幕間・3

(まえがき)

リア充爆発しろ(バレンタインなので短編を書きました!)











幕間・3


『バレンタインの一時』


 ここはホワイトスワンの食堂……に隣接する厨房。そこには普段、訪れるはずのない人物が三人いた。


「ねえ? 計量器はどこ? 小麦粉の量を計りたいんだけど」


「そっちに置いてあるデス。あっ、ネーナ! 包丁の持ち方が危ないデスよ!」


「そういう先生こそ、先程は自分の指を切りそうになっていたではありませんか!」


 女性が三人集まればかしましいというが、今の厨房はさながら戦場のようだ。






 今日は二月十四日。世間的にはバレンタインデーと呼ばれる日だ。世の女性達は思い思いに手作りのお菓子を作って男性に渡している頃だろう。


 ここ、ユウにとっての異世界であるルナシスでも実はバレンタインという行事は存在する。起源は定かではないが、今から約五十年ほど前にはすでに女性から男性へと手作りのお菓子を渡すという風習が存在した。渡す物がいわゆるチョコレートではなく手作りお菓子なのは、単純にこの大陸にカカオというものが存在しないからだろう。もちろん、翌月の三月十四日には男性がお返しとしてメッセージを添えた花を贈り返すというホワイトデーも風習としてある。






「そしてここからが重要なんデスが、基本的に女性がお菓子を渡すのは普段からお世話になっている近所の知り合い、友人、職場の同僚や上司が対象になるデス。ユウにも分かりやすい言葉でいえば義理チョコに相当するやつデスね」


「はぁ……いや、それを僕に言う必要はありますかね? というか今までの解説は先生だったんですか?」


 厨房の向こう、食堂の方ではユウがどこか落ち着かない様子で椅子に座っている。さっきから厨房の中の様子が気になるようで、時折席から立ち上がっては先生たちの様子を見ていたのだ。


「いちおう説明しておかないといけないデスからね。要するに、ユウは何も気にせずに私達が作るお菓子を受け取ればいいっていう話デス」


「はぁ……? あっ! ネーナ、包丁の持ち方があぶな」


「いいえ、ユウさん! 止めないでくださいまし! 普段であれば私は料理の仕方を学ぶ身、しかし今日はバレンタイン! 簡単にユウさんの助力を得てはいけないのですわ!」


 真剣な表情でリンゴに包丁を入れるネーナはぴしゃりと言い放つ。しかし、その包丁を持つ手つきはやはり危なっかしい。これではユウでなくとも心配してしまうだろう。


「あーあー、ネーナ。包丁はもっと、こう握って。それで左手はこうやって猫みたいに……」


「こ、こうですか? にゃー」


「そういうあざといの要らないデス。っと、これで生地は準備出来たデス。……これで良いんデスよね?」


 見かねたリディアがネーナに包丁の指導をする。そしてその傍らでは先生がかき混ぜていたボウルをどんと調理台へと置く。


 この三人のうち、まともに料理が出来るのはリディアだけで、先生は計量に関しては問題ないのだが、とにかく料理の基本を知らない。ちなみにネーナはほぼド素人で、包丁を持つのは今日で二度目だったりする。


 三人が作っているのは会話の内容と材料からアップルパイらしい。パイ生地さえ何とかなれば、オーブンで焼くだけなので簡単、とはリディアの言葉だ。


(そのパイ生地が難しいのでは……?)


 なにかしらのパイ料理を作ったことが無いユウはそう判断していたのだが、そこは飲食店勤務(といっても酒場だが)の経験を持ち、そこそこの料理の腕を持つリディアはテキパキと指示を飛ばす。あの様子ならそこまで心配しなくても良いのかもしれない、とユウは思い始めた。


「先生、ちょっとかして……。うーん、こんなもんかな。それじゃあこの生地を軽く纏めちゃって、そしたら一時間くらい休ませよう」


「了解デス。それじゃあ、その間にパイの中身を作るデスか?」


「そーいう事」


「わ、わ、リンゴの形が不揃いになってしまいましたわ?!」


「大丈夫だよ、この後もっと細かく切るから」


「そうなんですの? 大丈夫ですの?」


 不安そうなネーナから包丁を受け取ると、手際よく八等分にされたリンゴをさらに薄くスライスしていく。不揃いというよりはガタガタなリンゴだったが、確かにこうすれば見た目など関係なくなる。


「先生、手が空いてるなら鍋にバターを入れて弱火で温めてちょうだい」


「おお、やったるデスよ。で、弱火ってどれくらいなんデスか?」


「ええと……言葉で説明するのは難しいな……」


「焦げないようにゆっくり温めるんですよ、そのツマミの三分の一くらいにして。あっ、先に鍋を置いてくださいね」


「おお、流石はユウ。勝手知ったるスワンの台所ってやつデスね」


 何気にホワイトスワンの火元は電磁調理器、IHコンロだったりする。というのも、基本的に密閉された艦内でカマドに火をくべていては火事や一酸化炭素中毒など、危険性を考えるといくつ命があっても足りない。揺れの発生する移動時でも安全な調理器として選択された結果、このIHコンロが作られたという。もちろん、この世界での一般的な家庭は全てたき火を利用するカマドなので、実はかなり未来的な技術オーバーテクノロジーだったりする。


