第63話 蒼銀・1

第六十三話 蒼銀・1


 白銀の理力甲冑テーバテータが踊る。


 その速度はまさに獣の疾走の如く、まばたきする間もなくケラート中心地から周囲の壁に到達してしまう勢いだ。


「そこの水色のヤツ! まずはテメェからだ!」


 一見、華奢な少女のような声に聞こえるが、その言動は大の男でも面食らうほど荒々しい。


「なんなんのよコイツ!」


 水色の機体・レフィオーネを駆るクレアは思わず舌打ちをしてしまう。しかし、愚痴をこぼしている暇はなかった。


 彼女愛用の小銃は小気味いい音を立てて空の薬莢を排出する。この半自動小銃セミオートライフルはかなり古い型の理力甲冑用小銃だ。それでも長年、帝国軍をはじめとした多くの国や軍で使用されてきた実績と高い信頼性、そして最近の小銃と比較しても遜色ない命中率を誇る。そのため、ベテラン操縦士ほどこの銃を好むという。クレアは長銃身化と細かい調整、倍率の高い狙撃用スコープを装着したこの小銃をずっと使い続けていた。


 レフィオーネの細身な手は淀みなく動き、装填・発射・排莢を繰り返す。まるで機械のように繰り返す動きはとても半自動式とは思えない速度で連射されていく。襲い来る銀色の機体を狙い、次々と弾丸が空中を駆けた。


「そんなもん、百発撃っても当たんねぇよ! このテーバテータにはな!」


 銀色の機体、テーバテータから叫び声が聞こえる。だがその言葉の通り、レフィオーネの放った銃弾は獰猛な動きで右へ左へと避けられてしまう。


「……速い! ならば!」


 アルヴァリスの速度にも匹敵する敵の動きを至近距離で捉えるのはクレアでも難しい。だがそれならそれで、狙いようはいくらでもあった。


 レフィオーネは小銃を構える両手を少し下げ、慎重に狙いとタイミングを図る。もうすぐそこまでテーバテータは迫ってきていた。もし懐に入られれば、格闘戦に不向きなレフィオーネではたちまち屑鉄にされてしまうだろう。


「ッ!」


 一発の銃弾が発射される。その軌道は先程よりもかなり下を向いており、テーバテータの足元の石畳を砕いた。


「ヘッ! ハズレェ!」


 そのまま軽く跳躍して窪んだ地面を避ける。だが、その動きはクレアの狙い通りだった。


「やっぱり、?」


 レフィオーネはこれまでよりもさらに早く次弾装填を済ませ、本当の狙いに銃口を向けた。ユウといい、この敵といい、素早く動き回るのが得意な操縦士は地面が窪んでいたり、不安定な箇所はとにかく避けようとする傾向がある。それは機体を安定して疾駆、跳躍させるためにはしっかりとした地面を蹴らなければならないからである。


 そして今このときも、銀色の機体とその操縦士はクレアの思った通り、銃弾で耕された地面を避けるため上に跳んだのだ。時間にしてわずか一瞬、ほんの少しの滞空時間だが、空中で動けない隙を狙い撃つにはクレアにとって十分すぎる時間だった。


 レフィオーネのか細い指が引き金を静かに引き絞る。発砲炎と共に銃口から一発の鉛が吐き出された。その銃弾は大気を貫きながら音より速く白銀の機体へと到達する。




 テーバテータは空中で姿勢を崩し、そのまま地面へと激突してしまう。そのせいで街の大通りは大きく抉れ、石畳はぐちゃぐちゃになってしまった。


「……なんてヤツなの?!」


 クレアは驚愕する。確かに今の一発は機体の胸部より少し下、操縦席付近の装甲を貫通するはずだった。しかし、クレアの目はその一瞬をしかと捉えた。


 銀色の機体は被弾するまさにその瞬間、思いきり体を捻って無理矢理空中で姿勢を変えたのだ。おかげで銃弾は胸部装甲をいくらか削るだけで、おそらく機体と操縦士に大きな損傷は与えられていないだろう。






