第63話 蒼銀・4

第六十三話 蒼銀・4


「なんかラブラブなニュアンスが含まれてない?!」


「いいから行きますわよ! 遅れないでくださいまし!」


「ちょっとアンタ達、なにするつもりなの?!」


 クレアの制止も聞かず、深紅の機体、カレルマインが飛び出し、それに遅れて鈍色の機体、ステッドランド・ブラストも続く。


「いっきますわよ~!」


 カレルマインは駆けた勢いで飛び蹴りを放つ。だが直線的な動きなので銀色の機体は簡単に避けてしまう。


「ああもう! とりあえずコイツを倒してから考えよう!」


 ヨハンが操縦するステッドランド・ブラストは腰に両手を回しなにかを取り出す。刃に対して柄が小さい小降りな刃物、投げナイフを次々と投擲していった。正確に三回転したナイフはよく研がれた刃を敵に向けて襲いかかる。回避する方向と位置を予測しているので、テーバテータは仕方なく両手の爪を振るって迎撃するしかない。


 その一瞬足が止まった隙を狙い、カレルマインは足元にしゃがみこんで水面蹴りを放ち足払いする。それを真上に跳躍して避けるテーバテータ。だが、ネーナの猛攻は止まらない。着地する瞬間を狙った前蹴りを放ち、さらにそのまま上段蹴りに発展させる。膝から先を回転させる力を威力に変換し、重い一撃を頭部へと叩きこもうとする。


 対するテーバテータは連続する蹴りを両手で払い、または受け続ける。理力甲冑においても腕よりも脚の方が強力かつリーチが長い。しかしグレンダは機体の左足が動かないため、遠くへ跳躍して逃げることができないのだ。


「おいコラァ! 足技ばっかつかってんじゃねぇ!」


 外部拡声器スピーカーから聞こえてくる声には苛立ちが含まれている。だが、まだ劣勢を感じさせない。グレンダはこの状況をどうにか出来る余裕と自信があるようだ。


 しかし、ほとんど片足で立っているような状態のテーバテータは圧倒的に不利な筈である。その証拠に、カレルマインの強力な連続蹴りによって僅かに姿勢を崩してしまう。そして、その隙をしたたかに狙っていたヨハンが動いた。


 テーバテータを挟んでカレルマインの反対側にまわったステッドランド・ブラストは再び紅の刃牙双を握っていた。そしてその両手を激しく振るい、鋭い斬撃を連続で放つ。さすがのテーバテータも、この挟撃にはなす術もないだろうと思われた。




 だが、グレンダは舌打ちをひとつ鳴らすと、その鋭い目を見開く。


 白銀の機体は片足で器用に立ち、左腕はカレルマインの蹴撃を、右腕はブラストの斬撃をそれぞれいなし始めたのだった。両手を巧みに操り、二機の攻撃を完全に防御している。それだけで驚嘆すべき技量だったが、さらにテーバテータの操縦席を狙う銃口にも気を張っていた。


「本当になんなのよ、アイツ!」


 クレアは思わず唇を噛んでしまう。ヨハンとネーナが敵の動きを止めている間に銃撃しようと先程から試みているが、敵機は常にその射線上へカレルマインかブラストが来るように誘導、あるいは位置取りしていた。これではいくらクレアでも敵だけを撃ち抜くのは至難の技だ。


 それでもどうにかしてテーバテータのみを狙おうとスコープからの映像を食い入るように見つめる。しかし、激しく動く三機の理力甲冑の立ち位置は刻一刻と変化していくにも関わらず、クレアはその狙いをつけられずにいた。




「ハッ、三人がかりならこのアタシを倒せると思ったか?! アマいんだよ!」


 テーバテータが咆哮をひとつあげると、その両手を素早く動かす。するとカレルマインとブラストの胸部装甲に深い爪痕が一瞬のうちに刻まれてしまった。その衝撃にぐらりと後方に倒れかける二機。


「やっぱり強いですわね……この方」


 ネーナはこの敵の力量には敵わないと改めて思い知らされる。そしてとうとう諦めてしまったのか、その表情は力なく笑っているように見えた。


 彼女は操縦席のモニターに映った銀色の機体の向こう、今にも崩れ落ちそうなステッドランド・ブラストを見る。胸の傷はかなり深そうで、人工筋肉を保護する液体がいくらか零れている。幸い、操縦席までは達していないようだが、かなりの損傷だ。そして、その左腕はふわりと持ち上がった。


「しかしいくら強くても、勝利を確信した時こそ油断しないほうが良いですわよ?」


 ブラストの左腕と籠手のような盾の間には少し隙間がある。そこには何か筒のようなものが挟まっており、一体どんな機能を持っているのか一見しただけでは不明だ。そう、この筒から火薬の爆ぜる音を聞くまでは。


 実包の後方にある雷管が撃鉄によって勢いよく叩かれ、その小規模な破裂は内部に収められた火薬を爆発させる。それによって発生した燃焼ガスは、人間の拳ほどの大きさもある無数の鉄球を勢いよく加速させた。


 つまり、これは銃口。ステッドランド・ブラストの内蔵火器である左腕の散弾銃が火を吹いたのだ。その散弾は銃身から飛び出ると、放射状にばらまかれていく。この至近距離ではいくら獣の如き反射神経でも完全に回避することは不可能だった。


 それでも銀色の理力甲冑は散弾を避けようと機体を捻る。しかし、その努力も虚しく右肩から胸部にかけての装甲板にいくつもの小さな穴が開いてしまった。




 レフィオーネは倒れ込んだテーバテータへと慎重に近づく。操縦席付近に被弾はしなかったようだが、かなりの深傷を負ったはずだ。


「ネーナ、ヨハン、二人とも大丈夫?」


「いってぇ……こっちはだいじょうぶっス」


わたくしも問題ありませんわ」


 どうやら二人とも大きな怪我などは無さそうだ。あとはこの理力甲冑の操縦士を捕縛、あるいは無力化させなければならない。


「……ねぇ、コイツ……いきなり飛び掛かって来ないわよね?」


 レフィオーネは手にした小銃の銃口をうつ伏せになっているテーバテータの頭部へと向けたまま、それ以上は近づこうとしない。これまでの戦闘で幾度となく飛び掛かられた恐怖が脳裏に浮かぶ。


「さすがに大丈夫ではないでしょうか?」


「そっスよ。ピクリともしないし、機体の限界が来たんじゃないんスかね?」


 そう言いつつ、ブラストが敵機を仰向けにしようとその肩に手を掛ける。すると不意に銀色の機体は動きだし、不自然に跳ねた。


「うわぁ!」


 その瞬間を待っていたのか、テーバテータは依然変わらない俊敏さでその場から飛び退った。もはや左脚と右肩をまともに動かせないほどの損傷だが、それでも残された四肢を使って遠くへと跳躍していく。


「……逃げた?」


「……逃げましたわね」


「はっ、早く! 姐さん! アイツを撃ってくださいよ!」


「もう無理よ……ていうか、もうイヤ」


 クレアの大きなため息が無線を通じて聞こえる。張り詰めていた緊張の糸が完全に切れてしまったようだ。それにどのみち、民家の間を飛び越えていく機体を狙撃するのは周囲の被害を考慮すると、とてもではないが敢行することは憚られた。


「はぁ、なんとか倒せましたわね。いえ、倒したといえるのでしょうか?」


「どっちかって言うと、どうにか撃退できた、じゃないかな」


「……それより! ユウは?! 敵の本部制圧はどうなったの?!」


 クレアが街の中心部、帝国軍の指令本部がある方を見る。


 その時、異変は起こった。











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