第56話 信頼・2

第五十六話 信頼・2


「ところでネーナはどうして戻ってきたのさ?」


 ヨハンは無線をガチャガチャ弄りながら急いでホワイトスワンのいるであろう方向へと機体を走らせる。全身の装甲は傷だらけ、左腕はだらんとしたままだが見た目ほど大きな損傷はないようだ。


「あの……その、敵の皆さんを倒そうと思ったのですが……」


「ですが?」


 少し逡巡した様子のネーナ。


「えっと、敵の部隊の場所が分からなくて……スワンにも無線で呼びかけてみたんですけど、繋がらなくて」


 そこで初めて自分のしでかした事に気付いたのだという。そして来た道を戻っていた所、ヨハンが角付きと戦っていた場面に遭遇したのだった。


「ああ、そう……いや、それはそれとして、確かにスワンと無線が繋がらない」


「無線機が壊れたのでしょうか?」


「うーん、敵に襲われたのかも。急ごう!」


 視線を機体の前方に戻すと、視界の端に何か妙なものが見えた気がした。何か黒っぽく、棒状の物。まるで銃身のような何か。


「ん……? 狙撃機?!」


 そこにいたのは通常のステッドランドだが、その塗装は帝国軍仕様の緑灰色の地に迷彩が施されているうえに、長い銃身の小銃を持っている。だが、様子がおかしい。ふつう、狙撃兵は簡単に視認できるような距離まで敵を近づけさせないはずだ。実際、敵もヨハン達を認識したばかりのようで、慌ててこちらに銃口を向けている。


「ネーナ! 散開! 十時の方向に敵狙撃機体! 近くに仲間がいるかもしれない!」

「りょ、了解ですわ!」


 ステッドランド・ブラストは地面を思い切り踏み切ると、急に進路を変えた。敵の狙撃手はいきなりの機動に照準が追い付けず、見当はずれな所へ銃弾を放つ。すぐさま空になった薬莢を排出し、次弾を装填、敵へと照準を……と一連の動作の間にヨハンのブラストは眼前にまで迫っていた。


「せりゃっ!」


 比較的無事な右腕を一閃、紅の刃を持つ短剣は狙撃用に調整された半自動小銃を真っ二つに斬り裂いてしまった。そして返す刃でその頭部を突き刺す。最低限、敵機を無力化すればそれで良し。他の敵がどこに潜んでいるのか分からないので、その場にしゃがみ込みつつ敵機を盾代わりにする。


「んー? 一機だけじゃないと思うんだけど……でもこいつはどこを狙っていたんだ?」


 今、無力化した狙撃機は木が生い茂る森の端に隠れていた。こんな所で狙えるのは空か、ヨハン達がいた森と森の切れ目くらいなものだ。


「ヨハン様! もう一機、敵がいましたわ!」


 無線からネーナの声が聞こえる。やはり他の敵機が近くにいたのだ。こうなってはホワイトスワンか姐さんクレアと連絡を取って現在の状況を把握しなければとヨハンは思案する。


 と、そこへ無線がザリザリと鳴りだす。


「…………ヨハン?」


 クレアの声だ。近くにいるのだろうか。


「姐さん?! 今どこに?」


「森の中よ。アンタから見て西の方」


 ヨハンは言われた方角を向くと、森の奥、水色の人型を確認した。


「アンタ、その辺に狙撃機か何かいなかった?」


「ちょうどネーナと二機倒したとこっス!」


「ネーナがいるの!? 無事なの!?」


「うっス。機体も本人も元気っスよ。それじゃあ急いでスワンに戻りましょう! さっきから無線が繋がらなくて」


「あっ! クレアさん!」


 向こうの方から深紅の機体が姿を表す。ネーナが戻ってきたのだ。


「ネーナ! その様子じゃあ無事なようね」


「あの……クレアさん……その、私……」


「話は後で。まずはこの状況を突破するわよ。差し当たってはスワンとアルヴァリスに合流しなきゃ」 


 そう言いつつ、レフィオーネは手にした小銃を何処かに構えて引き金を引く。一発の銃弾は森の向こう、巧妙に隠れていた敵機に命中した。


「この辺りは狙撃用の機体が多いわ。なるべく木なんかの遮蔽物に隠れながら進むわよ」











 激しい銃撃音と風切音が混ざり合う。そして、少し離れた所からは小さな爆発音が。


「よしっ! 敵を振り切ったデス!」


 ホワイトスワンのブリッジで先生が叫ぶ。つい先程まで、彼女らは重武装のステッドランド二機に追われていたのだ。しかし、一度速度が出れば鈍重な機体を振り切るのは容易である。それを困難にしていたのは……。


