第69話 光彩・1
第六十九話 光彩・1
「サァ、食エ。コレはアムレアスの伝統的な食事ダ」
アムカに連れられて、ユウとクリスは彼女の住む家へと訪れていた。当たり前だが、その家は人間の一般的な大きさで、周囲の巨大な家と一緒に並ぶ光景は目の錯覚かと思わされた。中に入るとそこは来客をもてなす客間があり、湯気の立つ料理が並べられていた。
「サアサ、冷めないウチに!」
料理を運んできたのは恰幅の良い婦人で、アムカと同じ白いローブを着ていた。どうやら彼女はアムカの母親らしい。
「いやぁ、アムカが何か失礼ナ事をしませんでしたカ? この娘ハ昔からヤンチャでしテ……」
「チョッと! お母サン!」
「えっと……」
ユウはなんと答えてよいのか分からずに困っていた。
その横ではクリスが目の前に並ぶ、主食らしき料理の一つに目を丸くしている。
「ご婦人……その、これは……?」
うっすら黄色いペースト状のどろりとしたものが木の器に盛られている。ユウにはどことなく
「アア、それはサタラナースといって、茹でて潰したサタラ芋とクルカの実に香辛料とヤックの乳を混ぜて煮込んだ料理ですヨ。私もアムカも大好きデ、殆ど毎日食べててるンです」
聞き慣れない単語が続くが、なるほど、少し甘めな乳と香辛料の匂いはとても良い。しかしクリスは未知の料理に警戒しているようで、スプーンの先で料理をつついている。
「いただきます……あ、美味しい」
味は牛乳で煮込んだマッシュポテトのような感じだった。ほんのりと甘いのはヤックの乳とかいうものか、全体的に淡泊な味わいだが、主食としては十分だ。それに腹持ちも良さそうにみえる。
「ホラ、これモ喰え。ヤックの肉は滅多に食べラレないんだゾ」
アムカがひと際大きな皿をテーブルに置いた。そこには、食欲をそそる焼き色のついた大き目の肉の塊。ハーブの一種だろうか、見慣れない葉がところどころ張り付いており、独特な香りがする。
「うむ、これは旨い」
ユウとクリスはアムカの母から様々な質問攻めにあいながらも、一日ぶりのまともな食事を胃に収めていった。
「ふむ、こういう生活をしているからどんな珍味が出てくるかと心配したが、それも杞憂だったようだ」
「ちょ! クリスさん!」
食事を終え、一息ついたクリスがお茶を啜りながら余計な一言を発する。しかし、いい加減アムカも慣れてしまったのかクリスの発言にいちいち反応しなくなっていた。とはいえ、限定的にだが電気も通っている都市部の生活と比べて、ここの生活はかなり原始的に感じる。その点はいくらかユウも不安を感じていたのだが、さすがにクリスのように直接言葉にはしなかった。
「まあまあ、やっぱり大陸のお人にハ合わなかったかしラ?」
台所で洗い物をしているアムカの母の言葉に、思わずユウは慌ててしまった。
「いえいえ! そんな事ないです! とても美味しかったですよ!」
「あらまァ、そう言ってくれるト嬉しいわぁ」
「……そういえば、この村に人間ってお二人しか……?」
ユウ達が
「大陸の方には一族の小さな村ガあるんだけど、そうね、こっちニ住んでるのはあとは私の旦那くらいネ。あ、旦那は今、大陸の方へと行ってんのよォ。
話によれば、アムカの父はアムリア大陸に赴き、アムレアスと大陸の会談の場を設ける為の調整で忙しいらしい。数年に一度のこの会談は古来より続けられてきたらしく、秘密裏に行われるとのことだった。
「しかし……アムレアスとはなんだ? オーガ族とはまた違うようにも見えるが」
オーガとは人間のような姿をした魔物で、一回りから数倍の大きさになる。性格はほぼ一様に凶暴で、約百年ほど前までは多くの被害を出していた。しかし、理力甲冑の発達と共にその勢力は衰退の一途を辿り、いまでは山奥か深い森の奥でしか目撃情報がない。
「オーガ? そんなモノ、犬と魚くらい全然違うゾ」
アムカは憮然とした表情で言う。やはりアムレアスの事になると反論せざるを得ないようだ。
