第60話 参集・2

第六十話 参集・2


「何やってるデスか、ユウは! いつまでたっても戻ってこないじゃないデスか!」


 ホワイトスワンの格納庫では骨格フレームを剥き出しにされたアルヴァリスを背後に先生が苛立ちを露わにしていた。ユウが先生のお使いに出てからかなりの時間が経っている。が、待てど暮らせどユウも人工筋肉も届かないでいた。


「あれ、先生? こんな所にいましたの?」


 格納庫へとやって来たネーナが不思議そうに先生を見る。運動用の動き易い恰好を見るに、どうやらカラテの稽古でもするつもりなのだろう。


「どういう事デスか? 私はずっとここに居たデスよ」


「あら、わたくしてっきり先生も見に行ってるとばかり……何でも、ユウさんと同郷の方が模擬戦闘をするらしいですわよ」


「ハァ? なんデスかソレ?! 私は全然聞いてないデス! ネーナ、場所はどこデスか?!」


「えっと、街の東にある訓練場……って、行ってしまいましたわ」


 場所だけ聞いて思い切り走っていく先生の後ろ姿をネーナはただ見送るだけだった。






「ハァ、ハァ…………ここデスね、訓練場は」


 ひたすら走って息も絶え絶えの先生の目の前にはだだっ広い空き地があった。そして二機の理力甲冑と、それを見に来た野次馬連中が。


「お、嬢ちゃんじゃねぇか。久しぶりだな」


「ん? ……その声はシンデスね。久しぶりデス」


 シンも今しがた観戦に来たようで、先生の姿を見て声を掛けたのだ。


「いやぁ、ユウとスバルの奴が模擬戦するっていうじゃねぇか。俺も戦いたいのによ、ズルいぜ」


「スバル? 誰デスか、それは」


「ああ、嬢ちゃんは知らないんだっけか? 俺やユウと同じ、召喚されてコッチに来た人間だよ」


「ほう? なかなか興味深い話デスね……あと嬢ちゃんは止めるデス。私の事は畏れ敬いながら先生と呼ぶデス」


 先生は理力甲冑の方へと視線を戻す。あの機体はどちらもスピオールだ。


 スピオールはステッドランドよりも一世代前の理力甲冑で、性能的には最新鋭機に劣る。しかしその耐久性と比較的素直な操縦性から、連合各国で練習機や土木作業用として第一線で稼働している機体だ。


 装備はどちらも汎用の剣。しかし片方の機体はステッドランドにも装備されている汎用の中型盾を装備している。


「どっちがユウなんデス?」


「んなもん、構えを見りゃ分かんだろ」


「それが分かんないから聞いてるんデス!」


「ええっとな、盾を持ってる方がユウだ。ほら、あの盾を前面に持つ構えは多くの操縦士がやるんだが、ユウは右手の剣を後ろに向ける癖があるんだ」


 シンの言う通り、盾を持った機体は剣先を後ろに向けるように構えている。先生もユウの乗ったアルヴァリスが似たような構えをしていた事を思い出す。


「対して、そのスバルってやつは……こう、ケンドーみたいな構えデスね」


 スバル機は僅かに長い剣を両手に持ち、剣道で言う中段の構えをしていた。ユウもはじめの頃は剣道のような構えをしていたが、剣の違いや盾を活かす為にこちらの世界の剣技に切り替えたという経緯がある。


「ああ、確かにな。だが、どっちかと言うと、ありゃあ剣術だな」


「ん? どう違うデス?」


「んー、定義っていうか、考え方じゃねぇか? 剣道はあくまでも剣の道、明確に決められたルールの中で正々堂々と戦うんだよ。逆に、剣術は相手を殺す事を目的にしてるんだ。最終的に相手を殺し、自分が生き延びる。少なくとも、俺はそう解釈してるがな」


 次の瞬間、先生の足元が小さく揺れた。模擬戦が始まったのだ。


 最初に仕掛けたのはユウ機で、盾を押し出すようにして大きく間合いを詰めていった。旧式のスピオールと言えど、ユウの操縦技術と膨大な理力によって機体性能は限界まで引き出されている。放たれた矢の如く疾走はしるそのシールドバッシュは強烈だ。


