第54話 奮戦・3

第五十四話 奮戦・3


「な、なんか変だよ?!」


 ホワイトスワンのブリッジで理力探知機レーダーを見ていたリディアが思わず叫ぶ。いくつかの光点が光る画面はおおよそながら、現在の戦況を示している。


「クレアとヨハンの反応がそれぞれで敵に囲まれてる! そんでネーナはどんどんスワンから離れちゃってる!」


 ホワイトスワンから見て南の森林地帯、そのほぼ中央にはレフィオーネの反応があり、その周囲には敵の理力甲冑が少しずつ取り囲むようにして近づいている。


「レフィオーネはどうしたんデスか、クレアは何をやってるデス?!」


「分かんないけど、突然ここから動かなくなった! 多分、敵に待ち伏せされたのかも!」


 いつものレフィオーネならば飛行している関係上、ほぼ同じ位置に留まることは少ない。狙撃をするにしてもこんな森の真上に滞空し続けるのも考えにくい。


「無線は? 繋がらないんデスか?!」


 先生がリディアの隣にやってきて無線機をガチャガチャ弄りだす。


「ダメだった、多分、向こうから切ってるぽい。敵に囲まれてるから無線傍受を避けているのかも」


「こりゃ、ちょっとヤバいデスね……!」


 そうこうしている内にも状況は変化していく。探知機が捉えている別の敵部隊がこちらへ近づいているのが分かる。おそらく、理力甲冑を引き離した隙にホワイトスワンを叩く作戦なのだろう。急いでリディアは格納庫に繋がるスピーカーに向かって叫ぶ。


「ユウ! 敵の部隊がこっちに近づいてくるよ! 出撃急いで!」


「ボルツ君! こーなったらここも危ないデス! スワンの発進準備を! レオは銃座で迎撃の用意を!」


 先生の号令でボルツとレオはそれぞれ準備を始める。もともとネーナが飛び出し敵の反応も確認されたので、緊急事態に備えて大型理力エンジンは始動していた。なのでボルツは各種スイッチ類の点検と安全確認が済めばホワイトスワンを発進させる事ができる。


 レオもに座る。といっても、その席はブリッジにあった。ホワイトスワン外周に装備された計四基の対理力甲冑用の機関銃はそれぞれの場所にも銃座が備え付けられているが、ブリッジからの遠隔操作も可能となっている。理力甲冑の眼と同じ機構で機関銃の照準用カメラの映像はブリッジの銃座へと送られ、一人で同時に四基を操作することも可能だ。


「リディア、先生、出撃するよ! 敵部隊はどの方角から?!」


 無線機からユウの声が聞こえてくる。どうやら点検途中だったアルヴァリス・ノヴァの出撃準備が整ったようだ。


「ユウ、こっちに近づいてくるのは南西から! 南の森を迂回するように来てる! 多分、一小隊だけど……移動速度が遅いから、重装型かも!」


 ユウはそれを聞きながら予備の弾倉を手に取りつつ、壁に掛けられた大剣に目をやる。


「了解、アルヴァリスで迎撃するからスワンはこの場を退避して」


 ユウの返事が聞こえるのと同時に、ホワイトスワンの大型理力エンジンがアイドリングから航行状態に回転数が上がる。安全点検を終えたボルツが改めて進路を確認した。


「ホワイトスワン、いつでも発進できます」


「よっしゃ、ユウ! とっとと出撃するデス! その後、ボルツ君はスワンを発進、南東に進路を取るデス!」


 ぐらりと揺れたかと思うと、ブリッジの横を白い機体が横切る。アルヴァリス・ノヴァは凄まじい速度で走り去り、それを見届けるとボルツはスロットルを徐々に開けた。理力エンジンの音がひと際高くなると、周囲から風切り音が響きだし、ブリッジにいる全員がフワリと奇妙な感覚を下腹部に覚える。


