第58話 点火・3
第五十八話 ・点火3
アルヴァリスの目の前に立ちはだかるステッドランド。そして、手にしたナイフが振り下ろされる瞬間。
あくまでユウは冷静だった。もはや武器は無く、機体は思うように動かない。あと何度かの行動で確実に全身の人工筋肉は動かなくなるだろう。
それでも、ユウは常に勝つことを考えている。その思考は全て敵を討ち倒すことに注力する。
そして、今の状況。
先ほどから感じていた嫌な感覚を頼りに、持っていた剣を投擲した。これは一種の賭けだったが、ユウは奇妙な確信をもっての攻撃だったので外れるという心配はしなかった。結果、見えない狙撃手の位置を見事に探り当てたのだ。
残るは理力甲冑を無効化させるガス攻撃を繰り出すステッドランド一機のみ。理由は分からないがコイツはどうやら他に武装を持っていないらしく、直接的な攻撃は狙撃機に一任していた。つまり、狙撃機を先に倒してしまえば、この機体がなんとかしてアルヴァリスにトドメを刺さなければならなくなる。
そしてついに、ユウが想定した通りに状況が運ばれていく。細い細い可能性の枝分かれを、一つも
動けないアルヴァリスのすぐ眼前に迫りくる敵機はあのガスを噴射する武装を捨てて、ナイフを抜いた。
もう少し、あと少しと、その瞬間を彼は静かに待つ。
そして。
「一瞬でいい、動いてくれ!」
ユウは赤く、大きなボタンを押す。
すると、アルヴァリス・ノヴァの全身が白く輝きだした。装甲の隙間から、理力エンジンの排気口から煌めく粒子があふれ出す。胸部装甲がわずかに展開し、胸の小型理力エンジンが激しく稼働するのが分かる。
「僕はこんな所で負けてらんないんだ!」
相手を睨みつけるように叫ぶと、まるでステッドランドは石化したかのように動きを止めてしまった。今にも突き立てられようとしている凶刃を左腕の盾で払いつつ、ユウは溢れる理力を限界ギリギリの人工筋肉へと送り込む。
つま先から足首、膝。腰と胸を通り肩から肘、そして手首へと順番に力を伝えていく。最後に、その硬く握った右拳は覆いかぶさるようにしていたステッドランドの腹部にめり込んでいった。すなわち、膝立ちの状態からのアッパーカット。
敵のガス攻撃によってアルヴァリスの人工筋肉は非常に損傷していたが、土壇場でのノヴァ・モードによる理力ブーストで得られる瞬間的な馬力は凄まじかった。
真下からの突き上げによって、人間とは比べ物にならない重量を誇る理力甲冑が軽々と上空を舞う。そして僅かな滞空時間の後、激しい衝突音と共に地面へと激突した。
「ふう、やっぱり動かないや」
なんど機体を動かそうとしても理力エンジンが稼働するだけで、小指がピクリとも動かせない。
どうにか敵の理力甲冑を撃退したはいいが、アルヴァリス・ノヴァは完全に行動不能となっていた。幸い、例のガス状物質が晴れてからは無線が回復したのでスワンと他のメンバーに連絡は入れている。もうすぐクレアのレフィオーネがやって来るはずだ。
「うーむ。またクレアに迷惑を掛けちゃうな……」
操縦席のハッチを開けて夜空を眺める。真っ暗だった空は雲の切れ間が増えてきたのか、少しずつ星のゆらぎが垣間見えてきた。曇り気味なので底冷えはしないが、それでも吐く息は白くなる。少し前から風も出てきた。
「先生とレオさんは大丈夫かな……」
作戦はまだ、続いている。ファナリスの町では、まだ二人が潜入しているのだ。
薄暗い中、子供のような人影が何か作業をしていた。周囲には誰も居らず、カチャカチャと工具を弄る音以外は何も聞こえない。時折、外の方から何か地響きのような音が聞こえてくるだけだ。
「これで、最後デス!」
先生が額に浮いた汗を拭うと、目の前には無線機と繋がった特性爆弾が柱に取り付けられていた。
金属製の缶に詰められた爆薬と起爆剤、そして起爆信号を受信する簡易無線機が組み合わさっている。先生は受信機のスイッチを入れると、無線応答のテストを行い緑色のランプが点灯するのを確認した。
あとは安全装置を解除するだけ、これで五つ全ての工房に爆弾を仕掛け終わったのだ。
「レオ! こっちは終わったデス!」
すると、どこからともなく一人の男が影から現れた。レオナルド・エヴァンズ、その人である。
「ちょっと! 急に出てくるなデス! びっくりするじゃないデスか!」
「すみません、あまりにも先生が真剣だったので邪魔しないように気配を消していました……と、そうそう。頼まれていた物がありましたよ。といっても、私では内容の判別がつかないのでそれっぽい物をかき集めただけですが」
そう言ってレオは懐から何かの書類を見せる。先生がレオに頼んで探させていた物だ。
「お、ありがとデス。中身はこっちで確認するので大丈夫デスよ。それじゃ最後の仕掛けも終わったから、さっさとここからトンズラこくデス!」
レオと先生はそっと壁から表通りを伺う。ファナリスの町は避難する人でごった返している。