「ふぅ、なんとか直撃は免れたようです。バズーカまで持ち出してくるとは、敵も本気みたいですね」


 レオが機関銃と連動しているカメラから送られる映像を見ながら息をつく。敵機が持っていたバズーカの破壊力は凄まじく、いくらホワイトスワンと言えど当たりどころによっては一撃で行動不能になってしまうだろう。


 なので、レオは敵機の撃破よりも如何にバズーカの照準をずらすかに注力したのだった。分厚い装甲を纏ったステッドランドにスワンの機関銃では有効打はなかなか与えられないが、人間の心理として機関銃の弾を受け続けるのはあまり気持ちのいいものではない。それに運悪く構えたバズーカに被弾して弾頭が爆発するのは避けたいので、結果として敵の操縦士は上手くホワイトスワンに狙いを付けることが出来なかった。


「今の二機はどんどん遠ざかっていくよ! 他には……所々に反応があるけど、この距離なら簡単には追いつかないと思う!」


 理力探知機レーダーの画面を注意深く見続けているリディアが報告する。ホワイトスワンを表す中心の点の他にはポツポツと光点が点在している。そのうちの三つが固まっているのがこちらへと近づいてた。


「この点は確かヨハンの……て事は、もう二つの反応はクレアとネーナ?」


 急いで無線機を操作してヨハンを呼び出す。待ち伏せされていた敵に無線を傍受される恐れもあるが、今はこの窮地を脱するのが先決だ。


「こちらホワイトスワン。ヨハン? 聞こえる?」


 ややあってから、ヨハンの声が返ってきた。


「リディア? スワンは無事?!」


「こっちは何とか。今ユウが敵を足止めしてくれてるとこ! そっちはクレアとネーナの二人と合流出来た?」


「ええ、ヨハンのステッドが中破してるけど、みんな無事。急いで合流してここを逃げるわよ。ユウにも伝えて!」


 クレアが代わりに答える。こんな敵の領域にいつまでも留まる理由は無い。


「分かった! クレア達はそのまま真っ直ぐ進んでおいて、直ぐに拾い上げるから!」


 そして再び無線機を操作してユウを呼び出す。探知機レーダー上ではさほどアルヴァリスから離れていないので、今ならまだ間に合う。


「ユウ? クレア達はネーナと合流したよ! 急いで逃げるから、そっちもスワンに向かって! ねぇ、聞こえてる?!」


 無線機からは応答が無い。アルヴァリスを示す光点は未だ敵と戦闘中のようだ。


「むぅ。ユウが手こずっているなんて、敵は相当強いやつなんデスかね?」


 先生がトタタタとリディアの横に走ってくる。早くしないと、いくらアルヴァリスの俊足でも追い付けなくなる可能性がある。


 先生が何やら理力探知機レーダーを操作すると画面が一瞬暗くなり、また直ぐに起動した。


「先生、これは?」


「フフフ、実はレーダーをちょっと改良して理力の強さを大まかに判別出来るようにしたんデス。というか、構想は最初からあったけど今まで時間と機材がなくて先延ばしにしてただけなんデスが」


 画面上に現れる光点は今までのような均一の大きさではなく、大小様々な大きさとなって表示されていた。しかし場所によっては多くの点が集まっており、このままではどれが理力甲冑なのか分からない。


「これを、こうして……理力甲冑以外の魔物とか動物の小さな理力反応をフィルタリングすれば……」


 スイッチやツマミを弄っていくと、先程までと同じ場所にだけ光点が残っていく。つまり、これがアルヴァリスと敵機の反応という訳だ。


「……どう見てもコレ……ですよね?」


「多分……でも、どっちがどっちデス……?」


 二人が注目する先には二つの大きな点、いや、丸が重なり合っていた。その大きさは他の光点の何倍の大きさだろうか。


「まさかユウと張り合える位の理力の持ち主なんて、そうそう居るはず……あ、もしかしてコイツが噂のクマ野郎デスか?!」


 クマ野郎こと、岩石熊ロックベアの異名を持つドウェインならばこれ程の理力を持っていてもおかしくはないだろう。数々の武勇伝に謳われるのも納得の強さだろう。


「こりゃあ、のんびりしてらんないデスよ……リディア、ユウを呼び出し続けるデス!」


「分かった……」


 リディアの見つめる先、探知機の画面上にあるアルヴァリスを示しているであろう光る円が明滅したかと思うと、急にその直径が数倍に大きくなっていった。







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