第57話 仕掛・3

第五十七話 仕掛・3


 大きなあくびが漏れる。


 町の門を見張る衛兵の男は退屈な任務に飽き飽きしていた。オーバルディア帝国と都市国家連合が戦争状態になってから長いが、このファナリスの町に戦火が及ぶことはまず、ない。技術国家シナイトスを瞬く間に攻め落とした強大な帝国軍は烏合の衆である連合軍に遅れをとるはずもなし、それに前線から離れたこんなところで戦闘が起きるはずもないと誰もが思っている。


 また、対連合戦が始まってから軍による規制が厳しくなった。例えば、工房など重要施設の警備が強化され、町への出入りが制限されたが、実は建前だけであまりきちんと徹底されていない。


 この辺りは帝都からも離れている関係上、お上の目が届きにくいのだ。なので、この眠たそうな顔をしている衛兵が特別に怠け者という事ではなく、町全体が戦争という緊張感と自分は無縁と考えているのだ。


 そう、彼らにとって自国の事といえど、間近で戦争の被害を見なければ遠いどこか別の国の出来事に思えてしまう。瓦版新聞に書かれている、どこそこの砦を落とした、敵軍何万をどれだけの寡兵で撃退した、そんな事は彼らの生活にとっては関係がない。大事なのはこの戦争で多くの理力甲冑が必要とされ、その生産に携わる人間には多くの給金が貰えるという事だった。






 衛兵が何度目かのあくびをしたとき、町の外、はるか向こうの平原でなにかが動いた気がした。白っぽい人間のような見た目だったと思い、思わず体が震えてしまう。


「幽霊にゃ、まだ時期が違うぞ……」


 僅かな星明りを頼りに目を凝らすと、その白い人影はどうもこちらに向かってくるようだった。


「旅人か……こんな時間に?」


 何かしらの不運で旅程が狂った旅人が夜遅くに訪れるという事は稀にではあるが、ないことは無い。今回もその手の類かと胸を撫でおろす衛兵。


 町への出入りに関する手続きと身分の確認が面倒だなと、心の中で愚痴る。しかし、頭の片隅では奇妙な引っかかりが残っていた。


 その白い影のいる位置がよく分らない。暗いせいか、遠近感が掴めないのだ。それに白い装束はよく見れば鎧甲冑のようにも見える。全身に甲冑を着込めるような身分の騎士は貴族か、帝都を守護する警備隊くらいなものだ。一介の旅行者が着て歩くようなものではない。


 妙な胸騒ぎを覚えた衛兵はすぐ近くに設けられている衛兵の詰め所に向かって声を上げる。


「おぉい! 誰か来てくれや! 何か妙なヤツが近づいてくる!」


 その声に何人かの軽装鎧を着込んだ衛兵仲間がやって来た。


「なんだよ、うっせぇな」


「おい、あれ……」


「魔物……じゃ、ねぇな。しっかし、人にしては大きすぎねぇか?」


「……ちょいと見張り台から見てくらぁ!」


 事態を察知した彼らのうち、身軽な者が門と併設された見張り台へスルスルと登り、高所から怪しい人影を観察する。先ほどよりも白いナニカは近づいており、その詳細がはっきりと観えた。


 全身甲冑に盾。腰には剣を提げている。いかにも騎士という出で立ちだ。その誇張に過ぎる鎧は純白に塗装され、所々赤いラインが特徴的に走っているのが分かる。兜の下には面頬を付けているのか、素顔が分からない。


「いや、違う……ありゃ、理力甲冑だ……!」


 男がそれの正体に気付いたと同時に、町に危険を知らせる警鐘を鳴らせていた。


 敵襲だ。思い切りロープを引き、見張り台の頂上部に取り付けられた鐘を何度も鳴らせる。噂には聞いていた、噂でしか聞いたことは無かった。アレはに違いない。


 俄かに、町がざわつき出した。









「お、ようやく気付いたかな」


 アルヴァリス・ノヴァの操縦席でユウはホッと一安心する。全く身を隠さずに町へ近づいているのに何ら警戒もされていなかったので、このままでは外壁までたどり着いてしまうのではないかと逆に心配するところだったのだ。


