第55話 相対・1
第五十五話 相対・1
幅広の刀身。片刃の大剣。その圧力は歴戦の勇士ですらたじろがせるほど。理力甲冑が持つにはあまりに大きな
「そ……りゃっ!」
鋼が空気を切り裂き、その周囲には風が渦巻く。その刃先が敵機の装甲とかち合うと、まるでバターを斬るかのようにスッと入る。内部の人工筋肉、そして補強された
次の瞬間には敵のステッドランドは二つに分かたれてしまった。上半身が地面に落下した衝撃で、残された丹田から下の下半身がゆっくりと倒れ込む。理力甲冑の腰部というものは上半身の重量を支えつつ、脚部からの歩行や跳躍の衝撃に耐えるためにかなり頑丈な作りとなっている。普通の大剣ではとてもでは無いが、真っ二つに出来るような
「よし、一機撃破!」
「ふぅむ。なかなかやるではないか、あの操縦士」
ゴールスタの操縦席、ドウェイン・ウォーが関心したように呟く。あの巨大な刃物の切れ味も凄まじいが、それを振り回す機体の膂力と理力。そして迷いのない太刀筋。乗っているのは腕のいい操縦士なのだろう。少し残念なのは操縦席を外すために斬撃の瞬間、僅かな隙があったことか。
「それも含めて楽しませてくれそうだのう」
ゴールスタは落ち着いた、しかし隙のない動きで背中に背負った
理力甲冑の歴史のなかで、装甲の厚みと武器の強化は一種の命題となっていた。我々の世界でも強化されていく全身甲冑に対してそれまでの剣では効果が薄くなるの同様に、理力甲冑の装甲が厚くなるにつれて片手剣程度の質量と切れ味では文字通り刃が立たなくなっていった。それに対して棍棒や戦鎚といった打撃武器は、敵の装甲を斬るのではなく叩く。叩き割る、衝撃で変形させる、内部機構を破壊する。装甲の厚みに対してその優位性が揺らぐことが少なかった。ただし、分厚い装甲に有効打を与えるため武器自体も大きく、重くなっていった為、その扱いが難しくなっていったのはしかたあるまい。
「さぁて、行くぞ! 連合の白い影とやら!」
ゴールスタがゆっくりと動き出し、ドウェインが吠える。
アルヴァリス・ノヴァが敵機を文字通り真っ二つにしたのち、剣道や空手でいう残心のように油断なく次の敵がいる方へと大剣を構える。
「二機目……ん?」
なにか様子がおかしいことに気が付いたユウ。敵機が攻撃を仕掛けてくるかと思ったが、ジリジリと後退していく。敵の真意が読めないまま迂闊に飛び掛かる事は出来ないと判断し、その場で剣を構えたまま静観する。
「このまま引いてくれれば……いいんだけど、そうもいかないよな」
そういう事か、とユウは納得がいった。敵は撤退するつもりは毛頭ないらしい。その証拠に濃い灰色の、いかにも強力そうな機体が一機で近づいてくる。その代わり、残った重装ステッドランドは少し離れた所でバズーカを構えたまま待機していた。つまり、ここで一騎打ちを仕掛けようという事か。
「……それにしても、まるで小さな山みたいだな。あのグラントルクよりもデカイし」
ユウはその機体を僅かに見上げるように評する。一歩一歩、地面に巨大な足跡を付けながら迫りくる巨体は相当な重量と装甲の厚さなのだろう。腕の太さも、それこそステッドランドの二倍近くはあるのではないか。ユウにとっては分からないことだが、このゴールスタは元になったステッドランドの面影は殆ど無い。骨格の一部にその名残が残る程に大改造されたからだ。
白い機体と灰色の機体は互いに近づいていく。近い。かなりの距離まで接近する。それこそ、両者の得物の一振りで痛打を与えられるほどに接近した所でピタリと停止する。
「…………」
