第69話 光彩・2

第六十九話 光彩・2


 翌日、ユウとクリスは村から離れた海岸線まで来ていた。


「なぁ、ユウ。君は本当に成功すると思うか?」


 クリスはティガレストの無線機でアルヴァリス・ノヴァへと呼びかける。


「……正直、分かんないです。でも、他に方法は無いと思います」


 アルヴァリスの操縦席で理力エンジンの調子を見ながらユウは応えた。


「成功する見込みもなし、危険性も未知数。それでもやらねばならん、か」


 ため息を一つ吐くと、クリスはティガレストに搭載された試製理力エンジンの制限リミッター解除カットした。途端、背部のエンジンの唸り声の調子が変化していく。みるみるうちに、理力エンジンの回転数を示す計測器の針が高回転域へと振れていった。


「駄目で元々、これで駄目なら別の方法を考えるか!」


 操縦桿を強く握り、ありったけの理力を振り絞る。甲高い理力エンジンの音がさらに大きく、高く、辺りに響き始めた。







――――――――――――――――――




「……もしかして、召喚なら帰れるかも?」


「どういうことだ? ユウ」


「僕たちは召喚によってこの島へ機体ごと呼ばれたんですよ。ならその出来ないかなって」


 ユウとクリスはケラートでの戦闘中、あまりに膨大な理力が呼び水となって漂流に巻き込まれたのだ。その際、アムレアスであるソブ達に漂流先をこの隠された島へと指定された。


「つまり、もう一度漂流……召喚を無理やりにでも引き起こしてアムリア大陸へと戻るという事か。なかなか無茶なことをさらっと言うな、君は」


 しかしクリスも他の案は無いのか、いかにもヤレヤレといった仕草をして見せつつも最後にはユウの案に同意するのだった。



――――――――――――――――――









「ノヴァ・モード……起動!」


 アルヴァリス・ノヴァの胸部装甲の一部がせり上がり、開いた吸気口が小さく振動する。機体の胸部と背部にそれぞれ搭載された理力エンジンが同調しつつ回転数を上げていく。ユウは操縦桿をギュっと握り、バイクのアクセルを開けるようなイメージを頭に思い浮かべた。


 二基の理力エンジンが奏でる音色は次第に高くなり、まるで戦闘機のジェットエンジンを思い起こさせる。しかし、あの轟音とは異なり、もっと別の……何かの楽器を奏でているようにも聞こえた。


 アルヴァリス・ノヴァとティガレスト。二機の理力エンジン搭載機は互いに向き合っていた。その高音で会話をするかのように、音楽を演奏するかのように。




 そして、アルヴァリスの全身から銀色に光る粒子がこぼれ始める。ソブの言葉を信じるならば、理力とは意思の力、そしてこの光る粒子は意思の力が目に見える形になったものだろう。


(意思の力……みんなの所へ帰りたいという意思!)


 ユウは握る力を一層強める。




 ヨハンは無事にやっているだろうか。ネーナはちょっと地に足がついてない感じだけど、ヨハンがサポートしてくれるだろう。


 ボルツさんはいつもの調子なんだろうな。帰ったら野菜サラダと特性ドレッシング作ってあげなきゃ。リディアは最近丸くなったから心配いらないだろう。レオさんも一安心かな。そういえば、色々教えて貰ってて助かった事のお礼を言わなきゃ。





 一瞬、父親の顔が思い浮かんだ。そして、母が元気だった頃の写真が置かれている仏壇も。ユウは目を静かに閉じて、そのイメージをゆっくりと消していく。



 ――もう、元の世界には戻れない。



 その事実はユウの心を締め付け、しかし、どこかで解放されたような気もした。




(クレアと……先生は……)


 突然いなくなった自分の事を心配していると考えるのは少し自惚れが過ぎるか。


 以前、帝国軍に捕らえられた時もクレアと先生は気丈に振舞っていたという。しかしヨハンやリディアの話によると、二人とも精神的にかなり参っていたらしい。特にクレアは隊長という肩書もあるため、余計に弱さを見せないようにしていたのかもしれない。


