第66話 漂流・2
第六十六話 漂流・2
「確認したいことは二つ。ユウ、君はいつからここにいる? そしてこの場所に心当たりはあるか?」
クリスと直接顔を会わせるのは
「? ひとつめの質問はどういうことですか? 僕が気がついたのはだいたい一時間くらい前ですけど」
ユウは海岸からこの小山にくるまでの事を簡単に説明する。
「そうか、時間にズレがある……だから今になって君を発見出来たという事か」
「ズレ? クリスさんも僕と同じじゃないんですか?」
「経緯は同じ、といえば同じなんだが……私があの戦闘の後、ここにいることに気づいたのは
クリスの説明によると、ケラートの街での戦いの後、彼もあの光の粒子が溢れる回廊のようなところを通り、気がついたらこの近くにいたという。その後はユウと同じく、本隊に戻る手段を探していたが、現在地は不明で人里を発見することも出来なかったという。
「僕の持っている地図にはそれらしい地点が無いんですよ。クリスさんは何か分かります?」
「なるほど、連合の地図にも載っていない地域というのはおかしいな……。いや、私も分かっている事は少い。昨晩のうちに星の位置からおおよその現在地を割り出そうとしたんだが……奇妙なんだ」
「というと?」
「はっきりとは言えないが、ここはケラートからかなり離れた場所のようだ。具体的な事を言うと、星座の位置が普段とは大きくずれていた。細かい話を省くと、我々が今いるのはこの辺りの高緯度地域ということになるだろう」
クリスはユウの持っていた地図の、上の方を横になぞった。しかし、その辺りは地図の上端のほうで周りには海しかない。
「え? でもこの辺って、小島すらないところじゃないですか……」
「だから奇妙なんだよ。それに今は春先のはずだが、昨日見えたのは夏の星座ばかりなんだ」
「夏の……?」
説明を聞くユウは何がなんだか理解できない。クリスの言う事を信じれば、二人はケラートの街から遠く地図には載っていない北方へ移動したという事になる。それも、少なくとも数ヶ月という時間を越えて。
ユウはクリスの顔を見る。相変わらず端正な顔立ちだが、彼が嘘を吐いているようには見えない。それにその必要性も現状では感じられない。
「私だって信じられないが、こればっかりは本当だ。とはいえ、どうしたものかな」
「……とりあえずどこか人のいる所を探しましょう。いるかどうか、分かりませんが」
かくして、ユウとクリスは一時休戦することとなった。当面はここが何処なのかを突き止めること、人のいる所を探すこと、そしてそれぞれの帰るべき場所を目指すこと。それらが最優先目標だ。
「とは言っても、無闇矢鱈と動き回ることは出来ない。まずはここから見える周囲の地形を記録し、何か人がいる痕跡を探すべきだ。それと並行して、食料と水の確保だな」
クリスの意見に賛成したユウは近くの森に入り、何か食べられそうなものを探す。だが、あまり遠くに行っては遭難したりする危険もある。例の小山からそう離れていない所をぐるりと回る予定だ。クリスによれば、この周辺の森には食べられそうな木の実や果物がそれなりにあり、昨日一日はそれで飢えと乾きを凌いだという。
「……あの過去の記憶のこと、クリスさんに聞いていいもんなのかな……?」
ユウは辺りを見渡しながらポツリと呟く。ここに来る直前に見た、クリスの過去の記憶。あれは本当に起きた出来事なのだろうか。もし本当に起きた事なら、彼は魔物に襲われながらもあの後、無事に逃げ延びたという事だが。
聞くのは簡単だが、どう説明していいものか分からない。それに他人の記憶を不可抗力とはいえ、勝手に見聞きしたことについてユウは罪悪感を感じていた。
クリスとは何度も剣を交えてきたが、ユウは何故だか
「とにかく、今は何か食べられるものを探さなくっちゃあ……非常食だって何日分もないし」
