第60話 参集・3

第六十話 参集・3


 理力甲冑がズラリと並ぶ。アルトスの街の外、各地から集結した理力甲冑部隊が出撃の準備を行っていた。


 理力甲冑の殆どは通常装備のステッドランドだが、一部には異なる装備をした機体がいた。その中でも特に目を引く異形なのが砲戦仕様の機体だ。


 本来、右腕があるべき部分には長い筒のようなものが取り付けられており、正面装甲以外は一部取り外されている。ある種、異様な雰囲気を醸し出していた。


 この砲戦特化型ステッドランド、通称アームズARMSには右肩部に長大な野戦砲が装備されており、その不釣り合いに大きな砲を撃つためだけの調整が施されている。


 アームズは通常仕様の兜とは異なる頭部になっており、これまでの理力甲冑の歴史からすれば異端とも言える造型だ。巨大な望遠レンズや左右に張り出した測距儀そっきょぎなどで、とてもではないが騎士風の顔立ちとは言えなかった。むしろ、おとぎ話に出て来る恐ろしい魔物か何かをかたどったと言えば多くの人は信じてしまうだろう。


 つまり、この頭部形状は従来の勇ましい意匠や、敵に恐怖心を与える事を目的とした造りではなく、砲撃に必要な観測機を無理矢理積み込んだ結果なのである。


 その為、アームズは非常に繊細な機体となっており、不釣り合いな大きさの右腕と相まっておよそ近接戦闘と呼べるものは行えない。完全に後方からの砲撃支援にのみ特化した理力甲冑なのである。


 他にも、試製自動小銃アサルトライフル、理力動抗槍パイルランス攻城破砕槌ウォーハンマーなど、様々な武装を携えた機体が続く。





「いやー、こんなに並ぶと壮観デスね!」


 先生がホワイトスワンから見える理力甲冑の大軍を眺める。


 辺りはまだ薄暗く、陽も上がっていない。冬から春へと変わりゆく境目の早朝はまだまだ寒い。


「先生、そろそろ作戦の概要説明がありますよ」


「ん、分かったデス」





 先生とボルツはホワイトスワンの食堂兼、作戦会議室へと急ぐ。そこには既に二人以外の全員が揃っていた。


「あ、先生。遅いよ」


「すまんデス。理力甲冑が並んでるのを見てたデス」


 リディアに窘められて先生はペロリと舌を出す。


「さ、説明するわよ。先生、ボルツさん、席について」


 そう言うとクレアはどこかの地図を机の上に広げる。どうやらケラートの周辺の物のようだ。南を海に、周囲を平原に囲まれた港町が描かれている。


「まず、簡単にケラートの説明をするわね。ケラートは連合に属する都市国家の中でもアルトス、クレメンテと並ぶ大きな街よ。人口も経済規模も大きいし、何よりその大きな港湾を有することで大量の物資輸送の一大拠点、そして良質な漁港として機能している」


 クレアの言うように、地図には大小様々な船舶が泊められる桟橋などが見て取れる。


「そのため、外敵から街を守るようにその周囲は高い壁で囲まれているわ。地図で言えばこの辺ね」


 街の外縁部に当たる所を赤鉛筆で線を引く。ちょうど、半円くらいの弧になった。


「あれ? 壁の外側にも街は続いているっスよ?」


 ヨハンの言う通り、赤い線の外周部にも街の範囲を示す線が伸びていた。


「ああ、ここはいわゆるスラム街ね。港町の宿命というか、身元が怪しかったりスネに傷持つ人間が集まりやすいんだけど、そういう身元がちゃんとしてなくて街の中に住めない人たちが壁の外に住居を勝手に作って住んでるの」


「それってマズいんじゃ……その人たちが避難できないうちは攻撃しようがないと思うんだけど」


「その点はユウが心配しなくてもいいわ。偵察の情報によると、このスラムは現在、帝国軍によって撤去されつつあるとの事よ。ま、帝国からしたらこんな雑多な住居群が壁の近くにあったら防衛しようがないからね。住んでる人たちも別の街に逃げたか、少し離れたところに新しいスラムを作ってるって話。ほんとに逞しいわね」


「うーん、それでも家を壊すのは気が引けるんだけど……」


「そこは諦めて、無傷で勝てる戦争なんてないのよ。……それで本部から伝達された作戦の概要だけど、攻略戦は三段階に分けられるわ。まずは理力甲冑部隊による大規模侵攻」


 クレアは地図の北、三方から街へ向かうようにそれぞれ矢印を引く。つまり街を三方向から攻めるという事だ。


「始めに砲兵部隊による一斉射撃で壁の外周部に築かれた防衛陣地を破壊する。その後、理力甲冑部隊前衛が白兵戦を敢行」


「シンさんやスバルさんはこの部隊で敵を抑えるって聞いたけど」


「ええ、彼らの目的はケラートに配備されている戦力を壁の外に引きずり出す事よ。出来れば可能な限り敵戦力を消耗させて欲しいけど、相手も簡単に拠点を手放さないように死守する筈」


