第54話 奮戦・2

第五十四話 奮戦・2


 ステッドランド・ブラストは両手を背中に回し、得物を引き抜く。その手には小振りだが分厚い刃の付いた片手斧が握られていた。


「う……りゃ!」


 そのまま両手を交差させるようにして二振りの斧を同時に投擲する。クルクルと正確に六回転した斧は、その投げられた勢いと遠心力を持って敵機の左肩と胸部にめり込んだ。


「あと、四機!」


 ヨハンは油断無く敵の動きを察知しつつ、腰にマウントしてある片手持ちのハンマーのような物を取り出した。硬い木材の柄に、何かしらの機構が付いている頭。その機構の先には太く尖った杭のような物が伸びていた。


 左腕を胸の前にし、小さめの盾を構える。ブラストの両腕に装備されたこの小振りな盾はオニムカデの甲殻を加工した物でアルヴァリスが持つものと同じく、ちょっとやそっとの攻撃ではびくともしない。それを近接戦闘に支障が出ないよう大きさをコンパクトにし、篭手のように取り回しをよくしてある。


 ヨハンは少し上がった息を整えつつ、残りの四機を観察する。敵はこちらとの距離を計りながらゆっくりと取り囲もうとしている。それに対し、ヨハンも一歩ずつ機体の脚を横に動かして後ろに回り込まれないよう慎重に移動する。


「こいつらは……手強いな」


 思わずゴクリと唾を飲み込む。さっき倒した四機の操縦士はこれまでと大差ない強さだったが、今、目の前にいる敵はそいつらよりも数段上のようだ。


 その中の角付きカスタム機のステッドランドが前に出る。その両手には幅広で短めの刀身を持つ双剣を持っていた。ヨハンはそのちょっとした挙動から操縦士の腕前を感じ取る。


角付きエースは伊達じゃない……ってことか」


 オーバルディア帝国軍では伝統的に隊長機、あるいはエースと呼ばれる一部の操縦士の機体の頭部に特徴的なつの状の部品を付ける習慣がある。これは前線の乱戦においても指揮官を判別するため、高名な武人による敵への威圧などの目的がある。しかし、もっぱら最近では無線機用の増設アンテナという実用的な意味合いも持っていたりもする。


「よぉ、お前もなかなか強いなぁ。俺とどっちが強いのかなぁ~」


 突然、若い男の声が聞こえてきた。どうやら、角付きの操縦士が外部拡声器スピーカーで話しかけて来たようだ。それをヨハンは無視しつつ一気に間合いを詰める。右半身を敵に向けた構えのまま、左脚で地面を踏み切るこの技法、ネーナがやっていたのを教えて貰ったものだ。右脚と右腕を同時に突き出すため、一息で間合いを詰めることが出来る反面、打撃に力が入らずタイミングも難しいとのことだ。


「ちょっ?! 話くらいしようぜぇ!」


 ブラストが右腕を小さく振りかぶり、脇を締めてコンパクトに打撃武器を振り下ろす。だが、この振り方では威力が十分に乗らないはずだ。角付きはヨハンが威力重視ではなく速攻を仕掛けてきたと判断し、双剣でいなそうとする。巧みに腕と手首を使い、まるで蛇が絡むかのように双剣の刃が煌めく。


 杭と双剣がぶつかる瞬間。ブラストの右手、その人差し指が掛かる柄の部分には銃器の引き金のようなものがあり、ガチリとそれを引く。すると機構内部に仕込まれた撃針が勢いよくカートリッジの後方を叩いた。そのカートリッジには火薬が仕込まれており、それが瞬間的に発火、爆発すると発生した燃焼ガスは太く短い杭に大きな運動エネルギーを与える。


 つまりは、パイルバンカー。火薬のエネルギーによって敵の分厚い装甲を貫く、杭打機だ。


 理力甲冑用の小銃よりも大きな発砲音と金属同士が激しくこすれるような音が同時に鳴り響く。角付きの双剣、その片方が勢いよく飛び出した杭によって弾かれる。


「ちっ!」


 ヨハンは今の一撃で角付きの武器を破壊しようとしたのだが、やはり一筋縄ではいかないようだ。角付きはパイルバンカーの杭が飛び出す瞬間に右手首を返したため、刀身を僅かに削りその手から落とすに留まった。


「なんだよぉ、その武器! めっちゃ面白いじゃん!」


 軽薄な言葉とは裏腹に、角付きは残った左腕の双剣の片割れを刹那に横薙ぎにする。ブラストは踏み込んだ勢いをなんとか殺し、すんでの所で回避する……いや、鋭い剣先が胸部装甲に真一文字の傷を付けた。


