第64話 陰陽・2

第六十四話 陰陽・2


 漆黒の槍騎士が大地を踏みしめる。


 その手にした剛槍が緑灰色のステッドランドを貫いていた。断面が三角形をしたその槍は理力甲冑の装甲なら難なく貫通する。だが、それも槍を振るう黒い理力甲冑、グラントルクとその操縦士、シン・サクマの技量があってこそだ。


「チッ、時間がかかり過ぎたか……」


 シンは槍を引き抜きながら周囲の戦況を確認する。無線からの連絡によると、スバルが敵の隊長格角付きを倒し、ホワイトスワンがケラートの街に突入したらしい。


 そのためシンがいる部隊、街の西側に展開した理力甲冑部隊は大きく北側まで展開する事で敵を引きつける役目を負っている。


 だが、ホワイトスワンや司令部から敵司令部の制圧報告が一向に来なかった。もともと彼我の戦力に差がある上、守備を固めるには丁度良い城壁がある。攻めるに難しく、守るに容易い、というやつだ。


(こうなりゃ一時撤退も考えなきゃな……)


 前方からグラントルクに向けて小銃が発砲される。それをシンがチョイ、と機体を反らせると、銃弾は胸部装甲に弾かれて何処かへ行ってしまった。


 驚く敵機を前に、シンは一息に踏み込み、機体のバネを利用した鋭い突きを食らわせた。その穂先は目標を誤ることなく、ステッドランドの胸部装甲を通り、さらには背部をも貫いた。


「……それにしても、この感覚はなんだ?」


 作戦の状況も気になるが、先程から妙な感覚があった。何となくだが、ユウともう二人の気配を城壁の向こうから感じていたのだ。


「戦っている……よな、やっぱ」


 それぞれの気配はただならぬ殺気と威圧感を持っており、それはすなわち戦闘による気当たりの類に似ていた。


「ま、ユウなら大丈夫だろ。気当たりの強い方が勝つわけじゃねぇ」








 ケラートの街、中央の広場では二機の理力甲冑がにらみ合い、その回りを取り囲むようにして多くのステッドランドが武器を構えていた。


 そして、その輪の中には相討ちとなった機体もいた。


「だから言ったのに……!」


 ギリ、と歯ぎしりする若い操縦士。セリオは自身の制止を聞かず、あの白い影に挑んだ先輩操縦士のことを心配していた。他の操縦士もあの二人のようにはなりたくないと考え、しり込みしている。


 機体の損傷具合から、操縦席は大丈夫だろうと思えるが、先ほどから無線での返答が無かった。気絶してるだけだといいのだが、と心の中で呟きながら、先ほどの立ち回りを思い出す。


 まさに、一瞬の出来事だった。白い影――――クリス隊長によればアルヴァリスという名前らしいが――――その機体は最小限の動きで二機の理力甲冑による挟撃を回避してしまった。それどころか、互いの攻撃を利用して撃破してしまったのだ。


 セリオはその身のこなし、理力甲冑の操縦技量、そして戦闘力。そのどれもで敵わないと悟ってしまった。


「あんな事、出来る操縦士がこの大陸で一体何人いるんだ……?」


 今もなお、互いに牽制しあっている白と黒の理力甲冑を見やる。




 アルヴァリス・ノヴァは手にした剣を水平に構え直す。両手で握り込み、一息に凪ぐつもりだ。それを見てティガレストはゆっくりと自身の剣を引き、刺突の構えを取る。どうやらカウンターの一撃を狙っているようだ。


 だが、両者とも動かない。互いに実力と手の内をよく知る相手だ。そうそう迂闊には動けない。


 アルヴァリスが踏み込めば、間違いなく鋭い突きがユウのいる操縦席を貫くだろう。そして次の瞬間にはティガレストの胴体は真横に切り裂かれる。そう、相討ちだ。


 それは実感を伴った確信だ。今、攻めれば勝てない。




 冷たい雨が降るなか、二人の巨人は微動だにしない。濡れた剣先から滴が垂れる。装甲を叩く音が静かに響く。


「……」


(やっぱり……クリスさんは強いな)


 ユウは目の前の黒い理力甲冑を睨み付ける。先ほどから攻め込む機会を窺っているのだが、全然隙を見せない。それどころか、一歩でも不用意に動けばこちらが返り討ちに合う。 


 今もティガレストの鋭い眼光カメラ・アイがこちらの出方を探っている。ユウは静かに、そして大胆に機体の構えを変えていく。


 水平に構えた剣を中段に直し、全身の人工筋肉を脱力させていく。相手がどのような攻撃をしかけようとも対応できる構えだ。




(……やはりユウは手強いな)


 ティガレストの操縦席ではクリスが端整な顔を少し歪ませる。先程から攻撃を繰り出そうとしているが、一向にその機会が訪れない。いや、それはひとえにユウの戦闘力の高さによるものだ。


 初めて戦闘したときからユウの強さには手を焼かされてきた。しかし、クリスもただ負けているだけではない。


 今ではアルヴァリスに匹敵する能力のティガレストを手にいれた。それにクリスやユウと同等の強さを持つグレンダと実戦さながらの模擬戦を繰り返してきた。それらは確実にクリスの糧となっている。


 と、目の前の白い機体が剣を中段に構えた。受身の姿勢だが、これは侮れない。クリスはいくつかの攻め手を考えたが、その全てはいなされ、避けられ、そして反撃を食らう。なかなかに厄介だ。


 ティガレストは油断なく一歩前に出た。そして左腕の盾を前面に押し出し、剣はその裏に隠すようにすることで剣撃の瞬間を相手に察知させない。




 再び場は硬直する。


 セリオは思わず唾を飲み込んでしまう。二人の戦いに割って入ることが出来ない悔しさなのか、その高い次元の立ち合いに思わず感動したためなのか。セリオ自身にも分からない。


 ただ、クリスの勝利を願うばかりだ。




(……攻めきれない)


 ユウは内心、焦り始めていた。今のところ、二人の実力は甲乙付けがたい。勝敗はほんの少しの差に左右されるかもしれないほどだ。だが、それではユウのなのだ。


 ユウ自身の勝ち負けはともかく、都市国家連合軍にとっては速やかに敵司令部を制圧しなくてはならない。そのため、目の前のティガレストとクリスは一刻も早く撃退しなければならないのだ。


(でも、今のままじゃ駄目だ……何か、きっかけがあれば……)


 クリスの集中を途切れさせる何か、ほんの一瞬でも注意を逸らせられるきっかけがあれば。ユウがそう思った瞬間だった。


 激しい咆哮。獣のような雄叫び。


 どこからか魔物か猛獣の叫びが聞こえてきた。あまりの音量に周囲の窓ガラスはガタガタ震え、理力甲冑の装甲もビリビリと振動する。


「ッ! 今だ!」


 この咆哮の主が何なのかは後でいい、今は目の前の強敵を退けるだけだ。ユウは脱力した全身の人工筋肉を一気に膨張させる。


 アルヴァリスが駆け出したのと同時に、ティガレストも突進を開始していた。


「グレンダの奴、苦戦しているのか?!」


 今の咆哮がテーバテータのものだということはクリスとその部下は皆、知っていた。なので恐ろしい叫びを耳にしても一切臆する事はなかった。


 激しい金属音。飛び散る水しぶき。


 ティガレストの盾とアルヴァリスの剣がぶつかり合った。すぐさまティガレストは盾の後ろから剣を滑るように突き出す。突然現れた切っ先を、アルヴァリスは身をよじらせて回避した。






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