第57話 仕掛・1

第五十七話 仕掛・1


 ホワイトスワンの格納庫では何やら激しい音が響いている。バチバチと弾けるような音と強烈な閃光。アルヴァリスの胴体部で何か、作業をしているようだ。


「ったく! ユウの奴は無茶ばっかりしやがるデス! 修理するこっちの身にもなるデスよ!」


 ガバと紫外線保護の面当てを頭の上に跳ね上げ、溶接の仕上がりを確かめる先生。まだ真っ赤だった溶接部はすぐに冷え、綺麗な波を打ったビード溶接痕となっている。胴体部を構成する内部骨格フレームは先の戦闘で歪んでしまったため、こうして先生が手ずからに直している最中だ。


「えーと、あとは無線機のアンテナを新しいものに交換するだけデスね」


 そういいつつ、ディスクグラインダーでビードに浮いた不純物の膜を削りながら同時に周囲のスパッタを除去していく。その手つきは非常に慣れたものであり、その溶接の出来栄えは見る人が見れば思わず唸るほどだろう。


 先生はもう一度、アルヴァリス・ノヴァの胸部装甲を眺める。その表面にはうっすらと、しかし深い傷があちこちに刻まれている。胸部だけではない。塗装と修繕のお陰であまり目立たないが、アルヴァリスの全身には大小様々な傷が刻まれている。


 一度、ノヴァへ改修した際に一部の装甲は取り換えたものの、それまでに付いた傷、その後に付いた傷。度重なる戦闘の証はどうやっても消えることがない。


 ユウは何度も無茶な戦闘を繰り返している。ユウの操縦技術、理力の強さはこの大陸でもトップクラスなのだろう。しかし、さりとて最強無敵というわけではない。単純な接近戦や超遠距離の狙撃ではそれぞれヨハンやクレアに敵わない。総合的な技量と強大な理力がユウの強さを支えているのだ。


 つまり、それらが無ければユウはただの少年なのだ。本来は、平和な国で勉強にスポーツ、同世代の友人と遊ぶことに忙しい年齢なのだ。


 それでも、ユウは自分の力と能力を戦争の為に奮う。自分とは関係のない、この異世界で。


「まったく……心配するこっちの身にもなるデスよ……」


 ぽつりと零した独白は誰もいない格納庫に響くだけだった。













「工房?」


「そ。このファナリスの町には大きな工房があって、軍需品、特に理力甲冑を生産している所なの」


 クレアが食堂兼、作戦会議室の机に広げた地図を指して説明する。


「帝国のあちこちには理力甲冑を生産する工房があるんだけど、はっきりそうだという場所は分からないわ。一応、帝国の軍事機密だからね。でも、レジスタンスからの情報提供でファナリスの町がステッドランド生産の拠点の一つだという事が分かったの」


「つまり、そこを叩けば新しい理力甲冑の配備が遅れるってことっスか?」


 ヨハンが椅子の背もたれに寄りかかりながら質問する。


「そうね、流石に大打撃、ってほどじゃあないにしても一部の作戦や兵站に影響が出る筈よ」


「ファナリス、確かそれなりに古い町で歴史的な観光名所もある所ですわね。名産は工房の軍事品、それ以外だとブドウとワインが美味しいという話です」


 ヨハンの隣にちょこんと座ったネーナが町について説明する。元貴族の娘だけあって、地理や歴史関係の勉強もこなしてきたのだろう。為政者たるもの、自国に関する様々な事を知らないようでは話にならない。


「ワイン……いえ、とにかく、私達はファナリスの町にある工房へ強襲をかける。そして理力甲冑の生産拠点を破壊することで帝国軍への打撃とするわ。それで、町の地図なんだけど」


 と、クレアは壁際に目をやる。そこには両腕を組んで静かに聞いていたレオがいた。


「はい、これがファナリスの町の地図です。手描きなのは、帝国にとって重要な施設があるせいで詳細な地図が発行されていないんです。そこでレジスタンスの仲間が兵士の目をかいくぐって作ってくれました」