 今やケラートは連合侵攻の橋頭堡である。多くの補給物資や戦力を有するため、ここを維持することは帝国の戦略の要と言える。


「ある程度の敵の排除が出来るか、部隊が壁に到着したら作戦の第二段階に移るわ。攻城部隊が壁に取り付き、侵入口を作る」


 壁の三カ所にバツ印を書き込む。ちょうど街の中心から放射状に広がる大通りに面した場所か、街の内外をつなぐ門だ。


「壁や門は特に抵抗が激しいと思われるわ。なのでこの内の一つでも入り口が開けば大丈夫。そして作戦は第三段階に入る」


 そう言うとクレアはどこから取り出したのか、白鳥の小さな置物を地図の上に置き、その白鳥を街の中心へと滑らせる。


「ホワイトスワンの機動力を以ってケラート中心部へと突入するわ。そして街の中に存在する帝国軍の前線本部を制圧する。彼我の戦力差が大きい連合にとってこれしか方法がないのは頭が痛い話だけど。とにかく、これがケラート奪還作戦の概要よ」


 クレアは説明を終えると皆の方を見渡す。




「あの、クレアさん。わたくしたちは第三段階まで待機ですの?」


「ええ、第一段階でなるべく敵の理力甲冑を引きずり出す予定だけど、本部防衛にいくらか戦力を残す可能性があるの。だからそれまでは後方待機。ま、街中で理力甲冑の戦闘するほど相手もバカじゃないと思うけど」


 帝国としては領土拡大のための戦争だ。これまで侵略された街の待遇から考えると、施設や住居とその住人はなるべく守りたいと考えるはずだ。しかし、万が一という事も考えられる。


「つまり、俺たちは理力甲冑が現れた時の為にスワンを防衛する役割もあるって事スね」


「ええ。その際に敵本部を制圧するための歩兵部隊をスワンに乗せるんだけど、彼らの護衛も兼ねているわ。いくらヨハンでも、理力甲冑に乗ったままで建物の制圧は出来ないでしょ」


 いくら戦場の主役たる理力甲冑でも、基地や施設の制圧は無理だ。そういう役目は縁の下の力持ち、歩兵部隊の仕事なのだ。




「ねぇ、街中に侵入するのに海側からは行けないの?」


 と、ユウが地図の南側、海の方を指さす。確かに、海の側からならば特に障害物も少ないように思える。


「結論から言うと海は無理ね。まず、港湾部分は帝国の軍艦が守りを固めているから、いくらスワンの機動力でも突破は難しい。それにこの作戦に合わせて連合の軍艦が港湾を封鎖するように展開するの。恐らく、激しい海戦になると予想されるから、余計にその中を掻い潜るのは困難ね」


「それに、いくらスワンが宙に浮くからって海面から陸地へと上がるのは場所を選ばないといけないデス。高低差で引っかかる可能性もあるデスからね」


 二人の解説になるほど、という顔をするユウ。





「アルトスからケラートまでは理力甲冑の足でおよそ一週間。私達は先行して敵の哨戒などを排除しながら進み、作戦拠点を築くわ。部隊が到着し、準備が整ったところで作戦が開始される」


 ヨハンの顔がニヤリと笑う。早く戦いたいと気が逸っているのかもしれない。ネーナは気を引き締めるためか、拳を強く握っている。


「この作戦の要はホワイトスワンの機動力よ。敵本部を速やかに制圧するため一点突破が求められるの」


 相変わらずボルツは表情が薄いが、ホワイトスワンの操艦を担う重要さは感じているようだ。そしてレオは静かに、しかしその眼光は鋭く。リディアもやる気に満ちている。彼ら兄妹にとっては故郷カリャンの事もあり、何かしら思う所があるのだろう。


「決して簡単な作戦じゃないけど、私は上手くいくと思っている。だって、このスワンの、皆の強さを知ってるから」


 先生は不敵な笑みを浮かべる。彼女が整備した理力甲冑はすこぶる調子が良く、操縦士たちの力を十全に発揮できるだろう。


 そしてクレアはユウと目が合う。これ以上、多くの言葉は要らない。


「この作戦を成功させて、全員無事に帰るわよ! それじゃあ早速だけどスワンを発進させるわ! みんな、配置について!」


 それぞれが気合を入れ、各自の持ち場へと走る。そしてテキパキと慣れた手付きでホワイトスワンの発進準備が進められていく。




 ケラート奪還作戦。その開始を告げるかのように、ホワイトスワンの理力エンジンが唸りを上げた。










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 第六十話に登場した砲戦特化型ステッドランドの原案は博元裕央さんのアイデアから採用させて頂きました! ありがとうございます!


 詳細は活動報告にて!


https://kakuyomu.jp/users/strife/news/1177354054888969504

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