「えっと、少し前に僕が倒したエンシェントオーガにも似てるんですが……やっぱり違うんですかね? あんなに大きくないし、なにより皆、穏やかな性格みたいだし」
ユウがデルトラ山脈のふもとの村で退治した、二匹の悪鬼。彼らが身に着けていた装飾品や、アルヴァリスが振るうオーガ・ナイフに刻まれた紋様などはアムレアスの村で見たものとどことなく似ている気がしたのだ。それに体格は何倍も差があるが、人間とは明らかに異なる身体つきも似ていた。
「……オマエ、何言ってるんだ。エンシェントオーガが人間に倒セルわけナイだろ。アノ機械人形でも無理ダ」
明らかに疑っている目だ。しかし、現にユウはアルヴァリスで満身創痍になりながらもエンシェントオーガを倒したのだ。
「いやほら、アルヴァリス……
「まサカ、本当に倒しタノカ……? でも確カニあのナイフは奴らのものダシ……信じらレナイ」
よほどユウがエンシェントオーガを倒したことが信じられないのか、アムカは頭を抱えだしてしまった。
「エンシェントオーガとは、大昔にアムレアスと袂を別けた一族のなれの果て。そう聞いてルヨ」
洗い物を終えたアムカの母がやって来た。手拭いで手を拭くその姿は堂に入った母親そのものだ。
「遥か大昔、それこそ私ら人間の数がまだまだ数えるくらいに少なかっタ頃、アムレアスの方々にもいくつかの部族があったらしいんだワ。その中でも一際、体が大きく乱暴だっタのがエンシェントオーガの一族だったらしいのよ。詳しくは長老も教えてくれなかったんだけど、やっぱり人間たちとの戦いでその数を減らしていったようネ」
大昔の記録ではそれこそカミサマのように崇められてたらしいけど、と付け加える。
「というか、いつの間にそんなおとぎ話のような存在と戦ってたんだ、君は。次は神話のドラゴンでも倒すつもりか」
「あはは……」
苦笑いしか出来ないユウ。その内心ではドラゴンまで出てきたらもはやゲームの世界だな、とどこか今更な事を考えている。
「
「……いや、今はそんなこといいんですよ。僕たちは仲間の所へ……アムリア大陸の方へと戻らなくちゃいけないんです。ソブさん……長老はああ言ってたけど、早く帰らなくちゃ」
ソブとの会談で、ユウとクリスはこの島を離れ、アムリア大陸に戻る方法を訊ねていた。もともと、人間社会から切り離されたこの島とアムリア大陸をつなぐ航路は無く、唯一の船はアムカ達の一族が厳重に管理しているとの事だった。それも今はアムカの父親が大陸の方へと出かけているので、その帰りを待つより他に手はない。
「長老も言っテタだろ。コレばっかりハどうしようモナイ。別に船ヲ作っテモ良いガ、私達とアムレアスは手を貸すことハ出来ナイ。基本的に彼ラハ大陸の人間に協力することはナイ」
うーんと唸りだすユウ。この事についてはクリスとも相談したが、さすがに二人で作れるのは丸太を組み合わせたイカダ程度が精々、そんな船モドキで外洋へと漕ぎだすのはあまりにも無謀過ぎた。
「出来れば機体も持って帰りたいところだな……こんな所に置いていったらサヴァンに半殺しにされる」
クリスの駆るティガレストは試作機扱いでその管理はそれなりに厳しい。戦闘による破損ならともかく、見知らぬ島に置いてきたとあれば専属の試験操縦士であるクリスの降格は免れないだろう。
「……」
ユウもアルヴァリス・ノヴァをここに置いてホワイトスワンへと帰った場合を想像する。鬼のような形相の先生に怒鳴られ、飛び蹴りを食らわされるのが容易に想像できた。
「でも……理力甲冑を載せても浮くような船って僕たちじゃ作れないし、この島にもないし」
「かといって、あとから回収班を呼ぶことも出来ないだろうな。こいつらの反応を見る限り。全く、ここへ
その言葉にユウは思わず目を
「……もしかして、召喚なら帰れるかも?」
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