第63話 蒼銀・3

第六十三話 蒼銀・3


  ネーナは直感的に、拳の重みで分かった。今の一撃は浅かった。


 テーバテータに寸勁を打ち込むその瞬間、敵機はこちらへとしてきたのだ。そのため、短い時間で打撃の威力を乗せるはずの寸勁のタイミングが外されてしまい、打撃の衝撃は殆ど伝わらなかったのである。


 カレルマインは受け身を取りながら地面へと膝を着く。ホワイトスワンに合流してからまだ日は浅いが、ネーナが対理力甲冑戦において膝を着いたのはこれが初めてだった。


「大丈夫!? ネーナ!」


「ええ、わたくしもカレルマインも平気へいちゃらですわ!」


 努めて明るい声で返答するが、ネーナは内心では困惑していた。今の攻撃はまさに絶妙なタイミングのはずだった。相手は回避も防御も出来ない必殺の一撃。


 ましてや並の操縦士相手では何が起きたのか分からない程の速攻だった。それに対応した恐るべき反射速度と共に、敵は相当に戦い慣れていると感じさせたのだった。


 と、両手をついて転倒を免れたテーバテータは刺々しい意匠の頭部をこちらへと向ける。まるで狼を象ったような顔つきは今にも牙を剥いて唸り声を上げそうだ。




 いや、銀狼は本当に


 まるで巨大な狼の魔物の咆哮。音の壁が迫りくるようだ。大音量の咆哮はネーナだけでなくクレアとヨハンの聴力も一時的に奪い、軽い頭痛を与えた。





 テーバテータは元を辿れば帝国軍の技術開発部が様々な技術の実証用に組み上げた機体である。ステッドランドで得られた内部骨格インナーフレームと人工筋肉の配置方法をさらに最適化したり、装甲形状を工夫することで格闘戦時の関節の自由度を高める、などである。


 だが、グレンダがかつて所属していた山賊集団、赤い牙がたまたま襲った軍の輸送部隊にこの機体が紛れいていた。そこで奪われたこの機体はそれ以降、山賊によって運用され名前もテーバテータと名付けられた。しかし所詮はならず者集団、軍がデータ収集用に開発した機体を完璧に整備することは出来なかったのだ。


 裏の市場に出回っていたステッドランドの部品は殆どが転用出来ず、装甲も合うものが無い。そして理力甲冑は非常に金を食う。それまでは理力甲冑の運用と略奪品の収支がトントンだったのが、いつしか赤字ばかり増える一方となっていった。そうなれば機体の整備がさらに覚束なくなるのは必然であろう。


 そんなとき、テーバテータの外部拡声器スピーカーの調子が悪くなった事があった。日に日に調子が悪くなっていく愛機に業を煮やしたグレンダはマイクに向かって怒りをぶつけてしまう。


 するとどうしたわけか、その拡声器からは獣のような咆哮が轟き、その音圧は周囲の敵を威圧、または戦意喪失させるのに十分な効果を発揮したのだった。そしてグレンダはその機能をいたく気に入り、結局修理せずにそのままとなっていた。




「あ、頭がぐわんぐわんしますわ……」


 あまりの音量にネーナは軽くめまいを覚える。これほどうるさい音を至近距離で受けてしまったため、他の二人よりもダメージは大きいようだ。


「ネーナ! 危ない!」


「へ? 何か仰っしゃいまして?」


 耳鳴りでよく聞き取れなかったが、ヨハンの叫び声が聞こえたような気がするネーナ。その直後、鈍色の機体がカレルマインの目の前に飛び出した。襲い来る銀色の機体をとっさに迎撃したのだ。


「チッ! なかなかやるな! それにその赤い短剣、相当な業物だろ!」


 勢いよく振り下ろされた戦斧を二振りの短刀、牙双を交差させて受け止めるステッドランド・ブラスト。グレンダの言うとおり、そこらの短刀や剣で今の一撃を受け止めようとすれば真っ二つに叩き折られていただろう。


「ぐっ、重い……!」


 徐々に自重を掛けてし斬ろうとするテーバテータ。それをなんとか耐えているブラスト。このままでは圧倒的に不利な状況だ。




 だが、それはの場合である。


「チィエァッ!」


 裂帛れっぱくの叫びと共に、カレルマインが鋭い飛び蹴りをテーバテータへと浴びせた。理力甲冑の重量が乗った蹴りをまともに食らったテーバテータは激しく吹き飛んでしまう。しかし空中で器用に受け身を取ったのか、あまり損傷は与えられていないように見えた。


