第67話 昔日・1

第六十七話 昔日・1


「ホウ、えんしぇんとおーがカ。珍しいナマエを口にスルナ」


 白いローブの少女は二機の理力甲冑に臆することなく近づいてくる。


「ナルホド、そのハ彼ラのモノか」


 少女はアルヴァリスの持つオーガ・ナイフを見て一人頷く。


「待て、そこで止まれ。貴様は何者だ? それと後ろの連中……魔物……なのか?」


 クリスが手にした剣を彼女に突きつける。巻き起こった風がローブの裾をはためかせたが、全く動じない。


「ク、クリスさん、あの人?……達は、敵対するつもりはないって言ってるじゃないですか……!」


 アルヴァリスがティガレストの肩に手を掛ける。しかし、クリスは剣を収めようとはしなかった。


「油断するなと言っただろ。彼らの素性が不明な以上、こちらもそれなりの対応を取らねばならん」


「でも……!」


「しかし、彼らが友好的な態度を取るつもりなら、何故武器を隠し持っている?」


 ユウは言われてエンシェントオーガによく似た彼らの方を見る。確かに、未だ森の中に隠れている連中は剣や槍を握っていた。


「イヤ、スマナイナ。だが、黒イ方の彼が言ウ通リ、我々も君達の素性を全テ知ッテいる訳ではナイノデね」


 と、ローブの少女が片手を挙げると武装していた巨人はすぐさま構えを解き、武器を仕舞いだした。


「サテ、ソレでは本題に入ロウカ。我々は君達をシニ来タ」


「保護……?」


 クリスは形の整った眉を持ち上げる。


「君達は自分の身ニ何が起キタノカ、知リタイ筈だ。我々ニ着イテコい」


 そう言うと、ローブの少女はくるりと背中を見せて歩き出した。有無を言わずに着いてこい、ということなのだろうか。


「なっ、待て! 話はまだ……!」


「ク、クリスさん! ひとまずここはあの人達に着いていきましょう! 今、何が起きてるのか知る方が大事ですよ!」


 ユウの説得で渋々了承するクリス。それに彼らに敵意があればすでに攻撃されているはずという事はクリスにも理解出来る。


「……主導権を握られているというのは少々、気にくわんが……」


 仕方ない、とため息混じりに呟く。











 しばらくの間、巨人の肩に座ったローブの少女に先導された先には小さな集落があった。小山から西の方へは鬱蒼とした森が広がっているのかと思われたが、どうやら彼らが普段利用している山道が続いていたのだ。


「着いタゾ。ココが我々の村ダ。ソノ機械人形理力甲冑はソコに置イテいっテ貰うゾ」


 ユウは言われた通り、村の入り口の広い所へアルヴァリスを膝立ちにさせた。クリスもそれに続く。流石に、ここまで来ては彼も文句の一つも言わなくなっていた。


「近くで見ると、迫力あるなぁ……」


 ユウは小さな地響きを立てて歩く巨人を見上げる。厳つい顔は視線を遠くにしており、足元の隣人には特に興味を示していない。


 二人を取り囲んでいた巨人達は村に着くなり、それぞれ散らばっていった。護衛はここまで、ということなのだろう。彼らはめいめいの家に入ったり、近くにいる者同士で会話しているのだろうか、聞き慣れない歌でも唄うかのような言語で話し始めた。その風景に、ユウは妙な違和感を感じてしまう。


 村、というにはいくらか奇妙な感覚を覚える風景。確かに、立派な装飾の木造家屋や物置小屋、それに道具のようなものが見える。だが、そのどれもが


「これは……もしや巨人達の村……なのか?」


「そう……見えます……ね……」


 二人は思わず息を呑む。


 まさに、ここは巨人の大きさに合わせて作られた村なのだ。一件一件は平屋にも関わらず、ユウの感覚ではそれこそ学校の体育館ほどの大きさだ。そして村の中央では、丸太をそのまま加工している巨人もいれば、その向こうには大きな焚き火で動物を丸焼きにしている巨人もいる。


「スケールがまるで違う……」


 全長こそ、あのエンシェントオーガよりもはるかに小さいが、それでも理力甲冑の半分ほどの身長を持つ巨人達。生活様式はルナシスの一般的なものより一昔は前だが、それなりに文明的なものが見え隠れしていた。


