第7話 アルヴァリス・2

第七話 アルヴァリス・2


「あああああ! アルヴァリスにキズがついているじゃないデスか! お前! どんな操縦してやがるんデスか!」


「え?! いや、ちょっとかすっただけでしょ?」


「それにスワンのハッチをよくもブッ壊してくれましたね! どうするんデスか! 外から中が丸見えじゃないデスか?!」


「うっ……! その、すみません……」


 戦闘が終了した。


 敵のステッドランド十二機を撃破し、脱出した敵の操縦士はそのまま国境線方向へ逃げていった。ユウ達も捕虜として捕縛するには人手が足りないので放っておくしかない。そして大きな機体ホワイトスワンから先生とボルツが出てきたはいいが、アルヴァリスの肩についたキズを見た先生がさっきからずっと文句を垂れている。


 自分の機体から降りてきたヨハンが、小さな少女に怒られているユウという光景を見て混乱している。


「クレア姐さん、あの女の子は誰なんです? それになんでユウさんは怒られているんスか?」


「私にもよく分からないわ……」


 呆れ顔でクレアはため息をつく。このため息はユウと先生の漫才の所為ではなく、亡命を希望する厄介者と彼女らが持ってきた機体の処遇である。






 彼女らは理由は分からないが、恐らく帝国の開発中の最新鋭機を強奪している。そして彼女の亡命を阻止しようと理力甲冑の追撃隊まで出してきた。つまり、彼女は帝国にとってかなりの重要人物なのではないか? この先生と呼ばれている少女は扱いによってはになりうる。上手く利用すれば帝国に大打撃を与えられるが、下手をするとこちらの被害も大きくなるだろう。……クレアは自分には扱いかねる案件と悟った。早くアルトスに連れていき、後は上の人間に任せよう。


「それにしてもユウさんの乗ってた機体、凄かったですねー。あんなに速く動けるなんて、新型か何かなんですかね」


 ヨハンは人の気も知らずに呑気なことを言っている。しかし、先生の小さい耳がピクリと反応した。


「そうなのデス! あれこそは、この私が設計、開発、調整を行い開発した最新型の理力甲冑、アルヴァリスなのデス!! このアルヴァリスの特徴は……」


 さっきまでユウに当たり散らしていた先生は、今度はヨハンを相手に怒濤の解説を始めた。基本コンセプトの説明から、どういう革新的技術を使用し、従来機の何パーセント増しの性能を誇るといった専門用語と数字のオンパレードだ。ヨハンはうんうんと頷いているが、絶対に理解していない顔だ。


「ところで……先生、まるで宇宙船みたいなこのデカイ機体は?」


 先生の執拗な攻撃から回復したユウが質問する。


「ふむ、たしかにスペースシャトルなんかのデザインも参考にしましたが、どちらかと言うと新幹線の流線型を取り入れてるんデス。っと、そうそう、質問の答えなら、あれは理力甲冑の母艦デス。名前はホワイトスワン。なんとなくハクチョウに似てるからそう名付けたんデスよ。アルヴァリスの開発コンセプトの一つに母艦による戦線までの効率的な移動法の確保というのがありましてデスね……」


 それまでアルヴァリスの方を見つめて、心ここにあらず、といった様子のボルツが急に我に返った。


「先生! アルヴァリスが! まともに! いや、それ以上の動きを!」


「何デスか、ボルツ君。今からホワイトスワンの理力エンジンの話で盛り上がる所なのに。ああ、アルヴァリスが設計通りの動きをしたっていう話デスね? そんなもん、この天才はちゃんと見抜いていましたデスよ」


「あんな速度、どの操縦士でも出せなかった、いや、まともに歩けなかっ……え? 見抜いていたんですか? 彼なら操縦出来ると?」


「もちろんデス。私は天才デスからね。えっと、お前達……そういえば名前は何デス?」


 よく考えたらこの少女にはまだきちんと全員自己紹介をしていなかったのである。


「あ……えっと、こっちがクレア。それとヨハン。僕らは連合で操縦士をやっています」


「ふむ。私の事は先生と呼ぶデス。本名は知らなくても問題ないデスね。ハイヨロシクー」


 確かに先生の名前を知らなくても問題はないが……。そんなに名前を知られたくないのか、それとも只の変人なだけか。三人とも微妙な顔をするが、当の先生は気にしていないようだ。


「それで、ユウがアルヴァリスを動かせるっていう話デスね。率直に聞きますけど、ユウ、オマエは召喚されてこの世界に来たデスね?」


「ああ、はい。そうです。召喚されてこの世界、えっとルナシスでしたっけ? に来ました」


 ボルツがなるほど、という顔をする。


「ああ、そうか。召喚された人間はルナシスの人間よりも理力が強く、理力甲冑の操縦に適しているという話でしたね。これならば理力エンジンの調整も可能に……?」


「そういえばユウさんってそうでしたね。すっかり馴染んじゃったから忘れてた」


 忘れるとは酷いぞ、ヨハン。ユウは心の中で呆れる。しかし、確かにユウ自身もこのルナシスでの生活を始めて三週間、こちらに慣れてきて召喚されたという事を忘れかけていた。


