第54話 奮戦・1

第五十四話 奮戦・1


 蒼空を飛ぶ一羽の鳥が大きく羽根を広げる。風に乗りつつ、森の上をゆったりと旋回していた。どうやら猛禽類特有の鋭い目つきで地上に潜む獲物を探しているようだ。


 何度目かの旋回の後、もう一度天高く上昇する。彼らの翼は気流を巧みに感じ取り、自在に空を翔ける。と、彼の視界の端にポウと光る何かを感じ取った。大きさとその動きから、ネズミの類だと思われる。


 彼ら鳥類の一部は理力を敏感に感じ取る器官が発達している。特に猛禽類の眼は本来の視力と相まって、一つ向こうの山まで見通せるという驚くべきものだ。


 ……ゆっくりと獲物に狙いを定め、位置を探す。相手に気取られず、しかし遠すぎず。一瞬の急降下で鋭い鉤爪を食い込ませる事が出来る距離。


 これまでに培った経験と勘からここだという位置に来た。彼は翼をはためかせ、流星の如く翔け降りようとする。上空からの一撃で獲物を仕留める生態系の頂点、まさしく彼ら猛禽類は天空の覇者だ。


 しかし、彼の耳は何かの風切り音を聞き取った。今まで聞いたことがないような、激しい音。まるで嵐か何かのようだ。急降下の姿勢に入りかけた彼は器用に身を翻して再び滞空する。音の正体を確かめるべく、その方角、北を見やると、はるか向こうに巨大な理力の塊がこちらへとやって来るではないか。


 この大空にあんな巨大なモノが飛ぶはずが無い。どことなくヒトの姿をしているが、彼の短い生涯でそんな奇っ怪なモノは初めて目撃した。生物としての本能とあまりに大きな理力を前に、天空の覇者彼はその場から一目散に逃げていった。






「リディア、敵部隊との距離はどれくらい?」


 クレアは薄青の機体を駆りながら無線で連絡する。後方から聞こえてくる理力エンジンの音はいつもと変わらず問題ない。


「方向はそのまま真っ直ぐ。距離は……ちょっと待って! 別の所にも理力甲冑の反応が!」


 突然、無線の向こうが慌ただしくなった。カチカチと理力探知機レーダーを操作する音が聞こえてくる。


「スワンの二時南西十一時南南東方向、それぞれ新たな敵の部隊出現! 南南東のはカレルマインに近いよ!」


「タイミング悪いわね……リディアはそのまま探知機で敵の動きを逐一伝えて! 場合によってはその場から退避! ……ネーナ?! 聞こえる?! アンタのすぐそばに敵が居るわ! 早く戻ってきて!」


 クレアはリディアに短く指示を出すと、ホワイトスワンから飛び出したネーナのカレルマインへと呼びかける。しかし、返事は無い。


「あの娘、気づいてないの……?! ヨハン! そっちの方向に敵部隊が居るわ! 早くネーナと合流して!」


「…………了解っス! 敵を蹴散らしてちゃちゃっと連れ戻してやりますよ!」


「敵は倒さなくていいから!」


 ヨハンは元気よく返事をするが、本当に分かっているのだろうか。何か嫌な予感がする。


「……っ!」


 鉄板を金槌で思いきり叩いたような音。銃弾が機体をかすめたのか? しかし発砲の音は聞こえなかった。


「くっ……狙撃!?」


 レフィオーネは急降下しつつ辺りを見渡す。しかし眼下には森林が広がるばかりで敵の姿は見えない。再び、機体に何かがぶつかる気配がした。今度はスラスターの外装をわずかにかすめたようだ。


(もしかして待ち伏せされた……?)


 クレアはすぐに自身の置かれた状況を考察する。敵の数は不明、恐らく狙撃用装備を身につけた機体だ。周囲は森林で上空からは敵が見えないが、空を飛ぶレフィオーネは丸見えのはずだ。


(更に高度を上げて……駄目ね、あまりに高高度だと気流で狙撃出来ない)


 地上からの狙撃が届かないほどの高さにまでレフィオーネは高度を上げる事が出来る。しかし、その場合は空気ぼんべとやらと防寒着を装備しなければいけないと先生が言っていた。それに空というものは地上と異なる風が吹く。その為、精密な弾道計算が必要な狙撃には適さない。


「しくじったかもね……」


 図らずともレフィオーネは自身の本来持ちうる強みを失ってしまった。つまり、飛行性能と長距離狙撃である。かすっただけとはいえ、飛行中のレフィオーネに二度も銃弾を当てたのだ。敵の狙撃部隊は中々に腕が良い。もし今からもう一度空へ飛び立とうとすれば、即座に機体を穴だらけにされてしまうだろう。