と、あまり背の高くない木にオレンジ色の実が生っている。レオにいくつか食べられる木の実などを教えて貰ったが、これは知らない種類だ。やはりクリスの言う通り、ここはアムリア大陸とは気候が違うのだろうか。
「お、これは分かる……っていうか、リンゴ?」
次にユウが見つけたのは小振りで赤い実だった。良く見慣れたリンゴの形と色はしているが、ユウが知っている半分くらいの大きさだ。いわゆる、野生に育ったものだから小さいのだろうか。
「う……かなり酸っぱいな」
枝から一つ、もぎ取って少し齧ってみる。いちおうリンゴの味はするのだが、いかんせん酸味が強く皮も口に残る。これも野生だからだろうか。
「ま、食べられなくはないからいくつか取っておくか」
その後も食べられそうな木の実と果物をいくつか見つけることが出来た。キノコもいくらか見かけたが、可食の判断が付かないものは危険だとレオに教えられたので放っておいた。またその帰りに、ちょうど小山の斜面になりかけた所で湧き水が湧いているのを運よく発見した。
「えっと、確か飲める水かどうかはまわりに青い苔が生えているか……だったっけ」
そのまま飲水可能な湧き水は澄んでいることと、毒性の有無を確かめるとレオから教わった。出来れば一度沸騰させた方が安全だが、鍋がわりになるような物はない。
ユウは湧き水を両手で掬ってみるが、特に泥や藻のようなものは見えない。そして毒性の有無は湧き水の周囲に青緑の苔が生えていればそのままでも飲めるという事だった。
「……うん、問題なさそう」
少量を口に含んでみたが、特に変な味もしない。これは大丈夫そうだと判断する。
ユウは湧き水の場所を覚えクリスの所へ戻ると、彼はいつの間にか焚火を
「遅かったな」
「その代わり、食べられる果物とか木の実を見つけてきましたよ。それと小さいけど湧き水のある場所も」
いつしか陽は暮れて、辺りは真っ暗になる。今晩は雲で月も星も見えない。そんな中、ユウとクリスは焚火の周りで簡単な食事を済ませる。
「……あれは本当にリンゴだったのか?」
「どう見てもリンゴでしょ。ちょっと酸っぱくて、ちょっと小さくて、ちょっと皮が口に残るけど」
「ちょっと、ではなく、かなり酸っぱかったんだが」
「それくらい我慢してください。酸味は……確かにそうですね。鍋と砂糖でもあればまだ焼きリンゴみたいに出来たんですけど」
クリスは焚火の側で乾かしていた枝を火に放り込む。焼けて黒くなった薪木の山がわずかに崩れた。
「さて、明日のことだが。人里を探すためにこのまま海岸に沿って行こうと思う」
彼によると、人里を探すのに手っ取り速い方法は水場を見つけるという事だった。多くの人間が集まる場所というのは、それだけの人間の喉を潤すことが出来る水場の近くにあるのが一般的だからだ。そして海岸線のどこかには川の河口があり、ある程度の大きさの川を遡行していけば村か町のようなものが見つかるのではないか。その意見にはユウも賛成だった。
「幸い、北のほうに河口らしきものが見えた。まずはそこへ行ってみよう」
「そうですね、分かりました。それに川か海だと魚も釣れそうですし」
クリスはうんうんと頷く。よほど酸っぱいリンゴはお気に召さなかったらしい。
「ここがどこか分からない以上、食糧確保は大事だからな。非常食は二人の分として考えると一日だけ……」
「当分は木の実ですかね。幸い、この辺は食べられそうな実がありそうですし」
「いや……うん……そうだな。背に腹は代えられないってやつか」
渋い顔をするクリス。ユウは目の前の人物が、本当にあの記憶の通りの事を体験してきたのか気になってしまう。
「……あの、クリスさん。ちょっと聞きたい事があるんですが……」
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