第66話 漂流・1

第六十六話 漂流・1


 ユウが気が付くと、そこはどこかの海岸だった。


 潮の香り。波のさざめき。砂の感触。


「……海?」


 むくりと体を起こす。どうやら砂浜に倒れていたようだ。


 自分はさきほどまで自分はケラートで戦闘中だったはずだ。いや、そういえば光の回廊のようなものを通ってきたなと思い出す。さらに言えば、クリスの少年時代の記憶を追体験するという不思議な現象も経験した。


「何がおきたんだろう……?」


 ユウは自分の身に起きた数々の出来事に混乱する。もしかして先ほどの光の回廊も、クリスの記憶も、そして今も、自分は良くできた夢を見ているのではないか。


(……夢と現実がごっちゃになってる……)


 考えが上手くまとまらず、頭をブンブンと左右に振る。頬や髪についた砂粒が飛んでいくが、しかしその程度で混乱した頭はすっきりしない。


「アルヴァリス……」


 視界の端に、見慣れた白い機体が見えた。アルヴァリス・ノヴァはいつの間にか膝立ちになっており、その向こうにはオーガ・ナイフが浜辺に突き刺さっていた。


「夢でもなんでもいいや……とりあえず、ここがどこか確かめないと。それからスワンに……みんなと合流しなくちゃ」







 アルヴァリス・ノヴァは直前の戦闘による損傷は多少あったが、無事に起動できた。理力エンジンの回転が普段よりもいくらか高いくらいで、特に問題はなさそうだった。


 オーガ・ナイフを背中の鞘に仕舞うと、ユウはとりあえず海岸線に沿って移動し始めた。そらは分厚い雲に覆われているため、今が何時頃かすら検討もつかない。


「たしか、地図とコンパスが無かったっけ……?」


 ユウは座席の裏に格納されていた大きめの袋を取り出す。中には緊急用の非常食やブランケット、それと簡単なサバイバルキットが納められている。


(地図とコンパスの使い方、レオさんに教えてもらってて良かったな……まさか本当に使うとは思ってなかったけど)


 バサリと新聞紙大の地図を広げる。以前、ユウが帝国軍に捕まってしまったところをレオに助け出された後、彼から簡単なサバイバル術を教えてもらっていたのだ。水の確保、即席の罠の作り方、そして地図の見方など。


「……?」


 ユウはコンパスを指で弾く。北を指す赤い針はゆらゆらと揺れる。どうもおかしい。操縦席のハッチを開き、体を乗り出す。やはりコンパスは同じ方角を示した。


「えっと、東側に海がある……?」


 ケラートはアムリア大陸の南部にある街で、その近辺ならば南側に海があるはずである。しかし、ユウがいるこの地点は南北に海岸線が走っており、東側が海、西側が森と山になっていた。もし地図で該当する場所を選ぶなら、彼は大陸の東側にいることになってしまう。


「海に落ちて、海流に流された……?」


 確かに、大陸の南部には西から東にかけて強い海流があると聞いたことがある。しかし生身ならともかく、水中では沈んでしまう理力甲冑と共に流されるというのは考えにくい。それに、ユウの衣服は海水に濡れた様子がない。


「もう少し移動してみるか……」







 白い巨人が砂浜に大きな足跡を残していく。


 ユウはアルヴァリスの進路を北に向けた。しばらく歩くうちに、西に向かって海岸がゆるく湾曲していることに気づく。


「うーん、地図にこんな海岸、無いんだけどなぁ」


 大陸の東部は都市国家連合の支配地である。そのため帝国が大部分を占める西部はともかく、東部の地形はそれなりに正確な測量ができているはずだ。でなければ地図の意味がない。


「海岸って、そんなすぐに形は変わらないよな……?」


 ユウは一度立ち止まって、ぐるりと周囲を見渡す。なにか目印になりそうなものは無いか。人工物でも、特徴的な山や岬があれば判断がつくのだが。


「うーん、なにも無いな……お、あそこの小山、アルヴァリスでも登れそうかな?」


 小高い山がぽつんと頭を出している。この近くは木が密集しているが、あの辺りはそれもなようだ。森を通過するのは少々大変だが、あそこまで登ればここら一帯の地形がより把握できそうだった。


「そうとなれば……」


 ユウは機体の左腕に手をかける。オニムカデ製の盾の裏側には片手剣の鞘が仕込まれている。剣で邪魔な木を斬り倒そうと思ったのだが、鞘は空っぽだった。


「っと、そうか、剣は無くしたままだっけ?」


 いつも使っている片手剣はティガレストとの戦闘中、どこかへ弾き飛ばされてしまっていた。かといって、オーガ・ナイフでは大振り過ぎて扱いが難しい。仕方がないので手で掻き分けていくしかなさそうだ。





 アルヴァリスよりも背の高い木がメキメキと音を立てて倒れる。海岸近くは比較的細く低い木ばかりだったが、少し中に入るとそこは植生が異なっているようだ。太く、しっかりとした木をなんとかなぎ倒しつつ、前に進む。


「この辺は大きな魔物がいないのかな? こんなに木が密集してるなんて」


 理力甲冑が進めるような森は大抵、大きな魔物が住み着いていることが多い。巨大な体躯が木々をなぎ倒し、低木は食糧にしてしまう。その結果として、木と木の間隔は理力甲冑が通れるほどに広がり、通行に支障のない背の高い木ばかりが残ることになる。自然に間引かれていくお陰で、理力甲冑は装甲の隙間に枝葉を引っ掻ける心配をしなくても済むのだ。


 ユウは再びコンパスを取りだし、進路を確かめる。視界の通らない森のなかではこまめに方角を確かめなくては、自分がまっすぐ進んでいるのかどうか分からない。もっとも、今の状況に限って言えば、アルヴァリスの切り拓いた後にはが出来ているので、それを確かめればいいのだが。


 しばらく森を進むと、ようやく小山の頂上に辿り着いた。頂上付近はなぜか木が生えておらず、どちらかというと小高い丘のようだった。


「……やっぱり、こんな海岸線、地図には無いな」


 ユウは地図と目の前に広がる海岸を交互に睨みつつ、呟く。念のため、大陸東部だけではなくあちこちの海岸と照らし合わせたが、それらしい地点は見つからなかった。


「いったい、ここはどこなんだろう……?」


 八方塞がりになってしまい、この後はどうしようかと悩むユウ。と、その時、何か物音が聞こえてきた。


「……!」


 聞き間違いでなければ、今の音は理力甲冑の装甲が軋み、人工筋肉が収縮する音だ。ということは敵か味方かは不明だが、人がいるということだ。


 急いで地図を脇に押しやり、操縦桿を握り込む。背中の大剣に手をかけ、周囲に気を張る。


(この音……理力エンジン……? もしや!)


 耳に馴染んだ高音が聞こえる。この音を奏でられる機体は、アルヴァリスの他に二機しかいない。


「……アルヴァリスか、ということはユウ、君だろ?」


 外部拡声器スピーカー越しに若い男性の声が辺りに響く。この声はクリスだ。


「クリスさん……」


 見ると、黒い理力甲冑、ティガレストが森から出てくる。その手には剣を持っていない。


「おいおい、落ち着けよ。今は敵対してる場合じゃない、そうだろ?」


 ユウは逡巡するが、今の不可解な状況を考えるとクリスの言うことが正しいと判断し、オーガ・ナイフの柄から手を離す。


「君が聞き分けのいいやつで助かったよ。早速だが、いくつか確認したいことがある。一度顔を会わせて話さないか?」









  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る