第56話 信頼・1

第五十六話 信頼・1


 激しくぶつかり合う刃。その度に火花が舞い散る。


「おっ! 今のは危なっ!」


 頭部に角が付いたステッドランドの首元を紅く煌めく刃がかすめた。しかし、外部拡声器スピーカーから聞こえてくる敵操縦士の言葉とは裏腹にその動きには比較的余裕が感じられる。


 両者は一度仕切り直すために大きく跳躍して間合いを離す。機体はどちらもステッドランド。


 片や角付きエース機、クルスト・ウォー。


 片や改造機ブラスト、ヨハン・クリストファー。


 互いに実力は伯仲している。純粋な二刀流の腕ではクルストの方が上だが、機体の細かな制御と多彩な武器の扱いではヨハンが上だ。が、どちらも左腕を損傷していおり、十全に実力を発揮できていない。


「くっそ、片手なのに全然攻撃が緩まない!」


 ヨハンは思わず愚痴を零してしまう。目の前の敵、クルストはそれほどの強敵だった。なんとか相手の左腕をパイルバンカーの一撃で破壊したが、その攻防の最中にヨハンのステッドランド・ブラストも左腕を痛めていた。


 ブラストは再び右手に握った紅の短剣牙双を構える。この激しい斬り合いでも全く刃こぼれしないのは頼もしい限りだ。それどころか相手の短刀の刃を次第に削っていくほど。傍目にはヨハンが押されているように見えるが、このまま粘り続ければ勝機も見えてくるかもしれない。


「なぁなぁ、ずっとだんまりじゃあ俺、んだけどぉ?」


 クルストはさきほどからスピーカー越しに一方通行の会話をしている。苛烈な攻撃からは想像も出来ないほど、気の抜けたというか、間の抜けた喋り方をするクルストに苛立ちを覚えるヨハン。その為、意地でも返答しまいと心に決めていたのだった。


「あーあー、分かったよぉ。そっちがその気ならもういいよ。そろそろ本気マジでやるから、死んじゃっても恨まないでねぇ!」


 ヨハンはドキリとする。これから本気を出す? 今までは三味線を弾いて遊んでいたというのか?


 ヨハンの動揺を突くかのように敵の角付きは地面を蹴り、一気に間合いを詰める。右手に持った短めだが幅広の短刀をクルリと逆手に持ち直し、下方から鋭く振り上げた。なんとか反応が間に合い、後方へと避けるステッドランド・ブラスト。しかし、敵の猛攻はここからだった。


 角付きは振り上げた短刀の勢いを殺す事なく、そのまま機体を踊るように回転させつつ再度攻撃を仕掛ける。ヨハンは牙双で敵の斬撃をいなしていくが、まさに舞い踊るかのような洗練された動きと速度に圧倒される。


 右から、左からの変幻自在な剣捌き。緩急を付けて上下からの強襲。時には強烈な蹴りを繰り出し、時にはその場でアクロバティックな宙返りからの猛攻。ヨハンは相手の動きに追いつくだけで精いっぱいになっていた。


「ちょ……マジか! これほど強いなんて……!」


 クルストと角付きの攻撃は一気に致命傷を与えるのではなく、徐々に損傷と疲労を蓄積させるような戦い方だった。ヨハンとブラストはなんとか攻撃をいなし続けているが、何撃かに一度は避けそこなっている。そのため、ブラストの装甲は少しずつ傷だらけになっていった。


「どったの~? さっきより動きが鈍いよぉ!」


 角付きの攻撃がさらに激しくなる。このままではジリ貧だ。


(くそっ! 早くネーナを連れ戻さなきゃいけないのに……! このままじゃ押し負ける?!)


 呼吸は短く、額には大粒の汗が浮く。敵のペースに嵌ったヨハンは精神的にも追い詰められてしまった。


「んー。なんか最初は強そうだと思ったけど、期待外れだったかなぁ。それじゃあバイバイ~」


 カメラが鈍く光る。角付きは手首を上手く返し、短刀をでブラストの持つ牙双を絡め取ると、そのまま思い切り跳ね上げる。その勢いでブラストは思わず牙双を手放してしまった。


(!? マズい!)


「遅いよぉ!」


 一瞬、無防備になったブラストへトドメの一撃を放つ。この間合いと胴体部分ががら空きになった状態では防御も回避も間に合わない。ヨハンは最期の瞬間を想像して思わず目を閉じた。





 ……が、しかしその一撃が来ることはなかった。ヨハンは恐る恐る目をあけると、そこには深紅の機体が。


「カレルマイン……? ネーナ?!」


 深紅の理力甲冑、カレルマインがブラストと角付きの間に割って入る形で立っていたのだ。そして無線からネーナの声が聞こえてくる。


「ヨハン様、カレルマインとこのネーナが助太刀ですわ! なんかよく分かりませんでしたけど、回りの敵は全てやっつけておきましたわ!」


 確かに、周囲にいたはずの敵機が皆、倒れていた。おそらく一瞬のうちにネーナがその拳を叩き込んで倒してしまったのだろう。


「えーと、細かい話は後! まずはこの角付きを倒す! 手伝ってくれ!」


「……! 了解しましたわ!」


 カレルマインはゆっくりと、しかし一分の隙もなく構える。両の手の平を相手に向ける「前羽の構え」だ。この構えは相手の攻撃を防御重視のもので、そこから反撃カウンターに素早く移せる攻防一体の動作が可能となる。。


