第58話 点火・2

第五十八話 ・点火2


 そして現在。ユウのアルヴァリス・ノヴァはガスパール黒髪・ボーンとマーヴィン金髪・ハドックのコンビに苦戦している。


「ハッハーッ! こいつぁ面白れーな! あの噂の白い影が手も足も出ねーじゃねーか!」


 ガスは敵との距離を的確に見極めながら無線機に向かって叫ぶ。


「ふん、確かに動きは悪くなったな」


 どこか不機嫌な声のマーヴィン。しかし冷静に今の状況と新型武装の成果をどこからか見ているのだろう。


「おいマーヴィン! 呑気に眺めてねぇでさっさと攻撃しやがれ! もう十分に試験は出来たろうが!」


「はいはい、分かったよ。でもな、ガス。いくら賭けで負け込んでたからって、腹いせに奴等まで巻き込む事はないだろ」


「あ゛?」


 ガスは何の事か分からなかったが、白い機体の向こう側に突っ伏しているステッドランドを見て納得する。どうやら出撃前まで一緒にポーカーをしていた操縦士仲間が乗る機体も、新型兵器の被験体となってしまったようだ。


「知っらねぇよ! 勝手に巻き込まれる方が悪い! 俺は悪くねぇ!」










 マーヴィンは無線機に聞こえないように舌打ちする。


 相棒の無茶にはいつも振り回されている彼には頭の痛い話だ。この作戦の後で、新型兵器・デストロイアの成果報告をしなければいけないが、味方まで巻き込んだ事をどのように取り繕うのか。始末書ですめばいい方だ、そんな風にマーヴィンは心の中で呟く。


「それにしても……白い影ってのは伊達じゃない、という事か」


 あの白い機体は確かにデストロイアの攻撃で動きが鈍った。事前に受けた説明通り、あの微粒子は理力甲冑の人工筋肉に損傷を与えているようだ。確かめるまでもなく膂力や機動力は半減しているだろう。


 それはいい。それはいいが、そんな状態でありながらあの機体はグラスヴェイルの狙撃をぎりぎりで回避してみせた。


「勘がいいのか……? それともこっちが見えている? いや、まさかな……」


 そう。まさかグラスヴェイルの姿が見えているはずはない。





 理力甲冑・グラスヴェイルには大きな特徴があった。それは、姿という能力。


 装甲には珍しい魔物、カメレオンマイマイの殻を加工したものが使われている。この魔物は自分の身を守るために殻を周囲の景色と同化させるという不思議な生態を持っている。その殻を加工した装甲を持つグラスヴェイルも同様に、周囲と溶け込む色と模様になることで非常に高い隠蔽力と迷彩性を持つ。


 そしてこの理力甲冑は巧みに姿を消しつつ、手にしたマークスマンライフルで後方から小隊の支援を行うのだ。敵からすればどこから狙われているのか全く分からないまま、グラスヴェイルの餌食にされてしまう。





「今度は外さねぇ……」


 グラスヴェイルは門から少し離れた外壁を背に再び銃を構える。全身の装甲は外壁と同化しており、闇夜の暗さも手伝って間近でなければそこに理力甲冑が潜んでいるという事など誰にもわかりはしない。


 スコープには連合の白い影アルヴァリスが。そして、ゆっくりと中央の照準に機体胴体部を合わせる。


(ほぼ無風……この距離で弾丸の軌道は……)


 マーヴィンは咄嗟に弾丸が照準からズレる量を標的との距離から計算して狙いを修正した。ちょうど白い奴はガスの動きを警戒しているのか、盾を構えて防御に徹している。


 不意討ちだがこれも仕事だ、と心の中で独りごちた。そして引き金に指を掛ける。


「…………!」


 再びマーヴィンは目を瞠った。引き金を引いたと、白い奴は回避行動に入ったのだ。これが銃声を聞いてから、ならまだ理解できる。


(だが、奴は銃声が聞こえる前から回避しだした! 勘が良いどころじゃないぞ!)









「くっ! やっぱり狙撃か!」


 ユウは嫌な感覚を頼りに機体を捻って狙撃を回避した。これで二度目、やはり町の方から狙われていると確信する。


 どこからか放たれた銃弾はアルヴァリスの右肩を抉ってしまった。装甲は貫通してしまったが、幸い骨格フレームや人工筋肉に重大な損傷は無いようだ。腕を動かす分には問題ない。が、依然として機体の動きが鈍いままだ。


 と、瞬間的に盾を構える。その向こうでは先程も見たキラキラと光る微粒子が拡散した。


「ああ! もう! このガスはヤバイって!」


 二度目のガス攻撃を食らったアルヴァリスはさらに機体の動きが悪くなってしまう。不調の機体を励ますかのように理力エンジンの回転数がさらに上昇するが、効果はいまいちのようだ。


「くそ、無線が繋がらない! あのガスはチャフ電波撹乱の効果もあるのか?!」


 先ほどからユウは無線機を弄っているが、聞こえてくるのは大きなノイズだけだ。これでは他の皆に助けを呼ぶこともできない。


(どういうわけか分からないけど、敵のガス攻撃は機体を不調にさせる! ……この感じ、人工筋肉が劣化している……?)


