第58話 点火・4
第五十八話 ・点火4
しばらくした後、ファナリスの町上空に一機の理力甲冑が現れた。しかし、町の住人はそれどころではなく、誰一人としてレフィオーネに気付くものはいない。
「砂煙も晴れたみたいね……それにしても、綺麗に工房だけ潰れているわ……」
町中にポッカリと空いた空間が上空からでもよく分かる。工房のあったと思われる場所だけ切り取ったかのようだ。
他の建物には特に被害も無いようで、瓦礫は内側に集まっていた。先生やユウの言うとおり、本当に建物だけを崩すように爆破してみせたのだ。
「三つ……四つ……? 一つだけ残っている?!」
何度か数え直したが、崩れた建物は四つしかない。地図と照らし合わせると、あと一箇所だけ工房が崩れていなかった。
「……いや、崩れかけているの?」
無線でホワイトスワンに戻った筈の先生を呼び出す間に、残った工房の真上でよく観察する。どうやら爆破は成功したが、崩壊すらには至らなかったようだ。
「先生、一つだけ建物が残っているわ。どうも一箇所だけ壁か柱が残ってるみたい」
「何デスって?! そんなまさか!」
「先生、落ち着いて! 他はちゃんと爆破に成功してるわ!」
無線機の向こうでは先生がうめき声とも唸り声ともつかない叫びを上げている。
「……安心して、先生。私がなんとかしてみせるわ」
「クレア? 何するつもりデスか?!」
「ブルーテイルで残った柱を撃ち抜くわ。ま、任せて頂戴」
「いや、もういいデス! クレア、帰還するデス!」
「大丈夫、先生の頑張りは無駄にしないから」
そう言うとクレアは無線機の音量を小さくする。そしてレフィオーネは大きく旋回して、背負っていた銃器を取り出す。通常のものよりも一回りも二回りも大きな銃、いや大砲のようにも見えるソレは対魔物用大型ライフル、ブルーテイル。
大型の魔物すら撃ち抜くこのブルーテイルならば、工房の残ってしまった柱も壁越しに破壊出来るだろう。レフィオーネは腰から伸びるスラスターを広く展開し、機体の挙動を安定させる。
スコープには工房の壁が映る。崩れかけていない壁、その向こうにある筈の柱に狙いを合わせる。正直、柱がどこにあるのかは当てずっぽうだが、ここまできたら当たるまで撃ち尽くしてやる。そんな気概でクレアは一発目の引金を引く。
ズンとした衝撃を腹の底に感じつつ、レフィオーネはその反動に抗うため、スラスターが圧縮空気を短く吐き出す。スコープの中では弾丸が壁を貫通し、大きな穴を空けた。しかし、どうやら柱には命中しなかったようだ。
「……っ!」
再び見当を付けて引金を引くが、工房はびくともしない。いくら壁を破壊できても、やはり柱を撃ち抜かなければいけないようだ。
残り三発。このままでは埒が開かない。
そう考えたクレアはとある事を思いつく。そして二度、続けて引金を引く。弾倉には残り一発、壁は都合四発の大口径弾を食らって殆んど崩れかけていた。
それでも工房自体はまだその威容を保っている。クレアは最後の弾丸も当てずっぽうに撃つつもりなのだろうか。
「……見えた!」
壁が崩れた影響で巻き上がった土煙が少し晴れると、そこには工房の内部が見えるようになっていた。壁に空いた穴は大きく拡がっていたのだ。その内部には一本の太い柱が。
クレアは残った最後の弾丸に祈りを込めるように目を瞑る。そして静かに目を開くと、照準をゆっくりと柱に合わせる。
「先生、これで決めるからね!」
レフィオーネの指がブルーテイルの引金をガチリと引き絞る。装薬が弾け、発生した燃焼ガスは弾丸を思い切り押し出していく。銃身から亜音速の速度で飛び出した、鉛と鉄芯で構成された大きく重い塊は緩い放物線を描きながらファナリスの夜空を切り裂いていく。
弾丸は工房の柱に寸分違わずに命中すると、その膨大な運動エネルギーによって弾頭の鉛が大きく変形し、内部の鉄芯が飛び出す。鉄芯は柱に突き刺さり深くめり込んでいく。
一瞬の間の後、太い柱に大きなヒビが走り出す。最後に残ったこの柱が工房の重量と均衡を支えていたのだ、それが今やブルーテイルの弾丸によって撃ち貫かれたのだ。
工房は音もなく崩れだす。先程までそこに存在していた筈の建物はただの瓦礫に変わっていった。
これでこの町における理力甲冑生産は当分の間、立ち行かなくなるだろう。先生の頑張りは報われたのだ。
こうしてファナリスの工房を全て破壊する作戦は成功したのだった。
「お疲れ様、先生」