 しかし、スバル機は流れるような足さばきで上体を少しも揺らさずにそれを躱す。その動きはまるで流れる水のように滑らかだった。


「……ありゃあ、強いな」


 シンがポツリと呟く。


 突進を躱されたユウ機は、しかしバランスを崩す事なく、そのまま振り向きながら盾で防御する。対して、スバル機は小さく剣を振りかぶり、鋭く踏み込んだ。


 大きな衝撃音が響く。スバル機が放った一撃はまるで大きく振りかぶった大剣を打ち付けたかのような力強いものだった。あまりの衝撃にユウ機の盾は大きく変形し、左腕も動きが悪くなってしまった。


「……私の目にはスバル機が小さく打ち付けたようにしか見えなかったんデスが」


「だから言っただろ、相手を殺すのが剣術だと。生身同士、日本刀でやったら今の一撃で盾は真っ二つ、もちろん左腕ごと胸の辺りまでバッサリいってたんじゃねえか? コンパクトな振りに見えて、振り抜く力は相当なはずだ」


 たまらずユウ機は後ろに大きく跳躍し、間合いを外す。しかし、その動きについて来るかのようにスバル機は突きを繰り出しながら接近していった。左腕がまともに動かないユウ機は右手の剣だけで、一撃一撃が致命な突きを逸らしていく。


 だが、重く鋭いスバル機の猛攻にユウ機の右腕は耐えきれなかった。剣を弾かれ、僅かに出来た隙を縫うように下段から勢いよく斬り上げられる。金属が切断される時の、鈍く、それでいて甲高い奇妙な音が鳴り響いてユウ機の右腕は肩口から斬り飛ばされてしまった。


「ユウ!?」


 思わず先生は叫んでしまう。あのユウが簡単に負けてしまう所など、先生にとっては予想だにしない事だったのだ。


「……やるな」


「ちょっと! ユウが負けちゃったじゃないデスか! あのスバルってやつ! この私がぶっころ……」


「落ち着けよ、先生。ユウは負けてないさ。ま、勝ってもないが」


「……?」


 二機のスピオールは時が止まったかのようにピタリと動きが静止していた。ユウ機は右の切断された肩から人工筋肉の保護液がドロリとこぼれている。


 スバル機は斬り上げた剣を上段で切り返し、袈裟切りにしようとしたところで留まったような恰好だ。これが模擬戦でなければこの二撃目でユウ機は操縦席ごと真っ二つにされていただろう。


「よく見てみな。ユウはしっかりと反撃やり返してるぜ?」


 シンに言われ、ユウ機の様子に目を凝らす。


 なるほど、彼女たちがいる位置からはスバル機が重なっているため見えにくいが、ユウ機の左腕はスバル機の胴体付近を殴りつけるようにして止まっていた。最初の斬撃で不調になった左腕の動きはどうやらユウの演技だったようだ。


「な、どっちも寸止めだがこれが実戦だったらユウのボディブローが一瞬早く入って相手の操縦席を潰していたぜ。だが、スバルもあれでなかなかしたたかな男だ。例え自分が潰されながらも最後の一太刀は確実に相手を仕留めていた。つまり、引き分けだよ」


「……」


 先生は引き分けと聞いてどこか安心したような、それでいて複雑な心境になる。


(多分、ユウの事だから相手の操縦士を傷つけるような勝ち方はしないデス。きっと、実戦だったなら失神する程度に手加減をして殴る筈デス……そう、もしこれが実戦だったなら……ユウは死んでいたデスよ……)










