第62話 奪還・2

第六十二話 奪還・2


 現在、ホワイトスワンはスバル達が戦闘している地点へと急行している。ヨハンとネーナが彼らの無茶な進撃を止められなかったこともあり、一部の戦線が伸びきってしまっていた。こうなれば容易に寸断されてしまい、スバル小隊は孤立してしまうだろう。


 そこで前線指揮官を務めるオバディアはホワイトスワン隊にスバル小隊の救援と壁への突撃を敢行したのだ。作戦の前倒しである。


 本来ならば、ケラートに立て籠った帝国軍の戦力を一定以上、損耗させたのち、街を守る壁の一部を破壊して内部に侵入する手はずだったが、こうなっては仕方がない。多少の損害には目を瞑らなければ、それ以上の損害になると判断したのだ。




 ホワイトスワンに搭載された大型理力エンジンが普段よりも大きな音を立てて稼働している。機体の底面から噴出される圧縮空気によって地表スレスレを浮きながら進むホワイトスワンだが、いつもよりもさらに低い所で浮いていた。明らかにいつも以上の重量物を載せている証拠だ。


「早く早く!」


 アルヴァリス・ノヴァの操縦席でユウは焦りを隠せないでいた。スバルの様子がかなり思い詰めたようだったとヨハンから聞き、嫌な予感がしていたのだ。


 スバルとは出会ってあまり間もないが、普段の冷静かつ、知的な雰囲気からは想像も付かない暴挙に思えた。それだけケラート陥落時の事が彼の中で尾を引いているのだろうか。ユウにはその心中を察することは出来ないが、今は一刻も早く彼と彼の小隊を助けに行かねば。


「ユウ、聞こえる? 今、スバルの紫紺号を見つけたわ。どうも手酷くやられてるみたいで、行動不能みたい。スワンの進行方向、もうすぐ到着するわ」


 上空を旋回しているクレアから無線で連絡が入った。彼女とレフィオーネは作戦の前倒しによって、一度装備を整えに後方へ戻っていたのだ。


「姐さん、敵は?」


「敵の小隊長……角付きね、は紫紺号と相討ちになってるわ。他の機体はまだ戦闘中。それに周囲から別動隊が取り囲むように展開し始めたわ。……皆、いける?」


「もちろん!」


「今度こそスバルさんを連れ戻しますわ!」


「クレア、頼む。道を作ってくれ」


 ヨハン、ネーナ、ユウがそれぞれ返事をする。


「それじゃ、ボルツさん。お願いします!」


「仕方ありません。緊急時ですし、先生もいいですね?」


「むぅ~! お前ら、気を付けるデスよ! 敵の戦力はかなり消耗した筈デスが、まだ何が残ってるか分からないんデスから! ボルツ君、ハッチ解放デス!」


「了解しました」


 するとホワイトスワン両舷のハッチが開き、格納庫内部へと渦巻く風が入り込んでくる。そこへアルヴァリス・ノヴァ、ステッドランド・ブラスト、カレルマインの三機が立ち上がり、待機する。


「ヨハン、ネーナの二人にはスバルさん達を頼むわ。その後はスワンと工兵部隊の護衛。壁に穴が開き次第、制圧部隊の邪魔をさせないで。ユウは単独で街の内部に侵入、敵の司令本部を制圧してちょうだい。援護と誘導は任せて」


 直後、三機の理力甲冑はホワイトスワンから飛び降りた。相当な速度で航行していたホワイトスワンと地面との相対速度に負けるどころか、三機とも全速力で駆け抜けていく。巨大な質量が大地を踏みしめ、大量の土砂を空中に巻き上げていった。


「各機、煙幕を展開するわ。これで敵の砲撃は無効化できるけど、過信はしないでね。それに少し風が出てきたから時間にも気を付けて」


 戦場の上空を飛んでいたレフィオーネがいくらか高度を落とす。そしてその脚部に取り付けられた何本かの筒の蓋が勢いよく開くと、そこから大量の白色の煙が噴き出し始めた。


 そのままレフィオーネはスバル小隊がいる一帯を大きく八の字に旋回する。瞬く間に辺りは煙幕で視界が悪くなっていった。これで敵の砲撃部隊はこちらへと狙いを付けられなくなるだろう。




 銃弾が空気を切り裂いて飛んでいく。クレアが下方を見ると、ケラートの城壁の中ほどから砲塔がレフィオーネに向いている。他にもステッドランドがこちらへ小銃を撃っていたが、飛行するレフィオーネを捉えるには少々距離が遠すぎた。それに仰角も足りていない。


 この世界ルナシスにはまだ対空兵器と呼べるものは存在していない。そもそも、レフィオーネのように自在に空を飛ぶ理力甲冑は他に無く、飛行する魔物も存在しない。ドラゴンが火を噴き、空から街を焼くのはおとぎ話の中だけなのだ。


「さて、邪魔な砲台には黙っていてもらいましょうか!」


 レフィオーネは腰部から伸びたスラスターを大きく展開する。圧縮空気の噴出を一定に調節し、機体を安定させた。そしてその手には巨大な銃身が携えられていた。


 対魔物用大型ライフル銃、ブルーテイル。長大な銃身と高比重の弾丸は、理力甲冑より大きな魔物にも有効な一撃を与える事ができるほどだ。レフィオーネはブルーテイルをゆっくり構えると、城壁の周囲に並んだ野戦砲へと狙いを定める。


