第55話 相対・3

第五十五話 相対・3


 森の中を慎重に進む人影……いや、理力甲冑が見える。手には半自動小銃を持ち、それぞれの方向を警戒している。


「おかしいですね……見つからない?」


 この小隊を率いているエベリナ・ウォーは奇妙な感覚に陥ってしまう。


 この森林地帯には先ほど敵の薄青の機体レフィオーネを落とした。あとは身動きが取れないように捕縛するか破壊するか、だったのだが。


「いくらなんでも見落とした筈は無い……すでにこの森を去った?」


 エベリナは小隊を停止させて、手元の地図をもう一度開く。この森林はそこまで広くないうえに、周囲は狙撃部隊が見張っている。もしあの機体が空を飛んで逃げようものならすぐさま狙い撃ちにするはずである。例え逃がしたとしても、彼らの監視を掻い潜るのは難しい。


「狙撃部隊、例の機体は空を飛びましたか?」


 ややあってから無線が返ってくる。


「はっ、先ほどから監視を続けていますが、そのような気配はありません。それに、アレが飛行する際は特徴的な音がしますので、何かしら分かる筈です」


 エベリナはそれもそうだ、と思い直す。狙撃部隊に引き続き監視を続行するように伝えたあと、再び視界を前方の木々へと戻す。しかし、このまま進んでいけば森の反対側に出てしまうだろう。


「もしや歩いて逃げた……? いや、敵の数も配置も分からない以上、迂闊に森を出れないと考えるはず……仕方ありません。しらみつぶしに探すしかないようですね」


 再び小隊を前進させようと無線機に手を伸ばそうとした。が、同時に右前方にいた僚機が突然崩れ落ちる。


「どうしました?!」


「そ、狙撃です! どこから狙っているか分かりません!」


 エベリナと僚機はすぐさま機体を小さく屈ませる。しかし次の弾丸はやってこず、辺りは静かなままだった。


(発砲炎も見えず銃声も聞こえなかった、という事はかなりの遠距離……しかし、この視界下でそんな距離を?)


 エベリナはゆっくりと機体の頭部を動かして周囲を見渡す。この辺りの森は木がそれなりに密集しており、場所によっては狭くて理力甲冑が通過できない。その為、あまり遠くまで見通すことが出来ないのだが。


「敵はその僅かな隙間を縫って狙撃してくる腕前という訳ですか。そんな人、聞いたことがありませんよ」


 エベリナは敵の狙撃手を見くびっていたと今更ながらに悔いる。ここまで遠距離かつ不明瞭な視界で狙撃を成功させる者など、果たして帝国軍にはいるのだろうか。しかし、今はそんな事を考えているより逃げなくては。ここから森を出るにはまだ距離がある。敵に狙撃されずに逃げ切れるだろうか?


「各機、姿勢を低くしたままで。敵狙撃手は思った以上にやるようです。このままではこちらがやられてしまうでしょう。一度、森の外へ出ます」


 エベリナ機を含めた三機は中腰でそのまま森の外へ目指す。ここからならそのまま北へと抜ければ早いのだが、恐らく敵機はその方向にいる筈だ。そこで一行は敵から遠ざかりつつ、森を抜けるに早い南東方向へと進路を進めた。


 各機はあまり気休めにしかならないが、左腕に装備された汎用盾を構えて少しずつ進む。距離と盾の角度によっては敵の銃弾を弾くことも出来るだろう。もっとも、敵の狙撃手はそんな事お構いなしに操縦席か機体頭部を狙ってくるだろうが。


 カン、と金属と金属がぶつかる軽い音が聞こえた気がした。エベリナは後ろを付いてくる理力甲冑を見ると、今まさに前のめりで倒れるところだった。


「……!」


 エベリナは恐怖でこの場を一目散に逃げ出したくなった。が、それこそ敵の思うつぼだ。一体どこから狙っているのか分からないが、走って逃げれば簡単に狙撃されてしまうだろう。なんとか深呼吸をして恐怖心を心の隅に追いやる。


「た、隊長……!」


 部下が弱気な声を出してきた。エベリナは自分の声が震えていないか気を付けつつ返答する。


「大丈夫です。落ち着いて、ゆっくりと進みましょう」


 気丈な小隊長の声に励まされたのか、部下の機体は再び森の外へと向かいだした。


(落ち着け、か……私こそ落ち着かなくては……)


 エベリナは己の作戦の詰めが甘かったと自省する。敵の狙撃手を一番警戒していたが故に、森に落とした時点で安心してしまったのかもしれない。いや、それにしてもここまで無茶苦茶な狙撃手とは聞いていなかった。今さっきの狙撃も銃声は全く聞こえなかった。それにかなり姿勢を低くしているにも関わらず、正確に操縦席を撃ち抜いてきたではないか。ますますどこから狙っているのかが分からない。


 が、その一瞬の間、エベリナがふと視線をずらしたのと同時に前方を進む僚機がガクリと倒れる。


「そん……な?!」


 ギリ、と思わず歯を食いしばる。首の裏を冷や汗が流れ落ちた。分からない。一体どこから狙っているのだ。


(ずっと森の北部から遠ざかっているのに、正確に狙ってくる! 一体どこから、どうやって?!)