「初めて見た時は火がないのに鍋が暖まるなんて、変な感じしかしないのに今じゃすっかり慣れたね」


「原理だけ見れば簡単なんデスけどね。お、いい感じにバターが溶けたデスよ、リディア」


「ん、じゃあ今切ったリンゴとレモン汁を入れてっと」


「お砂糖はもう入れるんですよね」


「そ。量はリンゴと同じだけ。鍋の中にドバーって入れちゃって」


 木べらで鍋の中のリンゴを丁寧にかき混ぜる。砂糖が少しずつ溶け出し、リンゴから出てきた水分と混ざり合う。しばらく混ぜ続けると、だんだんと鍋の水気が減ってきた。


「ほう、リンゴがうっすらと透明になってきたデスね」


「それに、甘くていい香りですわ」


「ここまで来たらもう少しだよ。そこのシナモンも入れちゃって」


 ネーナが小皿の茶色い粉を鍋にパラパラと入れる。すると辺りは途端にリンゴとは異なる、シナモン特有の甘い香りに包まれた。


「シナモンを入れると風味が格段に良くなるんだよね。これでフィリングは完成。少し冷ましてる間にパイ生地をやっちゃおう。先生、さっきの取り出して」


 打ち粉をまぶした台に、さきほどから寝かせた生地を置く。リディアは手早く麺棒で生地を広げていった。


「パイ生地ってのは温めちゃいけないんだって。なるべく冷えた状態を保つことでキレイに焼きあがるんだよ」


「ほう、それは小麦とバターの層構造が関係してくるんデスか? 室温や体温で生地中のバターが溶けだすことで生地の層が……」


「あーあー。聞こえないキコエナイ。難しい話は止めて! ネーナ、そこのバターを生地の上に置いちゃって」


「真ん中に置きますわよ」


「ん、ありがと。このバターを包むように生地を折って、ゆっくり伸ばしていく……」


 リディアは体重をかけつつ、麺棒でゆっくりと生地を伸ばす。そして長めの長方形になった生地を三分の一ずつ折り返し、生地を九十度回転させる。そして再び体重をかけながらゆっくりと伸ばしていった。


「んじゃ、この出来上がった生地をパイの形にして、さっき作ったフィリングを乗せるよ」


 リディアが適当な大きさに成形したパイ生地の上に、甘い香りのフィリングを先生とネーナが盛り付けていく。こんもりと盛り上がったリンゴのフィリングの上に蓋をするように余った生地を被せていく。これに溶いた卵黄を塗り付けると、焼いた時に表面が綺麗な焼き色になるのだ。


 そしてあらかじめ温めておいたオーブンにパイを入れた。あとは焼きあがるのを待つだけだ。


「ああー! ようやく終わったデス!」


「け、結構大変ですのね。お菓子作りをなめていましたわ」


「パイは比較的楽な方だよ。ほかにももっと面倒なお菓子はいっぱいあるし」


「うげぇ……デス」


 三人はガチャガチャと使用した調理器具を片付けながらお菓子作りについての感想を語り合っている。その様子を見ていて微笑ましいと感じるユウ。


「ところで、どうしてクレアさんは来なかったのでしょうか? 一緒に作ればよろしかったのに」


 何気ないネーナの疑問にユウは凍り付く。


(クレアの料理は……なぁ……)


 以前、クレアが作ってくれた料理については文字通りの苦い思い出しかない。それ以降、ホワイトスワンではクレアに料理をさせないよう、暗黙のルールが出来上がっていた。


「ああ、クレアなら何か用事があるとか言ってたデス。仕方ないデス。無闇に犠牲者を出すわけにはいかないから都合がいいとかいう訳ではないデスよ?」


「???」


 いまいち理解していないネーナは疑問に思いつつも使い終わった鍋を洗うのだった。











「あっ、クレア」


 ユウの部屋の前にクレアが何故か立っていた。彼女の部屋はスワンの中央を挟んで向こう側であり、他に何か用事のありそうな施設は近くにはない。


「どうしたのさ、こんな所で」


「えっと……あ、ユウこそどうしたのよ」


「ああ、さっきまで先生たちがお菓子作ってるのを見学してたんだよ。最初は心配だったけど、なんだかんだでリディアが上手くやってくれたから杞憂だったけど」


 お菓子という単語にピクリと反応するクレア。一体どうしたのだろうかとユウは考える。


「あっ、そ、そいうえば今日はバレンタインらしいじゃない? で、でも残念ね、私は色々と忙しいからお菓子を作る余裕なんて全っ然無かったわ。本当ならお菓子の一つや二つ、作るのに!」