 ヨハンは冷や汗を流しつつ、機体を仰け反らしてバック転の要領で間合いを取る。


「今のは回避出来たと思ったんだけどなぁ……」


 ブラストは再びパイルバンカーを構える。この機構は自動小銃を参考に先生が開発しており、自動で撃鉄が引かれて次のカートリッジが装填される。残りの弾数は五発。


 角付きは左腕を前に構える。弾かれた双剣は敵機の右側、少し離れた場所に落ちていた。呑気に取りに行かせない程度には重圧を与えている……とヨハンは信じたい所だった。


 ブラストと敵の角付きは互いに睨み合ったまま動かない。敵機の僚機である他の三機は離れた所で剣を構えてはいるものの、一騎打ちの邪魔はしないつもりのようだ。


 僅かな間の後、今度は角付きから仕掛ける。左腕の双剣で突くのと同時にブラストへ突進した……ように見えた機体は如何な動きによってか、一瞬にしてまるで地面を這うかのような姿勢となった。迫りくる突きを防御しようとした小盾を掻い潜り、角付きの剣はブラストの真下から襲い来る。


「なぁ~あ~! 話くらいはしようぜぇ~!」


 気の抜けるような言葉をかけつつ、その猛攻はブラストを徐々に追い詰める。ヨハンは両腕の小盾でなんとか防御するが、すべての斬撃を受け切れず装甲のあちこちに傷が増えていく。敵機は片手にしか剣を持っていないが、これが本来の双剣ならばと考えるとゾッとする。


「うっさいんだよ! さっきからっ!」


 敵の猛攻に耐えかねたヨハンは一か八か、反撃の糸口を掴むため両腕で自身の操縦席付近を守りながら角付きへとのしかかった。しかし角付きはそれを見越して前転しながら回避する。


「そんなので俺がやられるわけないじゃん!」


 角付きは前転した直後、振り向きざまに剣を振り抜く。敵の改造機ブラストはその場にしゃがみ込んでいるはず、この一撃は機体背面を操縦士ごと切り裂くだろう。


「っ?!」


 しかし、角付きの剣はただ虚空を切るだけだった。そこにいるはずのブラストはどこに行ったのだろうか。角付きの操縦士は瞬間的にブラストを探すが、その視界のどこにもいない。いや、地面に掌のような跡が残っている……?


 咄嗟に状況を理解した角付きは両腕を交差させて頭上からの攻撃に備えた。


 次の瞬間、小銃の発砲音のような音が響くと同時に角付きの左腕に杭が突き刺さる。肘に近い部分だったためか骨格フレームと人工筋肉の一部が破壊され、握っていた双剣を取り落としてしまう。






 ヨハンは敵の操縦士の腕前を過小にも過大にも評価しなかった。のしかかり程度、簡単に回避されてしまい、そのまま致命的な反撃が襲い来るだろう。そこで敵にのしかかったように見せかけ、直後の反撃を回避するために左腕一本で逆立ち、そのまま角付きの斬撃を飛び越えるように回避したのだった。






 その後は滞空中にパイルバンカーで角付きの左腕を破壊、その後方へと着地する。杭打機の機構からは硝煙が立ち昇り、自動的に次のカートリッジが装填された。


「貰った!」


 ヨハンがパイルバンカーを右から横薙ぎに思い切り振る。角付きは膝をついたままブラストに対して背中を向けたままで、咄嗟に回避も防御も出来ない。


 しかし、パイルバンカーの次弾は不発に終わった。いや、正確には右手に持った柄の部分と機構の間が切断されてしまったのだ。爆発と杭による打撃の衝撃を緩和するために木製の柄にしたことが災いしてしまった形だ。


 角付きはいつの間にか最初に落としてしまった双剣の片割れを右手に拾っており、背後からの致命な一撃を剣で防御、偶然パイルバンカーの破壊に成功した。ひょっとすると武器破壊は狙ってやったものなのかもしれないが、今のヨハンにはどちらでも良かった。


 ブラストは急いで後ろに跳び退り、角付きの攻撃を警戒する。


「今のはビックリしたぁ~! お前、やっぱ強いじゃん!」


 角付きは左手を握ったり開いたりして腕の損傷具合を確かめているが、あまり動きは良くない。恐らくこの戦闘中にもう武器を握ったりは出来ないだろう。


 破壊された武器パイルバンカーの残った柄を投げ捨てると、腰の後ろに両手を回す。握り慣れた柄を逆手に掴むと、一気にを引き抜いた。赤い軌跡を描くかのように揺らめく刀身からは振り抜いた勢いで液体のようなものが数滴飛び散り、その液体は煙を上げながら地面の草を腐食させてしまう。


 オニムカデの牙を加工した二振りの短剣、ヨハン曰く、牙双ガソウと名付け呼んでいる赤刃のソレを構えた。


「へっへぇ~、ようやく本気を出してくれるの~?」


 こっちは最初から本気だよ、と心の中で毒づくヨハン。


 右手一本でも相変わらず角付きの重圧は変わらない。こちらも先ほどの逆立ちからの無茶な回避をしたせいで、左肩から腕にかけての動きが悪くなってしまっている。損傷具合で考えると、こちらが少し有利か……。


(そう思うのは楽観的かな……?)


 ヨハンのステッドランド・ブラストと、クルスト・ウォーの専用ステッドランド。第二ラウンドは静かに始まった。








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