幕間・4

ホワイトデー特別編です。いつも通り、時系列、スワンの現在地は謎ですね。そこら辺は気にせず読んで下さい。


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幕間・4


『ホワイトデーのお返しは?』


 三寒四温という言葉がある。


 冬の間、寒い日が三日ほど続き、その後に暖かい日が四日続くという意味である。しかし、最近では冬の寒さと春の暖かさが入り交じる春先に使われる事が多い。


 今日は三月十四日。前日の寒さはどこへやら、すっかり春の陽気に包まれた日になった。どうやら異世界であっても、ユウの故郷と似たような気候の地域もあるらしい。


「うーむ。どうしよう……」


 ホワイトスワンにの厨房には腕を組んで唸る人影が一つ。アルヴァリスの操縦士、ユウはかれこれ一時間ほどここで唸っていた。


 悩んでいる理由は一つ。三月十四日ホワイトデーなのである。ここ、ルナシスのホワイトデーは男性がバレンタインのお返しとして、何かしらのメッセージを添えた花を贈り返すという風習が根付いていた。


「僕の知ってるホワイトデーだと、クッキーとか渡せばいいんだろうけど……」


 当初、ユウは手作りのクッキーを焼いて女性陣に振る舞おうと考えていた。しかし、ヨハンやレオから聞くところによると、ホワイトデーにお菓子などは一般的ではないとの事が判明した。


 それもそのはず、この世界はユウの元いた世界よりも前時代的な面があり、積極的に台所に立つ男性は少数派、居ても独り身か食堂の料理人というくらいだ。どうしても台所は女性の物、という考えがいまだ強いのである。


(……その割に、ウチのメンバーでまともな料理が作れるのはリディアだけ……いや、これ以上は考えるのをよそう……)


 とにかく、ユウとしてはこのまま手作りお菓子を渡しても良いのかどうか、思いあぐねていた。確かにクッキーも悪くはないが、普段から簡単なお菓子などを作っているので新鮮味に欠けるのではないか。それならば、こちらの風習に合わせて花束を贈ったほうが喜ばれるかもしれない。


「郷に入っては郷に従えって言葉もあるしな」


 折しも、ホワイトスワンは日用品や食料の買出しのため、近くの町へ立ち寄る予定になっている。もちろん、ここは帝国領なのでホワイトスワンは近くの森に隠し、正体を偽って、だ。








「あれ、ユウさん? 何処かに行くんスか?」


 ホワイトスワンの格納庫ではヨハンが腕立て伏せをしていた。今日は気温が高いため、いくらか汗ばんでいる。


「ああ、ちょっと町に買い物。すぐ戻るよ」


 ユウは返事をしながら自分のバイクが置かれている方へと向かう。こういう時に乗ってやらねば、チェーンが錆びついてしまう。


「ふーん? ……あ、そういう事か。それはいいスけど、ユウさん、帝国のお金なんて持ってましたっけ?」


 ユウの足はピタリと止まってしまう。


「え? 違うの? 連合のお金と?」


「いや、当たり前スよ。別の国なんだから。それに連合っていっても場所によっては共通通貨が使えないところもあるっスよ」


 ユウは万が一の為にいくらかを貰っていた。正確には連合軍の兵士としての給料なのだが、前線にいるユウには直接届かないし、そもそも届けようがない。なのでその殆どは軍の会計科で預かってもらっているのだ。


「不味いな……そうなると買い物出来ないのか」


「多分、大丈夫っスよ。そこそこの町だと両替出来ますし、お店によっちゃあそのまま使える筈っス」


連合敵国のお金でも?」


「ユウさん……今は戦争してても、少し前までは普通に行き来できてたんスよ?」


 ヨハンはやれやれといった表情をするが、いくらなんでもユウには知り得ない情報だろう。


「……まぁいいや。とにかく、問題なく使えるんだな? それじゃあさっさと行ってくるかな」


 ユウはヘルメットを被ると、キーを捻りエンジンを始動させる。かつて、先生に魔改造されたこのバイクには小型の理力エンジンが搭載されており、ユウが乗り続ける限りは燃料切れの心配が無い夢のマシーンに生まれ変わったのだ。


