第62話 奪還・3

第六十二話 奪還・3


 着地の衝撃は殆ど無かった。レフィオーネの予備パーツを流用した全身のスラスターは先生の整備のお陰で調子がいい。操縦席の後方から聞こえてくる理力エンジンの音も綺麗な音色だ。


「まずは砲撃を止める!」


 掃射で一気に空になった弾倉を捨て、新しい弾倉を自動小銃アサルトライフルに装填する。いわゆるブルパップ方式の小銃は弾倉が銃把グリップの後方にあるため、弾倉交換は多少の慣れが必要とされる。しかしアルヴァリス・ノヴァはよどみない手付きで交換を終えた。


 先ほどの掃射で無事な野戦砲を見つけるとアサルトライフルの引き金を短く二、三度引く。今度は狙いを定めているので次々と標的を破壊する。


「……!」


 近くに砲兵がいるため、なるべく少ない弾数で、かつ破片がそちらへ飛び散らないように慎重に撃つ。しかし、突然現れた理力甲冑から逃げ惑う砲兵の動きは読みづらい。仕方ないのでユウはライフルを腰に戻し、左腕に装備された盾の裏から片手剣を引き抜く。


「これなら!」


 アルヴァリスはその場で高く跳躍する。そしてそのまま少し離れた野戦砲へと飛び掛かった。落下と同時に剣を砲の基部へと突き立て、一気に振り抜く。すると、砲身が真っ二つに裂けてしまった。


 その裂けた砲身の一つを掴むと、力任せに投げつけた。その先には別の野戦砲があり、砲兵は慌てて逃げ惑う。半分になったとはいえ、相当な重量物が降ってきたのだ。弾薬を置いていた窪みをさらに抉り、辺りに火薬や砲弾をまき散らしてしまった。


 と、ユウの視界に灰色のドームのようなものが映る。固定砲台としてのトーチカだ。コンクリート製のトーチカは強固で、野戦砲の直撃でも何度か耐えられるほどだ。なるべくコイツは潰しておかなければ、あとの進軍に影響する。


 短い助走の後、跳躍したアルヴァリスはトーチカの真上へと着地する。中にいる人間の事を考えて潰さないようにゆっくり着地したつもりだが、頑丈なコンクリートは僅かに亀裂が入っただけだった。


「今からこのトーチカを潰します! 中にいる人は逃げてください!」


 機体の外部拡声器スピーカーで避難を促すついでに片足を踏み下ろして威嚇する。まだトーチカは保つとはいえ、理力甲冑の重量は相当なものだ。全重量を掛ければいつかは踏み抜かれるかもしれない。そう考えたトーチカにいた兵は止む無く逃げ出していった。


 それを確認したユウはトーチカの正面に回り、銃眼の部分にライフルを突っ込み引き金を引く。小気味いい音を立てて空薬莢が排出され、トーチカ内部はズタズタに破壊される。


 わずかな時間でアルヴァリス・ノヴァは周囲の砲撃部隊を沈黙させてしまった。対理力甲冑の事を考えていない布陣だったのであっという間だった。それだけここまで近づかれないという自信があったのだろうか。


「リディア、壁の前にいた砲撃部隊は黙らせた! すぐにスワンを寄こして! クレア、僕はこれから壁の向こうに入るから、周囲の警戒をよろしく!」


「こちらホワイトスワン、了解ユウ! 先生、ボルツ、突撃しちゃって!」


「分かったわユウ。今のところ他の理力甲冑はヨハンとネーナが押さえていてそっちに向かっていないわ。街の中心部にも姿が見えない。今がチャンスよ」


 アルヴァリス・ノヴァは剣を仕舞い、小銃を再び腰に戻す。そして深くしゃがみ込むと、ユウは操縦桿を強く握った。装甲の下にある人工筋肉が肥大していく。ユウの膨大な理力が機体に流れ込み、凄まじい力を溜めていく。


 目の前の壁は高い。他の都市国家と同じで、元々は魔物の襲撃から街を守るための壁だ。相当な厚さと高さを誇る。ステッドランドの跳躍力と一般的な操縦士の理力ではとてもではないが、この高さを飛び越えることは不可能だろう。


 だが、ユウとアルヴァリス・ノヴァなら話は別だ。


 下半身のバネを最大限に活かし、地面を蹴る。あまりの衝撃に大地はひび割れ、白い機体は上空へと舞い上がった。全身のスラスターも圧縮空気を下向きに噴射し、少しでも重力の鎖を断ち切ろうとする。


 そして、白い機体はゆうに理力甲冑四機分はあろうかという高さの壁を乗り越えてしまった。放物線の頂点でくるりと宙返りをしつつ、壁の向こう側へと入る。


 スラスターを噴射しつつ着地するが、あまりの高さからの落下に道路の石畳が何枚もめくりあがる。大きな足跡が付いてしまった事にユウはいくらかの罪悪感を覚えてしまう。


 色鮮やかな屋根が並び、それとは対照的に真っ白な壁の家がはるか向こうまで続いている。数多くの人口を収容するためか、背の高いアパートのような建物があちらこちらに見えた。雑多という印象を与える街並みはいかにも港町という雰囲気を感じさせてくれる。