「魔物がこんな高度な社会を築いているとは……驚きだな」


「オイ、魔物トは失礼ダゾ。彼ラをあんなノと一緒にするナ」


 いつの間にか横に来ていたローブの少女が憤慨する。


「彼ラ、は私達のヨウな人間や魔物なンカとは違イ、非常に高等ナ種族なンダゾ」


 少女が巨人の方を見やる。どうやら彼らの種族名らしい。


「あむ……れ?」


「アムレアス、ダ。アムレアスの歴史ハこの世界の歴史ダ」


「アムレアス……フム、聞いたことのない魔物……いや、種族か。だが、どういう事だ? このような種族、全く話に聞いたことがない。それに彼らに混じって、どうして君のような人間がここにいる?」


「慌てルナ。ソノ辺も含メて、長老が話シテ下さル」


 ローブの少女はそのままスタスタと歩き出す。またもや着いてこい、という事らしい。


「強引だなぁ……」


 ユウは思わず口に出してしまったが、彼女は気にする様子もなく、歩みを緩めない。あまり、他人を気にしないタイプなのかもしれない。





 三人が巨人の村を突っ切る。その巨大さを除けば、本当に地方の村と変わらない暮らしぶりが垣間見えた。何処からか水を汲んでくる者、武器の手入れをする者、木を加工して道具を作る者。彼らは大きな体躯をしているが、対照的にその作業や仕草は丁寧で物静かだ。


 そして一行は一際大きく、そして独特な装飾の施された家の前までやって来た。これが長老とやらの屋敷なのだろうか。


「入ルぞ。粗相の無いヨウニな」


 少女はローブを軽くはたいて身だしなみを整える。ユウとクリスもそれに倣って服のシワを伸ばしたり襟を整えた。


 ローブの少女は城門のような扉の、すぐ脇にある人間用と思しき扉を静かに開く。彼女に続いて二人が屋敷に入ると中は薄暗く、そして広大な空間になっていた。


 壁に備えられた松明が辺りをうっすらと照らす。そこには何かを象った木製の彫刻が並び、反対の壁には額縁に飾られた絵が掛けてあった。


「……?」


 暗くて見にくいが、その絵画は丁寧な筆運びをうかがわせる。たが、ユウにはその題材がなんなのかは分からなかった。


 板張りの床を少しばかり歩くと、突然少女が立ち止まった。


「長老、例の者達ヲお連レ致しマシタ」


 少女が深く一例をしたその向こう、そこには巨大な脚が二本見えていた。


 華美ではないが、細かい装飾が施されている重厚感のある椅子。そこへゆったりと腰かけている大柄な巨人。なるほど、長老と呼ばれるだけあってその風格と身に付けている装飾は他の巨人達とは一線を画している。


「よく来たの……」


 しわがれたガラガラ声。しかし、その発音は丁寧だった。


「……! 僕たちの言葉を?!」


 先程から巨人達は彼ら独自の言語で話していたので、てっきりユウ達が話す言葉は喋れないものとばかり思っていた。なので、このローブの少女が通訳代わりだろうと踏んでいたが、長老の喋る言葉はユウが聞いても違和感が無い。


「ふふふ……私達のような者が貴方達の言葉を喋るのは不思議かね……? これでも苦労して覚えたのじゃよ」


 ユウは驚きの連続で言葉も出ない。横目でクリスを見るが、彼も同様のようだ。


「ここまで来るのは大変じゃったろう……? そこのムアカが何か粗相を失礼をしていなければいいのじゃが」


 長老に言われてローブの少女、ムアカは少し頬を膨らませる。


「さて、何から話そうかの。おっと、その前に自己紹介をせねばならんな。私はソブ。本当の名前は別なんじゃが、貴方達の喉では話せないからソブと呼んでくれてかわまんよ」


 長老ソブは座ったまま、丁寧におじぎをする。


「えっと……僕はユウ・ナカムラです。連合の理力甲冑操縦士をしています。それでこちらが……」


「クリス・シンプソン。オーバルディア帝国軍、第二特殊実験部隊第一小隊の隊長を務めている」


「ふむ。よろしーく。さて、なんじゃったかの……」


「すみません、ここは何処なんですか?! 僕達はケラートの街にいたはずなのに、気が付いたらここに居て……」


「オイ、落ち着ケ。今は長老が話シテイる」


 キッと、睨んでくるムアカ。だが、ユウはそんなことはお構いなしに長老へ話し掛ける。


「そうじゃのう。まずはそこら辺について話そうかの。ここは貴方達が住むアムリア大陸ではない。大陸から東北の方角にある、名も無き島じゃよ」


「……それはおかしくは無いだろうか。我々が知る地図にはそんな島など影も形もない」


 クリスの言葉に、ユウもその疑問が浮かんでくる。ユウの持っている地図にはアムリア大陸以外にこのような島は描かれていない。


「それはそうじゃろう。この名も無き島は、貴方達の世界では厳重に秘匿されているのじゃからな」










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