「……先生、何故その事を知っているの?」


 クレアは真っ直ぐ先生を見つめる。一挙一動を観察するように。まさか情報が帝国に……? 彼女はどこまで知っているのだろうか。


「なに、簡単な事デスよ。ユウの理力甲冑の動かし方が妙に滑らかだったんデス。それに剣の振り方がこの世界の剣術と違ってます。多分、ケンドーじゃないデスか? 昔、見たことがあります」


 ユウは息を飲む。なんで剣道の事を知ってる? 何者なんだ、この先生という少女は。次々と考えが浮かぶが、ユウにはとある結論、それも馬鹿馬鹿しいが納得をせざるを得ない結論に達する。


「あの! あなたは何で剣道とかそんな事を知っているんですか? それにさっき新幹線とかスペースシャトルって! もしかしてあなたも……?」


「あっあ~♪ それには答えられません~♪ あんまりレディにプライベートな質問は失礼デスよ!」


 先生は指をチッチッと振って質問をうやむやにしてしまう。ユウはなおも粘るが、のらりくらりと躱していく先生。


「レディって、僕より小さい子供じゃないか」


 ユウの予想をよく分かっていないヨハンが茶化す。


「やっぱり失礼なガキデスね。私はこう見えても今年で二十四デスよ」


 場の空気が一瞬にして凍る。冗談に聞こえるが、その表情からいたって真面目に発言しているようだった。


(え? なに? ? クレアは20歳らしいからそれより年上じゃないか? え? その身長と体型で? いや、待て、それではあの時スワンで見せた悔しそうな少女の涙を見て戦う決意をした自分はなんだったのか。いや、年齢で助ける助けないを決める訳じゃないけど……)


 ユウは目の前の少女、いや、女性か、の言っている事を呑み込むまで時間が掛かっている。


「全く、ちょっと背が低いからって子供扱いは困りますね。ま、私は天才なので気にしませんが! フフン!」


 先生は何故か胸を張って威張っている。体型も完全に子供なのでちょっとほほえましい光景だ。しかし、これで二十四歳……。ユウは心の中で人体の神秘とはかくも不思議なものだと感心するばかりである。





 さっきから頭が痛いクレアはもう帰ってベッドに飛び込みたくなる。今日は立て続けに災難が起こり過ぎなのだ。彼女の許容量はそろそろ限界に達しそうである。


(……いや、もう少し頑張らねば。頑張れ私)


「立ち話もなんだし、これ以上は一度街に戻ってからにしましょ。追っ手があれだけとは限らないんだし」


「そうですね、でもホワイトスワンをこのままには出来ませんが……。どうしましょう? 先生」 


「そりゃ、決まってるデス。直すんデスよ。なぁに、不調の原因はだいたい察しがついてるデス。さあ! やってやるデス!」


 先生は何故かやる気になっている。ボルツは分かってました、分かってましたよと、ブツブツ言いながらスワンに入っていく。クレアはさらなる敵の追撃の心配もあり、一刻も早く移動したかったが悉く先生に却下された。


 先生曰く。


「アルヴァリスとホワイトスワンはセットで運用するんデス。それに連合は戦力がまだ揃ってないんデスよね? このスワンの調整が完璧になれば大きな戦力アップ間違いなしデスよ~!」








 そんなこんなで先生とボルツはずっとスワンの修理をしている。時間はかなり経っており、高く在った日は既に向こうの山に消えてしまい、辺りはかなり暗くなってきた。


 少し前、応援に駆け付けた部隊と合流したユウ達三人はホワイトスワンの周囲を警戒していたが、結局敵の姿は見えなかった。応援の部隊も今では破壊された敵とユウのステッドランドを回収している。後で回収運搬用の装備を持った部隊が来る手筈になっており、その為に一ヶ所へパーツや機体を並べているのであった。


 連合では理力甲冑の絶対数が圧倒的に足りないので、こうして使えるパーツ等は積極的に回収して再利用しなければならない。ついでにユウが蹴り飛ばしたホワイトスワンのハッチもきちんと並んでいた。





 部隊の理力甲冑が最後の右腕を拾ってきたと同時に、ホワイトスワンから激しい風切り音が聞こえてきた。軽やかに宙へ浮くと、少し進んでから降着装置のような物を出して着陸した。やっと修理が終わったようだ。


「いやー、結構時間がかかったデスねー!」


「それは先生が修理のついでに気になっていた部分の調整を始めだすからですよ……」


「仕方ないデスよー! でもこれで後は理力エンジンのデータ取りがメインデスね!」


 やけにハイな先生と、やけに疲れた顔のボルツが出てくる。


「さあ! お前ら! 早く乗り込むデスよ! こいつが動けばもうこっちのもんデス!」


 





 先生の言った通り、ホワイトスワンは快速といっていい速度で街道を進んでいく。辺りは月と星の明かりだけだが、夜の街道は無人なので気にせず速度を上げる。その姿はまるで優雅に夜の湖を泳ぐハクチョウのように、白い機体は星明かりで輝いていた。……胴体に大きな穴が空いてなければ、さぞかし美しかったのだろうが。

 









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