第60話 参集・1

第六十話 参集・1


 モニターにはポツリと光点が一つ。中央から少し上の所でチカチカと光っていた。


「えーと、この状態からこのツマミを右に捻ると……」


 ユウが赤いダイヤルをプラスマイナスが書かれた+の方へと回す。カチカチと音を立てるのと同時に、画面が明滅しながら表示されていた点の位置がずれていく。


「そうそう、それで探査範囲を拡大と縮小できるよ」


 現在、ホワイトスワンは東に向かって進んでいる。そしてブリッジではユウがリディアの指導の下、理力探知機の使い方を学んでいた。




 アルヴァリス・ノヴァはまだ修理途中。新型人工筋肉の予備が足りないので、ホワイトスワンはアルトスの街に戻る事になったのだ。そのついで、という訳ではないのだが、近日予定されている大規模作戦への参加の為、連合領内に戻るよう指示されている。




「んで、一回電源を落とした後、ここのスイッチを切り替えると表示が変わるんだよ。先生が言うには理力の強さを点の大きさで表せるんだ」


 リディアはそう言いながら操作する。すると、再び起動したモニターには大小様々な大きさの光点があちこちに現れる。この状態では小さな動植物が発する理力も探知してしまうので画面がほとんど真っ白になってしまう。


「これじゃあ何がなんだか分からない……」


「そ、だからここで理力反応の強さを調節するんだよ。先生はって言ってた」


 別のダイアルを同じくカチカチ捻ると、それに合わせて画面上の光点が少しずつ減っていく。そして親指大の大きさの点がひとつ、もう少し小さな点がいくつか残る。


「この親指大がレフィオーネ、ほかの小さいのは多分小さな魔物か動物だね。こうやって見分ける事もできるんだよ」


「へぇ。なかなか便利だね。でも、これじゃあ敵と味方の区別がつかないんじゃないの?」


「あー、それはそうだね。あくまでも放出されてる理力の波? ってのを拾っているだけらしいから、この探知機では何処の地点からと、理力の大きさしか分からないんだ。でも、よっぽどの乱戦じゃなきゃ皆の機体は判別つくよ」


 リディアは事も無げに言う。


「だって、皆の機体は他と動きが違うもん。レフィオーネはこう、スゥーと滑るように移動するし、ヨハンとネーナの機体は激しく動くんだ。ユウ、あんたのアルヴァリスは特に分かりやすい。だって理力の大きさだけで見たら一つだけ異様にでかいんだし」


「……なるほど」


 納得できるような、できないような。ユウはなんとも言えない顔をする。リディアの言うことは確かにそうなのだろう。


 今、周囲の哨戒と地形の確認のためにクレアはレフィオーネに乗って飛行中だ。その動きに合わせて画面上の光点は確かに滑らかな動きで移動していた。それにヨハンのステッドランド・ブラストとネーナのカレルマインは共に近距離戦闘に特化しているので激しい機動が表れるのだろう。


 そして異邦者召喚された人間であるユウのアルヴァリス・ノヴァはその漏れでる理力も桁違いなのだろう。他の操縦士と比べるまでもなく探知機はその強大な理力を拾う。





「ん?」


 画面の上部、つまりホワイトスワンの前方にあたる地点で探知機がなにかの反応を拾う。それと同時に、理力探知機の隣に据付けられている無線機からクレアの声が聞こえてきた。


「こちらクレア、リディア聞こえる? 前方に連合の理力甲冑を発見。地図の上ではもうそろそろ国境線付近ね」


 ユウは探知機上の光点レフィオーネ光点連合の機体の位置を確かめる。今の縮尺からすると両者には相当な距離があるはずだが、それをクレアは意図も容易く発見してしまった。いくら上空から、という事を差し引いてもクレアの目は良い。流石は一流の狙撃手、という事か。


「こちらホワイトスワン。こっちから無線で呼び掛けてみるから、クレアはそのまま周囲の警戒をお願い」


 ユウは席を立ち、ブリッジの窓から外の景色を眺める。


 あの日、この世界に召喚されたあの時。


 あの時に見たのと似たような森が続いている。すでに半年前、それにアルトスの街には一月ほどしかいなかったが、ユウの心には妙な懐かしさが込み上げてくる。


「うーん。帰ってきたって感じがするなぁ」


「ユウさん、そんな風に言っているとちょっと年寄り臭いですよ」


 ホワイトスワンを操艦するボルツにボソッと言われてしまったが、ユウは気にしないことにした。












 その後、ホワイトスワンは無事にアルトスの街に到着した。帝国と連合の国境付近には敵の前線基地がまばらに存在するのだが、ホワイトスワンには秘密兵器ともいえる理力探知機がある。敵の哨戒や基地を避けて進むのは朝飯前、とは先生の言だ。そして探知出来た範囲に存在する基地の所在地や観測された理力甲冑の数など、偵察もこなしてきたのだ。