「んじゃ、行ってく……」


 トスンと車体が僅かに沈み込む。そしてユウの肩には誰かの手が。この感覚には覚えがある。


「先生……乗るなら一言声を掛けて下さいよ。突然発進したら危ないでしょ」


 サイドミラーには小柄な先生の肩が見える。どうやら自前のヘルメットまで用意してきたようだ。


「おっと悪かったデス。それじゃ、レッツラゴー! デスよ!」


「れっつらごー……?」


 思わずユウは聞き返すが、先生はユウのヘルメットを叩いて催促するばかりだった。








「……あれは……?」


 ホワイトスワンの上空、澄んだ青空が広がる中、淡い水色をした機体が風を切っていた。その機体、レフィオーネに乗っているクレアは眼下に見えるバイクを見つけたのだ。


 この世界であんな乗り物バイクを持っているのはユウくらいなものだ。そして、その後ろに乗っている人物は。


「……先生?」


 ヘルメットから長く、すこし癖っ毛の金髪が風に揺れている。それにあの小柄な体型、どう見ても先生しかいない。


「…………」


 クレアは無言のまま、周囲の哨戒と地形の確認に戻っていった。









 ユウは町のすぐ近くの茂みにバイクを隠し、先生と共に商店街を歩く。町もそこそこに大きいうえ、店や市場に並ぶ商品の数も多い。なるほど、ここは近隣の町村にとって中心地的な存在なのかもしれない。


「おっ、ユウ! 見るデスよ、アレ」


 先生がユウの袖をクイと引っ張る。その視線の先にはステッドランドが。もちろん、町の中に理力甲冑がいるわけではない。玩具店に置いてあったのは子供用のおもちゃだった。帝国軍を示す緑灰色の塗装、ところどころデフォルメされてはいるがステッドランドの特徴をよく現しているように見える。


「へぇ、あんなおもちゃもあるんですね。木製なのかな?」


「うーむ、なかなかの出来デスね。スケールは六十分の一? 原型師は誰デスかね?」


「いや、あのお店のおっちゃんだと思いますよ……」


 その後も二人はあちこちを見て回る。金物屋や衣類、日用品など様々な店が並ぶが、ユウの目的である花屋は見当たらない。


「そういえば先生は何を買いに?」


「へ? 私は特に用事は無いデスよ?」


「え。じゃあなんでついてきたんですか……」


「いや、久しぶりにバイクに乗ってみたかっただけデス。やっぱり風を切って走るのは気持ちいいデスね!」


(これはきっと、整備か何かをサボるためについてきたな)


 ユウはそう見当を付けるが、あえて言わない事にした。先生はホワイトスワンや理力甲冑の整備や補修で忙しいのだから、たまにはこうやって息抜きする事も必要だろう。


「逆に、ユウは何を買いに来たんデスか? 食材はレオとリディアが買ってきた筈デスけど」


「ああ、えっと……」


 そこでユウは思いとどまる。果たしてホワイトデーのお返しを買いに来たと正直に伝えてもいいものだろうか。


「えー……あ、そうそう。ホラ、食堂に花を飾ろうと思って」


 自分でも少々苦しいが、厨房や食堂は実質ユウが取り仕切っているようなものだ。特に装飾も無い、殺風景な食堂に花を飾ろうと提案しても特にはおかしくないはずだ。


「ああ、そりゃいい考えデス。殺伐とした毎日に一服の清涼剤になるデスよ」


 いくら理力甲冑で戦闘をしているがそこまで殺伐とはしてないぞ、とは思いつつ、引き続き花屋を探すユウと先生。


「お、あったあった。やっぱり春ですね、色んな花が置いてある」


 ようやく見つけた花屋の店先には赤、白、黄色と多くの色と品種の花が置かれていた。あまり花に詳しくないユウでも、チューリップやスイートピー、ガーベラくらいは見分けがつく。


「こっちの世界でも、僕の知ってる花があるんですね。まぁ、野菜や動物もそう変わらないし、当たり前っちゃ当たり前ですかね」


「……」


「うーん、どれにしようかな……」


 ユウは一つ一つよく見て吟味する。どれも綺麗だが、本来の目的はプレゼント用だ。鉢植えのものではなく、切り花が良いだろうと思いながら選んでいく。


「……ん?」


 黄色い花に目が止まる。真っすぐに伸びた茎と細長くピンとした葉。そして先端にはかわいらしい花弁が開いている。


「これはフリージア……デスね」


(なんとなく……先生の髪の色と似ているな。それにこのちっちゃい感じも先生っぽいし)


