第61話 激浪・2
第六十一話 激浪・2
濃紫の機体はネーナの制止を聞いていないのか、壁の方へと歩いていく。その歩みに他のステッドランドも追従する。どの機体も激しい戦いを続けたお陰でかなり損傷していた。
「ちょっと! スバルさん!」
周囲の敵を一掃したヨハンとネーナは慌てて彼らを追いかける。無線は通じているはずなのだが、スバルを始めとした部隊の面々は聞く耳を持たないようだ。
仕方がないのでヨハンのステッドランド・ブラストがスバルの乗る紫紺号の肩へと手を掛ける。こうなったら無理にでも撤退させるしかない。
「スバルさん! 本部からの命令です! ここは一旦引きますよ!」
ザッ、と紫紺号がその足を止め、ブラストの方へと振り返る。
「ヨハンさん、ネーナさん。あなた方は後方へと下がって下さい。ここからは我々だけで突破します」
「そんな、無茶ですわよ!」
「……無茶……そうかもしれませんね。でも、我々はあの時、その無茶が出来なかった」
スバルの声はどことなく、震えている。普段、冷静な彼からは想像がつかない、何かを後悔しているような声色だった。
「我々の部隊は皆、ケラートの防衛に就いていました。しかしあの日、あの時、我々は任務を果たせず、僅かな住人と共に逃げ出すしかなかったんです……このケラートから!」
そう、スバルの小隊はケラートからの脱出組で構成されていた。
帝国の侵攻によりケラートは一瞬のうちに包囲されてしまい、このまま籠城戦に持ち込むのかと思われた。しかし、海上からの攻撃によりそれも難しいと判断したこの街の前線指揮官はスバルを始めとしたいくつかの部隊を逃がすことに決めたのだ。
――――
だが、当のスバル達はその命令を頭では理解しつつも、心では受け入れることが出来なかった。自分たちの任務は、役目は、
「あの時の判断は結果的に正しかったのでしょう。現に、こうして奪還作戦は開始されました。だから、だからこそ……私は、我々は多少の無茶でもなんでもいいからこの作戦を成功させて、ケラートを今度こそ守らなくてはならないんです!」
「スバルさん……」
再び紫紺号はそびえ立つケラートの壁へと向かい始める。決死の意思。その背中をヨハンとネーナは追えないでいた。
「隊長……」
「……気を抜かないで下さい、砲撃が来ます」
直後、彼らの理力甲冑の周囲が爆ぜる。帝国軍の砲撃だ。どうやら激しい戦いで巻き起こった土煙のせいでこちらを正確に狙えないでいるようだった。
「ここからは更に攻撃が激しくなります。小隊全員が無事に済むとは思えません。ですが、それでも私達はケラートを取り戻す」
彼らは互いに顔を合わせ、思いを同じにする。
と、その時。スバルらの理力甲冑を狙っていた砲撃が、唐突に止んだ。
「……?」
砲撃と理力甲冑が巻き上げた土煙の向こう、分厚い幕を掻き分けて深緑色の巨人がやって来る。帝国の理力甲冑部隊だ。
「……全機、白兵戦用意」
スバルは冷静に、しかしどこか焦りを隠せない声で命令を下す。敵部隊の中央、先頭を進むステッドランドの頭部には一本の角が生えていた。
――――
(さて、これは気の抜けない相手のようです……)
その佇まい、身のこなし、歩き方一つでスバルには分かる。この角付きは強い、と。
紫紺号は二振りの刀、森羅と万象を抜く。他の鈍色の機体も各々で自身の得物を構え始めた。
直後、深緑と鈍色、二つの部隊がぶつかり合った。
紫紺号が斬りかかる。上段から鋭く振り下ろされた森羅はまるで大気を裂くかのような一撃だ。しかし、相手の角付きはその一刀を紙一重で躱す。半身を逸らすだけの最小限の動きで避けつつ、手にした小太刀を繰り出した。
「ッ!」
紫紺号は逆手に持った小刀、万象で電光石火のような突きを逸らす。刀と刀の接触する点から激しく火花が散った。
敵の角付きは大きく踏み込み、紫紺号の間合いの内に入り込んでいた。これでは大刀、森羅を振るう事は出来ない。間合を離そうと大きく後方へと跳躍するが、角付きも同じ方向へと跳躍してくる。
万象で斬撃を受ける。一合、ニ合……スバルは一方的な防戦を強いられていた。敵の角付きは小太刀を小刻みに振るうことで狭い間合いの中でも苛烈な攻撃を可能としていた。
「くっ、なかなかの腕前、ですね!」
息もつかせぬ猛攻に、スバルは素直に敵を称賛する。一応、自身の理力甲冑を操縦する技術と剣の技能については他者より優れていると自負している。その上で、この角付きの操縦士は優れた剣の使い手だと感じるのだ。
このままでは圧し負けると考えたスバルは反撃に出る。隙のない連撃を万象で巧みに受け流し、ほんの僅かだが相手の刀を大きく逸らした。その一瞬、紫紺号はギリギリまで詰まった間合いを
もはや頭部がぶつかり合うような距離まで近づく深緑と濃紫の機体。紫紺号は右手の森羅を角付きの背中に回すようにして抱え込み、逆手に持った万象の柄をそのまま脇腹へと目掛けてぶつけた。鋼鉄製の柄頭で殴るということは、すなわち同じ質量の金槌で殴るにも等しい打撃力を有する。
鉄と鉄が強くぶつかり合い、激しい金属音がまき散らされる。しかし敵は超接近の組手にも慣れていたのか、上半身をねじることで打撃をいくらか逸らしてしまった。柄頭は機体の胴体部、その装甲の丸みに沿って滑ったのだ。
「逃がしません!」
もがいてその場から脱しようとする角付きを紫紺号はその右腕で締め付ける事で防ぐ。装甲と装甲がこすれ合い、その部分の塗装が剥げて地の金属が露出する。
角付きは逃げられぬのならばと、紫紺号の脚へ自機の脚を引っかけながら大地を踏みしめる。そしてそのまま、まるで柔術か合気道のような体捌きで機体の腰部をぶつけると、紫紺号の両足が地から離れてしまった。
「くぅ!」
機体の重心を落とし、どうにか転倒を避けた紫紺号とスバル。
やはり、この敵は組技にも精通している。理力甲冑同士の接近戦ではその重量と馬力を乗せた剣や槍で押し切る戦法がまかり通る事が多いが、基本は人間の戦い方と同じである。つまり、鎧甲冑を着た人間を倒す組手術が存在するのだ。
近年では理力甲冑用の小銃の発達と共に戦場からは消えつつある組手術だが、この角付きはそれを高度に
「全く……! 私の師匠を思い出させてくれる強さですね!」
両者は仕切り直しとばかりに、互いに離れるように跳ぶ。
紫紺号は再び二刀の森羅、万象を構える。いわゆる二刀流の構えというやつだ。大刀、森羅を後ろに大きく振りかざし、小刀、万象を前に小さく構える。
角付きも小太刀を両手で持ち、その鋭い切先をこちらへと向けている。両脇を締め、その隙の無さは素人目にも分かるほどだ。
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