第58話 点火・1

第五十八話 ・点火1


 ……パサ……パサ……


 机の上にトランプのカードが配られる。そのカードを手に取った黒髪の男は気怠げな目で手札の強さを確認した。


「オイオイオイオイ……こりゃあどういう事だよ……こんなクソみてーに最悪なカードを配るたぁ、一種の才能だな? えぇ?」


 よほど手札が悪かったのか、男は悪態を吐きながらどのカードを交換するかを考えている。


「フン……最悪なのは貴様の顔と頭だけにしとけ」


 今しがた自分を含め、四人のカードを配り終わった金髪の男はそちらを少しも見ずに言い返す。




 狭い部屋に四人の男たちが一つの机に向かい合って暇を持て余している。他にも、その向こうに設えられた仮眠用のベッドに寝転がる者、ゲームには参加せず黙々と何かの本を読んでいる者。暇の潰し方は人それぞれだった。


 夜もそこそこに更けてきたので、普通ならどこかで酒でも一杯引っ掛けてくるのがな中年男性のあるべき姿なのだろうが、彼らはその自由を剥奪され、仕方なくこの部屋に押し込まれていたのだった。同じ面子でポーカーをするのにもいい加減飽きてしまうが、他にすることなど何もない。





「けっ、テメェこそ鏡をみたことあんのかよ……ビッド、一枚」


 二人はやけに剣呑な雰囲気だが、他の二人は気にせずチップを場に出していく。どうやら二人のは普段からの事らしい。


「ほれ、二枚交換……おっおっおっ? これはキタぜ?」


「貴様はいつも五月蠅い……どうせブタ役無しのクセに威張るな。ポーカーというのはな、冷静に相手の表情を読みつつ……」


「あーあーまた始まったよ。どうもご高説、傷み入りますぅ。でもな、親なんだからさっさとゲームを進めろ、このバカが」


「……なんだと?! 今なんて言った?!」


「安い挑発に乗るとはな、やっぱりバカなんじゃねぇか! あ、それともテメェこそ手札がブタだったからキレて誤魔化そうとしてんだろ? な? な?」


 挑発された金髪の男は静かに席を立ち、腰に下げた大ぶりのナイフを机へと勢いよく突き刺す。もう一人の黒髪の男も椅子を乱暴に転がしながら立ち上がり、ガンを飛ばし合う。まるで場末の酒場で起きるような一幕だ。


 周囲の男たちはこれで何度目か、などとウンザリした表情をするが誰も止めようとはしなかった。にもこの二人の間に割って入ろうものなら、何故か二人の怒りがこちらに向かってしまい、向こう一週間ほどは医療室の天井を眺める羽目になることを知っているからだ。


 一触即発のピリピリとした空気の中、誰もが殴り合いの大喧嘩になるな、と辟易する。この二人はどうしようもないほどに仲が悪く、今のような衝突は日常茶飯事なのだ。そして両者が互いに掴みかかろうとしたその瞬間、けたたましい鐘の音が鳴り響く。


「ああん? なんだこの音は?」


「敵襲の知らせだ。やはり貴様の方がバカだな」


「ウルセェ! ちょっと忘れてただけだろうが! それにどうせはぐれの魔物だろ!」


「いいから行くぞ。それとこの鐘の音は理力甲冑が攻めてきた時のもの。つまり連合軍の奴らだ」


 このファナリスの町に連合軍がやって来る事は戦況と地理的な関係から、まずありえない。もっぱら群れからはぐれ、腹を空かせた魔物が近くの農場を荒らしに来るくらいだった。


「本当かよ? こんな所までに攻めてくるなんざ、前線の連中は寝ぼけてんのか。ったく、この憂さは連合にぶつけてやらぁ!」


 扉を蹴り壊す勢いで開け放つと、黒髪の男は走っていった。


「威勢だけはいいのだが……もう少し落ち着いて行動出来んのか?」


 ため息を吐きつつ、机に刺さったナイフを引き抜きしまう金髪の男。その様子を他の男たちはこれまたウンザリとした顔で見るが、当の本人たちは気付いていない。


「さて、仕事の時間と行くか」


 彼らは黒髪の男を追って、オーバルディア帝国帝国軍ファナリス護衛隊理力甲冑部隊、その操縦士待機所から次々と飛び出していく。その部屋を出ると、すぐそこは理力甲冑の格納庫だ。