 部下である僚機はそれぞれ一発でやられてしまった。ワンショットキルは狙撃では常だが、こうまで正確に操縦席だけを狙う事が可能なのか。


「? ……あれは」


 エベリナがふと目の前で倒れている機体を見る。そこには背面装甲に小さな穴が開いていた。


「理力甲冑の弾丸の痕にしては小さい……どういう事でしょう」


 何かがおかしい。エベリナはこれまでの状況を改めて振り返ってみる。


(まず、我々は敵を探して森の南側から北に向かって進んだ。そして半分を超えたところで最初の狙撃があった。この時、どこから狙撃があったのかは不明。その後、敵がいると思われる北側から逃れるように南東へと向かった……そして今、ここで二機が撃破された)


 まず、ここまででおかしいと思った点は三つ。一つはこんな見通しの悪い森の中で、銃声の聞こえないような遠距離から狙撃できるのか。二つ目は本当に森の北側に敵が潜んでいるのか。三つ目は目の前に見える銃痕が小さすぎるという事。


(特に銃痕が小さいのは気になります。あんな小さな銃弾を使う小銃などあったでしょうか……? それこそ、対人用の小銃くらい……? まさか?!)


 エベリナは敵の狙撃の秘密の一端が見えた気がした。という事は……。


 エベリナのステッドランドはおもむろに立ち上がり、後ろを振り向く。そして胸部から腹部にかけてを左腕の盾でかばいつつ、後ろ向きで歩く。つまり森への出口に向かっていく。しばらく歩いてもエベリナ機は狙撃されず、無事なままだ。彼女の予想が正しければ、このまま逃げ切れるだろう。










「……もしかしなくても、気付かれた、か」


 クレアはスコープから顔を離す。彼女は狙撃用に改造した愛用の小銃に安全装置をかけ、背中に背負う。そして被っていた枯葉や樹の幹のような茶色をした迷彩布を脱ぎ捨て、今まで陣取っていた樹上からスルスルと地面に降りて行った。


「小隊長みたいな奴は逃したのはマズいわね。前後の機体を倒したら混乱するかと思ったのに。早くレフィオーネの所に帰らないと」


 クレアは今いる付近から急いで森の北側へと走る。







 飛行能力を封じられたレフィオーネとクレアが取った作戦はこうだった。レフィオーネを森の北側に隠し、クレアが生身で森の中央付近に狙撃するためのポイントを作る。そこで敵機を一機ずつ仕留めるという作戦だった。


 いくらクレアが狙撃の名手であろうと、この森の中ではロクに狙撃も出来ない。おそらくまともに狙える距離は敵からもこちらの姿が丸見えの距離となってしまうだろう。しかし人間大の大きさ、しかもカモフラージュ用の迷彩布を被っていれば、よほど接近しなくては理力甲冑からでは気付かれにくい。


 ただし、いくら気付かれないといっても、人間用の小銃程度ではいくらなんでも理力甲冑の装甲、とくに操縦席付近の装甲を貫通させることは難しいだろう。そこでクレアが使用したのは先生特製の銃弾と消音器だった。


 この銃弾は貫通力を重視しており、銅製の被覆の内部には鋼鉄の芯が入っている。さらに装薬の量も通常より少し増やしてあるので従来の弾丸よりも初速が速い。その為、銃身にいくらか負担がかかってしまうが、ステッドランド程度の装甲なら距離によっては十分に貫通できる能力がある。そして、こちらの隠れている場所を極力教えないため、銃身の先端にはこれまた先生特製の消音器を取り付けてある。これによりいくらか銃弾の初速が落ち、遠距離の狙撃が出来なくなってしまうがその分、敵に接近できる。


「敵が一小隊だけかは賭けだったけど、この森じゃあそんな沢山の理力甲冑が入ってこれないはず。それに森の外は私を狙撃した奴らが包囲しているみたいだし、多くの部隊は必要ない。ま、私の読みが上手く当たってくれて助かったってところね」


 しかし、依然としてレフィオーネの飛行が封じられている事には変わりない。これからどうすればいいか。再びクレアは作戦を考えたいが、ホワイトスワンと連絡を絶ってからしばらく経っているので現在の戦況が分からない。他の状況はどうなっているのだろうか?


「ユウ、ヨハン、それにネーナ、無事でいてよ……!」









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