第55話 相対・2

第五十五話 相対・2


「ふん、最初は儂の気当たりにも負けん程度に胆力があるやつかと思ったが、それだけだったな」


 超重量級理力甲冑ゴールスタに搭乗するドウェイン・ジョンソンは思わず零す。白い影が噂通りの奴なら何かしら反撃の糸口でも見つけるかと思っていたが、このままだとゴールスタが圧しきって操縦士ごと白い機体を叩きつぶすのも時間の問題だろうと見当をつける。しかし、歴戦の勇士は油断などしない。最後の最後まで、その戦槌を力の限りに振り抜くのみ。





 いい加減、互いの得物がぶつかり合う大音量に耳が痛くなってきた頃、ユウはそろそろか、と操縦桿を強く握り直す。もうすでに何十合と打ち合っているが、このままではアルヴァリスが圧し負けるだろう。なのでユウはとあるタイミングを先ほどから待っていたのだ。


「…………! ここだっ!」


 突然、互いの武器がぶつかり合う音が消えた。ゴールスタの振るう大ぶりな戦槌は空を切っていたのだ。その場にいた筈のアルヴァリスは姿を消してしまった。一体どこへ?


 ドウェインがそう思う前に、長年の戦闘によって積み重ねられてきた勘が咄嗟に機体を屈ませる。それと同時にゴールスタへ大きな衝撃が走った。後方からだ。


 アルヴァリスからの致命的な一撃をすんでの所で躱したゴールスタは、鈍重な見た目からは想像も付かない程の速さで機体を立て直す。突然の攻撃に動じない辺り、やはり戦い慣れているといったところか。







 アルヴァリスとゴールスタは何度も打ち合ったことで、互いの人工筋肉にも少しずつ損傷が蓄積されていた。それは徐々にだが、確実に武器を振るう速度を遅くしていたのだった。しかし、アルヴァリス・ノヴァに使用されている新型人工筋肉は従来のものよりも耐久性が高い。その差は時間が経つほどに如実に表れていたのだが、ユウはそれを気取られないようにアルヴァリスの攻撃をゴールスタに合わせていたのだった。


 それに加え、ゴールスタの持つ戦槌はかなりの重量で、アルヴァリスの振るうオーガ・ナイフよりもほんの少しだけ振り抜く速度が遅い。何度も打ち合ううちに、ユウはその打撃を避けるタイミングを図っていたのだった。


 つまり、アルヴァリスが圧し負ける前に少しでも相手の人工筋肉を消耗させ、一瞬の隙を作りだす事がユウの作戦だったのだ。ギリギリの所まで互いに得物を打ち合い、ほんの僅かな攻撃の間をすり抜け、アルヴァリスの持つ瞬発力で相手の背後に回り込んでからの奇襲。ここまでは完璧だった。一つ、ユウの誤算があるとすれば、相手の操縦士は想像よりもはるかに戦闘というものが体に染みついた戦士だったという事だ。


「えぇ……? 今のを回避すんの……?」


 ユウは思わず愚痴をこぼしてしまう。今の背後からの攻撃は完全に入ったと確信したのだったが、その手応えは薄く、敵機の背面装甲をいくらか斬り裂いただけに終わった。


「でもあの重装甲、オーガ・ナイフならいける!」


 通常の剣や小銃程度ではとてもじゃないが有効打を与えられなさそうな装甲だが、凄まじい切れ味を誇るオーガ・ナイフなら刃が通ることが分かった。それだけでも一つ前進だ。


「…………そう思うことにしておこう」


 目の間の敵から放たれる殺気が、跳ね上がった。今までのは、まだ本気では無かったという事か。ユウはそれまで以上に全身へ力を入れて敵の気迫に立ち向かう。







「貴様! 名はなんと言う?!」


 どこからか、爆音のようなものが聞こえた。いや、今のは人の声か? ユウは目の前の理力甲冑からその声が聞こえてくるのだと気付くのに少しだけ時間が掛かってしまった。


「おっと、済まないな! 私はオーバルディア帝国軍、第四十七大隊隊長をやっておるドウェイン・ジョンソンだ! こちらから名乗らず申し訳なかった!」


 ユウはどこかで似たような事をしたなぁと思いつつ、外部拡声器スピーカーのスイッチをつけて返答する。


「ユウ! ユウ・ナカムラだっ!」


 相手の地鳴りのごとく響く声に対抗して大きな声を出す。が、それでもいささかに負けてしまっている。


「ユウ……ナカムラ……? 貴様、まさか……いや、よしておこう。この戦いには関係のない事だな」


「?」


 敵の操縦士、ドウェインはユウの名前を聞いて何か思い当たる事があるようだが、一人で納得していてユウには何のことかさっぱり分からない。


「しかし、今のは良かったぞ! 一瞬の間を意図的に作り出し、その機体の敏捷さを最大限に活かした一撃! 儂もこの歳になってから勉強するとは思わなんだわ!」


「そりゃあ、どうも。というかその機体、ちょっと重すぎません? アルヴァリスがここまで圧し負けるなんてそうそうないんですけど」


「ほう、その白いのはアルヴァリスというのか。いい名前だ。しかし、このゴールスタと真正面からぶつかり合えるというだけで、その機体の優秀さが分かるというものよ!」


 と、灰色の機体、ゴールスタが再び戦槌を構える。呑気な会話をしている間にも、両者の間には一触即発の空気が漂っていた。そしてユウはそれに応えるようオーガ・ナイフを構える。