「うん、これにしよう。他には……」


 ユウはふと、店の奥にある白い花を見つけた。どうやら売り物ではないらしく、花瓶に生けられていた。


「ユリか。この時期に咲くんだっけ?」


「いや、ユリは確かもう少し後だったはずデスよ」


 すると、初老の男性が話しかけてきた。服装からして、花屋の店主だろうか。


「お嬢ちゃん、花に詳しいね。確かにユリは五月くらいにならないと咲かないんだよ。でも、こいつはちょっと気が早かったんだろうな、今朝咲いたばかりなんだ。今日みたいな暖かい日だと花も勘違いするのかもな」


 白い大きな花弁がラッパのように横へと伸びている。これはテッポウユリだ。


 近づくとユリ特有の強く、芳醇な香りが鼻をくすぐる。真っ白な色合いはどこかクレアの髪色を連想させる。銀色の髪が、太陽に透けた時のキラキラとしたあの感じ。茎から伸びる大きな花を一つつけるのもクレアの気丈な立ち振る舞いにも通じる気がする。


「おじさん、そのユリなんだけど……」


「なんだ、欲しいのかい? ……そうだな、今日はホワイトデーだし特別にいいか。ただし、他のもいくつか買ってくれよ?」


 これでも商人と言わんばかりにしっかりと商売をしてくる。ユウは白いテッポウユリを貰い、黄色のフリージアと本当に食堂に飾るためのいくつかの切り花を買う事にした。意外と値が張ったが、今のユウにお金の使い道はないので特に気にしない事にした。


「連合のお金ね。今どき珍しいね」


「えっ……あっ、その」


「どうせこの戦争も帝国が勝つに決まってるデス。だから価値が下がる前に家の中にあった連合のお金を今のうちに全部使い切る事にしたんデスよ」


 すかさず先生がフォローする。おかげで店主は納得いったようだ。


「そういう客もたまにいるよ。坊主も早めに使っときな? 我らが帝国の勝利は近いって話だしな。ハイ、お釣り。五百二十イェン、確認してね」


 ユウはなんとも言えない顔をしてしまう。横を見ると先生は店主に調子を合わせて笑顔で返していた。













「クレア、ちょっといい?」


 ユウは格納庫にいたクレアに声を掛ける。ちょうど付近の哨戒から戻ってきたのか、理力甲冑に乗り込む時の服を着ていた。


「…………何?」


 その紅い瞳は冷ややかにユウへと突き刺さる。形の整った眉は少し吊り上がり、それとは反対にほんのり朱に染まった唇はやや下がり気味だ。そう、端的に言って、クレアは


(……! これはマズい! 僕、なにかやらかしたっけ?!)


「あ、あの……えっと…………しょ、哨戒お疲れ?」


「どうして疑問形なの? それに疲れてないわ。特に何も無かったし。ユウこそ、楽しんできた?」


「えっと? なんの事…………ですか?」


 クレアはフンと鼻を鳴らす。


「先生と町でデートしてきたんでしょ? 上空うえからよく見えたわよ」


 ユウは思わず血の気が引くような気がした。そして頭の中ではどのように言い訳をしようか、どうすれば誤解を解けるか、クレアの怒りを鎮めるには……一瞬で様々な考えが浮かぶが、そのどれもが根本的解決の道筋にはならないと直感が告げる。


「……いや、別にデートというわけじゃあなくて……クレア、町にはコレを買いに行ってたんだ」


 下手に言葉を重ねるよりも、簡潔に事のあらましを説明したほうが被害が少なくて済むだろう。ユウに残されたのは正直になる事だけだった。


「……これ、ユリの花?」


「その、今日はホワイトデー、だろ? この前バレンタインのお返しにと思って……」


 ユウは後ろ手に隠していたテッポウユリの花を渡す。大きな花がふわりと揺れた。


「……いい香り。全然気にしなくて良かったのに……でも、ありがとう」


 クレアはユリの香りを楽しんでいる。ユウの行動の真意をくみ取ってくれたのか、その表情も柔らかくなった。どうやら無事に彼女の怒りは収まったようだ。そして、ポツリと小さな声で何かを呟いた。


