第64話 陰陽・3

第六十四話 陰陽・3


 雨音をかき消すかのように激しい金属音が辺りに響く。その度に、石畳のわずかにへこんで溜まった水が周囲に飛び散る。


 今、白と黒の理力甲冑は互いの剣で何度も切り結んでいた。一合、二合……上段から、中段から。攻撃と防御が渾然となった斬撃は相手の剣に阻まれる。


 両者とも、一歩も退かない。


 アルヴァリス・ノヴァとティガレスト。二機のそれぞれ背部には理力エンジンが搭載されており、戦闘稼働による高回転音はどこか音楽のような音色となって聴こえてくる。


「そこッ!」


「甘いッ!」


 外部拡声器スピーカーからユウとクリスの声が響く。アルヴァリスの鋭い突きを、ティガレストは刀身の中程で巧みに捌ききった。


 そのまま黒い機体は脇を締めた右腕を小さく振り、何度となく白い機体に斬りかかる。一撃一撃はそれほどでもないが、これは防御を切り崩すための布石だろう。しかしアルヴァリスは剣と左腕の盾で丁寧に受けていく。


 だがやはり、戦闘の駆け引きはクリスの方が一枚上手だった。


 防御を固めたアルヴァリスは動きが僅かに鈍ってしまった。それは時間にしてみればほんの僅かだったが、クリスはその一瞬の隙を見逃さなかった。


 何度も斬撃を繰り返したことでユウの意識はティガレストの剣にばかり向かっていた。そこへ突然下方からの衝撃が走る。ティガレストは自然な動きで前蹴りを繰り出したのだ。


 鞭のようにしなる脚はアルヴァリスの右手を弾き飛ばし、その衝撃で思わず剣を手放してしまう。クルクルと円を描きながら剣は空中を舞い、どこかの建物の屋根へと突き刺さってしまった。


「不味い?!」


「取った!」


 ティガレストは絶好の機会を最大限に活かすべく、これまで以上の猛攻を仕掛けた。対するアルヴァリスは白い盾で斬撃を防ぐが、その全ては無理だった。いくらオニムカデの強固な甲殻を加工した盾には傷一つ付かないとしても、クリスの攻撃は盾をすり抜けるような気がするほど流麗だった。


「負け……るか!」


 ユウが気合いを込める。右腕を背中に回してを掴んだ。重く、長いそれを一息に抜き放つと、その勢いを利用してティガレストへと斬りかかる。


 クリスは咄嗟に後方へ飛んで、その斬撃を回避しようとした。だが、そのの間合いは非常に広い。とうとう避けきれず、ティガレストの胸部装甲はいくらか斬り裂かれてしまった。




 オーガ・ナイフ。憤怒の巨人が持っていた、一振りの大剣小刀。その切れ味は凄まじく、並の理力甲冑ならば一太刀でに出来るだろう。




「おいおい、なんだその大剣は。さっきからチラチラ見えていたが、実際に目の当たりにすると恐ろしい迫力だな」


「凄いでしょ? 偶然手にいれたんですけど、これがなかなか強くッて!」


 両手で持ったオーガ・ナイフを力任せに振るう。あたかも、空間が裂けたのではないかと錯覚するように多数の雨粒が切断された。その直後、機体の姿勢維持を補助するためスラスターからの噴射が水滴をさらに吹き飛ばす。


「くっ?!」


 クリスは思い切り跳躍させて回避しなければならないと悟る。理力甲冑の全長ほどもある刃渡りによるリーチは感覚を狂わせてしまう。


(これほどまで長大な剣を易々と振り回す! アルヴァリスの膂力には驚かされる! それと同時にユウの技量も高くなっている!)


 今度はティガレストが防戦一方になる。剣や盾で受けるには、オーガ・ナイフの質量と切れ味は凄まじすぎた。クリスは直感でそう思う。


 両手持ちの大剣はその重さから大振りの動きが隙となりやすいが、アルヴァリス・ノヴァの新型人工筋肉はそれを感じさせない動きを可能とした。


 右から、左から。上段から袈裟斬りに斬りかかると、たまらずティガレストは盾で防ごうとする。


「チッ!」


 鋼鉄製の盾は衝撃を止めるどころか、まるで木の板を斬り割くかのように真っ二つになってしまった。しかし、そこはクリスが操縦するティガレスト、どうにか左腕まで切断される事態は避けた。


「これはなりふりかまっていられんな……」


 クリスはポツリと呟くと、あのレバーを思い切り引く。するとティガレストの背部に搭載された試製理力エンジンが鋭く唸りだしたのだ。


「短期決戦だ!」


 ティガレストの全身からは金色に輝く粒子が溢れ、装甲の黄色いラインからは陽炎が立ち上る。降りしきる雨が蒸発し、白いもやを纏うその姿はどこか幻想的な雰囲気すら感じさせた。