 やたらと棒読みなクレア。ところどころでどもるし、視線があっちを行ったりこっちを行ったりしている。端的に言うと、不自然極まりない。


「クレア、どうしたの? どこか調子でも悪い?」


「ちょ、調子は良いわよ! 私はいつも通り!」


 笑ってごまかすが、明らかに引き攣った笑顔だ。


(ますます怪しい……)


 と、ユウはクレアの右手が背中に回したままで何かを隠している事に気が付いた。


「クレア、何か持っているの?」


「えっ?! あっ! えっと、その!」


 何故か慌てふためくクレア。その顔は何故か赤くなっている。


「え……えっと、これ……」


 大きく深呼吸をしてから、意を決した彼女はその手に持っていた物をユウへと差し出す。そこには濃い緑色をした布のようなものが。


「これ、マフラー?」


 ユウは受け取ったマフラーを広げる。濃い緑色の地に黒のチェックが入っているシンプルなマフラーだ。何かしら動物の毛だろうか、滑らかな手触りはとても心地よく、首に巻けば暖かそうだ。


「……その、ユウは服や防寒具、持ってるの少ないかなって……思って」


 確かに、ユウは着の身着のままでこちらの世界へと召喚されてしまったので私物とよべる物は殆ど無く、衣服も最近になってようやく揃ってきた。とはいえ、殆どが軍からの支給品ばかりなのだが。


「こう寒いとマフラーの一つでも欲しかったんだよ。うん、ありがとうクレア」


 ユウはくるりとマフラーを首に巻いて見せる。やはり暖かく、付け心地はいい。


「い、色とか変じゃない? ユウの好みが分からなかったから……」


「ううん、大丈夫だよ。緑色は好きだしね」


 その言葉にホッとするクレア。ユウの好みに合うかどうか心配だったのか、一気に緊張が解けたようだ。


「本当にありがとう。ずっと大事にするよ、クレア」


「でも……ごめんなさい、もうすぐ春が来るから……もっと早く気が付けば良かったんだけど」


「いいよ、それに次の冬には間に合ったし」


「何よ、それ……」


 二人は思わず笑い合う。暖かいのはマフラーのお陰だけじゃないとユウは感じるのだった。



















「ところで、先生。それ何なの?」


 リディアが指摘したのは長方形の箱だ。そこまで大きくはないが、何が入っているのかは外からでは分からない。


「ふっふっふっ、これはユウに渡すプレゼントデス。中身はなんと……!」


「中身は……?」


「一体なんですの……?」


「聞いて驚くデス! なんと、あの超有名工具メーカー・ベルリネッターのトルクレンチデス!」


 先生は自慢げに言うが、二人はポカンとしている。


「えっと、とるくれんち?」


「べるりねったー?」


「なっ、知らないんデスか?! 帝国の工具メーカーといえば他にないほど有名で質の良い工具を作っているとこデスよ? ユウはバイクを弄ったりアルヴァリスを整備するのに自分のトルクレンチが欲しいと言っていましたからね、これは泣いて喜ぶデスよぉ~!」


 先生は自信たっぷりなようだが、リディアとネーナはやれやれといった風に肩を竦める。


「いやぁ、流石のユウでもはないんじゃない?」


「確かに、ユウさんはちょっと朴念仁な所がありますからね。もっと直接的なものがよろしいのではなくて?」


「えっ? 男の子はこういうの工具を貰ったら喜ぶんじゃないんデスか?」


「「えっ?」」


「えっ?!」









 ここ、ルナシスではバレンタインに女性から男性に手作りのお菓子を贈る風習がある。しかし、それはいわゆる義理チョコ的な扱いで、本命の男性にはの喜ばれそうなプレゼントを贈るのが昔からの風習だ。なのでマフラーや衣類などの実用的な物からピアスや指輪といったアクセサリーなど様々な物が本命チョコ的な役割を果たす。


 その辺りの事情を知らないユウはクレアからの贈り物マフラーを素直に受け取り、これから大事にしていくのだろう。いや、例えその事を知っていてもユウは喜んで受け取ったと思われるが。






 ちなみに、先生からのトルクレンチはユウに大好評だったらしい。


「凄いですよ、このトルクレンチ! 手に馴染む持ち手! 滑らかにボルトを締められる!」


「そうデス、そうデス。ここの工具メーカーは職人が一つ一つ手間暇かけて作っているんデス。もっと喜ぶといいデス!」


 その様子を見たリディアとネーナは生暖かい視線をユウと先生に投げかけるのだったが、当人たちは新しい工具の使い心地に夢中で気付いていなかった。












(あとがき)

工具をプレゼントしてくれる女性って最高じゃないですか???


ちなみに三人の作ったアップルパイはみんなに好評でした。

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