第62話 奪還・4

第六十二話 奪還・4


 ホワイトスワンはケラートの街並みをかき分けるようにして走る。通りの道幅はホワイトスワンの全幅ギリギリで、置かれている植木鉢や市場の屋台などを次々と吹き飛ばしていった。


 街の中心部へと続く大通りは南北と東西を結ぶ二本だけ。そこへ出さえすれば後は一直線、障害物は何も無いはずだ。


 そしてユウとアルヴァリスが押さえている帝国軍の前線司令本部へ、制圧の為の精鋭歩兵部隊二個小隊を送り込む。敵が対応出来ない一瞬の時間が作戦成功の鍵だ。


「近くに稼働中の理力甲冑はいないよ! ボルツ、このまま行っちゃって!」


「さすがに反撃は少ないですが、それでもあちこちに敵がいますね」


 リディアが理力探知機レーダーで索敵し、レオはブリッジからの遠隔操作で機関銃を操作している。さすがに敵もケラート内部での戦闘は想定していなかったらしく、敵兵士は散発的に小銃や拳銃でホワイトスワンを狙う。しかしホワイトスワンの機動力と大きさには歯が立たず、両舷に備え付けられた機関銃で返り討ちにあうばかりだ。


「見えたデス! アルヴァリスのいるところ、あそこが敵司令部デス!」


 先生が指さす向こう、大きな白い建物とアルヴァリスが見える。ボルツはここぞとばかりにスロットルを開けて加速させた。


「な……?! なにこれ……理力甲冑?」


 突然、リディアが狼狽えだす。理力探知機レーダーに何か反応があったようだが、どうも様子がおかしい。


「どうしたデス、リディア? 何があったかキチンと報告するデス!」


「えっと、その……理力甲冑ぽい反応が南から現れたんだけど……その反応がアルヴァリスくらいに大きいよ! それに速い……もうすぐここに来る!」


 先生が急いで探知機の画面を覗き込むと、そこには確かにアルヴァリス・ノヴァと同じくらいに大きな光点が恐ろしい速度で移動していた。通常の理力甲冑では、ここまで大きな理力反応を示すことはない。たとえ、強大な理力を持つ異邦者のシンやスバルが乗る専用機でもだ。


「これは……もしかしてユウが言ってた帝国の理力エンジン搭載型……デスか?!」









 ユウは瞬間的に敵意を感じて、飛び退った。アルヴァリスのスラスターが姿勢制御のため忙しなく稼働する。敵の姿は……見えない。気のせいだったのだろうかと思ったが、しかしユウには奇妙な確信があった。


「クリスさん……!」


 アルヴァリスの視線の向こう、ケラートの南側、海のある方向から黒い機体が跳躍してくる。あの機体は間違いない、ティガレストだ。そしてその操縦士はクリス・シンプソンしかいない。


 ユウは昂る気持ちを抑えるべく、深呼吸する。しかし、相手が相手だ。これまでにいくつもの激戦をくぐり抜け、強敵を退けてきたユウとアルヴァリス・ノヴァでも勝てるかどうか怪しい。




 黒い機体がアルヴァリスの前方へと着地する。その衝撃は殆ど感じさせず、機体の柔軟な人工筋肉と操縦士の高い技量を垣間見せる。そしてゆっくりと立ち上がると、外部拡声器スピーカーで呼びかけてきた。


「アルヴァリスか……ユウ。久しぶりだな」


「ええ。クリスさんこそ、お元気そうで」


 聞き間違える筈は無い。金髪金眼、目鼻の整った顔を思い出す。


「まったく、任務でケラートの防衛に行けと命じられたが、間に合って良かったよ。君たちがこの作戦に参加しているなら、いずれこの街は連合に取り返されていた」


「お仕事大変ですね。でも、僕たちはこのケラートを奪還します。たとえ、クリスさんが相手でも……今度は退くことが出来ませんから」


 お互いに穏やかな雰囲気で言葉を交わす。理力甲冑ごしでなければ、ごく普通に会話しているかのようだ。だが、言葉の雰囲気とは裏腹に、辺りの空気は次第に張り詰めていく。


「大変なのはお互いさまだよ……それと、だ。いい加減に決着を付けないか? 君も勝敗が付かないのは気持ちが悪いだろう?」


「……僕はクリスさんに負け越していると、思っていたんですけどね!」


 言い終わるかどうか、という瞬間にアルヴァリス・ノヴァはライフルを持ち上げ引き金を引こうとする。だが、どこからか獣の咆哮が聞こえてきた。


「?! ……魔物……!」


「いや、魔物よりも凶暴なヤツだよ」




 突然、目の前に銀色のナニかが降ってきた。鈍く光りを反射する、それは異様な理力甲冑だった。


 着地と同時に、銀色の機体は手にした大振りな斧を振るう。その大きさに似合わず、素早く振り抜かれた斧は一瞬反応が遅れたアルヴァリスのライフルを真っ二つに破壊してしまった。


「っ!」


 とっさに後方へと跳び、間合いを外すユウ。思わず冷や汗が出てしまうほど、銀色の機体は速かった。


「オイコラァ! クリス! 先に飛び出してんじゃねぇよ! ブッ殺すぞ!」


「それは悪かった、いち早く会いたかったんだよ。彼にね」


 剥き出しの殺気。獰猛な息遣い。ユウが銀色の機体とその操縦士に抱いた印象はまさに獣、そのものだった。


「ユウ。紹介しよう、彼女は最近、私の部下になったグレンダ。そしてそのイカれた機体はテーバテータ。君なら分かると思うが、かなり


「テメッ! イカれたってどういう意味だ! コイツはテメーの機体よりスゲーんだぞ!」


「そう言って、この前の模擬戦でもまた私に負けてたろ」


「……! バラバラにされてもその口は動くのか、試してやる……!」


 銀色の機体テーバテータは凶悪な面をクリスのティガレストへと向け、その戦斧を構えた。




 二人のやり取りを目前にしながら、ユウは動けないでいた。お互いに口喧嘩をしつつも、その殺気と威圧はユウにも向けられていたからだ。少しでも動けば、襲われる。一対一でもユウとほぼ互角のクリスに、さらに同格の理力甲冑が相手ではいくらアルヴァリスでも迂闊な行動はとれない。


(これは……マズいな)


 すぐ傍には敵の指令本部が。そして視界の端には見慣れた白い巨体ホワイトスワンがやって来ていた。恐らく、ティガレストとテーバテータが現れたため、ここに近づけないでいるのだろう。時間が経つほどに連合軍の旗色は悪くなる一方だ。ここはどうにかして状況を打破しなくては。




「ユウ! 伏せて!」


 突然聞こえたクレアの声に、ユウの身体は自然と動いた。アルヴァリスがその場へしゃがみ込むと、その真上を音速の物体が通過していく。


 クレアのレフィオーネだ。彼女の機体がいつの間にか大通りのはるか向こう、壁際の所に膝立ちでいた。そしてそこから愛用の半自動小銃で狙撃したのだ。


 だが。


 テーバテータは手にした戦斧を片手で振り回して、事もなげに弾丸を叩きおとしてしまった。


「嘘だろ……!?」


 思わずユウは零してしまう。銃の弾丸をあんな大きな斧で弾くなど、人間技ではない。


「テメェ……! いい度胸だな、最初の得物は水色の奴だ! 覚悟しろ!」


 銀色の理力甲冑、いや、銀狼の魔物は突き刺さるほどに鋭い殺気をクレアとレフィオーネに向けた。










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