第53話 分断・3
第五十三話 分断・3
「……私のせいだわ。彼女が悩んでいるのをもっと聞いてあげていれば」
クレアは思わず零してしまう。つい先ほどのネーナは確かに悩んでいる様子だった。しかし、まさか無断で出撃してしまうとは流石に思っていなかった。クレアは隊長として、みんなのリーダーとして不甲斐ない自分を恥じる。
「今はそんな事、言ってる場合じゃねーデスよ!」
「クレア! 南に理力甲冑反応! 距離はまだ遠いけど、こっちの方向に向かってる!」
無線機の隣に設置されている理力
「……ユウはアルヴァリスで待機。スワンを守ってちょうだい。ヨハンには引き続きネーナを追ってもらうわ。私は今からレフィオーネでこの敵部隊を牽制するわ」
「アルヴァリスはメンテ中だったから少しかかる! レフィオーネの方はすぐ出れるよ!」
そう言うとユウは急いで操縦士から出る。お尻の痛みも引いてきたのでキャットウォークに勢いよく飛び移ると、小型理力エンジンに取り付けられた機器を外しはじめた。するとすぐに格納庫へ走ってくる音が聞こえてくる。
「ユウ! 少しの間、任せるわよ!」
「あいよっ! 銃の予備弾倉を忘れないで!」
走ってきた勢いそのままに、クレアはレフィオーネに飛び乗り機体を起動させる。一瞬、鈍い音がしたかと思うと理力エンジン独特の高い音が辺りに響き始めた。
圧縮空気が時々、スラスターから漏れる。暖気運転をしたいところだが、今は緊急事態ということで理力エンジンの回転数を高めに維持しつつ、ハッチから艦外へ出た。ユウは作業しつつ咄嗟にアルヴァリスの陰に身を隠すのと同時に、格納庫内でいきなり嵐が巻き起こった。
レフィオーネの全身に装備されたスラスターが背面に向きを変える。機体内部に設けられた
「あばばばば!」
強すぎる風圧はユウの口をの中にも容赦なく潜り込み、彼の顔を面白い形へと変形させる。
(僕の顔、ネットの動画で見た巨大扇風機の前に立ってみた、みたいな事になってるんだろうな……)
周りは荒れ狂う風で工具や整備マニュアルなどが舞っている。これはきっと先生の激おこ案件だろうな、と考えている辺り、案外ユウは余裕のようだ。
さらに風が強くなったと思うと、圧縮空気が奏でる轟音と甲高い理力エンジンの音が一気に遠くへと移動した。おそらくレフィオーネは上空へ一気に飛び立ち、そのまま敵のいる南へと向かったはずだ。
嵐が過ぎ去った格納庫の床や部品棚は見るも無残なことになってしまったが、今はそれを気にしている場合ではない。ユウは急いでアルヴァリスを出撃できるように胸部の装甲を閉じるために機械を操作する。
「ネーナ、ヨハン……クレア。みんな無事に帰ってよ……!」
「…………」
所々に何日か前の雪が残る平原を深紅に塗装された
もともと人体の構造を参考にして理力甲冑の
「
機体の軽い動きとは裏腹に、操縦席ではネーナが暗い表情を浮かべたままである。
彼女が思い悩むのは自身の事。今のままで良いのか。あれから成長できたのか。自分は
あの日、世界を見て回ると決めた。それからは世界を旅するために必要な事を色々と学ぼうとした。大陸の地理や主要な街については日ごろの座学で知っていたが、彼女の教師は旅の仕方までは教えてくれなかった。せいぜいが書庫に収められているいくつかの冒険小説を読むくらいでしか分からなかった。
貴族の娘という立場は意外と多くの制約で縛られていた。あちこちの街を旅するために必要そうな技能を磨こうとしても、使用人たちが何もさせてくれない。
ある時、料理を作ってみようと厨房に忍び込んだが、包丁の使い方が分からず指を切ってしまった時は上を下への大騒ぎになったしまった。他にも何かをしようとすると誰かに止められてしまうのだ。必ず「貴女はそのような事をしなくてもいいのです」と言われながら。