「な?! まさかティガレストもノヴァ・モードを?!」


 驚くユウを尻目に、ティガレストはゆらりと動き出した。


 その速さはまさに漆黒の影。ユウはその姿を捉えることが出来なかった。


「うわぁっ?!」


 一瞬のうちに何度も斬撃を喰らったようだ。アルヴァリス・ノヴァの装甲が切り裂かれ、吹き飛ばされてしまった。


「どうかな? この姿になれるのは君だけではないのだよ」


 膝を突き、なんとか立ち上がろうとしているアルヴァリスにティガレストが剣を向ける。


「そういうこと……早く教えて下さい……よっ!」


 アルヴァリスの胸部装甲の一部が展開し、勢いよく周囲の大気を吸い込み始めた。二基の理力エンジンが同調し、甲高い音が鳴り響く。


 一瞬のうちに銀色に光輝く粒子で包まれたアルヴァリス・ノヴァが跳躍した。


「やはり、そうでなくてはな!」


 跳躍途中からオーガ・ナイフを勢いよく振り下ろす。それを剣で受け止めたティガレストの足元は激しく陥没してしまった。


「うおぉぉ!」


 ユウはそのまま機体を一回転させ、遠心力で威力を増した大剣を敵にぶつける。ティガレストはそれを華麗に跳躍して避ける。そして空中で攻撃を仕掛けた。


 素早く剣を振り、上空からの三連撃。それをアルヴァリスは装甲の丸みを利用して上手くいなした。装甲は少し削れてしまったが、機体に損傷は無い。







「な、なんだ……この戦いは……」


 銀色と金色の粒子が混ざり合いながら白と黒の理力甲冑が激しくぶつかり合う。その動きはもはや目では捉えられないほどに速く、セリオや他の操縦士達は剣同士がぶつかり合う金属音で戦っているのだろうと想像するしかない。


 辺りは激しく動き回る二つの機体のせいで地面が抉れ、建物の壁には剣による傷が走り、水しぶきがこちらまで飛んでくる。




 常人には立ち入れない。


 人智を越えた戦いにどうやって加わるというのか。まさに嵐に人間が立ち向かうようなものだ。この世にはどうしようもない事もある。手を出すべきでないものには触れないでおく。それが生き延びる為の秘訣だ。




 ただ見ているだけになっているセリオ達はそのに気づいた。銀と金の粒子が先程よりも大量に溢れている。そればかりか、理力エンジンと思われる高回転音がさらに激しく、高くなっている。セリオ達はこのままで大丈夫かと、無線でクリスを呼び出す。


「隊長! 大丈夫ですか?! 隊長?!」


 しかし、無線機からはザリザリと雑音が返ってくるばかりである。このままでは何かがヤバいと直感が告げた。


「ユウ!」


 そこへ街の上空から水色の機体が舞い降りてきた。スカートを模したスラスターが大きく展開し、辺りに圧縮空気をまき散らす。これは報告にあった連合の機体スカート付きだ。その向こうからはステッドランドの改造機と深紅の機体がこちらへと駆けてくるのが見える。


 本来ならば新たに現れた敵機を迎撃しなければならない状況だ。しかし、セリオをはじめ、誰もがはどうでもよかった。今は銀と金の嵐から巻き起こる暴風から自身の身を守らなくてはならない程、二人だけの戦いは激しくなっていた。




「ユウ! ユウ! 返事をして!」


 クレアは無線機に向かって叫ぶが、一向に返事がない。


 目の前に広がる光の粒子はいつしか天まで届くかのような柱になり、激しい剣戟と共に理力エンジンの高音が響く。一体、何が起きているのか。クレアには何一つ分からなかったが、ユウの身が危ないという事は直感で分かる。


 これまでにクレアはアルヴァリスのノヴァ・モードを何度か目撃したことがあったが、今回のはそのどれよりも光の粒子が多く放出されている。それに、理力エンジンの回転数もかなり激しい。こんな事態、初めてでどうしたらいいのか。


あねさん!」


「クレアさん!」


 レフィオーネの背後からヨハンとネーナの声が聞こえる。ステッドランド・ブラストとカレルマインが追い付いたのだ。


「二人とも、ユウが!」


「うへっ! あの光の中にユウさんがいるんスか?!」


「激しい風ですわね……これでは近づけませんわ!」


 ネーナの言う通り、今や暴風は相当の重量を持つ理力甲冑すらまともに立っていられない程になっていた。


「それでも! ユウを助けなきゃ!」


 クレアはレフィオーネの理力エンジンを吹かし、スラスタ―から大量の圧縮空気を噴出させる。無理やり、あの光の柱の中に飛び込むつもりなのだ。


「姐さん! 危ないっスよ!」


「そうですわ! 下がって!」


 二人の制止を振り切り、レフィオーネは暴風渦巻く光へと近づく。しかしあまりの風圧に、もともと軽い機体のレフィオーネは今にも吹き飛ばされてしまいそうだ。背中側の補助スラスターを最大限に吹かし、何とか耐えるが、あまり長くは保たない。


 その間もクレアは無線機に向かってユウの名前を叫び続ける。そうしていないと、ユウがどこか遠くに行ってしまいそうな気がしたからだ。






 そして、光の柱が一層輝いた。


 眩しい閃光の後、そこには何も残っていなかった。


 ケラートを覆っていた分厚い雨雲には大きな穴が開いており、そこからは西に傾きかけた真っ赤な太陽だけが覗いていた。








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