「迂闊に無線を使うと敵に傍受される可能性もある、か……」


 敵の狙いは何なのか。木の影に機体を隠しつつクレアは静かに考える。









「作戦通り、飛行する機体は地面に縫い付けました。狙撃部隊各機はその場で待機中。ヤツが再度飛行の兆しを見せれば、すぐさま狙撃に移れます」


「良くやってくれました。一番厄介な飛行可能機を抑えることが出来ればこちらの優位性は大きくなります」


 頭部と肩の装甲が通常と異なる形状のステッドランドは隊長機やエース用の特別機だ。その操縦席でエベリナ・ウォーは地図にバツ印を付ける。


(飛行可能な水色の機体……白鳥ホワイトスワン所属の機体で最も警戒すべき敵。高所からの狙撃と、単独飛行性能は戦術上の戦力差を簡単に覆す要素。こんなに早く無力化出来たのは幸いね)


 エベリナが事前に入手したホワイトスワンに関する情報を精査している内に、彼らの危険度を見極めていった。本来ならば戦闘能力の高い連合の白い影や双剣使いのステッドランドを警戒すべきなのだろう。しかし、この水色の機体だけは何としてでも一番に撃破、もしくは無力化しておきたかった。


 これまでの戦闘詳報を紐解くと、この水色の機体による狙撃能力と飛行能力によって幾度となく敵は勝ちを拾っている。確実にこちらの戦力を削る狙撃能力と、一般的な小銃の射程外である上空を移動する能力はこちらの作戦を簡単に台無しにするだろう。それに彼らはこの機体を中心に動くことが多い。きっと、指揮官級の人物が搭乗しているに違いない。


「さて、当初の作戦とは幾分違ってしまいましたが、一番の障害となる彼らのを排除した今、予定通り白鳥を護る機体を排除します。各部隊は攻撃を仕掛けて下さい。大隊長、例の白い影は恐らく白鳥を護衛していると思われます。なので大隊長の部隊は真っ直ぐ北に向かって下さい」


「オウ! 白い影だかなんだか知らんが、どのくらい強いのか儂が直々に確かめてやろう!」


 無線機の向こうから豪快な笑い声が響くので、エベリナは慣れたふうに無線機の音量ツマミを回して音量を絞る。


「白い影を撃破出来れば上々ですが、無理はしないで下さい。あくまでも本作線の主目的は白鳥の破壊です。大隊長が護衛の白い影を抑えているその間に僚機が白鳥を破壊すればいいんです」


 ピシャリと言い放つが、ドウェインはガハハと笑って返す。本当に分かっているのだろうか。エベリナの口から小さくため息が漏れる。


「クルスト、真紅の機体は放っておいて下さい。情報が少ないですし、そのまま勝手に味方から離れていきます。貴方は近くにいるステッドランドの改造機を抑えて下さい」


「おーう。了解了解。その敵も双剣使いなんだろ? うーん、俺とどっちが強いかなぁ〜負けたらどーしよ」


 緊張感の無い返事が無線機のノイズと共に聞こえる。コイツはコイツでやる気があるのだろうか。


「クルスト、貴方も敵をその場に押さえつける事が任務です。どっちが強いかは興味ありません。とにかく私がいいと言うまで引きつけておいて下さい」


 口ではそう言うものの、彼女はドウェイン義父クルスト義弟の実力に疑いは持っていない。敵が強力なのはこれまで帝国軍が負った被害からも類推出来る。しかし、この二人も実力は十分高く、理力甲冑の戦闘で右に出る者はまずいない。


「フフ、期待していますよ」 


 二人の心配はしなくてもいいが、自分の心配をしなくてはならない。これからエベリナの小隊が向かうのは、水色の機体がいると思われる森林の中だった。


「いくら見通しの悪い森林とはいえ、相手は一流の狙撃手。気を抜けば簡単に返り討ちにされますね」


 相手からこちらの姿は見つけにくいだろう。しかし、こちらも水色の機体を探すのは一苦労する。目の前に広がる森林は薄暗く、まるで魔物が大きな口を開けてエベリナ達を待っているように見えた。


(追い込んだはずですが、嫌な雰囲気ですね。私も人の事ばかり言ってられません)


「各機、警戒を厳に。相手は何処から狙撃してくるか分かりません。しかし、私達の目的はあくまで敵機をこの場に縫い付ける事です。無理はしないで下さい」


 エベリナは小隊の部下を発奮させようと言葉を発したが、その実、得体のしれない恐怖を感じている自分を奮い立たせるものだと気づく。


 ジトリと手のひらに浮いた汗を操縦服で拭うと、操縦桿を今一度強く握りしめた。





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