第61話 激浪・1
第六十一話 激浪・1
轟音。破裂音。
土砂が飛び散り、白煙がたなびく。
筒の先からは爆ぜた火と鉛の塊が空気を切り裂いて飛び出していく。
「予備の砲弾が少なくなってるぞ! 急いで持ってこい!」
「右翼はまだ無事か?!」
「左翼前線部隊から砲撃支援要請!」
砲撃の音に負けない怒号が辺りから聞こえてくる。都市国家連合軍の砲兵部隊が土砂を積み上げた陣地で忙しく走り回る。そして彼らの頭上では、右腕が異形になっているステッドランドが等間隔に並んでいた。
砲戦に特化したステッドランド、通称アームズ。この機体は右肩から先を長大な野戦砲に取り換えられており、その頭部は望遠レンズと測距儀が組み合わさった特製品だ。
野戦砲も通常は砦や城壁を攻める時に運用する大型のもので、その威力は十分高い。ただし、近年開発された砲はその大きさと重量から馬で曳く事は難しく、もっぱら理力甲冑で運ぶことが多かった。しかしある時、とある前線指揮官が修理途中の理力甲冑に取り付けることを提案したことによって長距離の移動が簡易となり、迅速な陣地展開が可能となった。
また、理力甲冑に搭載することで観測する位置が高くなったため、より遠くの目標を狙えるようになった。それはつまり、相手の砲弾が届かない距離からの一方的な砲撃が可能となることになり、砲兵部隊の生存率が高まる事に繋がったのだ。
人工筋肉を利用した駐退機が砲撃による衝撃を緩和させる。一機のアームズが腰部に増設された簡易な弾薬庫から次弾を左手で取り出す。そして野戦砲の下部、開閉装置が作動し、そこへ砲弾を装填する。
「くそっ、なかなかどうして固い陣地だな!」
アームズの操縦士が愚痴をこぼしながら観測機が捉えた映像を見つめる。その先にはもうもうと土煙が上がるなか、即席の
操縦士は先ほどの砲弾の弾着地点から照準のズレを補正した。本来ならば緻密な弾道計算が必要なのだが、ここは長年の経験と勘がものを言う。中退機でも殺しきれない衝撃が操縦席を揺らした僅かなあと、モニターに映っていたトーチカの中央に大きな亀裂が走り、中から何かが燃えるような明かりが見えた。恐らく内部の弾薬に引火したのだろう。
「よっしゃ! ……しかし、これでもまだ押し切れねぇのか」
操縦士がポツリとこぼす。彼の言う通り、連合軍は連日の大攻勢をかけているにも関わらずケラートを拠点とする帝国軍の防衛陣地を突破出来ないでいた。
連合軍がケラート奪還作戦を開始してから既に七日が経っていた。
当初、連合軍はケラートの北方から砲兵部隊と理力甲冑部隊による攻撃を三方向から、そして南方の海上からは多数の軍艦による海戦を仕掛けた。この作戦のため、各地から集めた連合の戦力はかなりの物だったが、如何せん帝国はケラートという強固な壁を持っている。
帝国軍はあまり反撃に打って出ず、終始防衛に注力していた。それもそのはず、港町として、軍港として栄えていたケラートにはもともと大量の物資と軍需品が備蓄されており、無補給でも約一か月は戦闘を、防御に徹すればさらに長い間は籠城できると目されていた。
つまり帝国軍の狙いは簡単だ。無理に撃退せずとも、このまま連合軍の物資と戦力を摩滅するのを待つだけでよかった。それにいざとなれば船からの補給もある。軍艦を護衛とした補給船などを用意するだけの余力はあるまだはずだ。
「マズいわね、スバルの左翼が突出してる……」
ケラートの街の外、砲弾が飛び交う戦場の空を舞う人型がいた。クレアのレフィオーネだ。
彼女が乗るレフィオーネは敵味方を合わせても唯一の飛行可能な理力甲冑ということで様々な任務をこなしている。いまは上空から敵味方の位置や状況を把握し、本部と各部隊の眼となっている。
「ネーナ、聞こえる? 左翼のスバルの部隊が突出しすぎてるの。ちょっと連れ戻してきてちょうだい」
「……了解しましたわ! それでは上空からの援護、頼みましたわ!」
「さぁって!