「突然なんなのさぁ! いい所を邪魔してぇ!」


 クルストは少し不機嫌な声を出す。しかし、眼前のカレルマインへ攻撃を仕掛けることが出来ない。相手は徒手空拳だが、その構え、その真っすぐな体幹、まるで隙がない。


(あれは確か……カラテの構えだったっけ? 噂に聞くよりも少し厄介だなぁ)


 角付きが手にした短刀を素早く突く。緩く湾曲した切先がカレルマインへと襲い来るが、そのことごとくが両手によっていなされていく。主に手の甲で刀身を受け止めつつ、手首と腕の動きによってその軌道を少しだけずらす。そうすることで突きのような直線的な攻撃は簡単に逸れていくのだ。


「……へぇー? 赤い機体の人、君もなかなかやるねぇ!」


 クルストは相手の実力を見極めるためか、あまり本気で攻撃を仕掛けてこない。片手の今、あまり迂闊に仕掛けると手痛い反撃を食らうかもしれない。そう考え、牽制程度にとどめる。


「……ん? あいつブラストは?」


 クルストの視界には先程まで戦っていたブラストが居ない。一体どこへ……?


 そこへ突然、目の前のカレルマインが上半身を折り、脚を踏ん張る。するとそこに現れたのはステッドランド・ブラストだった。まるでカレルマインを馬跳びでもするかのように飛び越し、いつの間にか拾っていた紅く煌めく刃を振るう。殆ど防御の事を考えていない太刀筋で、それを難なく受け止めたクルストはすぐに反撃へと移る。


 するとブラストはその場でクルリと回転し、すぐ後ろにいたカレルマインとを交代させる。深紅の機体は防御に専念しており、果敢に攻めるクルストの短刀を華麗に捌いていく。


「お? おお?」


 角付きの振るう短刀の隙間を掻い潜り、再びブラストが攻撃に転じる。先ほどまでの動きが嘘のようにキレが出ている。おそらく、今のがヨハンの本領なのだろう。


 次第に押されていくクルストと角付きのステッドランド。攻めようとすればカレルマインが水のように流れる防御を、守ろうとすればステッドランド・ブラストが炎のように激しい攻撃を。先ほどから隙を狙っているがその交代のタイミングは絶妙で、どうにも間合いを外されたり互いにカバーし合っており攻める機会を逸するばかりだ。


「お前ら、強いなぁ! なんだよぉ、連携が凄いじゃんかよぉ!」


 相変わらず返答が無いのでクルストの独り言になってしまうが、思わず笑みがこぼれる。さっきの改造機ブラスト一機ではだったが、この二機の連携は素晴らしい。まるで二機で一つの生き物のように絡み合いながら攻守を担当している。これは一朝一夕で出来る動きじゃないだろうと感心する。


「でもぉ、見切った!」


 彼にとって何度も見た動きを見切るのは容易だ。カレルマインがブラストへ攻撃を交代するタイミングに合わせて角付きが短刀を突き出す。この間合い、突きの速度、二機が交代する挙動。そのどれもがブラストの胴体部へと短刀が突き刺さる未来しか予測できない。


 ステッドランド・ブラストが時計回りに機体を回転させつつ、角付きと相対しようとする。もはや回避も防御も間に合わない。






 短刀がブラストの胴体部、ちょうど操縦席の前方に届くか否かといった瞬間。


「さっきからごちゃごちゃウルセェんだよっ! このクソッタレ!」


 ヨハンの声が外部拡声器で響くと同時に一発の銃声が。






 ステッドランド・ブラストの左腕はすでに殆ど動かなかった。そこで機体を思い切り振り回すことで遠心力を得た左腕は振り子のように回転する。小盾と腕部の間に仕込まれたは迫りくる角付きの頭部に狙いを定め、ヨハンはタイミングよく引き金を引く。腕部は動かなくても内部の機構までは損傷していなかったため、その銃身からは火薬の爆発によって無数の鉄球がまき散らされる。大きな運動エネルギーを得たそれらの鉄球は敵のステッドランドの頭部装甲やカメラ、内部の制御機構、そして特徴的な角を破壊していった。




「マぁジ……かよ……」


 真っ暗になった操縦席でクルストはポツリと呟く。完全に勝ったと思ったが、紙一重で敵のカウンターを食らってしまった。しかし、あんな所左腕に銃器を仕込んでいるとは思わなかったし、あのような使い方をすることはさらに想像できなかった。


 相手の双剣使いは若い声だった。それこそ少年のような、まだ声変わりしていないくらいの。クルストは軍では比較的若いほうで実力にも自信があったが、自分よりも年下であそこまで理力甲冑を自在に動かすヤツは見た事なかった。


ねーちゃんエベリナに慢心するな、ってよく言われてたけど……こりゃあ後で怒られるかな。つーか、クソッタレは酷くない?」


 敵は動かなくなった機体と自分を見逃すようだ。トドメをさされるかと思ったが、一向にその気配はない。恐らく、白鳥が襲われていることを知っているのですぐさま撤退したのだろう。はやく自分の母艦の所へ戻らないと、今頃ただの鉄くずになっているかもしれないのだから。


「さぁて、これからどうするかね?」


 クルストは物言わぬ自身の機体に向かって問うた。







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