第56話 信頼・4

第五十六話 ・4


 ホワイトスワンの格納庫。左からステッドランド・ブラスト、アルヴァリス・ノヴァ、レフィオーネ、カレルマインと並んでいる。


 その理力甲冑の足元に何人かの人影が。


「それで? どうしてあんな事をしたの?」


 クレアが毅然とした声で詰問する。その相手はもちろん、ネーナだ。


「あの、その……」


 俯きながらネーナは口ごもる。その様子をクレアとユウ、先生はじっと見つめたままで、どこか気まずい空気が漂う。


「えっと、わたくしは……」


「誰かの役に立ちたかったのよね?」


 思わずネーナは顔を上げる。


「アンタは……不安だったんでしょう? 誰かの役に立とうと頑張っていたけど、その実感がなくて焦ってた」


「…………」


「ネーナ、お前は言ったデスよ。今のお前は貴族の地位を捨てた、何も出来ない一人の人間だと。だから出来ない事はちゃんと覚える、だからスワンに乗せてくれ、と」


「…………はい」


「私はお前の事を役立たずなんて思っていないデス。……覚えているデスか? 前にこの格納庫で話してくれたじゃないデスか、夢の為には何でもするって。私はそれが心からの言葉に聞こえたんデス。だから、お前をスワンに手引きし、色んな事の根回しもやったデス。あの言葉は簡単に覆るほど、軽いものだったんデスか?」


「そんな! ……私は、世界を見て回りたいのです。ええ、その為には……なんでもすると言いました。どんなに苦しくても頑張ると言いました」


 最後の方は殆ど聞き取れないくらいに小さくなる。その目にはうっすらと涙が溜まっていた。


「でも……でも! 改めて皆さんと私の間に大きな差があると実感するだけでした……私が、何も出来ない事ばかり思い知らされるばかりで……あんなに啖呵をきったのに、私、誰にも必要とされていないように思えてしまって……」


 普段から溜まっていた感情があふれ出てしまう。あまり、気にしないように、悪い風に思わないようにしていた事が口に出てしまう。


「ユウさんにお料理を教えて貰っても全然上手くならないし、クレアさんのように指揮を執って戦えるわけでもありません。先生のように素晴らしい発明も出来ないし…………」


「でも、君には君の出来る事があるじゃないか」


 ユウは出来るだけ優しく、諭すように話しかける。


「ヨハンが言っていたよ。ネーナの戦い方は基礎がしっかりしているって。カラテ……だっけ? アイツは戦闘中にすぐ近くで君と戦っているから、よく分かるんだよ」


「ヨハン様が……?」


「足運びや一つ一つの動作がすごく綺麗だって。きっと、並大抵の努力じゃないって。たぶん、自分の夢の為に必死に練習したんでしょ? 大丈夫、焦らなくても君なら少しずつやっていけるって。それにまだまだ料理の基本も教えていないんだから、勝手に居なくならないでよ?」


「ユウの言う通りデス。お前はもう十分、スワンにとって必要なメンバーの一人デス。ネーナはこの私が認めてる、数少ないスゲー根性を持ってる奴デス。もっと自信を持つデスよ」


「……私も悪かったわ、もっとアンタの話を聞いてあげれば良かった。本当にごめんなさい」


「……皆さん」


 思わず大粒の涙がこぼれてしまう。両手で拭い、なんとか笑顔を作ろうとするがくしゃくしゃになってしまう。


「ありがとうございます……皆さん……!」


 ほとんど涙声で分からないが、その気持ちはみんなに伝わった。クレアは優しくネーナの頭を撫でてやる。


「本当なら脱走とか命令違反なんかで営巣行きなんだけど、今は猫の手も借りたいくらいに忙しいわ。色々とやる事があるけど、ネーナ。手伝ってくれる?」


「ええ、もちろんですわ!」


 ユウと先生はその笑顔を見て安心する。心配せずとも、もう彼女は大丈夫だろう。












「大隊長! 無事ですか?!」


 エベリナの声が聞こえてくる。うつ伏せに倒れ込んでしまい、操縦席のハッチも開かないのでずっとゴールスタの操縦席に閉じ込められたままのドウェインは大声で返す。


「おお! ワシは無事だ! 早くここから出してくれい、そろそろ腹が減ってきたぞ!」


「何を言ってるのですか! ゴールスタを持ち上げるのにステッドランドじゃ何機あってもすぐには難しいんです!」


 エベリナは存外に元気そうなドウェインの声に安堵するが、それを態度に出さない。が、長い付き合いだ。ドウェインにはバレてしまっているので、彼も軽口で対応するのだ。


「奴らは逃げたのか」


「……! ――――ええ」


 何かを言い淀むエベリナ。彼女にしては珍しく、白鳥ホワイトスワンとその理力甲冑についての報告を渋っている。ドウェインはふむ、と何か察する。


「まぁいい。報告は後で纏めておいてくれ。……奴らは強かったな」


「はい。正直な所、彼らの実力を見誤っていました」


「クルストの奴はどうしている? アイツも無事だったのか?」


「ええ、特に負傷はしていません。しかし、負けた事がよほどショックだったのか、普段よりも口数が少なくて……」


「なに、気にせんでいい。一度の敗れたくらいで折れるような育て方はしておらん」


「フフ、そうですね……そうかもしれません」


「もちろん、お前もだ。戦場で生き残った者は負けではない。次の戦いの為に牙を研ぐ、それが戦士だ」


「……ええ。次こそは必ず、討ち取ってみせます」


「その意気だ。……ところで、そろそろ出してくれんか? かなり腹が減ってきたんだが」


「もう少し待っていてください。ゴールスタ専任の整備士たちが来るまで時間が掛かります。それまで、どうして機体がこうなるまで無茶をしたのか、ゆっくりと聞かせて下さいね?」


「う……」


 先ほどまで何か心に引っかかるものがあったエベリナだが、ドウェイン義父の声を聞いている内に不安や恐れといったものはすっかり解消されていた。


(……そうですね。確かに私はあの狙撃手にしてやられました。しかし、これで終わりではありません)


 その知性を感じさせる眼鏡の奥では雪辱の機会を待つ強い意志が見られるのであった。










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