 彼らは帝国の職業軍人であり、このファナリスの町を護衛することが任務であり仕事なのだ。つまり、先ほどまでの暇つぶしは、連合軍から町を守るという任務の一環だったのだ。






 金髪の男、名をマーヴィン・ハドックという。普段は落ち着いた印象を与える三十路過ぎだが、キレると途端に暴力的になってしまう。彼が病院送りにした町のチンピラ、同僚は数知れず。しかし彼が未だに軍で働けているのはひとえに優れた射撃の腕を持つからだ。


 彼の乗る理力甲冑はステッドランドの改造機・グラスヴェイル。見た目は非常に特徴的な色彩多くの色でまだら模様の装甲をしている以外は特に変わった点は無い。中~長距離用に調節と改造を施した、いわゆるマークスマンライフルを装備している事くらいだ。


 ただ、変な模様をしている事がグラスヴェイルの特徴ではない。この機体の装甲にはカメレオンマイマイと呼ばれる珍しいカタツムリの殻を加工した物が使用されている。


 カメレオンマイマイは中型の魔物でヒトより大きいが、攻撃性は低く他の魔物から常に身を隠すように生活している。その名にカメレオンと付いている通り、一度危険が迫れば彼らは殻の内側に籠り、その殻の色を――――


「おい! どうなってんだ!」


 格納庫中に響き渡る怒声。声の主はガスパール・ボーン。仲間内からはガスと呼ばれている。先ほどまでマーヴィンといがみ合っていた黒髪の男だ。筋骨逞しく、口は悪いが腕は確か。マーヴィンと同じく、接近戦が得意な一流の理力甲冑操縦士だ。


「五月蠅いぞ。いったいどうしたんだ」


「マ、マーヴィン! いい所に来た! コイツガスをなんとかしてくれ!」


 今にも整備士に掴みかかろうとしているガスをマーヴィンが止める。


「どうしたもこうしたもねぇよ! 見ろよ、アレを!」


 そう言って指を向けた先には彼の愛機のステッドランド……だったはずの機体だ。


 塗装と全体的なシルエットは普通のステッドランドだが、装甲の一部形状が異なっている。それに彼が普段から愛用している剣と短機関銃が装備されていない。


「テメェ! 俺の機体に何をしやがったァ!」


 顔なじみの整備士に食ってかかるガス。それをやれやれとばかりにため息をつくマーヴィン。


「おい、もう忘れたのか。貴様の機体は改装ついでに新型装備を試験するという話だっただろうが。いい加減、その手を離してやれ」


「あぁん? ……そういや、そんな話もあったような……なんでそれを先に言わねぇんだコラァ!」


「説明しようとしたらガスが掴みかかってきたんだろうが!」


 半分涙目になりながら整備士が反論する。ガスの風貌はゴツゴツした岩のような強面で大柄な体格、如何に荒くれが集まる軍でも彼の一睨みで委縮してしまう者は多い。そんな厳つい男に絡まれてしまえば大の男でもビビるのは無理もない。


「二人ともそこまでにしておけ。いい加減、出撃しないと他の奴らに先を越されるぞ」


 マーヴィンの視線の先には、出撃準備を終えた仲間達の搭乗するステッドランド小隊が次々と立ち上がっている所だった。


「おっと、そうだった! 早くコイツの説明をしやがれ!」


 整備士は殆ど泣きそうになりながらも、懸命に機体の解説を始めた。ここできちんと説明しなければ今すぐボコボコのタコ殴りにされるとでも思ったのだろう。


「うう……新型の武装を試験するってのはさっきマーヴィンが言ったよな。アレがその武装だ」


 彼が目で示す先にはバズーカにも似た大きな筒状の何かが置かれていた。バズーカよりも直径が大きく、弾頭を搭載する部分は何かのタンクが取り付けられている。


「何だよ? ありゃあ」


中央帝都の技研で開発されたそうだ。名前は試製ミオシン分子運動反応阻害剤。非匿名はデストロイア。何でも理力甲冑に使われる人工筋肉だけを破壊する粉末状の物質を噴射するんだとさ。俺も詳しい原理は聞かされていないが、アレを敵に噴射するだけで装甲の隙間から侵入して機体を無力化できるらしい」