「帰ったら……二人にまた謝らなくちゃ!」


 ノヴァ・モードのアルヴァリスからは大量の光が溢れ出す。さながら光の洪水だ。力強くもその流れは淀みない。広大な河が流れるように粒子は徐々に機体を覆いつくしていき、とうとうその姿は見えなくなった。






「ユウの奴、凄まじい粒子の放出だな。私も負けてられん」


 ティガレストの操縦席でクリスは独りごちる。眩しいくらいに輝くアルヴァリス・ノヴァに対抗するかのように、ティガレストの全身からも金色に光る粒子がほとばしる。黒い装甲のあちこちに走る黄色い塗装部分から弾ける粒子。こちらはまるで燃え盛る炎のようだ。


 ぜ、舞い上がる粒子。辺りを侵食するかのように広がっていく光は次第に柱の如く天へと昇っていく。


(あの巨人どもの言う事を全て信じるわけでは無いが……こんな所で朽ちるつもりも、ユウに負けるつもりもない!)


 クリスは自らが帰還する地点を思い浮かべる。帝国の首都……違う、所属していた基地……違う。父親代わりになってくれた人物、グレイ・ドーキンス……いい加減、彼に頼るのはヤメだ。


(私の帰るべき場所……それはどこだ?)


 本当の両親はとうに死んだ。帰るべき家というものも既に無い。軍に入隊した時から養父にすがるのは止めた。文字通り助けてくれた事には感謝しているが、今や彼は軍人としても理力甲冑の操縦士としても乗り越えるべき対象だ。


(サヴァン……奴は今頃、理力エンジンと機体が無くて退屈してるか……いや、別の研究対象を見つけているかもしれん。そういえばセリオはしっかり訓練しているだろうか。アイツはもう少し帝国軍人としての責任感を持ってもらわんと……)


 クリスの脳裏にはいつしか、部隊の部下や同僚の顔が浮かんでいた。いつも不機嫌そうな顔をしているくせに何かを研究しているときは上機嫌なサヴァン、童顔のせいでいまいち迫力はないがそれなりに実力のあるセリオ。


 そして八重歯をむき出しにして獰猛な笑顔をみせる白髪の少女。


「……どうしてそこにグレンダが出てくるんだ?」


 正直な所、クリスでも持て余し気味なほどに暴れまわる野生の獣みたいな女。実力は申し分ないどころか、時と場合によってはクリス自身勝てる気がしないほど理力甲冑の操縦に優れる天性の勘と技術。そのせいか、命令はなかなか聞かない、機体整備はよくサボる、作戦前の打ち合わせでは寝ている始末。


(……あれはあれで居ないと張り合いがでないというものか……そういえば昔、小さな熊をペットにしていた補給部隊があったという話を聞いたことがあるが……ああいう感じか?)


 クリスは子熊とグレンダのイメージを照らし合わせようとして、やめた。いくらなんでもに失礼すぎる。


「とにかく、私は私の部隊へ帰る。それで十分だ!」


 








 白と黒の理力甲冑の姿はとっくに見えなくなっている。辺りは晴天の真昼よりも明るく、太陽の輝きよりも激しい光を周囲に注いでいた。


「実際、目の当たりにスルト声も出ないナ……」


 少し離れた場所、木の陰からアムカが眩しそうに光の塊を眺める。


 人間であるアムカにはアムレアス達のように理力の流れや煌めきを感じとることは出来ない。しかし、今のアルヴァリスとティガレストを包み込む光の粒子からはハッキリと意思を感じる。


 帰るべきところへ帰る、という意思。


 その意思の強さと力。そしてそれぞれには帰る場所がある。


「マ、もう会う事はナイと思うガ、タッシャでやれヨ」


 ポツリと呟いた直後、光の塊は一瞬にして消え去り。




 巨大な足跡以外は何も残っていなかった。









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