 町の方ではけたたましく鐘が鳴り響き、外壁の周囲にはかがり火だろうか、次々と灯りがともり出した。そして街道に続く門から少し離れたところにある別の大きな門がゆっくりと開くと、そこから続々と理力甲冑が現れた。


「さてと、先生とレオさんの為に時間稼ぎをしましょうかね!」


 ユウは腰の剣を一息に抜くと、こちらへ走ってくる敵のステッドランドと対峙する。敵は四機、この町を守護する警備隊だろう。この様子なら、他の仲間達の所にも同様に敵機が現れている筈だ。


 アルヴァリスは左腕に装備されている盾を構え、ゆっくりと間合いを測る。一気に攻めては時間稼ぎの意味がない。出来れば派手に暴れて警備や兵士の目を町の外に向けさせなくては。


「……うーん、なんだか敵の動きが鈍いなぁ」


 ユウは相対する敵機四機の動きを静かに観察する。アルヴァリスを取り囲むようにしてジリジリと近づくステッドランドだが、どうにもユウには彼らからを感じない。例えばクリスと戦った時のような鋭く刺されるような威圧感や、数日前に嫌というほど味わったドウェインの圧倒的な殺気。彼らにはそれがない。


「いや、さすがにあの辺のバケモノたちと比べるのは可哀そうかな」


 相手から打ち込ませるため、先ほどから微妙な隙を見せているのだが一向に攻めてこない。少しじれったさを感じていたユウだが、ようやく敵が仕掛けてきた。


 背後に回った敵機が小さな動作で刺突を試みる。理力甲冑の重量を乗せた剣による突きは直撃すれば装甲を軽々と貫くだろうが、それをアルヴァリスは振り向きもせずに悠々とかわした。殆ど最小限の動きしかしておらず、その足さばきからは老練な操縦士を思わせるほどだ。


 その攻撃を合図に、他の三機も次々と攻撃を開始する。彼らの練度は決して低くはなく、現に切れ間のない激しい連携を繰り広げていた。しかし、どの一撃も白い機体に掠ることはない。それどころか盾すら使わせていなかった。


 正面のステッドランドが横薙ぎに剣を振るうとアルヴァリスは上半身を仰け反らせて回避する。その動きに合わせて左右から剣で串刺しにしようと敵機が迫ったが、白い機体はその場でとんぼ返りに跳躍して避けた。さらに、空中では避けられないだろうと踏んで後方にいた機体が剣を振るうが、その刃は空を虚しく切るのみ。圧縮された空気が噴出する音が響き、白い機体はありえない機動を空中で行ったのだ。


 まるで大道芸人がする曲芸のような、尋常ならざる動きで敵機を圧倒するアルヴァリス・ノヴァ。しかしどこか余裕すら感じさせるその立ち振る舞いは完全に敵を翻弄している。もはや、彼我の実力に差があり過ぎるのだ。


「っと、避けてばかりじゃ変だよね」


 ユウは思い出したかのように呟き、敵機の動きを見極める。アルヴァリスが右手の剣を握りしめ、その両脚は大地を踏みしめた。敵の連携の隙間、その合間を縫うように手にした剣を振るう。一閃、鋭い煌めきと共にアルヴァリスの前方にいたステッドランドの剣が弾かれ、少し離れた地面に突き刺さった。


 そして続けざまに機体をクルリと駒のようにして回転斬りを放つと、左右と後ろにいた機体を怯ませる。間髪いれず盾を構えると、剣を落とした敵機に体当たりを仕掛けた。シールドバッシュの強烈な衝撃はステッドランドの胸部装甲をいくらか歪ませ、フラフラと後ろへたたらを踏ませる。