「……………………赤いチューリップでも良かったのに」


「え、もしかしてチューリップの方が好きだった?」


「え?! あ、いえ、そういうわけでもないんだけど、いやそれはそれで嬉しいからやっぱりそっちのほうがいいんだけど、でもその…………」


 突然、しどろもどろになってしまうクレア。顔は真っ赤になっているが、その理由はユウには知る由もない。


「うん、今度はチューリップにするよ。色は赤がいいの?」


「……うん」


 小さくコクリと頷く。その様子にユウは特に疑問を持たなかった。


「あの、それと……私も、バイク……ユウの後ろに乗ってみたい」


「え、クレアも乗ってみたいの? ならこの後、ここら辺を回ろうよ。天気も良いし、風も気持ちいいよ」


「え、いいの?!」


 少し食い気味に詰め寄るクレア。クレアの方がユウより少し背が高いので互いの顔が接近してしまう。


「う、うん。クレアさえ良ければ、だけど……」


 ユウは思わず顔を逸らしてしまう。いくら見慣れたといっても、かなりの美人の部類に入るクレアの顔を間近に見つめる事は出来なかったユウヘタレ


「そ、それじゃあすぐにシャワー浴びてくるわ! 待ってなさい、ユウ!」


 ダダダと走り去るクレア。その度に長く美しい銀髪が揺れた。


「いや、ゆっくりで大丈夫……って、聞こえていないか」


 その場に残ったユリの香りはふわりとユウの鼻をくすぐるのだった。









「先生、やけに機嫌がいいですね。何か良い事でも?」


「フッフッフッ、いやぁ、ちょっと、デス。ちょっと良い事があっただけデスよ」


 ホワイトスワンの大型理力エンジンのメンテ整備ルーム。先生とボルツは定期メンテを行っていた。先生は鼻歌交じりに、自室に生けた黄色いフリージアの事を思い出し、ニヘラと頬が緩んでしまう。


「先生は分かりやすいですからね。さっきまで整備を面倒がって逃げてたのに、今では楽しそうにしています。大方、ユウ君にホワイトデーのお返しでも貰ったんでしょう?」


「なっ!? なんで分かったデス!?」


「やっぱり。今のはカマを掛けましたが、だいたい先生の機嫌がいい時はアルヴァリスが活躍した時か、ユウ君に何かしてもらった時と、過去の統計が指し示しています」


 ボルツは額に浮いた汗を袖で拭う。淡々と無表情で、さも当然のように言ってのける彼を見て先生は思わず固まってしまう。


「さ、早く終わらせてしまいましょう。あとはエンジンの回転数同期を確認するだけです」


 先生は顔を真っ赤にしたまま、数分もの間その場でプルプル震えていたという。











「流石に、ユウさんでも赤のチューリップを贈ることはしなかったかぁ」


「うーん、その辺どうなの? 知らなかったという可能性もあるんじゃない?」


「あー。そうかもしれない」


「もし知っていたとしても、ユウさんはどちらに贈るのでしょうか? わたくし、気になって気になって……」


 ホワイトスワンの食堂ではヨハンとリディア、そしてネーナがお茶を飲みながら会話していた。その話題はもっぱらユウの買ってきた花について、である。


 ここ異世界ルナシスでは三月十四日ホワイトデーに男性が女性に花にメッセージを添えて贈るのがバレンタインデーのお返しとして一般的である。この季節、春先に咲く様々な花が選ばれるが、しかし一つ、事がある。


 それは赤いチューリップ。


 赤いチューリップの花言葉は「愛の告白」、または「真実の愛」。つまり、ホワイトデーに赤いチューリップを女性に贈るのはとほぼ同義として扱われる。


 いつの頃からこのような風習が定着したのかは定かではないが、この時期に花屋で赤いチューリップを選ぶ男性は大抵、何かを覚悟した顔つきで購入していくという。


 ユウはこれらの事を知らなかったが、果たして知っていたとして彼は赤いチューリップを購入したのだろうか。そしてもし、購入したなら、誰に渡すのだろうか。




 今日は暖かい日和だった。三寒四温という言葉どおりなら明日も暖かくなるはずだ。


 春はまだ、始まったばかりである。








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赤いチューリップの花言葉は「愛の告白」「真実の愛」


フリージア全般だと「あどけなさ」「親愛の情」、黄色いフリージアは「無邪気」


ユリは「威厳」「純潔」、テッポウユリだと「甘美」

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