「そこよ!」


 クレアのレフィオーネが小銃の引き金を引く。


 地面を転がって距離を取ろうとしたテーバテータは不意打ちの連撃に対応出来ず、左膝を撃ち抜かれてしまった。


 銃弾は装甲に覆われていない膝回りの人工筋肉を裂き、腱を断ち、関節機構を粉々に砕いた。これで膝から下は殆ど動かなくなるはずだ。


 ステッドランド・ブラストとカレルマインが前衛を固め、レフィオーネが後方から銃撃による支援を行う。いかにグレンダとテーバテータがユウやクリスに匹敵するほどの強さを持っていたとしても、三人の連携の前には思うように戦えていない。




 銀色の機体は手にしていた戦斧を捨て、再び四つん這いになる。この敵は脚の一本や二本がもげた程度では止まらないというような印象を与えるが、実際そうだった。


 唸り声と共にテーバテータは大地を駆ける。殆ど動かない左脚は引きずったままにも関わらず、四脚獣のごとき身のこなしで高く跳躍した。狙いは後衛のレフィオーネだ。


 だが、その動きにヨハンがいち早く反応する。ブラストが両手に持った二振りの短刀を逆手に持ち替え、空中を跳ぶテーバテータを受け止める。


 腕と牙双を交差させて敵機の突進を食い止めようとするが、その衝撃を全て受け止めきれなかった。だが、それで十分だった。


 一瞬出来た隙を虎視眈々と狙う鋭い眼光。


 カレルマインは軸足をしっかりと大地に踏み込ませ、反対の脚を思い切り跳ね上げる。落下してくるテーバテータを正確に狙った上段蹴りを炸裂させた。大地に根が生えたかのようにしっかりとした軸足から伝えられる力は、上体の動きと連動し蹴り足へと少しの損失もなく流れ込む。


 テーバテータ自身が落下する重量とカレルマインの蹴りによる威力が合わさって鈍い音が響く。深紅の脚が銀色の装甲と装甲の間、脇腹にめり込む。人工筋肉がむき出しにならないよう、ぐるぐる巻きにされた関節保護用の黒っぽいシートがいびつに歪み、その損傷具合を窺わせた。


 銀色の機体はその場に着地する。あれほど腹部へと綺麗に上段蹴りが入ったのだ、機体はもとより操縦士はただでは済まないだろうと後方から見ていたクレアは思う。


 だが、ネーナは今の一撃が決め手にならなかったという事に気付いていた。


 いや、確かに手応えはある。だが内部骨格インナーフレームを砕き、人工筋肉を断裂させる感覚は無かった。そう、例えるなら……一抱えもある太い丸太を蹴り込んだような、あまりの質量差にうまく衝撃が伝わらなかったという印象だ。


(分かりましたわ、この敵が何をしたのか!)


 蹴りが当たる瞬間、テーバテータは機体を思い切り捻っていた。まるで野生の動物がするように、体をよじることで瞬間的に打撃の衝撃を点ではなく面で、しかもゆっくりと打撃を受けることでその衝撃を分散してしまったのだ。さらにこの機体の胴体周りは極端に装甲が少なく、その分だけ人工筋肉が多い。柔軟な筋肉に囲まれた腹部はいくらか打撃の効果が薄くなっているのだろう。


 ネーナは敵の反撃を警戒し、後方へと跳び退る。それに続くヨハンのブラスト、そして彼らを援護射撃するクレアのレフィオーネ。


 やはりテーバテータはそこまでの損傷を負ったわけではないらしく、機敏な動作で銃撃を回避していく。両者は一度、仕切り直しとばかりに間合いを離して睨み合う。


「なんなんスか?! コイツ強すぎですよ!」


「私に言わないでよ! 悪いのはあの操縦士グレンダでしょ!」


「お二人とも、喧嘩しないで下さいまし!」


 ヨハンとクレアはテーバテータについてアレコレ文句を言う。確かにその気持ちはネーナにも理解できるが、それは後にしてほしかった。


「そうですわ! ヨハン様、アレをやりますわよ!」


「アレ?」


 ヨハンは不思議そうな声を出す。一体、何の事だと言わんばかりだ。


「アレですわよ、アレ! 二人の連携攻撃ラブラブアタックですわ!」








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