 先程までは硝煙と土煙の匂いしかしなかったが、壁のこちら側は海の匂いがする。あの独特の、濃い匂い。


 これが港町ケラート。アムリア大陸でも有数の規模の港湾と漁獲量を誇り、さまざまな物資の玄関口。都市国家連合の中枢の一つだった街。今は、帝国軍に占領された街。






 周囲に人影は殆ど見えない。ちらほら見えるのは服装からして帝国軍の兵士だろう。住人は家に閉じこもっているのだろうか。


「ユウ、帝国の司令本部は街の庁舎を接収したものらしいわ。まずは街の中心部まで進んで」


 クレアの誘導を受けながらユウはアルヴァリスを走らせる。街中には理力甲冑が配備されていないようで、いたとしても修理中なのか、装甲を外されたり四肢の無い機体が工房内にいるだけだ。そもそも、ケラートは整然と区画整理されていない街なので理力甲冑が通れるような道は限られる。基本的に街中で運用するのが難しいのだ。


 白い壁と色とりどりの屋根を越え、すっかり寂れている市場を抜ける。遠くに壁よりも高い灯台を見ながらアルヴァリスは進む。ここまではほぼ障害はないと言ってもいい。そろそろ中心部と思われるところまで来ると、大きな白い建物が見えた。尖塔の先には帝国の旗が掲げられ、入り口の前には警備の歩兵が何人も集まっている。


「ここが帝国の司令本部か!」


 機体の下部から何度も打ち付けられるような小さな金属音が聞こえる。土嚢で囲まれた機関銃の射撃を受けているようだ。しかし対人用の兵器では理力甲冑の装甲を貫くのは難しい。アルヴァリスは剣を抜くと逆手に持ち、地面へと勢いよく突き立てる。


 その衝撃で地面はたわみ、石畳の道路はいびつに波打ってしまった。大地を揺らす衝撃は近くにいた歩兵を転ばせ、設置された機関銃は銃座ごとひっくり返ってしまう。


「今すぐ投降してください! でないとこの建物を破壊します!」


 拡声器で呼びかけると同時に、腰のアサルトライフルを持ち出す。数発を上空に向かって発砲し、これが脅しではなく本気だというアピールをする。ユウにはそのつもりが無いのだが、ここは強気にいかなくては。


 性懲りもなく手持ちの小銃で反撃する歩兵がいたので、アルヴァリスは地面を思い切り踏み抜く。建物の陰にいた歩兵は驚き、小銃を落としたままどこかへ走って逃げていった。


「早く返答を! こちらは本気です!」


 銃口を庁舎へと突きつける。ここからではよく見えないが、窓の向こうには帝国軍の指揮官級の人間がいる筈だ。すぐに戦闘行動を停止させなければ、どちらの陣営も被害が増すばかりだ。


「やっぱり、歩兵が直接乗り込まなきゃ駄目なのか……?」











 一方、ユウが飛び越えた壁にはホワイトスワンが到着していた。


「さぁ、お前ら! 仕事の時間デス! とっとと出撃!」


 先生が威勢のいい声で叫ぶ。それと同時にホワイトスワンの格納庫から四機の理力甲冑が現れた。見た目はただの鈍色をしたステッドランドだが、四機とも長大な得物を持ち、その背部から奇妙な音を発していた。


 そう、理力エンジン特有の高い音だ。


 この機体はステッドランドにグレイブ王国で量産された理力エンジンを搭載した理力甲冑・ステッドレイズだ。突貫工事的な改修なので外見は殆ど差が見られないが、背面は理力エンジンを搭載した分だけ盛り上がっている。それと四肢の各関節を強化、保護もしてあった。


 そして、その潜在的能力は通常のステッドランドを


 四機のステッドレイズは自身の全長よりも長い馬上槍のような装備を持っている。黒塗りの円錐部分は相当な重量なのだろう、ステッドレイズ各機は軽々と手にしているが、踏みしめる地面は脚が深くめり込んでいた。


「周囲に敵はいないデス! それじゃあ突撃開始デス!」


 先生の号令と共に横一列で駆けだしたステッドレイズはその槍を前方へと構える。相当な重量の槍を抱えているにもかかわらず、その動きは軽快だ。理力エンジンから供給される大量の理力が人工筋肉を性能を底上げしているのだ。


 沈黙した野戦砲を掻き分け、ステッドレイズは疾走する。そして槍の先端を壁に突き立てた。膨大な運動エネルギーによって生まれた衝撃は凄まじく、堅固な壁には大きな穴が開いてしまう。だが、それでも貫通するには至らない。それだけこの壁は分厚いのだ。


 すると、ステッドレイズの理力エンジンが激しく唸りだす。何かが高速で回転する高音が独特の音色を奏でる。四発分のエンジンが調和した瞬間、槍が弾けた。


 この馬上槍に似た装備はの一種だ。正式名称を理力動抗槍といい、人工筋肉を利用した巨大な杭打機パイルバンカーだ。先端に高比重の合金金属を用いた大質量の杭を、人工筋肉の収縮力と火薬の圧力で打ち出すという実にシンプルな設計をしている。


 しかし、このパイルバンカーは非常に使


 まず、重すぎてまともに運用できる理力甲冑が殆どいない。次に杭を打ち出す人工筋肉の消耗が激しく、数発で使い物にならなくなってしまう。そして、高比重金属を大量に使用するため、量産ができない。


 だが、その欠点を補って余るほどの威力だ。現に、ケラートを長年にわたって守護していた強固な壁は完全に貫かれていた。


 各ステッドレイズは手動で杭を戻し、再び発射させる体勢に移る。そして周囲の空気を震わせ、壁を震わせる一撃が放たれた。まるで地震のような振動に壁のそこかしこがひび割れ、破片が崩れ落ちていく。


 もう二、三回、穴を開けてやると理力甲冑はもちろん、ホワイトスワンも通れるほどに拡がった。


「よっし、いざケラートの街に乗り込むデス! ボルツ君、全速前進!」


「行きますよ、皆さんしっかり捕まっていてください」








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