第63話 蒼銀・2
第六十三話 蒼銀・2
「ヤバいヤバい!」
煤と砂埃で暗く汚れた水色の装甲を煌めかせ、レフィオーネは地上付近を低空飛行する。そしてそれを猛追する鈍い銀色の機体、テーバテータ。
クレアは必死に操縦桿を握り、眼前に迫る城壁と民家を避けながら腰のスラスターを吹かせる。その度に、民家の軒先に置いてあった荷物を吹き飛ばし、窓や戸口をガタガタ震わせた。上空へと退避しようにも、ほんの僅かな速度の低下が命取りになりそうだった。それほどテーバテータの追撃は速く、獰猛なのだ。
レフィオーネは現在のところ、このルナシスにおいて唯一の単独飛行可能な理力甲冑である。その優位点は計り知れないが、その代償も大きい。その一つ、
対して、敵のテーバテータは最低限の装甲のみしか取り付けてないが、その
つまり、敵の間合いに入ることは即ち、レフィオーネの敗北を意味する。
「くっ! しつっこい!」
歯を食いしばって機体に掛かる慣性を耐える。左右に高速で低空飛行しているため、普段よりも強い加速度がクレアの身体に容赦なく負荷を与えていく。
後方を映すモニターにちらりと目をやると、
「一か八か……!」
クレアがそう呟くと、レフィオーネはスラスターを巧みに可動させながらその場で機体の向きを反転させる。後ろ向きに高速移動するのは難度が高いが、そうも言ってられない。
振り向きざまにレフィオーネが左手に持っていたのは腰の後ろに装備していた小振りなナイフだった。本来、格闘戦を考慮していないレフィオーネだが、作業用の多目的ナイフはいつも装備してある。
そして振り向く遠心力を利用してそのナイフを投擲する。もちろん専用の投げナイフではないため、重心の位置からして刃が突き刺さるようには飛ばない。
だが、これで一瞬でも敵の意識を別に向けることは可能だろう。その隙にもう一度、銃弾をお見舞いしやるのがクレアの狙いだ。
すぐさま、右手に把持した小銃を構えて引き金に指を掛ける。
クレアは何が起きたのか、一瞬分からなかった。
分かるのは、後頭部が激しく痛むこと。そして機体と自身が仰向けになって寝ていること。目の前のモニターには曇天が広がる。いつの間にか雨が降りそうなくらいに黒い雲がケラートの街一帯を覆っていた。
操縦席がグラリと揺れる。暗い空ばかりのモニターに、銀色の巨人がこちらを見下ろす姿が映った。
(痛っ……まさか、あの場面で飛び掛かってくるなんて……!)
まさに猛獣。テーバテータは飛んできたナイフなぞ、まるで気にした様子もなくレフィオーネに飛びかかり、両腕に装備された爪状の刃物を振るったのだ。思わぬ衝撃に機体は姿勢を崩してしまい、地面を激しく転がっていた。
落下したときに愛用の銃は向こうに投げ出されてしまった。ブルーテイルは背負ったまま機体の下敷きになっている。そうでなくとも、重量のある大型ライフルで反撃するのは現実的ではない。作業用ナイフもさっきの一本きりだ。
テーバテータが重量をかけて踏みつけている。それだけで機体は悲鳴を上げ、モニターは
「こんなところで……!」
アルヴァリス・ノヴァは遥か向こうだ。しかし、ユウに助けを求めるわけにはいかない。今ごろ、あの黒い機体と戦っているはずだ。
(これくらいの窮地、と言いたいところだけど……)
今のレフィオーネには打つ手が全くなかった。機体軽量化のため、ステッドランド・ブラストのように内蔵火器は仕込まれていない。手持ちの武器も無い。敵機に踏みつけられているため身動きひとつ出来ない。だが、クレアは諦めて
(私に出来る……? ユウみたいに)
クレアはある事を思い出していた。アルヴァリス・ノヴァは二基の理力エンジンとユウの強大な理力によってノヴァ・モードを発動できる。改修前のアルヴァリスでも、ユウだけの理力で同じ現象を引き起こしていた。つまり膨大な理力さえあれば、理力エンジンを搭載しているレフィオーネでも同様の事は出来るはずである、というのが先生の見解だ。
「最近、こんな博打打ちみたいな戦い方ばかりな気がするわね……」
クレアは静かに目を閉じて深呼吸する。操縦桿を強く握り、理力が流れるイメージを作った。
耳に入ってくる理力エンジンの音が次第に大きく、高くなっていく。普段は周囲の空気を取り込み極限まで圧縮するために使われる理力エンジンが、今は周囲の理力をかき集めるためだけに回転する。次第にエンジンが奏でる音色は管楽器のような音を連想させる。
だが、足りない。クレアは直感でわかる。このままではいくら理力をかき集めてもユウのようにはいかない。
エンジンの音色も一定の音階から上がらない。アルヴァリスなら、ユウならもっと綺麗で高い音を奏でる。
(私じゃ、駄目なの……?)