「ほうデストロイアか……それが本当なら凄いな。いちいち剣と銃を持って戦わなくても済む」


「そんなの詰まらねぇよ。戦いってのはな、拳と拳をぶつけ合ってこそで……」


 そう言いながらガスは虚空を殴りつける。鍛えられた肉体から繰り出される拳撃は鋭く風を切った。


「貴様はそういう奴だったな……しかし、そんな物質を噴霧するとはいうが、風向きが変わって自分自身に降りかかったらどうする? 自滅するだけだぞ」


「ああ、そういう対策はちゃんと考えてあるよ。機体の関節部分をよく見てみろ」


 二人は促されて機体の膝や股関節、肘の辺り注視する。装甲と装甲の隙間から見える筈の関節部分は何か布のような物で保護されるように巻かれていた。


「自分で自分の攻撃を食らっちゃ笑い話にもならねぇからな。ああやって全身の人工筋肉を保護してるんだ。ただし、排熱用のスリット隙間も全部塞いであるから稼働時間が短くなっている。そこは気を付けてくれ」


「なんだか締まらねぇ話だな、おい。こんな機体で出撃しなきゃなんねぇのかよ。今回はパスしてもいいか?」


 ガスが憮然とした表情で愛機を眺める。そもそも彼の得意な戦闘は近~中距離を激しい機動でかき乱すものだ。新型の武装はあまり趣味ではない。


「……なぁ、たしかこういった新型装備の試験はの操縦士じゃなきゃあ、依頼が来ないんだよな?」


「へ? あ、ああ。普通なら教導隊とか、専門の試験操縦士がやる事になってるんだが、今回は特別らしい」


 突然、マーヴィンが整備士に尋ねた。やけに凄腕といった部分を強調するのが妙だと整備士は感じてしまう。


「…………」


「はぁ、俺だってそれなりに腕に自信はあるんだぜ? それなのに新型武装の試験なんてよっぽど腕の良い操縦士じゃなきゃ無理なんだろうなぁ」


 チラチラとガスの方を見ながら吐く台詞はいちいち白々しい。しかし、ガス本人はまんざらでもないようで、厳つい顔が次第に柔らかくなっていく。


「へ、へへっ! やっぱり俺みたいな凄腕操縦士じゃなきゃこういう重大な任務は務まらないってわけよ! マーヴィンにゃ悪いが上層部は俺の方が優秀だと、ちゃんと気付いているって事だな」


 急に上機嫌になったガスは顔に似合わない鼻唄を歌いながら出撃の準備に入る。その様子をマーヴィンと整備士はただ眺めるだけだ。


「一体どうしたんですか? ガスの奴を褒めるような言い方をして……」


 終いの方は口に出さなかったが、心のなかではマーヴィンの頭でもおかしくなったのかと思う整備士。それほど、普段から彼らの仲の悪さは知られている。


「アイツは単純だからな。ああやっておだてると簡単にその気になっちまう」


 その表情は突然、ニヤリと悪い笑顔になる。


「だからだ、あんな慣れない機体と武装で出撃してみろ。いくらガスでもいきなり上手くは扱えないし、その隙を突かれてやられちまうだろうさ」


「お、おい、それって……!」


「それで死ぬくらいなら、そこまでの男って事だよ! アイツも少しは痛い目を見れば反省もするはずさ!」


 自分の機体に向かって歩き出すマーヴィン。相棒の腕を信頼しているのか、していないのか。それは彼自身にしか分からない事だった。










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