深紅の理力甲冑、カレルマインが拳と拳を合わせて気合を入れる。普段は美しい色合いのカレルマインだが、連日の戦闘であちこち煤けてしまい、所々に戦闘による傷も見え隠れしていた。
「どなたか付いてきてくださる?」
「あ、じゃあオレが行くよ。ちょうどブラストの修理も終わったところだし」
カレルマインの足元、ホワイトスワンの格納庫には栗色の髪をした少年の姿が。ヨハンだった。
「あらヨハン様、もう大丈夫ですの? それならお願いしましょうかしら」
「ああ、ちょっと待ってて。すぐに出撃準備するから」
そう言うとヨハンは軽やかな足取りで自身の機体へと向かって走る。多くの操縦士や兵士、後方支援の人間も疲労の色が隠せないなか、まだホワイトスワンのメンバーには余裕の表情があった。図らずとも連合軍の中でも多くの実戦を経験してきた彼らにとっては、この位の戦闘は慣れたものだ。
しかし、それは帝国軍も同じだった。シナイトスへの侵略戦争を直前にこなしてきた帝国軍の兵士はその殆どが豊富な実戦経験を積んでいる。それに対して連合軍の兵士はそれなりに訓練は積んできたものの、やはり実戦に勝る経験はないとばかりに、ここぞという所で帝国に競り負けるような場面が多々あった。
このケラート奪還作戦において士気は連合の方が高いが、戦力と練度はやや帝国が優勢、といった様子だ。その劣勢をなんとかギリギリの互角までに持ち込んでいるのがホワイトスワン隊と、シン、スバルの異邦者たちの存在だった。
やはり、とびぬけて強力な戦力である異邦者が駆る理力甲冑は並みの部隊とは比較にならない。彼ら一機で同時に数機は相手取ることで戦力差を埋めていた。また、ホワイトスワン隊の戦闘に慣れた面々は、帝国の強固な防御を巧みに崩しつつある。
が、しかしそれでも攻め切れない。それほどに帝国軍とは強大な軍なのだ。
ネーナのカレルマインと、ヨハンのステッドランド・ブラストがクレアから指示のあった地点へと急ぐと、そこには数機の連合ステッドランドと濃い紫色をした理力甲冑が帝国軍の理力甲冑と切り結んでいた。
「スバルさん! 前に出過ぎです! ここは一旦引きますよ!」
ヨハンが無線で呼びかけるが、返事はない。激しい息遣いが聞こえてくるので、無線を閉じているわけではなさそうだった。
紫色の機体、異邦者であるスバルが駆る理力甲冑。名は
そのお陰で、背面や一部の関節などは殆ど装甲に覆われておらず、あちこちから人工筋肉が覗いているのが分かる。もともと、この機体はスバルが駆っていた鹵獲ステッドランドだったのだが、ケラート陥落の際、大破寸前にまで陥った。そして、アルトスで修理ついでに不要な部分どんどん削ぎ落していった結果らしい。
それは、ユウの知る侍武者のような姿をしていたのだ。得物はもちろん、日本刀を模した切れ味鋭い刀を二振り。身軽な機体と日本刀による乱戦を得意とする、スバル専用の理力甲冑なのだ。
なんでも、スバルの強い要望でこのような機体となったそうだが、その実力は見た目に違わなかった。
「チェィァッ!」
スバルが気合一閃、紫紺号は振りかざした刀、
その隙を狙おうと、別の敵機が単身、紫紺号へと背後から忍び寄る。この操縦士はかなりの手練れのようで、動きに無駄がなく、手にした片手剣は真っすぐに紫紺号の操縦席付近へと迫っていた。
「煩い!」
紫紺号は僅かな動作で半身を敵機に向ける。その右手は森羅から離れ、腰の右側、そこへ帯びた小太刀・
鋼同士がこすれ合う嫌な音が鳴り、敵の剣先は器用に逸らされた。そのまま万象を相手の剣ごしに滑らせ、切先を機体の装甲と装甲の隙間へと差し込む。二度、三度、的確に内部機構と操縦席付近に突き立てられた万象を引き抜くと、敵機は前のめりに崩れ落ちてしまった。
「その機体、ヨハン君とネーナさんですね。ちょうどいい、このまま一気に壁まで駆け抜けます」
「いや、だから駄目ですって! スバルさんの部隊だけ前に突出しすぎだって
「そうですわよ! あんまりワガママを言ってますと、首根っこを掴んででも戻りますわ!」
次々と襲い掛かってくる敵のステッドランドを丁寧に相手をしながら二人は叫ぶ。どうやらスバルは今の状況が見えていないらしい。
説得を続けながら、ヨハンとネーナは周囲の敵機を迎え撃っていた。カレルマインのしなやかに伸びた脚が大地をしっかりと踏みしめ、静かに腰を落とす。敵は長槍を真っすぐにこちらへと向け、烈火のごとく飛び込んできた。
「すぅー……はぁー」
ネーナは焦る事なく息を吐く。カラテの基本の一つは呼吸を乱さない事、そのように師匠から教わったからだ。
槍の鋭い穂がカレルマインの胸部へと迫る。その切先を、ネーナは冷静に見つめていた。そしてその穂先がカレルマインの
肩、肘、手首、指と多くの関節を滑らかに動かし、迫りくる槍を
「う……りゃ! ですわ!」
そのままネーナはカレルマインの半歩前に出させると同時に、左手による掌底を繰り出した。まるで寺の鐘を突いたかのような大きな音が辺りに鳴り響き、敵機はそのままゆっくりと倒れ込んでしまった。
「ご安心下さい、気絶してもらっただけですわ。それより! いいから帰りますわよ! スバルさん!」
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