第68話 理力・2

第六十八話 理力・2


 元の世界に戻る方法は無い。


 ユウはその言葉にいくらかの衝撃を受け、少しばかり目眩がしたような気がした。


「……どうしても、帰る方法は、無いんですか?」


「儂も、あんまりこういう事は言いたくないんじゃが……少なくとも、こちらの世界から別の世界に漂流は発生したことはないのう」


 ソブは眉間にシワを寄せつつ、ポリポリと顎を掻く。その視線は僅かに下を向き、ユウの質問を躱したいようにも見えた。


「過去には……理力の操作によって別の世界に送り返そうという試みがあったようなんじゃが……ことごとく失敗したと聞いておる。漂流の流れに乗って……この世界のどこかに行き着くだけじゃよ」


 まさに、今のお二人のように。静かに、その言葉だけが広い部屋に響いた。




「ところで、今さらな質問をしてもいいかな?」


 突然、クリスが口を開く。うつむき加減のユウを横目に、ソブの方へと向きやる。


「お前たちの事情は分かった。我々がここに召喚……いや漂流か、した事も分かった。では、それらの原因となった理力とはなんだ? 理力甲冑の動力であり、漂流とやらを巻き起こす理力とは一体何なんだ?」


 クリスやユウが知っている理力とは、すべての生命に備わっているものだ。人間には理力を自由に扱う事は出来ないが、魔物と呼ばれる動物は特に理力の保有量が多く、それを利用して身体能力を向上したり不可思議な能力を得ているという。


 唯一、人間が理力を現象として発露出来るのが人工筋肉であり、それを利用した機械や理力甲冑がこの世界では発展している。また、先生の開発した理力エンジンも今後は人工筋肉と並ぶ重要な機関になるだろう。


 だが、逆に言えばそれ以上の事は知らなかった。理力の発生メカニズムは、その作用は、魔物はどのようにして理力による作用を発現しているのか。そもそも、理力とは何なのか。


 詳しい原理は解らないが、古くからの経験則で使えるから使っている。それが現状であり、残念ながらアムリア大陸で一番の研究機関である軍と大学共同の専門家たちでも、未だにこの謎は全貌が見えていなかった。




「ふむ……理力とは……か。そうじゃのう……貴方達の言葉で言えば……となるかの」


「意思の……力だと?」


「そうじゃ。貴方達人間が、いや、すべての生ける者が持つ様々な意思。


 生きる意思。他者との競争に打ち克つ意思。命を次代へと繋ぐ意思。新しきものを生み出す意思。前へ進もうとする意思。


 生命が持つ、根源的な力のひとつじゃよ。意思の力が無ければ、どのような生き物もただの脱け殻有機物じゃ。他の言葉じゃと、魂と言っても構わん」


「そん……な、あやふやな物だというのか! 理力とは!」


「確かに、人間の貴方達にはいくらか理解しにくいでしょうな。しかし、理力は確かに存在する。それに貴方クリスはあやふやと仰ったが、ここへ漂流したのならば理力の一端が実感として感じられたのでは?」


「……っ!」


 認めたくはないが、反論できるだけの要素が無い。クリスはそんな顔をしている。


「クリスさん、僕は何となくソブさんの言うことが分かります。光の回廊……アルヴァリスやティガレストのノヴァ・モード……あの光る粒子は僕らの意思が目に見える形になったものだと思います」


 ユウは静かに思い出す。初めてノヴァ・モードが発動したのは先生を守るためにクリスと初めて戦った時だ。他にも、エンシェントオーガとの戦闘でクレアを助けようとした時。


 その時アルヴァリスが不思議な光の粒子に包まれたのは、ユウの誰かを助けたいという意思の力によるものだとしたら。


 理力の流れや本質が見えないユウにはあくまで想像でしかないが、意思の力というのはしっくりくる表現であり、納得のいく現象だった。


「ソブさんや……アムレアスの皆さんが理力を扱えるというのは、意思の力で理力に働きかけているって事ですよね。僕らが人工筋肉を自在に扱るように、こうしたい、ああしたいっていう意思の力が理力に作用して……」


「その通りじゃ。アムレアスは他者に意思を伝える能力が他の生物よりも発達しているのでな、このような芸当が出来るんじゃよ。アムレアス同士の会話は意思の伝達。喉による発声は大昔、獣だった頃の名残なんじゃ」


 節くれだった指で自分の喉をトントンと叩くソブ。見た目には分からないが、恐らく人間の声帯とは異なる構造をしているのだろう。村で聞いた、歌うようなあの声は人間では難しそうだ。


「さて、貴方達の疑問は大方晴れたじゃろう。次は儂の頼みを聞いてくれんかの」






「頼みだと? 勝手に呼びつけておいて、随分な身分だな」


「ちょ、ちょっとクリスさん!」


 アムカが突っかかって来る前にユウがクリスを宥める。先ほどからクリスは場の主導権が向こうへ握られているのが気に食わないらしい。


「まぁ、落ち着いてくだされ。お二人をここへのは、膨大な理力の逃げ道を作るためでもあるんじゃが、もう一つ我々の頼みを聞いてもらう為なんじゃよ」


「……まったく。話だけは聞いてやろう。どうせ、今の流れからするとロクな話ではないんだろう?」


 警戒するような目つきのクリス。その様子を見るソブは何故かニヤリとほほ笑んだ。


「確かに……一筋縄ではいかんかもしれんなぁ。我々がお二人に頼むことは一つ。いま、アムリア大陸で起きている戦乱を鎮めてもらいたいのじゃ」




 オーバルディア帝国と、都市国家連合の戦争を止める。




 二人はその言葉の、その意味を呑み込んだ時、しばらく呆然としてしまった。


「……いくら何でも、その要求は無茶すぎやしないか? たった二人で大陸全土を巻き込む勢いの戦争をどうにか出来ると思っているのか?」


「あの、なんていうか……僕もクリスさんの意見に賛成なんですが」


 ユウは将官や指導者の目線でこの戦争を見ることは出来ないが、それでも一人の理力甲冑操縦士として戦ってきた。その視点から見ても、この戦争を終結に導くのは並大抵ではない労力が必要なのは理解出来る。


「今や、大陸を二分する争いは膠着状態に陥っておる。このまま戦乱が続けば、この世界はきっと良くない方向へと進むじゃろう。戦乱と、怨嗟の意思が満ちる世界にな。我々はそれを食い止めたいのじゃよ」


「でも……僕らが頑張ったところで、戦争はどうこうできませんよ」


「大丈夫じゃよ。お二人にはその意思の力理力が備わっておる。強い意思は周囲の者へと伝播し、必ずや良い結果へと導いてくれるはずじゃ。誰もが等しく持っておる、平和を願う意思に訴えかける……それだけじゃよ」


「そんな……無責任な……」


「じゃが、あの機械の力を借りたとはいえ、漂流の呼び水となるほどの理力を持った人間はそうそうおらん。自信を持ちなされ、まずはそのを持たなければ何も始まらん」









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