第53話 分断・2
第五十三話 分断・2
今後の方針が決まり、操縦士の面々は自身の機体を確認するため格納庫へと向かう。
「あの! クレア様!」
「なによ、ネーナ。あと、様はやめて。なんだか背中がこしょばくなっちゃう」
食堂から出てきたクレアを呼び止めるネーナ。その表情はどこか思い詰めているように見える。
「あの、先ほどの作戦の事なんですけど!
彼女は勢い余って体をずいと寄せてきた。クレアはため息をつきながら頭をかく。
「いや、さっき言ったでしょ。今回の襲撃は敵に一撃加えるだけだから
「そ、それなら私も銃を持ちますわ! クレアさま……さん、銃の撃ち方を教えてください!」
作戦会議の時から、ネーナが何か言いたそうにしていたと感じていたクレアは彼女の心情をなんとなく想像する。しかし、その上で言い放った。
「駄目よ。最初に決めたじゃない。この艦に乗る条件として、隊長である私の命令には逆らわないって。特に作戦や規律に関しては絶対に守ってもらうわよ」
「それは……そうなのですが……」
「それに今から銃の練習したって、形にすらならないわよ。アンタもカラテやっているなら理解できるでしょ? 一日練習して覚えた付け焼刃の技なんか、実戦では役に立たないって」
何か反論しかけた口はすぐに閉じられた。彼女自身にもそれは痛いほど理解できる。自分のカラテの技はあの日から毎日欠かさず鍛錬をこなしてきたからこそのものだ。それにお師匠からも似たような事を口酸っぱく言われてきたのを思い出す。
「今回の作戦でアンタの仕事はスワンの護衛。これも重要な任務よ? それに本気で覚えるつもりがあるなら、今度射撃練習を付き合ってあげるから」
クレアはネーナの肩をやさしく抱きながら諭すように話しかける。しかしネーナは俯いたままで、表情は見えないが多分暗いままだ。
「今のアンタはそこら辺にいる貴族のお嬢さんじゃないんでしょ? だったら自分の仕事を一つ一つこなしていきなさい。そうすれば……」
その言葉の続きを聞く前にネーナはクレアの手を振り払い、格納庫の方へと走っていく。
「……焦る気持ちは分からないでもないけど、気持ちが空回りしてると前には進めないわよ」
その呟きは走り去ってしまったネーナには届かない。いや、それとも
それは
――――格納庫。ユウとヨハンはそれぞれ自身の機体を確認している。予備弾倉に弾を込めたり、剣に
「ユウさーん、今回は予備弾倉いくつ持っていきます?」
「そうだなぁ、とりあえず三つ用意しといて。あんまり多くてもしょうがないと思うし」
装弾装置を操作し、アルヴァリスが使用する自動小銃用の弾倉に一つ一つ弾が込められていく。大きさこそ人間用の物とは異なるが、基本的な構造や形状は同じである。
今回の補給部隊襲撃はまさに強襲といった内容で、上空からレフィオーネが援護射撃をしつつ、地上からはアルヴァリス・ノヴァが急接近しながら護衛と荷馬車を自動小銃で掃射する。ある程度の被害を与えるか、一定の時間が経てばすぐに撤退をするという、まさに電光石火な作戦だ。
ガコン……ガコン……。片手で持つには少々重い弾丸が金属製の
前回の戦闘でユウはアルヴァリスに搭載されたノヴァ・モードを使用したのだが、その影響を調べているのだ。先生によると、ノヴァ・モード時の過大な理力の奔流が及ぼす影響はまだまだ未知数だという。
これまで確認されなかった謎の現象を利用しているノヴァ・モードは、二基の理力エンジンを限界まで稼働させることで発生する膨大な理力を機体全身に送り込む事で瞬間的に性能が
またその際、機体中心に搭乗している
これまでの実験で二基の理力エンジンと機体の人工筋肉、そしてユウの体に今の所なにも起きてはいないが、あくまで今の所だ。先生からは、何か異変を感じたらノヴァ・モードの使用をやめるように言われている。
「そんな事言われても、クリスさんや強い敵は沢山いるからな、っと」
小型理力エンジンの外観検査を終える。ユウは先生から貰った整備マニュアルを開いていくつかの項目にチェックを入れた。次は実際に運転してエンジンの回転数や発生する熱、異音が無いかなどの検査だ。その為の各種データを測定する機器を取り付ける。
「ん……?」
ふと、視界の端に赤い人影が過ぎ去ったのが見えた。あの操縦士用の服はネーナのものだ。
「ネーナ! 出撃はまだだよ!」
アルヴァリスの隣の隣、カレルマインの足元にいたネーナは肩をビクリとさせて分かりやすく驚く。一体何をしているのかユウは訝しんでいると、彼女は急いで機体に乗り込む。
「はて。カレルマインは整備したばっかりだから事前のチェックはしないんじゃなかったっけ?」
そんな事を思っていると突然カレルマインが起動し、その場から立ち上がった。その衝撃で不安定なキャットウォークが大きく揺れてしまい、ユウは思わず尻もちを付いてしまう。
「ユウさん! 大丈夫ですか?!」
下の方ではヨハンが心配してか、こちらに走ってくる。しかし、そうしている間にもネーナが乗ったカレルマインは外へ向かって歩みを進めている。外へ出るためのハッチは丁度、換気のために開けていたのでカレルマインはそのまま飛び出してしまうだろう。
「僕はいいから、ネーナを追いかけて! 何か様子が変だった!」
痛むお尻をさすりながら、ユウはアルヴァリスの方を見る。ちょうど小型理力エンジンを検査するための機器を取り付けられ、さらに装甲の一部を外しているので、すぐにカレルマインを追いかけることが出来ない。しかし、ヨハンのステッドランドは整備と出撃前のチェックが既に終わっている。ヨハンはすぐさまブラストに飛び乗ると機体を起動させ、すぐさまカレルマインの後を追いかけた。
「ブリッジ! 先生かクレアいる?! ネーナがカレルマインで飛び出したけど敵でもいるの?!」
ユウはアルヴァリスの操縦席に潜り込むと無線に向かって叫ぶ。すぐにノイズと一緒にリディアの声が聞こえてきた。
「…………何? ネーナがどうしたって?」
「ネーナが機体に乗って飛び出したんだ! 周囲に敵の反応は?! それと先生かクレアに伝えて!」
最初はなんの事か分からなかったリディアも事態を把握したのか、無線の向こうからは理力
「どーいう事デスか?! ネーナが家出?!」
「いや、家出かどうかは分かんないけど! とにかくカレルマインで飛び出したんですよ! いま、ヨハンがステッドで追いかけていきました!」
「ちょっと、どうしたのよ。騒がしい」
どうやら騒ぎを聞きつけたクレアがブリッジに上がってきたようだ。ユウは手短に事のあらましをみんなに説明する。
「……私のせいだわ。彼女が悩んでいるのをもっと聞いてあげていれば」
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