思わず開いた目の前には、大振りな戦斧を振りかざす銀色の理力甲冑が。あんな質量の斧を振り下ろされれば、レフィオーネの薄い装甲はなんの役にも立たないだろう。
クレアは悔しさに唇を噛む。どうにかして足掻こうと機体を動かそうとするが、テーバテータは踏みつける足に力をいれる。
金属と金属が強く衝突する音が聞こえた。
しかしその音は少し離れたところからだ。
「姐さん! 今、助けに来ましたよ!」
「なんか野蛮そうな敵ですわね!」
ヨハンとネーナの声だ。
「二人とも!」
ヨハンのステッドランド・ブラストが投げ放った手斧を受けるためテーバテータが後ずさったので、レフィオーネは機体の自由を取り戻した。すぐさま腰のスラスターを吹かして敵から距離をとる。
「助かったわ、ありがとう。でも護衛は?」
「いいっスよ、どうせステッドレイズは俺らが護衛しなくて良いくらいには強いし!」
ブラストが腰から取り外した小銃用の弾倉が手渡す。いい加減、残りの弾数に不安を覚えていたクレアはありがたく受け取り、手早く交換する。その向こうではネーナのカレルマインがテーバテータと接近戦を繰り広げていた。
「こっ! この方、見た目だけでなく戦い方まで乱暴ですのね?!」
レフィオーネが体勢を直すまでの時間稼ぎと牽制に入ったつもりのネーナだが、この銀色の理力甲冑の戦い方に目を白黒させてしまう。カレルマインはジャブのような突きを繰り返し打ち、相手の動きを押さえようとした。だが、それは猛獣を押さえつけるにはいささか弱すぎたようだった。
拳の軌道を完全に読んでいるのか、テーバテータは紙一重の動きでカレルマインの攻撃をすり抜けていく。一通り避けた後、手にした戦斧を水平に構え、勢いよく左足を踏み込んだ。
鋭い刃が空間を切り裂くようだった。右腕だけで振りぬいたにも関わらず、その速度と威力はまともに食らえば凄まじいものになるだろう。これではどんな理力甲冑でもひとたまりもない。
「シッ!」
だが、ネーナの防御も負けてはいない。回避することが困難だと悟ったネーナはカレルマインの両手を小さく前方へと交差させつつ突き出す。そのまま両足を前後に大きく広げ、襲い来る戦斧をの真下へと潜り込む。そして左手首の外側、
跳ね上げられた斧はその重量ゆえにすぐさま軌道を修正することが難しい。その一瞬を突いて深紅の機体は銀色の機体の懐へと超接近していた。
「スぅー……ハッ!」
理力甲冑の全身に纏われた人工筋肉が一拍のうちに膨張する。中国拳法には寸勁と呼ばれる技術があり、僅かな動作で協力な打撃を放つ技だ。その真髄は全身の筋肉の精緻な制御と言われている。小さな構えから打撃が衝突するまでのごく短時間に、全身の筋肉を使って打ち込むのだ。
カレルマインはまさに、その寸勁を放とうとしていた。腰だめに拳を作り、機体の額同士がぶつかりそうな近距離から右腕を振り抜いた。
次の瞬間、深紅と白銀の機体は弾けるようにして互いに吹き飛んだ。
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