ユウは息を呑む。相手の機体は両手に持った巨大な槌を水平に構えている。恐らく、あの鈍重な歩き方からでは想像も付かないほどに素早く槌を振り抜いてくるだろう。そのような気配が敵の構えから、威圧感から想像させる。
(まるで、初めてクリスさんと戦った時の威圧感みたいだな…………いや、それ以上か)
敵機はただ、武器を構えてこちらの様子を伺っているだけのようだ。しかし、機体から放たれる威圧感というものがビリビリと容赦なくユウの体を突き刺してくる。人間の本能に訴えかけるように、危険、恐怖、不安といった良くない感情を呼び起こす。ここまで来るともはや、殺気の類だ。
「……スゥー……ハァー……」
ユウは相手に気取られないよう、小さく深呼吸をする。自分の腹の下、丹田の辺りに力を込めて敵からの殺気を跳ね返す。意識を強く持ち、相手の挙動の一つ一つを見逃さない。僅かな油断が死を招く。アルヴァリスはオーガ・ナイフを上段に構えたまま。一太刀の下、敵機を斬り裂く用意は出来ている。
そのままどれだけの時間が過ぎたのだろうか。数十秒か、それとも数十分か。辺りが暗くなっていないので数時間という事はないだろう。しかし、ユウは体感で何十時間も目の前の敵と相対しているような感覚に陥る。それだけ敵につけ入る隙が無く、逆に一瞬でもこちらの隙を見せることは出来ない。
ざぁと強い風が周囲を駆け抜けた。近くの木々から枯れた葉が舞い散る。
そのうちの何枚かが、アルヴァリスとゴールスタの間を踊るようにして通り抜ける。
瞬間、空気が爆ぜた。
近くにいた、重装型ステッドランドの操縦士二名は何が起こったのか理解出来なかった。それほどに両者の初撃は
アルヴァリスの持つオーガ・ナイフ。ゴールスタの持つ大ぶりな戦槌。その両者が凄まじい速度で真正面からぶつかり合った。その重量と速度から恐るべきエネルギーが発生し、その大部分は衝撃として二機の理力甲冑の骨格や装甲、人工筋肉へと少なくないダメージを与え、残りは何かが爆発したような大音響として周囲の大気を震わせた。
直後、二つの巨人はその場でしっかりと両脚を踏ん張り、手にした得物を振り抜く。その度に大きな衝撃と衝突音が響き渡る。三合、四合……両者、どちらも一歩たりと退かない。一撃ごとに必殺の威力を秘めた斬撃と打撃がぶつかり合う。
一見、互角かと思われた打ち合いだが、十合目あたりから様子が変わっていった。アルヴァリス・ノヴァが少しずつ押されているのだ。今、ゴールスタが一歩前に出る。その分、アルヴァリスが後ろに押されているという事だ。
互いに全力で得物をぶつけ合っているが、そこには大きなハンディキャップが存在した。それは機体の重量である。中量級のアルヴァリスに対して、相手は
例えばボクシングなどの格闘技において、階級を決める体重というものはとても重要な要素になってくる。体重は、身長に対する筋肉の量などにも影響するが、一番は殴り合った際の運動エネルギーだ。同じ大きさの重いボールと軽いボールが同じ速度で互いに正面からぶつかり合った場合、軽いボールは強く跳ね返されてしまい、逆に重いボールはあまり跳ね返されない。これは軽いほうが大きな運動エネルギーを得てしまうからだ。
つまり、軽いほうが
激しい揺れと小さな爆発のような衝撃を絶え間なく受け続けるアルヴァリスの操縦席では、ユウが必死に耐えている。
「…………まだだっ!
再びゴールスタが一歩、前進する。アルヴァリスは徐々に上体を逸らされるほどに押されてしまっている。
しかし、ユウの眼は諦めてはいない。それどころか、獲物の油断を狙っている捕食動物のように鋭く敵の動きを観察していた。
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