 何度も折りたたまれ、少しよれている大きな紙を広げる。手描きによるものの為か、所々インクでかすれていたり、泥で汚れていた。


「ぽつぽつ空白の所があるけど、これは?」


「町全体を描くには時間が無かったそうで……。それに、その周辺は兵士の詰め所や訓練場、くだんの工房近くなので警備が厳しかった所です。ですが、主要な工房の位置と通りはこれで把握できるはずです」


 地図にはいくつかの大きな建物に赤い印が付いている。これが工房なのだろう。


「うーん? 印が五つありますけど? これ全部を叩くんスか?」


 身を乗り出したヨハンは地図を見てクレアに尋ねる。印が付いた工房は町のあちこちにバラけていた。


「そうね、それも含めてこの作戦会議で検討しようと思っていたの。ファナリスは前線からそこそこ遠く、連合軍の攻撃がない地域だとしてもそれなりの警備が敷かれているわ。そこへこっちはたったの四機で襲撃を掛けるんだから、上手く立ち回らないと一つの工房だって破壊できないわ」


 確かに、いくらアルヴァリスやレフィオーネといえど無闇に攻撃したところで軍事施設を破壊するには少々骨が折れる。


「流石にアルヴァリスでも施設は簡単に壊せないと思うよ?」


「いや、ユウさんならこう、ズバっとやっちゃうんじゃ……」


 大剣を構えるような格好でヨハンは言うが、まさかオーガ・ナイフで叩き斬るとでもいうのだろうか。


「いくらなんでも時間が掛かるわよ、きっと」


「え、可能なのは前提なの?」


 と、話がだんだん本筋からズレ出したころ、扉が勢いよく開かれる。


「アルヴァリスは対理力甲冑としての性能を突き詰めてるから、そんな施設の破壊には不向きデス。いや、やってやれない事はない筈デスが!」


「あ、先生。整備お疲れ様です」


 整備が終わり、少し疲れた顔の先生を労う。


「ちゃんとピカピカに直してやったデスよ。ユウ、疲れたから何か甘い物でもくれデス!」


「分かりましたよ。えーと、何かあったっけ……?」


 厨房に果物か何かあったのを思い出しつつ、ユウは席を立つ。時刻的にはおやつを出してもいいかもしれない。


「とりあえず、ユウが戻ってくるまで簡単に施設破壊の方法を説明するデス。簡単に言えば発破ハッパデスね。爆弾を使うデス」


「爆弾て……大丈夫なんですか?」


 ヨハンはちらりと厨房の方へと目をやる。恐らく、ユウの事を危惧しての質問だろう。


「大丈夫デス。爆弾っていってもそんなドッカンドッカンするやつじゃなくて、建物を解体するようなやつを使うデス。いいデスか? どんなに強固な施設でも、それを支えるいくつかの柱を失えば簡単に倒壊するんデス。どんなに強大な巨人も、足を失えば自分の重みで倒れるだけなんデス」


「建物を思いっきり爆発させるわけじゃないのね……。理屈は分かったけど、その柱へはどうやって爆弾を仕掛けるつもりなの?」


「そこはそれ、専門家がいるじゃないデスか。レオ、お前の出番デスよ」


 突然の指名に驚くことなく、そうですね、と言わんばかりの表情をしているレオ。


「まぁ、話の流れからして潜入任務のようでしたし。しかし、一つ問題があります。私はどこへ爆弾を仕掛けたらいいか見当もつきません。そういうのは素人ですよ」


 レオはレジスタンスで敵地への潜入や諜報などの工作員としての技術を学んだが、いくらなんでも建物解体の技術は知らなかった。


「ま、そうでしょうね。なので、私の出番デス」


 ドンと、薄い胸を力強く叩く先生。自信満々に言ってのけるが、周囲の人間はその意味を把握するのに少しばかりの時間が必要だった。


「先生、お待たせ。オレンジ剥いたよ。って、なんで皆ポカンとしてるのさ」












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