わせながらステッドランドは背中に背負っていた剣を抜き放つ。その鋭い視線の先には同じく剣を構える緑灰色の同型機ステッドランドが。


 連合の機体鈍色と、帝国の機体緑灰色がぶつかり合い、激しく火花が散った。


 二合ほど切り結ぶと鍔迫り合いになり、互いに相手を圧し込もうと力を込める。その度に、分厚い装甲の下では人工筋肉がまるで人体かのように膨張していた。


 と、帝国軍の機体が急に半歩下がってしまった。相手の姿勢を崩して畳みかけるつもりのようだ。


 連合軍の機体は思惑通り、剣を地面に突き刺しかけながら前方へとつんのめっている。その直後、顔面にあたる部位へ強烈な衝撃が走る。相手が剣の柄で殴り付けたのだ。恐らく、操縦席から見える画面映像は無茶苦茶になっていることだろう。


 さらに帝国軍の機体は足払いを掛け、相手を仰向けに転倒させた。理力甲冑の重量は相当なもので、それが倒れると小さな地震のように揺れてしまうほどだ。


 転倒した機体は受け身が取れなかったのか、すぐには起きられなかった。いや、その暇もなく帝国軍の機体が覆いかぶさるように圧し掛かると、手にした剣を思い切り突き下ろす。金属が破断する甲高い音が響き、その鋭い切先は腹部装甲を貫いてしまった。




 緑灰色のステッドランドは油断なく辺りを警戒しながら剣を引き抜く。その剣先からは赤黒い雫がポタリと重力に惹かれていった。


 既に傷だらけになっている装甲は戦闘の激しさを物語っているのだろう。左前腕に装着されていたはずの盾は基部から千切れており、右肩の装甲は半分ほど無くなっていた。刃こぼれが目立ち始めた剣はついさっき拾ったものだ。もともと装備していた剣はとっくに折れたので捨ててきた。




 操縦士は画面いっぱいに映る戦場の様子を眺める。緑灰色と鈍色のステッドランドがあちこちで激しい戦闘を繰り広げていた。銃声と発砲炎、それと剣戟による金属音。戦況は拮抗しているらしく、両陣営の機体数に差はほとんど見られない。


 砲兵部隊による準備砲撃のお陰でどちらの理力甲冑部隊にも大きな被害が出た。舞い上がった砂ぼこりと硝煙とが交じり合い、視界が悪くなったお陰でここまでなんとか前進できたものの、これ以上は再び砲撃支援が必要だ。


 無線機を操作し、後方で待機しているはずの砲兵部隊を呼び出す。ノイズが耳障りだが、どうにか会話は可能だ。急いでここの位置を伝え、連合軍の前線部隊を黙らせてもらわなければ。


 



 ぶわりと風が舞い、白煙が一瞬だけ晴れた。わずかに覗いた空には気持ちのよい青が広がっている。と、その時、カンと間の抜けた音がした。


 いつの間にかその機体の腹部装甲、つまり操縦席を保護する装甲板には丸い穴が開いていた。一瞬にして操縦士を喪った機体は力なく崩れ落ちる。全身の人工筋肉は弛緩し、先ほど撃破した連合の機体の上へと折り重なるように倒れてしまった。









「一機、撃破」


 はるか上空からはまるで雲海を見下ろすようだ。それも次第に晴れてきて、地上の様子が分かってくる。


 蒼空には一機の理力甲冑。


 この世界で唯一の、単独飛行可能な理力甲冑。その空の青に溶け込むような水色の装甲は緩い曲面を形どり、見る者によっては女性のしなやかな肢体にも映る。


 しかしその機体が両手に抱えているのは不釣り合いなほどに大きな銃。いや、これを銃と呼んでもいいのだろうか。


 人間の基準でいえば大型の自動小銃……というよりも対物ライフルと言っていいだろう。理力甲冑を相手にするには太く、長すぎる銃身。そこから吐き出される銃弾は分厚い鋼鉄の板をやすやすと貫徹する威力を有している。


 開発者曰く、対用ライフル。人間よりもはるかに大きい理力甲冑、それよりもさらに巨大な魔物すら仕留めることが出来るだ。


「……」


 その機体の操縦士は静かに次弾を装填させる。聞こえるのは理力エンジンの唸りと圧縮空気の排出音。時折、地上から爆発の衝撃が機体を震わせる。


「……クレア! 右翼が押されてるよ! そっちはヨハンとネーナに任せていいから急いで向かって!」


「分かったわ、リディア。レフィオーネは一度弾薬を補給してから向かうから、準備しといて」


 ホワイトスワンからの無線に応えたクレアは機体をその場で反転させた。レフィオーネの腰部から展開しているスカート状のスラスターが風にはためくようにして推力の向きを調整していく。


(この戦場も泥沼になりそうね)




 この数ヶ月、連合軍と帝国軍の戦争は膠着状態になっている。


 帝国軍は電撃的な侵攻によって優位に事を進めていたが、連合軍のケラート奪還作戦を皮切りにその優位性も徐々に薄れていった。


 様々な要因が考えられるが、その一つに連合軍が制式配備しだした新型の理力甲冑の活躍が挙げられる。


 量産型理力甲冑・ステッドレイズ。外見はステッドランドに似ているが、性能は別物と言ってよい。その最大の特徴は背部に搭載されているだ。


 アルヴァリスによって得られた各種データを基に、グレイブ王国で量産された理力エンジン。それをステッドランドの改修型に搭載した機体がステッドレイズであり、理力エンジンがもたらす機体性能の向上は前線で遺憾無く発揮されている。


 しかし、このステッドレイズにも弱点はあった。それは理力エンジンの数と機体の製造費用だ。


 性能の要である理力エンジンはグレイブ王国で量産されているものの、連合へと運ばれる数はあまり多くない。地理的に離れている上、陸路では帝国領内を通らなければならず、もっぱらの輸送手段である海路も帝国海軍を避けつつの輸送になるからだ。


 また、ステッドレイズは既存のステッドランドの改修機であるため、通常の費用と人員に加えて時間もかかってしまう。そのため、現在においても各地の戦線に十分な数を配備出来ているとは言い難かった。





(ケラートの戦いからもう三ヶ月……か)


 クレアはユウが消えてしまったあの戦闘の事を思い出す。


(大陸全土に白い理力甲冑が現れたという報告はいまだに無い……一体どこに行っちゃったのよ……)


 最後にユウを見たとき、アルヴァリス・ノヴァと黒い機体ティガレストはノヴァ・モードの眩い光に包まれていた。あの光の粒子が一際輝きを増した直後、アルヴァリスと黒い機体は影も形も無くなっていたのだった。


(皆は違うって言うけど、あれはきっと召喚が起きたはず……もしかして、ユウの……ユウが戻るべき元の世界に帰ってしまったの?)


 あの日から、その可能性を考えては消す。なるべく考えないようにしていた結末。


 ユウはこの世界からいなくなってしまったのだろうか。









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