「いやー負けました、スバルさんは強いですね!」


 スピオールから降りたユウは汗ばんだ前髪をかき上げる。陽が傾き始めて少し冷たい風が火照った体には丁度良かった。


「ユウさんこそ。とっさの動きといい、最後の一撃といい、かなり実戦慣れしていますね」


 対照的にスバルの方は汗一つかいていなかった。その表情は涼し気で柔らかい笑みをたたえている。


「いつも機体を壊してばっかりで、先生……修理してくれる人に怒られてます。というか、右腕壊しちゃったけど、もしかしてここの人に怒られるかなぁ……」


 スバルは右腕を失ったユウ機を見上げる。


「……いえ、私の方から言っておきましょう。なに、あのスピオールは訓練用なので戦力には数えなくても大丈夫な機体です」


「ありがとうございます! なんか、悪いですね」


「気にしないで下さい。模擬戦に誘ったのは私の方ですからね」


 すると突然聞き慣れた声がユウを呼ぶ。


「ちょっと、ユウ! 何よ、あんな戦い方!」


「ユウさん、引き分けでしたね! やっぱアルヴァリスじゃないと調子が出ないんスか!」


 二人の模擬戦を観戦していた野次馬たちの中からクレアとヨハンが出てきた。どうやら一部始終を見ていたようだ。


「クレア、ヨハン! いや、スバルさんが強いんだよ! アルヴァリスに乗ってても勝てるかどうか……あ、スバルさん、紹介しますね。僕が所属しているホワイトスワン隊の隊長クレアと、理力甲冑の操縦士のヨハンです」


「スバル・ナガタです。初めまして。ユウさんと同じ世界出身……でお二人には通じますかね?」


 クレアとヨハンはその言葉に驚きつつも、ユウと互角に戦える強さに納得がいったようだ。二人は簡単に自己紹介を済まし、先ほどの戦いについて評価を始める。


「だから、ユウは最初に盾を構えて突進しがちなのよ。もう少し相手を見て戦いなさいよ」


「いや、姐さん。ユウさんの突進は大抵の操縦士には避けられないっスよ」


「うーん、スバルさんの構えだと懐に入れば勝てると踏んだんだけどなぁ……スバルさん、どうかしました?」


「……あ、いえ。なんでもないですよ」


 スバルはユウを見つめて何かを考えているようだった。その様子に何かが引っかかるユウだったが、その何かが分からなかったため、深くは聞かないことにした。


「……やば! そういえば先生から頼まれてた仕事を忘れてた!」


 途端にユウは青い顔になる。今頃、先生は恐ろしい顔で怒っているかもしれない。


「スバルさん、すみません! 僕はこれで! ヨハン、スピオールを片付けといて!」


「え?! 俺っスか?!」


 ヨハンの返事を聞く前にユウは街の方へと走っていく。後に残されたクレアとヨハンはポカンとしてしまう。


「大丈夫ですよ、ここの片付けは私のほうでやっておきます。ユウさんは私の我儘に付き合ってもらったようなものですから。お二人は戻ってもらって構いません」


 そういうとスバルは自分が乗っていたスピオールへと戻っていく。二人は仕方ない、といった様子でホワイトスワンの駐機している方へと帰っていった。





「……勝ったと思ったんですがね」


 スピオールの操縦席でスバルが思わず零す。普段ならこうした愚痴めいた言葉は吐かないが、今日は何故だか口にしなければざわついた心が収まらないような気がしたのだ。


 スバルはユウの戦闘力を見極めたかった。そのため、模擬戦という形で彼の強さを測ろうとした。戦況が把握できているシンと異なり、敵地深くに潜入していたユウの強さは噂ごしにしか分からない。それでは来るケラート奪還作戦において、どれほどの戦力として計算してよいかわからなかったからだ。


 スバルが出した結論から言えば、ユウの強さは破格のものだった。スバルはスバルで自身の強さを客観的に分析したうえで、並みの操縦士相手なら無傷で圧倒できるだろう。そのうえで、適度にユウの強さを推し量ろうとしたのだが、彼には一つ誤算があった。


 それはユウが想像以上に強かった事だ。相対しただけで、その動き、その立ち振る舞いからおおよその強さが分かってしまったのだ。


 普段は冷静なスバルも思わず焦り、気を抜けばやられるとばかりに激しい攻撃を繰り出してしまった。なので、本来ならば右腕を斬り飛ばすほどの事はしなかった筈なのだが、そのくらい本気で挑まねば恐らくスバルはユウに圧倒されていたかもしれない。


「まだまだ、私も修行不足……のようですね」


 再起動したスピオールの眼前にはユウが乗っていた機体が膝立ちをしている。


 ユウやシン、そして自分スバルが揃えば、ケラート奪還も難しい話では無くなるか。楽観的な考えに、思わず自嘲するかのように笑みをこぼす。


「しかし、ユウさんがいれば作戦も有利に進める事が出来そうです」


 スバルはユウの戦闘力に己の望みを託すことにした。それだけで少しは心のモヤモヤしたものが晴れたような気がする。










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