第64話 陰陽・1

第六十四話 陰陽・1


 クレア、ヨハン、ネーナら三人がグレンダを相手に奮戦を繰り広げている最中、港街ケラートの中心地ではもうひとつの戦いが繰り広げられていた。




「ふっ!」


 かつてケラートの庁舎だった、今は帝国軍前線司令本部。その白く大きな建物の前には広場がある。普段は大通りに面する憩いの場として、祭りや行事の祭には屋台や催し物が開かれる。


 そんな広場で二機の理力甲冑がぶつかり合う。純白の理力甲冑が右腕を小刻みに振るうと、その手にした片手剣の鋭い切っ先が漆黒の理力甲冑へと襲いかかった。


「なんの!」


 一呼吸のうちに繰り出された三連突きを黒い機体、ティガレストは左腕に装着された中型の盾で受ける。普通に受けたのでは簡単に貫通すると判断し、その切っ先を盾の表面に沿わせるようにして


 そしてそのまま盾を白い機体、アルヴァリス・ノヴァへと叩きつける。シールドバッシュをまともに食らったかのように見えたが、アルヴァリスは左手のみで盾を受け止めていた。そしてそのまま、右手に持った剣の柄を相手の頭部へと打ち込む。だがそれを予想していたのか、ティガレストは首をひねるだけの最小限の動きで回避してしまった。




 両者とも片手剣に盾という基本的な装備、そしてその機体性能は今のところ大きな差はないように見える。アルヴァリス・ノヴァが新型人工筋肉の分、出力で勝る程度だ。となれば、あとは操縦士の技量だけが勝敗を決する要素となる。




 今度はティガレストから仕掛けだした。華麗なステップを踏んだ後、剣をまっすぐアルヴァリスに向けながら突進する。右腕はしっかりと脇を締め、機体の重量を剣先の一点に集中させるつもりだ。ユウは大事をとって右側に回避しようとするが、クリスはそれを読んでいた。巧みな重心移動により途中で突進の方向を変えてしまったのだ。


 避けられない。直感で判断したユウは急に機体の人工筋肉を脱力させた。


 ティガレストの鋭く重い突きがアルヴァリスの胴体を貫くかと思われたその瞬間、ユウは機体を思いきり後方へと跳躍させた。直前に人工筋肉を脱力させたので、とっさの瞬発力が発揮できたのだ。お陰で剣の切っ先は操縦席を保護する装甲の一部を削り取るだけに終わった。


「今だ!」


 跳躍による回避と同時に、アルヴァリスは突き出された剣を下から思いきり蹴りあげた。右腕ごと上方へと跳ね上げられ、ティガレストの胴体はがら空きとなる。


 とっさの反応が遅れたクリス。なんとか剣を手放すことはないにしても、それでも大きな隙が生まれてしまった。


 絶好の機会を逃すまいとユウは着地と同時に敵機へと斬りかかる。だが直前で剣を止め、再び間合いを離してしまった。


「今の攻撃、全部お見通しでしたか」


「まぁ、な。ユウ、君の攻撃は時おり素直過ぎるのが玉に瑕だよ」


 よく見ると、ティガレストは蹴り上げられた剣を上段で構え直していたのだ。あのままアルヴァリスがもう一歩踏み込んでいれば、たちまち袈裟斬りに斬られていただろう。




 両者は再び剣を構え直す。




 純粋な剣の腕、操縦技量はクリスの方が勝っている。それに理力甲冑同士の駆け引きというものにも優れている。やはり、帝国軍の理力甲冑部隊を率いているだけのことはあるということだ。


 だが、ユウにはそれらを補って余る理力の強さがある。それに彼もこれまでに多くの戦いを経験してきたのだ。付焼き刃というには豊富過ぎる経験値、そしていざというときの直感と瞬発力によって幾度となく窮地を切り抜けてきた。