 衝撃が激しく大気を揺らす。凄まじい発射音は遠くまで鳴り響く。


 二発、三発と、よどみない動きでブルーテイルが連射される。引き金を引き、排莢のためボルトを開く。通常の理力甲冑用小銃よりも巨大な薬莢が煙幕の海へと落ちていった。ブルーテイルの総装弾数は五発。いま、沈黙した野戦砲も五基。


「まだまだ!」


 クレアはスラスターに取り付けられた予備弾倉を装填し、今度は少し離れた敵の理力甲冑部隊へと向きを変える。そして小隊の先頭を走る隊長らしい機体を撃ち貫く。他の僚機は放っておいて、すぐに別の部隊の隊長機を狙撃するクレア。小隊規模とはいえ、突然指揮官を失えばその部下たちは混乱するはずだ。統率のとれない理力甲冑部隊など、ユウ達の敵ではない。


 質量の大きな弾丸をまともに食らい、装甲が割れ、その破片や部品があたりに飛び散る。この距離ではいくら鋼鉄製の装甲でもなす術がなく、奇妙な金属音を響かせながら貫通してしまう。


「ユウ! 周囲の部隊の足を止めたわ! 今のうちに行って!」


「了解!」


 ユウは操縦桿を握り込み、アルヴァリス・ノヴァを跳躍させる。









「撃て撃てェ! 敵を近づけさせるなァ!」


「くそっ、煙幕が邪魔だ!」


「いいから撃て! 間断なく撃ち続ければ奴らは近寄れん!」


 帝国軍の砲兵達が砲撃の轟音に負けないように叫ぶ。ケラートの周囲に築かれた野砲は広がった煙幕に向けて火を吹く。弾薬などはまだ十分にあるが、連合軍はなおも攻撃の手を緩めない。


 兵の練度、理力甲冑の性能は帝国軍の方が上だが、連合軍の兵士は鬼気迫るほどの士気の高さだ。だがそれでも、ケラートに立て籠もる帝国軍が有利なのは変わらない。


「狙いは?!」


「どこでもいい! とにかく敵がいそうな所へブチ込んでやれ!」


スカート付レフィオーネがこっちを見てるぞ! 顔を引っ込めろ!」


 直後、一基の野戦砲が弾け飛んだ。近くにいた砲兵は飛び散る土砂と破片に巻き込まれてしまう。


「くそっ! 撃ってきやがった!」


「無事かぁ?!」


「マークが! マークが息をしていない!」


 立て続けに他の砲も狙撃される。そのうちの一つは弾薬に引火してしまい、大きな炸裂音と共に一帯を吹き飛ばしてしまった。


「理力甲冑は何をやってんだ! さっさと撃ち落せよ!」


 いくら悪態を吐こうともスカート付レフィオーネのいる高度は高く、理力甲冑と言えども容易には狙撃できない。ましてや、空にいる目標へ撃つことを考慮されていない野戦砲では仰角が足りず狙いすら付けられなかった。





 レフィオーネの脅威は帝国軍内、特に接敵した部隊から何度も指摘されていたが、上層部は特に何の対策も打っていなかった。何故なら、レフィオーネはただ一機のみしか存在しなかったからだ。


 軍の諜報部員の調査と技術部の見解によると、レフィオーネのような単独で飛行可能な理力甲冑は量産に向く機体ではない。現に、初めて目撃されてからも連合軍は似たような機体を開発・運用しているといった話が全く出てこなかった。


 そのため、帝国軍はレフィオーネを特注品ワンオフとしか認識しなかったのである。一機のみの理力甲冑ならば戦局に影響を与える事は出来ないと。


 その認識が正しいかどうかは、さておき――――





「まずいぞ! こっちの理力甲冑部隊も狙撃されてる!」


「このままじゃ圧される! もっと撃てェ!」


 砲兵部隊を指揮する隊長が叫ぶ。煙幕で視界が利かない上に、上空はスカート付レフィオーネに押さえられている。こうなれば他の所からの援軍を待つより手はない。


「破壊された砲は捨て置け! 負傷した兵は壁の内側に収容したな?! 無事な隊は煙幕目掛けて撃ち続けろ!」


「隊長ォ! 煙幕の中から何かが!」


 部下の声につられ、煤と砂埃で顔を真っ黒にした隊長は煙幕の方を見やる。土煙と混じり合って、殆ど何も見えない。


 ……いや、砲撃の轟音、理力甲冑同士の剣戟の金属音に混じって小さな地響きが聞こえてくる。これは理力甲冑が走ってくる音だ。




 分厚い煙幕を突き破り、真っ白な理力甲冑が宙に躍り出る。純白の装甲にはところどころに赤いラインが入っており、その頭部は特徴的で精悍な顔立ちをしている。全身のいたる所にスラスターが取り付けられており、そこからは大量の圧縮空気が噴出していた。


 そして右手には特異な形状のアサルトライフルを持ち、空中で掃射する。ばらまかれた弾丸は野戦砲を次々と破壊していく。


 スラスターが大きく展開し、着地の衝撃を和らげるべく足元に空気の塊をぶつける。白い機体は音も無く地面に足を着けた。


「……白い影だ……」


 誰かがポツリと呟いた。その瞬間、砲撃部隊に動揺が走る。連合の白い影。あの、悪魔のような強さを持った理力甲冑。噂では猛将・ドウェインとゴールスタですらも敗れたという、あの。


 ――――そして、白い影は静かにライフルをこちらに向けた。








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