クレアが格納庫にへたり込んでいる先生にコップを手渡す。中には暖かいお茶が入っていた。
「ありがとデス。アチチ……」
ふぅふぅと冷ましながらお茶を啜ると、疲れた体が少しは癒される気がする。
「クレア、助かったデスよ。本当にありがとデス」
「気にしないで。あそこで決めなきゃ、先生の頑張りが全部無駄になっちゃうからね」
「いやぁ、流石の私も不発するとは思わなかったデス。ま、結果良ければ全て良しっていうデス」
クレアはつられて微笑を浮かべるが、すぐに真面目な表情に戻る。
「ねえ。やっぱりユウの為?」
「は……? え、ちょ、一体何がデス?! ちゃんと説明しなきゃ分かんないデスよ!」
「だから、今回の作戦で先生が現場まで
「うぐ…………!」
明らかに図星を突かれて動揺する様を見て、クレアは小さくため息を吐く。
「やっぱりね……先生は態度で丸わかりなのよ」
「う……うっさいデス! それを言うなら、クレアだって分かりやすいデスよ!」
「な、私のどこが分かりやすいって言うのよ?!」
「バレバレデスよ! クレアもユウの事が好きなのが態度で表してるようなもんデス! それに分かるデスよ?! ユウから告られたけど返事を保留にしてるデスね?! もしくはその一歩手前までいったけど、二人共ヘタレだからそこから進んでいないデス!」
クレアは顔を真っ赤にして狼狽える。どう見ても態度に表れている。
「なっ、なっ、まさかあの時見てたの?!」
「あの時、なんて知らねーデス! 当てずっぽうデス! でもこれでハッキリしたデスよ、今の段階なら私にも十分チャンスはあるってことデスね!」
「ちょっ、チャンスって何よ! ユウの気持ちも考えてよ!」
「フッフッフッ、クレアには悪いデスけど私の魅力と
「……ユウが簡単に落ちるなら仕方ないけど、アイツ、ちょっとニブくない?」
突然、クレアは真顔になって先生に訊ねる。
「……確かに、ユウはかなり、いや重度のニブチンだと思うデス」
二人は同時に大きなため息を吐く。どうやらクレアと先生の考えは同じようだ。
「お互い、苦労するデスね……」
「ええ、全くね……」
戦う前からかなりの劣勢だが、二人は決意を新たに心へと刻む。もはや恨みっこなし、先にユウを落としたほうが勝ち。クレアと先生は力強く握手を交わしたのであった。
「おい、ガス。早く起きろ」
顔を叩かれて目が覚めたガスパールは何が起こったのか理解出来なかった。目の前には相棒のマーヴィン、そしてここは軍の医務室だ。
「イチチ……俺はなんでベッドで寝てんだ……?」
「完全に気絶していたからな。俺達はあの白い影にヤラれたんだよ」
忌々しくその名を呼ぶマーヴィンの表情は苦渋に満ちたものになる。そして、白い影という単語。
「……そうだ! 奴は?! 何処へ行った!」
医療用ベッドから飛び起きたガスは鬼気迫る表情でマーヴィンに詰め寄る。
「落ち着け、もう逃げていったよ。俺達は完全に負けてしまったんだ。認めろ」
明らかに自身も納得していない様子のマーヴィンを見て、ガスはその怒りをぶつけるかのように近くにあった小さな椅子を蹴り飛ばす。壁にぶつかり派手に壊れた椅子を眺めるガス。
「……確かに奴は強いんだろう。あんな状態になりながらも、最後の最後まで諦めなかったからな。だがな、俺達だってこれで終わるつもりはねぇだろ?」
「……次は勝つ、という事か?」
「そうだ、俺はこうして生きている、テメェもだ。ならやる事は一つ。白いアイツと再戦して勝つ! それしかねぇだろうが!」
ガスは鼻息荒く、相棒の方を見ていた。
「貴様は単純だな。だが、確かにそうかもしれないな。しかし、どうやって? 俺達はこの町の護衛だぞ? 奴らが再びこの町に来るかどうか、可能性は低いぞ」
「ぐっ……! そ、そんなもん、生きてりゃなんとかなる!」
その辺はなにも考えていなかったのか、ガスはぐぬぬと難しい顔をしてしまう。その様子が面白かったのか、マーヴィンは思わず苦笑する。
「おい、何が面白いんだ!」
「いや、俺も貴様みたいに能天気だったらなと思ってな……とにかく、なんとかしてこの雪辱は晴らすぞ」
マーヴィンはそう言うと、拳を相棒に突き出す。それに応じてガスも拳を突き返した。普段は憎まれ口を叩き合う仲だが、この時だけは彼らの考えと気持ちは一致したのだった。
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