 自身の後方には、ガス攻撃の余波を浴びてしまったステッドランドが転がっている。三機ともキラキラとした微粒子に包まれた途端、操り人形の糸が一斉に切れたかのように崩れ落ちた。そして、アルヴァリスのこの不調。


 ユウは機体から返ってくる感覚に神経を尖らせる。思考イメージと実際の挙動ズレ、いくら力を込めても風船から空気が抜けていくようなこの感じ。バイクでギアをニュートラルに入れたまま、気付かず発進しようとしてアクセルを開けるあの感覚。


 これは全身の人工筋肉が劣化してしまい、思うように動かないのだと推測した。


「これ以上はあの攻撃を食らっていられない! それと何処かに狙撃機も隠れてる! なら、まずはアイツから仕留める!」


 アルヴァリスはぎこちない動きで剣を構える。敵機はアルヴァリスの剣の間合いを完全に把握しており、絶妙な位置取りを続けていた。その動きといい、間合いの取り方といい、敵の操縦士は接近戦を得意としているのかもしれない。


 背部の理力エンジンが一際高い音を奏でる。そしてアルヴァリス・ノヴァは地面を踏みしめ、盾を前面に、剣を後方へ回す。しかし如何にアルヴァリスといえど、今の状態でこの距離を一足飛びに攻撃するのは難しい。


「本当に届くか……ギリギリかな……?」


 ユウは大きく息を吸い込み、そして吐く。一瞬の動きの為に力を溜めていく。


 そして地面を、その大きな脚で蹴り飛ばした。


 それはとても跳躍とは呼べない、酷く不格好な一歩だった。大地を踏み切る脚は弱々しく、機体の体幹は不安定。剣を握る右手は今にも手離してしまいそうだ。しかしそれでもアルヴァリスは確かに一歩を跳んだ。


 だが、明らかに届かない。敵機へはさらにもう一歩、いやもう二歩跳ばなければならないだろう。普段の跳躍力なら簡単に跳べる距離が、今のアルヴァリスにとっては遠い距離だった。


「よしっ!」


 ユウは短く息を吐くと、着地した右脚を軸にして機体をクルリと回転させた。その遠心力に耐えきれず姿勢を崩しそうになるが、なんとか堪える。


 そしてちょうど一回転したところで伸ばした腕を力の限りにしならせる。そして遠心力と勢いをつけた剣は右手から離れ、鋭い切先は篝火の明かりを煌めかせながら飛んでいった。


 そう、目の前の敵機ガスパール機とは別の方向へ。完全にすっぽ抜けてしまったのだ。








「へっ! イチバチの攻撃が外れちまったな!」


 ガスは操縦席で呆れながらも前方のアルヴァリスからは目を離さない。


(何を仕掛けるのかと思えば、なんて事はねぇ! ただ、剣を投げつけるだけかよ! しかし見当外れの場所に飛んでいっちまやぁ世話ねぇぜ!)


 これで白い影は丸腰のはずだ。しかしこのガスパールという男、豪快な見た目と性格の割にここ一番という時には慎重な面が出てくる。そのおかげで無茶な戦い方を得意としつつも引くところは引く、それが戦場から生還する秘訣だと彼は考えている。


 今回も同様に、敵はほぼ無力化する事が出来たが決してガス自身で止めを刺そうとはしなかった。彼の機体は武装らしい武装はガス噴霧機だけ。後は腰に装備した作業用の短剣のみ。最後の一撃を食らわせるには少々、物足りない。


「おい、マーヴィン! 見えてんだろ! 今度こそ止めを刺せ!」


 相手は帝国軍でも噂になっている、連合の白い影だ。いくつもの戦場に現れては死神の如く敵を屠ると言われている。そして、あまりに動きが疾く目では追いきれないため、付いたあだ名が白い影。そんな相手を前に、慎重さはいくらあっても足りないくらいだ。


「おい、マーヴィン! 聞こえてんのか?! チッ! 無線機がイカれてんのか……?」


 ガスは操縦席に備え付けられた無線機をガンガンと拳で叩く。しかし、聞こえてくるのはただのノイズだけ。特に攻撃を食らったわけでも無いのに故障するのは考えにくい。


「おい! いい加減にしろよ! アイツが丸腰なのは見えてんだろ!」


 そう言って見えない筈の僚機がいる方を見て、ガスは言葉を失った。


「なん……だと……?!」


 ファナリスの外壁、そこには胸の辺りから剣を生やした極彩色の理力甲冑が立っていた。いや、正確に言い表すならば、潜んでいたはずのグラスヴェイルが突き刺さった剣によって壁に縫い付けられていたのだ。


「あの白い奴! まさかグラスヴェイルの姿が見えていたのか?! いや、まさか、そんな事はあるはずねぇ!」


(まさか、狙撃の発砲炎から居場所を探した……? いやいや、マーヴィンはあれでも凄腕の射手だ、バレないよう一発毎に場所は変える筈……! ならどうやって!)


 憎まれ口を叩きあう仲だが、ガスは相棒マーヴィンの腕を信頼している。それをいとも容易く撃破してみせるとは、驚きと同時に怒りが沸いてくる。


「テメェ! よくも相棒を! ブッ殺してやらァ!」


 ガスは怒りに震える手で操縦桿を握り込み、白い影がいる方へと機体を向けた。そこへは姿勢を崩し、膝立ちになっているアルヴァリスが。もはや全身の人工筋肉は殆ど使い物にならなくなったのであろう、そのまま動けないでいた。


「ちょうどいい、今のテメェならナイフ一本で片がつく!」


 ガスのステッドランドは噴射器をその場に捨て、腰に装備された作業用ナイフを抜き放った。逸る気持ちを抑えながら、今だ煌めく微粒子デストロイアが煌めく中を突っ切る。そしてアルヴァリスの前に立ちはだかると、その操縦席目掛けて厚く短い刃を振り下ろした。













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