またある時は一人でも安全に旅ができるように衛兵の剣を勝手に拝借し、裏庭でこっそり素振りをしようとしたら剣がすっぽ抜けて樹に刺さってしまったり。その後も剣の扱いに悪戦苦闘し着ていた服がボロボロになってしまった為、その事が父親にバレてしまいこっぴどく叱られてしまった。しかし適度な運動と護身術を学ぶことは悪くないと、どこからかカラテの
「私は……やっぱり、皆さんに必要とされていないのでしょうか……」
ネーナが何かをするごとに、周りが心配してやめさせようとする。その度に彼女は自分の存在意義が揺らいでいく気がする。私は何をすればいい? 何をしたら、皆は私を認めてくれるのだろう。
屋敷ではずっと、父親の言いなりだった。母を早くに亡くしたこともあって、特別過保護に育てられたという自覚はある。しかし、だからといってネーナは父親の人形ではないという強い反発感もある。私は世界を見たい。色んな土地へ行って、多くの人と話をしてみたい。そうすれば何も出来ない無力な自分でも、何かしら人の役に、きっとどこかに
そう思ってきた。しかし、ホワイトスワンに乗艦してから数日。現実は厳しかった。
クレア達に見つかり、尋問された時には自分でも驚くほど啖呵を切れた。私は何も出来ない。それは自分がよく知っている。その事を認めるのは胸の辺りがジクジクとしたが、それでもネーナは世界を見て回るという夢のため、ホワイトスワンに乗り込まなければならない。その為ならどんなに苦しくても頑張ると決めた。
決めたはずだったのだが。
「ユウさんのように料理も出来ない、クレアさんのように指揮も出来ない、ヨハンさんのように武器を器用に扱う事も出来ない……きっと、私はまだまだ実力不足なんですわ。皆さんに認めてもらうために敵部隊の一つや二つ、簡単に蹴散らさなければいけないのですわ!」
ブンブンと頭を振り、ツインテールがそれにつられて揺れる。その眼には決意のようなものが宿るが、どこか無理をしている表情だという事に彼女自身は分からない。今のネーナは焦りで普段の落ち着きがなく、視野狭窄的な判断と行動をしている事に気付いていなかった。
「理力甲冑を発見。一機だけのようです。どうしますか?」
森の中から望遠鏡をのぞくいくつかの人影。その視線の先には深紅の機体。
「白鳥は近くにいませんか? 妙ですが……好機かもしれません。その機体はどの方角から?」
歩兵の一人が背負っている
偵察している兵士が現在地とカレルマインの来た方角を伝えると、その女性は他の偵察部隊と連絡を取る。
「深紅の機体、これは最近目撃されたものですね」
無線を切ると、エベリナ・ウォーは自身が乗る理力甲冑の操縦席いっぱいに広げた地図に偵察兵からの情報を書き込んでいく。
「深紅の機体の北側にもう一機、ステッドの改造機。やはりこの北の森に白鳥がいることは間違いないですね」
偵察兵からの情報を頭のなかで整理し、補給基地の北側にある森林地帯にいくつの丸をつける。このどこかに例の白鳥と白い影がいるはずだ。
「ちょっかいを出して敵を釣り上げようと考えていましたが、丁度良くバラけたみたいです。これで作戦もやりやすくなるでしょう。各機、戦闘準備を始めてください。クルスト、貴方の部隊も戦闘準備に入ってください」
無線の向こうからはやる気のあるような、無いような、不思議な声色で返事が返ってくる。それにエベリナが動じないのは普段からなのか、それとも呆れて相手にしないだけなのか。彼女の表情は変わらないままだ。
「さて、白鳥撃ちでも始めますか」
いつもは知的で冷静なエベリナの眼鏡の向こう、大抵の事では表情を変えない彼女の切れ長の目が一瞬だけ
「あれ? そういえば、敵の皆さんはどこにいらっしゃるのでしょうか? レオさんの教えてくれた地図をよく見ておけばよかったですわ」
その頃、とりあえず感情に任せてホワイトスワンを飛び出したネーナは敵部隊の位置も何も知らないまま、平原をひた走っていた。
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