「イチチ……」


 グレンダは地面と激突した衝撃で切った唇をペロリとなめる。ついでにボサボサになった髪をかきあげ、真っ赤な瞳をギラつかせた。


「……」


 手早く自身に負傷がないかを確認し、どこにも異常がないことを確かめる。そして操縦桿を僅かばかり握り込んだ。全身の人工筋肉の状態を感覚のみ頼りに、こちらも異常がないことを確認すると今度は周囲の様子を窺った。


(あの水色のヤツはまだそこにいる……今のは油断しちまったが、次は奇襲でいくぜ)


 グレンダは野生の勘とでも言うべき恐るべき反射速度で銃弾を回避した。そして今も五感を総動員して反撃の機会を探っている。


 彼女とその愛機はまるで野生の獣そのもののような戦い方を得意とする。しかし、ただそれだけではクレアとレフィオーネの相手にはならないだろう。グレンダの本当の強さは常にな頭、そしてその洞察力にある。


(あの機体レフィオーネ、見た目は華奢……装甲も薄そうだ。長物ライフル持ってるから接近戦には弱いと見た。でもその代わり、あの腰のスラスターが気になる……ただのスカートってわけじゃあねぇだろうな)


 今、テーバテータが倒れ込んでいるのはレフィオーネの少し前方。この距離ならテーバテータの跳躍力を以てすれば一足飛びだ。銃口は依然としてこちらを狙っているが、そんなことは特に問題とならない。


(ヤツの呼吸を探れ……ヤツが次に息を吐いた瞬間だ……)


 グレンダは全神経を目の前の水色の機体に向ける。理力甲冑はそれ自身が生物ではないため自律運動をすることはないが、操縦士の肉体的、精神的反応を反映して人工筋肉が僅かに収縮するという。それは注意深く観察していなければほとんど気づかない程度だが、戦闘によって感覚が研ぎ澄まされた今のグレンダにはそれがハッキリと感じ取れた。


 水色の機体の操縦士はこのような状況でも呼吸は整っており、なかなか豪胆な面もあるとグレンダは評価する。だが、どれほど集中していても人間の行動は呼吸に支配される。息を吐き、吸い始めるまでのほんの一瞬はどんな人間でも、いや野生の猛獣すら咄嗟の動きが文字通り、一呼吸遅れる。なので武道の達人ほど自らの呼吸を制御し、相対する者の呼吸を探るという。その事をグレンダは本能的に知っていた。


「今だッ!」


 レフィオーネの僅かな動きから操縦士のほんの僅かな隙を見いだす。うつ伏せに倒れていたはずのテーバテータは全身のバネをしならせ、静から動へと跳躍した。


 手にしていた戦斧の柄を槍のように構え、上空から一息に繰り出す。この突きの速さ、反応の遅れ、装甲の薄さ。どれをとっても水色の機体に生き残る術はない。


「ッ?!」


 だが次の瞬間、激しく巻き起こった土煙に視界を失った。構わずグレンダは斧の柄を突き出す。が、その手応えは無く、ただ地面を穿つだけだった。







「~~~危なかった!」


 クレアは急いで機体の姿勢制御に注意を払う。ここで姿勢を崩したら敵機の追撃を許してしまう。


 クレアはあれほど注意していたが、気がついたらあの銀色の敵は宙に跳び、その得物をこちらへと向けていた。テーバテータの鋭い突きを回避することが出来ないと彼女は悟ってしまう。


 そこからはクレアにもよく分からない。銃を構え直した気もするし、真上に跳んだようにも思える。とにかく無我夢中で機体を操作した結果、腰部スラスターが展開して背部の理力エンジンが一気に高回転域に達した。そのまま大量の圧縮空気は地面の砂を巻き上げ、機体を真横に滑らせたのだ。


「この敵はヤバい! ヤバ過ぎる!」


 








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