「なんなんデスか……この人だかりは……」
「どうやら避難に戸惑っているようですね」
二人には与り知らぬ事であったが、ファナリスの町は地理的・政治的に安定しており、この数十年で直接戦闘に巻き込まれる事は無かった。その為、住人は戦争をどこか他人事のように感じており、緊急時における避難訓練などは殆んど行われていなかった。
それがこの突然の敵襲である。魔物の襲来も少ないこの土地ではまさに寝耳に水の事態となり、町の衛兵も軍も総動員しているが人々の流れは上手く捌けていないのであった。
理力甲冑による陽動は成功したが、流石にこの状況は予想外だった。
「裏通りに周りましょう。これでは町の外に出るのは難しいですから」
「そうデスね。コッソリ行くデス」
二人は灯りもなく狭い通りを足早に歩く。最初に侵入した外壁の所まで戻るのだ。
「戦闘の音が殆んど聞こえないデスね、みんな撤退したんデスかね?」
「かもしれません。急ぎましょう」
ゴチャゴチャと日用品やゴミが置かれている裏通りを進む。飲食店が多くなっているため、そろそろ目的地に到着するはずだ。
「おい、お前達! こんな所で何をしている?!」
突然、声を掛けられた。レオと先生がそちらの方を見ると、この町の衛兵らしき男が二人、松明を片手にこちらへとやってくる。
「避難指示は出ているだろう、早くこっちに来い!」
「お前達、旅行者か? それにしても何でこんな所に……」
先生は平静を装うが、内心では混乱している。このような場合、どのように対処すればいいのか、適当に口八丁で切り抜ける事が出来ればいいが。
「ああ、済まない。酒を飲んでいたら突然みんなが逃げ出して……ッ!」
気さくに話しながら衛兵の下へと近づいていったレオは、急にその拳を一人の腹部に叩き込んでしまった。
「なっ?! お前、何を?! ぐっ……」
流れるような動きでもう一人の衛兵の首を背後から絞め上げるレオ。その腕は的確に頸動脈を絞め、脳への血流を遮断する。衛兵は少しの間もがいていたが、抵抗虚しくすぐにグッタリとしてしまった。
ほぼ一瞬のうちに二人の衛兵を気絶させたレオは、彼らをそのまま物陰に隠す。
「ちょっ! こ、殺してない……デスよね?」
「ええ、少し気絶してもらっただけです。しかし、まずいですね、他の衛兵にも気づかれたようです」
どうやら近くに他の衛兵が居たらしく、騒がしい声が近づいてくる。二人は追いつかれる前に急いでその場から逃げ出した。
「はやっ、くっ! 逃げっ! るっ! デスっ!」
「もう少しです、頑張って」
「あっ! 先生ですわ!」
紅い理力甲冑、カレルマインからネーナの声が聞こえる。その傍らにはヨハンのステッドランド・ブラストもいる。
「おっ! ネーナ! こっちデス! 早く拾い上げるデスよ!」
先生とレオは無事に町から脱出し、外壁から少し離れた所でクレアと無線で連絡を取っていたのだ。そして、これからヨハンとネーナに拾われてホワイトスワンに戻るという寸法だ。
「先生、ちゃんと掴まってて下さいまし」
カレルマインの両手に飛び乗った先生はその紅い装甲をしげしげと眺める。何体もの理力甲冑を相手にしたはずだが、その装甲は綺麗に磨かれた状態のままだった。恐らく、難なく敵を打ちのめして来たのだろう。
「念の為に町から少し離れるデスよ! これから爆破解体ショーの始まりデスからね!」
カレルマインとブラストは先生の指示通り、町から離れた少し高い丘へとやって来た。冷たく静かな風が吹くが、町の中は対照的に騒々しい。しかし、これからもっと大きな混乱が引き起こされるのだが。
「よっし、それでは点火スイッチを押すデス! オマエら、よっく見とくデスよ!」
先生は空になったリュックから四角い小さな箱を取り出す。誤作動防止の覆いを外すと、そこにはドクロが描かれたボタンがあった。
「爆弾のスイッチと言えば、やっぱりこの形がお約束デスね。それでは、ポチッとな!」
「お約束ってなんですの?」
操縦席のハッチを開いて横に来たネーナはお約束の意味を訊ねるが、それを無視して先生は勢いよくボタンを押し込む。
ボタンが押されたのとほぼ同時に、町の中から煙のようなものが巻き起こる。そして、僅かに遅れて小さな地響きがここまで伝わってきた。
「おお? ……先生、よく見えないっスよ!」
ヨハンがブラストの操縦席から叫ぶ。確かに、夜の暗さもあるがここからでは町の中はよく見えない。
「ちょっと遠すぎましたかね。クレアに頼んで上空から確認してもらうデス」
カレルマインの無線機を使ってクレアのレフィオーネを呼び出すと、先生は状況の報告と工房の爆破状況を確認してもらうように頼んだ。
「分かったわ。今、ユウとアルヴァリスをスワンに届けたから、すぐにそっちへ向かう。先生達もスワンに戻ってちょうだい」
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