 ポツリ、と白い装甲を打つものがあった。それは次第に辺り一帯を覆い、明るい色の石畳を暗く濡らしていく。


 南に広がる海からの湿った風が大陸に居座る冷たい空気とぶつかり、激しい雨を降らせる。ちょうど季節の変わり目となる今の頃にはよくある天気で、ケラートに昔から住む者にとっては春の到来を告げる年中行事だ。


 次第に雨足が強くなっていくが、二機の理力甲冑は微動だにしない。互いに剣を向けたまま、相手の出方を窺っているようだ。


 アルヴァリスは上段に剣を持ち、一足のもとに相手を斬り伏せる攻撃的な構えだった。


 対して、ティガレストは剣を下段に構え、どこからの斬撃にも対処できる鉄壁の守備で迎え撃つ。


 まさに両者譲らず。


 ジリ、とアルヴァリスが一歩、前に出る。それを受けてティガレストは反対に一歩下がる。しばらくにらみ合いが続き、今度はティガレストが僅かに剣を動かす。するとアルヴァリスが上段の剣を少し下げる。


 今、ユウとクリスは静かに、そして激しく剣撃を交わしていた。


 もちろん、実際に剣同士はぶつかっていない。お互いに相手の微妙な挙動から動作を予測し、その未来を自分が有利になるよう行動していく。相手の攻撃・防御の手を潰す、先読み合戦とでもいう戦いだ。




 と、そこへ数機のステッドランドが南側からやって来た。彼らはクリスの直属の部下で、隊長と新参に遅れてようやく到着したのだ。


「隊長! 遅れました!」


 ティガレストの操縦席に若い男性の声が響く。クリスの部下である、セリオ・ワーズワースだった。


「……!」


 だが、その無線にクリスは応えない。それだけの余裕すら無いのだ。


 部下たちはクリスの援護に入ろうとするが、セリオ機に制止される。


「おいセリオ! いいから退けよ!」


「いいえ、今二人の間に割って入ることは出来ません! 近づけばこちらが巻き添えを食います!」


 だが、彼の忠告を無視した機体が中央広場をぐるりと回り込んでアルヴァリスを挟み撃ちにした。一機は片手剣を抜き、もう一機は使い込まれた手斧を構える。


「うるせぇ! こちとら白い影には借りがあるんだ!」


 片手剣の操縦士が無線機越しに叫ぶ。どうやら感情的になっているらしく、セリオと他の操縦士からの制止を聞かない。


 目の前にはティガレスト、左右にはステッドランド。しかし囲まれたアルヴァリス・ノヴァは微動だにしなかった。一瞬の間を置いて、二機のステッドランドが襲いかかる。


 片手剣の機体は大きく横凪に、手斧の機体はワンテンポ遅れて真上からそれぞれ得物を振るう。剣を避けようとすれば斧の一撃が頭部をかち割り、斧を受けて防御すれば剣が真一文字に胴を割く。両方を避ける術はない。


 手斧の操縦士は一思いに得物を振り下ろす、まさにその瞬間、自身の目を疑った。


 白い機体は迫りくる一撃に回避も防御もしようとしない。このままなら勝てる、筈だった。


 突如、白い機体はその身を半歩だけ後ろに下がり、手にした剣を翻す。すると、大きく弧を描きながら迫り来る剣を跳ね上げさせた。


「なっ?!」


 いきなり剣の軌道を変更させられたステッドランドの操縦士は咄嗟の事態に対処出来なかった。いや、片手剣とはいえ、十分に速度が乗った今では、そうそう軌道修正したり止める事は難しい。


 そして白い機体は少ししゃがんで、斧を振りかざしている左側の機体を足払いにする。踏み込んだ足を払われてしまった機体は、思わずつんのめってしまった。


 ――――鈍い金属音。二機のステッドランドは互いに互いの得物を受けてしまい、その場で崩れ落ちる。片方は頭部を斧で真っ二つにされ、もう片方は左腕から胸の中央まで剣がめり込んでいた。






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