「さあ、ボルツ君! 敵の部隊はユウ達に任せて、私達はネーナを追うデスよ! 道中の敵機は轢き殺して、逃げたヤツはレオがハチの巣にするデス!」


「なんでそんな物騒なんだ……」


 リディアは呆れつつも、その探知機の画面に映る他よりも大きい一つの光点アルヴァリスを目で追っていた。









 森林を迂回しつつ、その部隊は重い足取りで北側にあるもう一つの森を目指す。ちなみに重い足取りとは比喩ではなく、実際に重量の話だった。攻城用のロケット弾発射器バズーカに全身の追加装甲、大ぶりな槌とまさに重装備といったステッドランドが三機。そしてそれを率いるのが濃い灰色をした大柄な理力甲冑・ゴールスタ。


 ステッドランドの角付きは主に機体を調整することで特定の操縦士専用に仕立て上げるが、このゴールスタはそれとは異なる。特別な戦功を挙げた優秀な操縦士を対象にした特別機ワンオフとして支給されるのだが、ステッドランドを基礎ベースとしてその操縦士の能力を最大限に活かせるよう様々な改造が施されるのだ。


 このゴールスタの場合、骨格フレームを強化し人工筋肉と装甲の増加を念頭に置いて再設計されている。その結果、常人では起動すらままならないほどに搭載された人工筋肉は恐るべき出力を発揮し、生半可な攻撃では傷すらつかない分厚い装甲を獲得した。搭乗者であるドゥエインの技量と相まってゴールスタはまさに純粋な暴力の化身となってしまったが、しかしてその重量も暴力的なものとなった。


 その装備を含めた重量は通常のステッドランドの約二倍、全高も一回り大きい。こうなると、舗装されていない道では歩くだけで足跡が深く刻まれてしまい、後続の馬車や理力甲冑の行軍に支障が出るほどだ。さらにその重量は腰や膝といった各関節に多大な負荷を強いる。なのでゴールスタには専門の整備士グループが常に同行し、出撃していない時はだいたい整備か修理中というありさまだ。


 それでもこうやって運用されているのは、そうした短所を補って余りあるほどの戦果を挙げてきたからだ。岩石熊ロックベアのドゥエインと共に。


「大隊長どの、もうすぐ白鳥がいる地点です。先行した偵察兵によると……」


「待て!」


 部下からの無線を魔物の咆哮のような大声で制止する。一体どうしたのかと部下は周囲を見渡すが、特におかしな様子はない。辺りは薄っすらと積もった雪が広がる平原、前方には白鳥がいると思しき森だ。葉が少なくなった樹もポツポツと雪化粧がなされており、日の光が反射する。


「……大隊長?」


「……来るぞ、全機! 防御姿勢!」


 ドゥエインの号令一つで僚機のステッドランドは咄嗟に身を屈め、大きく分厚い盾を構えた。この反応の良さ、鈍重な機体でも滑らかに動かせる技量。それだけでこの部隊の練度の高さが伺える。


 一瞬の間もなく、小気味いい破裂音と共に分厚い金属の装甲が激しく叩かれる。どこからか自動小銃で掃射されていると冷静に判断する各操縦士。しかしこの重装型のステッドランドを攻撃するには少々、貫通力が足りないようだ。


「各機、散開! 敵は前方! 樹の上だ!」


 ドゥエインは敵の奇襲を気配だけで察知し、今もどこから銃撃してくるのか分からない中を的確に探り当てている。部下の操縦士はそのだとかだとかを感じ取る化物じみた大隊長に尊敬と畏怖の念を同時に抱いてしまう。


 敵の銃撃でバズーカを攻撃されないよう注意しつつ、慎重に前進するそれぞれのステッドランド。少し歩くと、たしかに前方の森、太い幹の樹上から雪が落ちているのが見えた。つまりに、樹の上に掴まって潜んでいる。


 一機がバズーカをその樹の根本に向かって発射する。弾頭がぜ、太い樹がメリメリと音を立てて倒れた。と同時に周囲の木々から葉や枝に積もっていた筈の雪が落ちていくではないか。その落ちていく雪は一直線にこちらへと向かってきた。





