第67話 昔日・2
第六十七話 昔日・2
「秘匿……? この島の事をか?」
「そうじゃ。この島と我々の事を知る者はそう多くない。一部の国の王や指導者、そしてムアカのように我々と貴方達を仲立ちしてくれる一族くらいなもんじゃ」
「どうして隠そうとする? なにかそうしなければならない秘密がお前達にあるとでもいうのか?」
「おイ、長老ニ向カッテなンダそノ態度は!」
クリスの言葉遣いにムアカは思わず詰め寄る。が、クリスは動じることなくソブの方を見つめていた。
「ムアカ、よいよい。この人達も、今は分からないことばかりなんじゃよ。クリス、と言ったな? それを説明するにはまず、この世界の事について話さねばならん」
そう言うとソブは深く息を吐いた。
「古くから……この世界には不思議な現象が生じておった。突然、見たことのない動物や植物が現れる事があったのじゃ。昨日までは普通の森だったはずなのに、気がついたら一部だけが別の森になってしまう。まるで別の世界からやってきたように、丸ごと書き変わるのじゃ」
「書き変わる……? そんな事があるのか?」
「まぁ、知らないのも無理はないでしょうな。滅多に起こらないうえに、ほとんどの場合はごく小規模な範囲だけじゃ。気が付く者はまずおらん」
「あの……別の世界って……」
ユウは躊躇いがちにソブへと訊ねる。
「それってもしかして召喚……のことでしょうか?」
「ふむ、貴方達の言葉ではそう呼ぶのでしょうな。我々はその現象の事を、
「漂流……」
「古来より、その現象は続いておった。大抵の場合は先程も言った通り、小規模なもので特に問題になることは無かったんじゃが……時折、大規模な漂流が起きることがあった」
ソブはユウ達をじっと見る。
「別世界からの動物、植物がこちらの世界に流入する。それは元々、こちらの世界にあったものを著しく脅かすことになったんじゃ。強い繁殖力を持つ植物、広大な土地に住む場所を見いだした動物……いわゆる、生態系というものが少しずつ崩れていった。そして、その動物のなかには貴方達、人間も混じっていた」
「どういうことだ?」
「人間がこっちの世界に……? もしかして、この世界の人間って……」
「そう、かつてこの世界には、貴方達のような人間など存在しなかった。それどころか、今ある動植物の大半は別の世界から来たものじゃ。この地で増え、交じり、この世界の本来の姿は失われてしまった」
「……」
にわかには信じられないが、ユウには思い当たる節がいくつかある。
「どうりで……僕が知ってる野菜や木の実なんかがあるわけだ……」
ユウがこの
ユウがこちらの世界に召喚されたように、もしユウの居た世界の動植物や人間がこちらの世界にやって来ていたら。もしそこで数多く繁殖していったら。
「でしょうな。
「かつて、と言うところを見ると、今は違うようだな」
その視線は鋭くソブを貫く。クリスは言葉の裏を読み取っていた。
「……つまり、それが我々が隠れて生きる理由になりますな。人間の数が増え、こちらの世界での暮らしも安定してきた頃、我々の祖先はある不安に駆られた。それは人間達による支配と侵略……」
シワが深く刻まれた口からはため息が漏れ、思慮深い目は静かに閉じられる。
「そしてその不安は的中した。当時の人間達の
ユウは思わず唾を飲み込んだ。過去にそんな事があったとは。
「人間達の力は我々の想像以上だったと聞いておる。個々を比べるとアムレアスの方が力も体格も勝っておるが……人間達は機械の力、そして数の力を持って戦ったという。その蛮勇は今も語り継がれておるほどに」
ソブの言葉には重々しい雰囲気が含まれていた。世代がいくつか離れているため、当時の人間との戦争を直接は知らないが、それでも代々受け継がれてきた伝承と今のアムレアスを取り巻く環境を鑑みれば自然とその激しさが知れるというものである。
「戦争は長きに渡って続き……人間も我々も酷く消耗していった。そこで我々の祖先は人間達と取引をしたのだ。アムリア大陸は人間に差し出す代わりに、我々の事は忘れてくれ、と。事実上の負けじゃな。それほどに我々は追い詰められていたが、人間達の被害も甚大だった。すぐにその交渉は纏められ、人間達の歴史から我々アムレアスの事は忘れられていったのじゃ」
「そんな……ことが……」
召喚によってこちらの世界にやって来たユウにとっては複雑な話である。知らず知らずとはいえ、自分と同じ世界からの人間達がこちらの世界の住人にそんなことをしていたとは。
「結局は力が足りなかったからそんな事になったんだろう。お前達の祖先とやらは敵の脅威をきちんと推し量る事が出来なかったんだ」
「オマエ……!」
その言葉に激昂したアムカはクリスの胸倉をつかむ。だが、彼はそれに動じる様子はない。
「アムカ、お止めなさい。それに彼の言う事はあながち間違ってはおらん」
その言葉を呟くソブの顔には諦観と自嘲が浮かぶ。
「少なくとも、我々はこれからの歴史から消え去る運命じゃよ」
「長老……!」
アムカはまだ何か言いたげだったが、ソブの表情から何かを感じとった。そして掴んだままだったクリスの胸ぐらを勢いよく離す。
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