 かつて、ホワイトスワンが初めてアルトスの街に訪れた際、街に入ろうとする旅人や商人の荷馬車などで広場に駐機するのも一苦労していたが、今回はすんなりと終わった。それはホワイトスワンのブリッジ要員が操艦に慣れたのもあるが、かつて街道に溢れかえるようにいた人も荷物もほとんど居なかったからだ。


 都市国家連合の中でも中心的存在のアルトスはそのヒトやモノの移動が激しかったが、今では見る影もない。


 何故ならアルトスは帝国との国境線にさほど近いという事もあり、再三に渡って帝国軍の攻撃にさらされているからだ。誰だって理力甲冑が暴れまわる街道を通りたくはない。


 なので現在では連合軍が護衛についた隊商が他の街と行き来するくらいである。それも次第に数が少なくなっており、このままでは物資の補給がままならなくなってしまう。


 そうなる前にケラートを奪還しなくてはならない。猶予はあまり、残されていなかった。






「さて! 早速デスが、私はアルヴァリスの修理に取り掛かるデス。スワンの格納庫で準備してるから、さっさとアルヴァリス用の人工筋肉を取りに行って欲しいんデス」


 先生はそう言って街の内部にある軍の工房にユウを向かわせた。懐かしい街並みを眺めながらユウは指定された場所を探すが、どうにも街にはあの頃の活気がない。レオやリディアの故郷であり、レジスタンスがいた町、カリャン程ではないが、それでも寂れたという雰囲気は拭えない。


「そりゃあ、街のすぐ側でドンパチしてるし、他の街からの物資が届かないんじゃあ仕方ないのかな……」


 程なくしてユウは目的の工房を見つけた。入り口を警備する衛兵に、クレアから貰った身分証代わりの部隊章が彫られたメダルを見せて中へと入れてもらう。白鳥を模したマークはまさにホワイトスワン隊にピッタリのものだ。


「えっと、すみません。ホワイトスワン隊所属のユウ・ナカムラです、荷物……人工筋肉を取りに来たんですけど」


 ユウは担当者を呼ぶため、工房入り口のすぐ近くにある事務所に入った。工房は修理や作業で忙しいらしく、事務所といえど多くの人が慌ただしく働いていた。ここだけ街の中とは対照的に感じる。


「分かりました、少々お待ちください。すぐに担当の者を呼ぶので……」


「ユウ……? もしかして君が白い影の?」


 背後から男性の声が聞こえる。ユウは振り返るが、その声の主であろう若い男性に見覚えは無かった。


「あの……前にどこかでお会いしましたっけ……?」


「ああ、これはすみませんでした。私はスバル・ナガタ。貴方ならこの名前で分かりますでしょう?」


「……! もしかしてあなたも?」


 確かに、スバルと名乗った青年はここルナシスの住人とは違い、ユウやシンと同じ黒い髪、濃い色の瞳、似た特徴の顔つきをしている。様々な観点から、彼は自分と同じ日本人なのだろうとユウは結論づけた。


「ええ、貴方と同じくこの世界に召喚された人間、というやつです。面倒なので異邦者いほうしゃ、と名乗っていますがね」


「あ、えっと。初めまして、ユウ・ナカムラです。いや、ナカムラ・ユウです?」


 ユウが慌てて挨拶をすると、スバルは小さくほほ笑む。


「言いやすいほうでいいですよ。確かにこの世界に長く住んでいると、こちらの流儀や風習がいつの間にか染み付いてしまいますけどね」


「ええ、意外と人間って慣れる生き物だと痛感します……」


 当初は元の世界との違いに戸惑ったが、もう半年近くも過ごせば大抵の事には動じないしこちらの生活に馴染んだ感じがする。それを突然、同郷の人間と出会った事でユウの頭は軽く混乱してしまったのだ。


「噂に聞いていたような人物とはかなり印象が異なりますね。連合の白い影といえば、冷酷無比に淡々と帝国の理力甲冑を切り刻むと近所の子供でも知っているのに」


「いや、完全にデマですよそれは……」


 いつの間にか、ユウの知らないうちに恐ろしい印象が流布されてしまっている。インターネットやSNSが普及していないこの世界でも、噂とはここまで早く広がり、そして歪められてしまうものかとユウは考えてしまった。


「なんにせよ、貴方のそんな噂が広がる程度には帝国軍にとって印象深いという事でしょう。それにかなりの長旅だっと聞いています。詳しい内容までは知らされていませんが、グレイブ王国まで往復するのは大変だったでしょう」


「ええ、まぁ……はい」


 大変だったと、一言で済ませるには多すぎる出来事があった。楽しい事もあれば、苦い思い出もある。


「それで、今日はどうしたんですか? この工房は損傷した理力甲冑の修理や整備が主な作業ですが」


「いや、荷物を取りに来てて……実はアルヴァリス……僕の機体が壊れちゃってて、その修理用に人工筋肉を」


「ほう……」


 何故かスバルはユウの頭からつま先までをじっくりと観察するように見回す。


「…………」


「……? あの、スバルさん?」


「ユウさん。今から少々時間がありますか?」


「へ?」









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