「って、すぐに倒しちゃマズいな」


 ユウはトドメを刺そうとするのを思いとどまる。間合いから離れる為、全身のスラスターを吹かして大きく跳躍した。


 敵の三機はあまりの実力差に恐れをなし、一カ所に固まって白い機体の出方を伺っている。その反対側ではなんとか体勢を戻した機体が突き刺さったままの剣を手に取るが、完全に腰が引けている。


「まだ、そんなに時間が経っていないな……」


 ユウは敵機を威圧するように大げさに剣を構えながら、この後どうするかを考えていた。この様子ではもう数分もしないうちに四機とも撃破してしまうだろう。


 と、ふと妙な感覚を覚えた。ユウはその方向へ目を向けると、奇怪な色彩の機体を見つけた。姿かたちはステッドランドのようだが、その装甲の色は不思議な感覚にさせる。常に流動的というか、色味が定まらないような。そして次の瞬間、その機体の姿は煙のように掻き消えてしまった。


「……?! どこに行った?!」


 周囲の気配に神経を尖らせるが、どうやらすぐ近くにはいない。今の敵はなんだったのだろうか。


 と、別のステッドランドが門から出てくるのを見つけた。今度は通常の機体……いや、よく見ると頭部や胸部装甲の一部が異なる。それに見た事のない筒状の装備を持っていた。バズーカのようにも見えるが、どこか形状が異なる。


「新手の敵……! 少しは陽動になっている証拠かな!」


 ユウとアルヴァリス・ノヴァは剣を握り直し、新たな敵と向かいあう。謎の武装に気を付けながら、相手の出方を伺っていく。先ほどの敵よりは強いらしく、隙のない動きと足運びで徐々に間合いを詰めてくる。


 辺りは無風。はるか上空の雲もほとんど流れない。


 咄嗟に敵機が筒をアルヴァリスへと向けた。その動きに油断なく反応したユウは跳躍して射線から逃れる。しかし、その攻撃はユウが考えていたものとは全く異なるものだった。


 その筒からはが噴出された。星明りも殆どない闇夜でもキラキラとうっすら輝くガス状の何か。それは一気に拡散し、アルヴァリスを包み込んでしまう。


「な、なんだ?!」


 予想だにしていなかった攻撃に焦るユウ。何度かのステップで後方へ退避するが、アルヴァリスの動きがおかしい。思ったように跳躍できなかった。


「くそ、機体が重い?!」


 突然の機体の不調なのか、アルヴァリスの挙動が精彩さを欠く。さらに背部から聞こえる理力エンジンの音が乱れ始めた。恐らく、原因は先ほどのガス状の攻撃なのだろうが、一体なんなのか見当もつかない。


「油断大敵って奴かな……!」


 敵機はアルヴァリスの間合いの外、ギリギリを保っている。その動き、隙の無さ、敵の操縦士は熟練した実力の持ち主という事がうかがい知れる。


 と、途端にユウは嫌な感覚に襲われる。殆ど直感だが、その奇妙なほどに信じられる感覚に従って機体をその場に屈ませた。


 その頭上を鋭い何かが空を掠める。敵の攻撃だ。しかし、一体どこから?


「まさか、狙撃?!」


 なんとなくだが、今の攻撃は銃撃のように思えた。少なくとも、周囲にいるステッドランドからではない。音もしない距離からの狙撃。直感に従っていなければやられていたかもしれない、全くの偶然による回避だ。


「これは……ひょっとしてヤバい状況?」


 ユウは改めて自身の置かれている状況を理解した。


 目の前には機体の性能を低下させるガス攻撃。そしてどこかに潜んでいる狙撃機。


 今のアルヴァリスは機動力が低下している。これでは近くにいる敵機を攻撃する間に狙撃されてしまうだろう。


 思っても見なかった恐ろしいコンビネーション攻撃に、ユウは思わず唾を飲み込んだ。















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