 途端に静かになる。さきほどまでの大声での会話が途切れ、辺りは戦闘のピリピリとした気配に包まれていく。空気が張り詰める、というやつだ。


 アルヴァリスが風のごとく、ゆらりと動いた。しかし、攻撃は仕掛けない。ゴールスタの周囲を機敏に動き回り、時にはフェイントをかけ、時には相手の攻撃を誘うよう無防備になる。今度はゴールスタの土俵である真正面からのぶつかり合いは避け、アルヴァリスの機動力を最大限に活かす攻撃を仕掛けるつもりだ。


「これならどうだっ!」


 ドウェインは確かに手強い相手で、ゴールスタは強力な理力甲冑だ。しかし、それでも得手不得手というものがある筈だ。その重量とパワーを生かした戦いならば、彼らの右に出る者はいないだろう。しかし、アルヴァリス・ノヴァのスピードに付いてこられる理力甲冑と操縦士はそうそういない。


「速い、な。白い影、などと噂されるだけの事はある」


 その速さ、目で追うだけでもやっと。様々な敵や魔物と戦ってきたドウェインといえど、これほど素早い敵は初めてだ。このゴールスタではとてもではないがこの速度に対抗は出来ないだろう。


「ならば、くれてやろう」


 そう言うとドウェインはゴールスタが持つ戦槌を手放させる。そしてまるで熊が敵を威嚇するかのように両手を上げ、地面にしっかりと踏ん張る。そのマニピュレータは巨大な万力のように掴んだ相手を離さないだろう。


 彼のは狙いは単純明快。アルヴァリスの一太刀をあえて受けることにしたのだ。あの大剣の切れ味は鋭いが、ゴールスタの装甲ならばギリギリ耐えられるしれない。であれば、攻撃の瞬間に近づいたヤツをその手で捕まえるのみ。そうすれば後は四肢をもいでバラバラにすればいい。


(二度は受けられぬな……。だが、これで儂の作戦勝ちだ)


 ちらりと別の方向を見て何かを確認したのち、ドウェインは周囲を動き回るアルヴァリスの気配に神経を集中させる。勝負は一度きり、タイミングを間違えればこちらがやられる。しかし。


(ユウと言ったか、奴の攻撃の瞬間が読めないな。気迫は感じるが、殺気というものがまるでない。人も殺せぬヒヨッコか、それとも技量があるという事か?)








(まるで隙もないし、さっきから殺気が痛いんだよなぁ……それにあの手に捕まったら絶対マズい)


 ユウはアルヴァリスを高速で跳躍させながら攻撃の瞬間を見極める。今も機体の各部に搭載されたスラスターが圧縮空気を吐き出して姿勢制御と推進力を維持していた。その為、背部の理力エンジンは高回転の唸りを上げて稼働し続けている。


(ノヴァ・モードを使うか……いや、奥の手はまだ残しておきたいしな……)


 ユウは意を決して仕掛ける。ゴールスタの背後に回った瞬間、一直線に突っ込む。しかしそれはフェイントで、先ほどから背後の攻撃を警戒しているドウェインの裏をかくつもりだ。オーガ・ナイフを思い切り振りかぶり敵の反撃か防御を誘う。


 しかし、ゴールスタは動かない。何もしてこない。


 アルヴァリスはすでに次の動作に入っていた。このまま攻撃を続けるしかない。


 地面を思い切り蹴り、スラスターを制御して巧みにゴールスタの前方へと滑り込む。オーガ・ナイフを下に構えつつ、移動する勢いそのままに振り上げた。


 地面に叩きつけられたのはゴールスタの左腕。肘から先を切り飛ばされていた。ユウは土壇場であと一歩を踏み出すことが出来なかった。


(あの人、全く防御しようとしなかった……! それどころか、操縦席を無防備に晒して?!)


 ゴールスタとドウェインは両手を挙げたまま、何もしてこなかった。そのままではオーガ・ナイフが敵機の胴体を真っ二つにしてしまうと感じたユウはすんでの所で攻撃を躊躇ってしまったのだ。


 しかし、その躊躇いが命取りとなる。一瞬のうちに残された右手でアルヴァリスを抱きかかえるように掴んだゴールスタ。片腕とはいえ、その力はまだまだ圧倒的だ。


「マズい! 早く逃げなきゃ!」


 ユウはアルヴァリスをもがくように動かすが、全く効果が無い。じたばたするだけで、とてもではないが抜け出せる様子は無い。


「ユウ! お前の負けだ! このまま潰れろい!」


 装甲がメキメキと音を立て始める。しっかりと胴体を締め付けられたアルヴァリスの骨格も悲鳴を上げ始めた。手にしたオーガ・ナイフはこうまで敵に近いと振るに振れず、ユウはその場に投げ捨てた。


「全力だっ!」


 アルヴァリスは両手でゴールスタを引き離そうと力を振り絞る。ユウから大量の理力が送り込まれ、全身の人工筋肉が一層膨れ上がっていく。しかし、それでも隙間がわずかに出来るだけだ。


「無駄だっ! このゴールスタのパワーに敵う者はおらん!」


 ゴールスタから大声が響いてくる。あまりの煩さにユウの鼓膜も悲鳴を上げそうだ。


「こう……なったら……ん?」


 ユウは何か違和感を感じる。今、戦闘しているこの場にはアルヴァリスとゴールスタしかいない。そう、


「あのステッドランドがいない?!」


「ようやく気付いたか! もう遅い! アイツ等は今頃、白鳥撃ちの真っ最中よ!」


 ドウェインは勝利を確信してより一層締め付ける力を強める。もう少しで敵の操縦士諸共、機体をサバ折りに出来るだろう。


 そして鈍い、金属特有の音。潰れて引きちぎれるような音が響いた。










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