第57話 仕掛・2
第五十七話 仕掛・2
「ああ、なるほどね。そういうの、ネットの動画とかで見たことあるよ」
蚊帳の外にいたユウに先生が簡単に説明する。しかし、ユウに建物解体などの知識はなくとも、そういった技術があることは知っているので話が早かった。
「ねっと……? ねっとう……お湯?」
「凄いんだよ? 建物がこう、ざぁって下から綺麗に崩れ落ちるんだ……って、それはいいか。要するに、先生は無闇に大きな爆発をさせずに建物だけを破壊するつもりなんでしょ? うん、僕は先生を信じるよ」
ユウは先生に信頼の眼差しを送るが、当の先生はプイと顔を逸らして皮が剥かれたオレンジを口に頬張る。少し顔が赤くなっている辺り、照れているのだろう。
「よく分からないけど、とりあえず工房の破壊については先生に任せましょう」
「まっかせるデス! 私は特に発破の専門家という訳ではないデスが、なぁに、あんなもん物理学と数学と、建築学やら材料物性やら爆発物に関するなんやかんやの応用デス! そんじゃレオ、よろしく頼むデス」
「分かりました。後で侵入の詳細を詰めましょう」
「工房の破壊方法は良いとして、五つ全部に忍び込むのは大変なんじゃない?」
ユウは先程の地図を眺める。確かに、いくらレオが潜入工作に長けているといえど、短時間に五つの施設の奥深くに忍び込むのは難しいだろう。
「そうね、そこは私たちが町の外で陽動をかけましょう。四方から攻めて、適当に警備の理力甲冑を引き付けておくから、その隙に先生とレオが各工房に侵入。そして爆弾を設置、退避したのを確認しだいに爆破と撤退。作戦の流れはこんな感じかしら」
「なるべく時間を稼げばいいんですのね、分かりましたわ。
やる気に満ちあふれているネーナはギュムと握りこぶしを作った。そんな彼女にクレアは小さく微笑む。
「ま、爆弾設置に関しては任せるデス。いつも後方支援だけじゃつまらないデスからね!」
「先生、遊びじゃないんですよ? いくらレオさんがいるからって……」
「だーいじょぶ! 大丈夫デス! ユウは気にせず陽動の為に暴れる事だけを考えていればいいんデス!」
ユウの忠告を遮るかのように笑ってみせる。考えている事を態度には表さないよう、先生は自分の挙動に全神経を尖らせていた。
(そうデス。ユウだけにいつも危ないマネはさせられないデス……少しは私も、私が出来る事で、何か作戦に役立たなきゃデス!)
決意を秘め、周囲にはそれを気付かせないように振る舞う先生。しかし、その横顔をクレアだけはじっと見つめていた。
日も暮れて大分時間が経った。今日は新月、所々に掛かる雲で星明かりもまばらだ。その暗闇のなか、ファナリスの町へ近づく二つの影があった。先生とレオだ。
「うー! 寒いデス! 誰ですか、こんな寒空の下で夜になるまで身を潜めるって言ったのは!」
「いや、先生ですよ。あと静かにしてください。さすがにそろそろ警備の兵士がいるかもしれません」
「うっさい! 分かってるデス!」
頬を膨らませながらも、それ以降は無駄口を叩かずに歩みを進める先生。やがて二人は古いながらもしっかりとした作り町の外壁へとたどり着く。昔から修繕が繰り返されてきたのだろう、所々で壁の色味が異なっていた。
「さて、情報が正しければこの辺りに……」
レオは暗がりのなか、外壁の下の部分でなにかを探し出す。と、程なくしてから目当てのものに手が触れた。
それは地面に埋もれた蓋のようなものだった。草や砂で巧妙に隠されていたそれを開けると、ぽっかりと穴が空いており、どうやら外壁の下へ向かって延びているようだ。
「これがレジスタンスの言っていた秘密の通路ってやつデスか?」
「ええ、なんでも長年の侵食でできた穴を偶然見つけ、補修するフリをして作ったそうです。念の為、ここから忍び込みますよ。暗いので気を付けてください」
二人は明かりもつけずに穴へと降りていく。辺りに人の気配はないが、この暗がりで何か照明を点けると遠くからでも見つかってしまうからだ。
レオを先頭に、手探りで先へと進む。おおよそ外壁の厚さと同じだけ進んだ辺りで穴は行き止まりになり、代わりに上側に続いている。
手の感触だけを頼りに、レオは被せてある蓋を静かに持ち上げた。ゆっくりと隙間から周囲を窺うが、辺りには誰もいないようだ。素早い動きで穴から這い出るともう一度周囲の様子を確かめる。ここは町の内側、どうやら商業区なのだろう。なにかの商店が連なっており、その居住部分の窓に明かりがポツポツ点いているだけだ。
「先生、静かに上がってください」