 周囲の雪と同化するような純白の装甲には所々に赤いラインが特徴的。腰と脚部から展開したスラスターは高圧の圧縮空気が噴き出し、空中でも十分な推進力を得ている。そのマスクは精悍な顔つきで、どの理力甲冑とも異なる意匠だ。


 アルヴァリス・ノヴァは右手の自動小銃を連射しつつ、敵小隊へと突撃する。一度に全弾を使い切らないよう、引き金を何度かに分けて引く。しかし敵のステッドランドは非常に硬く、目に見えた損傷は与えていないようだ。


「ちょっと、硬すぎない? ……でも、どれだけこっちの速さに対応できるかな?」


 バラけた敵を小銃で牽制しつつ、滑るように着地したアルヴァリスは大地をしっかりと踏み込む。全身のスラスターが圧縮空気を小刻みに噴射して姿勢を安定させると、その白い機体は一気に加速した。


 一瞬で最高速度トップスピードに到達したアルヴァリスは右手の自動小銃を腰に戻すと同時に左腕の白い盾を前面に構える。前方のステッドランドから放たれるバズーカの弾を最小限の動きで回避すると、その盾で砲身を跳ね除けた。


「すぅ……! ハァッ!」


 いつの間にか右手には片手剣を持っており、敵機を袈裟切りに切りつける。気合を込めた一撃は機体の肩口を斬り裂き胸部装甲も……。


「……!」


 アルヴァリスが振り下ろした剣は機体の肩口で止まっていた。この重装型ステッドランドは胸部をはじめとした前面の装甲を特に強化してあったため、如何にアルヴァリス・ノヴァの膂力といえど簡単には切り裂くことが出来なかったのだ。


 ユウは急いで剣を引き抜こうとするが、万力のような力で敵機が剣を抱え込む。このままでは他の敵機から攻撃されてしまうと判断し、咄嗟に手を離して先ほどと同じく驚異的な加速度で距離をあける。


「かなりの装甲だな……それじゃあ、あのいかにも強そうな機体はもっと分厚い装甲してるのかな?」


 ユウの視界の端には先ほどから大柄な鼠色をした理力甲冑を捉えている。こちらの実力を見極めているのか、特に手を出してこないようだ。しかし、その全身に感じる重圧は少しでも気を抜くと体が動かないような気がしてくる。


 アルヴァリスが大きく間合いを取ると、三機のステッドランドがピタリとバズーカの砲身を向けてくる。しかし、すぐには撃ってこない。おそらく適当に撃っても当たらないことを理解しているのだ。


「そりゃライフルは別として、バズーカの弾よりアルヴァリスの方が速いよね。さて、片手剣じゃ攻撃力不足となれば……」


 アルヴァリス・ノヴァは右手を背中に回すと、長い棒のようなものを掴んだ。いや、この形状はまるで剣の柄だ。しかし、その長さは通常よりもさらに長く太い。


 右手がしっかりとその柄を掴むと、ゆっくり引き上げる。それと同時に背中の機構が作動し、剣の鞘が背中からせり上がった。背負った長大な剣を片手で抜くのはそれなりの技術が必要なのだが、アルヴァリスは綺麗な所作で一気に抜刀する。


 そのは明らかに規格外の大きさだ。理力甲冑用の一般的な両手剣よりも刀身がさらに広く、その刃渡りは理力甲冑の全長にも匹敵する長さだ。鍔は質実剛健とした作りだが、よく見ると繊細な彫刻がなされている。その刃は鈍く日の光を跳ね返し、一種の美術品のような美しさすら覚える。


 悪鬼エンシェントオーガの所持していた、人外の技法を以って鍛えられた一振りの巨大な剣ナイフ。その切先をピタリと敵に向ける。ただの大剣の筈だが、あまりの威容に敵のステッドランドは思わずたじろいでしまう。


「このオーガ・ナイフならどうかな……!」


 ユウとアルヴァリス・ノヴァはその巨人の大剣ナイフを担ぎ、勢いよく敵機に斬り込む。










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