そう言って手を差しのばす。先生はしっかりとレオの手を掴み引っ張りあげてもらう。が、背負ったリュックが穴の出っ張りに引っ掛かってしまった。
「グェ!」
引っ掛かったリュックと手を引っ張るレオ、それぞれ別の方向に引き伸ばされた先生は思わず変な声をあげてしまう。慌ててレオは今度こそ慎重に先生を引っ張りあげた。
「……ちょっと! 痛かったデスよ!」
「す、すみません! それより、大きな声は……!」
まったく、という顔で抗議する先生をなんとか宥め、周囲の気配を探る。どうやら今の声に気づいた者はいなかったようだ。
「では、改めて進みましょうか。まずは町の北側にある工房からです。私の後をついてきてください」
レオは通りを堂々と歩く。持ってきた荷物の一部を身に付け少し疲れたふうに歩く。そしてその横には先生が一緒に。
ファナリスの町、その北の通りを二人は工房を目指していた。周囲には夜というのにそこそこの人が行き交う。この辺りには商店の他、酒場や飲食店があるのでそれらを利用する人たちだろう。
「こんな堂々と通りを歩いてていいんデスか?」
「ああ、何も問題ねぇよ。こそこそしてたら、そっちの方が怪しいじゃねぇか」
「……レオ、キャラが変わってるデス」
(……私たちは今、田舎から職を求めて町に出てきた余所者という設定です。先生はその妹、なんですから、それらしく振る舞ってください)
レオはポケットの中身を確認するフリをしつつ、先生に小声でささやく。二人は少しよれよれで汚れた服を着ており、いくつかの旅行鞄などを持っている様はいかにも金の無い旅行者かなにかといった風体である。そして先生は
レオによると、ファナリスを始めとした帝国各地にある工房や軍事施設のある町では地方から仕事を求めてやってくる人間が多いそうだ。大抵はきちんとした身分の保証がなければ軍関係の仕事には就けないが、人が集まる場所には様々な仕事がある。貧しいものや脛に傷持つ者たちはそうした他の人間がやりたがらない仕事を求めて集まるので、結果として少々怪しい旅人がいても町の衛兵からすればそうしたならず者たちとの区別がつかない。
しばらく歩くと、一際大きな施設が現れた。しっかりとしたレンガ作りの壁、資材や完成した理力甲冑を搬出する為の大きな扉。目的の工房だ。
「おお、それなりにデッカイ工房デスね。ここが最初の?」
「ああ、まずは裏口を探すぞ」
レオと先生はスッと路地裏へと入る。それに気づく者はこの場には誰もいなかった。
結果として、二人は特に苦労することなく工房の内部に侵入した。裏口には警備の人間が一人いたが、レオが一瞬の内に気絶させてしまったのだ。あまりの呆気なさに先生は少し肩透かしを食った気分になる。
警備の者が持っていた鍵で裏口の扉を開けるとそこは工房の事務所のようで、いくつもの机の上には様々な書類や資料、伝票が山積みになっていた。
「どこの工房でも事務屋は散らかすのが好きデスね」
「先生、爆弾はどこにしかけますか」
「ちょっと待つデス。まずは建物を支える要を探すデスよ。事前に貰った地図から推測した工房の形状によると……作業場に向かうデス」
この暗がりのなか、音も無くまるで昼間のように歩くレオ。それをえっちらおっちら足元を確認しながら追いかける先生。
「ちょっと! もう少しゆっくり歩くデス! なんでそんなに前が見えるデスか!」
「ああ、すみません。職業柄、夜目は利くようにしていますので」
事も無げに言うレオに先生は軽く暴力衝動を覚えるが、その一方で暗視装置でも作ってみるか、どういう原理だったかな、などと考えていた。
二人が廊下の突き当たり、大きな観音開きの戸を慎重に開けると、そこには広く雑然とした空間があった。
内部
「ここが作業場デスね。それじゃあ早速、爆弾を仕掛けるデス。レオは見張りをお願いするついでに
先生はよっこいしょと背負ったリュックを下ろし、中から紐となにかの機械がくっついた筒をいくつか取り出す。先生特性の無線式爆弾だ。大規模な爆発が目的ではないので必要最小限のお手製爆薬と雷菅、それと爆破信号を受信するためのアンテナ。こんなものをいつの間にか用意してしまう辺り、日頃からこういった物騒な物を作っているのではとレオは思わず勘ぐってしまう。
「さぁーて、これからが忙しいデスよ! 祭りの準備デス!」
(ユウ、今度は私が頑張る番デス! 見てて下さいね! ここの様子は見えないけど!)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます